水管理・国土保全

  

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安倍川の主な災害

大正以降の水害

安倍川における過去の洪水は台風に起因するものが多く、浸水被害等により家屋や農作物等に多大な被害をもたらしてきた。特に大正3年8月の台風による洪水では、安倍川右岸の大河内わらび野(24km付近)の山腹が崩壊し河道閉塞、ダムのように溜まった水が閉塞した土砂を突破し、下流の至る所で水があふれ、堤防が決壊して濁流が市街地に流れ込み、大きな被害をもたらした。


発生日 発生原因 被災市町村 被害状況
1914(大正3年) 台風 - 死者行方不明者4人、負傷者78人、家屋全壊62戸、半壊313戸、床上浸水6,556戸、床下浸水1,707戸
1954(昭和29年) 台風14号 - 大河内村で土砂崩れが発生し交通が途絶
1958(昭和33年) 台風 浸水被害無し
1960(昭和35年) 台風12号 - 大河内村で道路・橋梁が決壊流出
1966(昭和41年) 台風26号 - 梅ヶ島温泉街で土石流災害、家屋全壊9戸、半壊2戸、死者26名
1974(昭和49年) 台風8号 - 死者2人、負傷者28人、家屋全半壊186戸、浸水家屋22,796戸
1979(昭和54年) 台風20号 - 床上浸水34棟、床下浸水45棟
1982(昭和57年) 台風10号 - 浸水被害無し、堤防の一部が決壊
1991(平成3年) 秋雨前線 台風18号 - 床上浸水81戸、床下浸水157戸



大正3年8月洪水

大正3年8月の台風による洪水では、安倍川右岸の大河内わらび野(24km付近)の山腹が崩壊し河道閉塞、ダムのように溜まった水が閉塞した土砂を突破し、下流の至る所で水があふれ、堤防が決壊して濁流が市街地に流れ込み、死者行方不明者4人、負傷者78人、家屋の全半壊375戸、浸水家屋8,263戸という大きな被害をもたらした。


大正3年洪水による安倍川の浸水区域




昭和49年7月洪水

昭和49年7月洪水(台風8号:七夕豪雨)では記録的な豪雨となり、斜面の崩壊と土石流、ならびに中小河川の堤防の決壊、内水はん濫等により、静岡市全体で死者23名、負傷者28名、家屋の全半壊186戸、浸水家屋22,769戸という甚大な被害を受けた。


昭和49年7月洪水による安倍川の浸水区域(内水はん濫による)




梅ヶ島災害(安倍川上流域)

昭和41年9月の台風26号による豪雨(総雨量312.5mm:梅ヶ島観測所)で梅ヶ島温泉で土石流が発生し、死者26名、家屋の全半壊11戸という災害となった。


昭和41年土石流により被災した梅ヶ島温泉


昭和41年土石流により被災した梅ヶ島温泉



過去の主な渇水
利水の沿革
安倍川周辺の水利用は、安倍川等の河川水及び豊富な湧水・地下水に依存しており、弥生時代後期の遺跡として有名な登呂遺跡から出土している水田跡、井戸後、用水路跡などの遺物にみられるとおりに、古来より人々に豊かな恵みを与えてきた。
 現在でも伏流水や地下水等、地域の水利用で生活や社会・経済を支えている




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