水管理・国土保全

  

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地域と重信川

重信川の「いも炊き」
涼しくなった秋の河原で、大鍋で煮込まれた「いもたき」を囲んで、月を楽しみ、酒を酌み交わす風流な行事は、秋の伊予路の風物詩です。調理法は、下茹でした里芋を大根、鶏肉や油揚げ、椎茸、コンニャクと一緒に大鍋で煮込むだけ。砂糖や薄口醤油、塩、みりんであっさりと上品に仕上げただし汁には、素材のうま味がたっぷりとしみ出しています。とろけるような味わいの里芋が絶品です。
 重信川では、出合、森松、砥部、横河原の4箇所で、各地域の商工会などの主催により開催され毎年数万人の人手があります。
 「いもたき」の発祥は愛媛県大洲市といわれ、300年の伝統があります。愛媛県内各地の河原や公園で家族、職場、趣味のグループなどで、各家庭や地域の特色、味付け、材料を用い親しまれています。四国では「いもたき」が行われるのは愛媛県だけです。全国では、よく似た行事として東北地方の「芋煮会(いもにかい)」などがあります。



出合会場


森松会場

雨乞い踊り
松前地区の雨乞いは、参籠・踊りも行われたと思われますが、大干ばつには、水神に汚れたもの、嫌いなものをかけ、怒らせ、あばれて雨を降らせてもらう方法がとられたもので、「御面 雨乞い」行事です。
この御面雨乞いは、藩政時代、東温市の野田・牛渕の両三嶋宮(徳威三嶋宮
・浮嶋神社)と松前町浜との間で行われました。
御面は、推古天皇21 年(613)8 月15 日、乎智益躬が大三島大明神を祈願し、舞楽を奉納した時、海上に小船が出現、しらべてみたところ舟中に人な
く、3 個の古面 が置かれていました。
乎智益躬は奉納舞楽の賜と大変喜び、宇城名郷久米部王楯明宮に奉仕しました。その後、兵火を避けて河之内山中にうつし、さらに雨瀧三嶋宮にうつし、
享保17 年(1732)5 月、寺社奉行の命により、野田・牛渕両三嶋宮に隔年遷座するようになった由緒深い古面 です。


雨乞い踊り(松前町)


雨乞い三面(東温市)

重信川の自然をはぐくむ会

平成15年1月、重信川の自然を取り戻そうと、NPOなどの活動団体や地域の大学、行政がひとつになって「重信川の自然をはぐくむ会」を設立しました。
民、学、官の垣根を越えての取組は全国でも類を見ない試みとして各方面より注目されています。
重信川では、重信川のより良い自然の再生を目指し、民・学・官のパートナーシップにより、重信川自然再生事業「重信川いきいきネットワーク計画」の取り組みが行われています。
住民のみなさんの意見や専門家のアドバイスなどを踏まえてまとめた「重信川いきいきネットワーク計画」。「水と緑のネットワークづくり」と「人と人とのネットワークづくり」を2つの大きな柱にして、重信川をかつての豊かな川に再生していくためのアクションを起こしています。




住民との協議状況





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