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氏 名所 属
石森 秀三 北海道大学大学院 観光学高等研究センター長

■ご意見の内容

 現在の日本の重要な国家的課題の一つは「地域再生」である。少子高齢化の影響で、今後の日本のほとんどの地域で地域経済の大幅な縮小が生ずる、という予測が経済産業省によって公表されている(2005年12月公表)。とくに北海道の各地域では、少子高齢化が日本全体に対し10年先行しており、近い将来において地域経済の縮小が最も顕著に生じると予測されている。このような情勢の中で、交流人口の拡大による北海道の活性化が必要不可欠であり、観光を基軸にした地域再生が重要になってくる。

 20世紀における日本の観光を一言で言い表すならば、「他律的観光」が中心であったと言うことができる。それは、観光客や地域社会にとって、旅行会社や観光開発会社という外部団体が観光を主導することを意味しており、具体的には「パッケージ旅行商品」に依存した観光のあり方であった。ところが、1990年代から観光ニーズに大きな変化が生じており、従来の旅行会社によるパッケージ化された旅行商品を利用するような他律的観光とは異なって、旅人が自律的に旅を企画し実施する自律的観光が増えてきている。そういう意味で、私は「21世紀は自律的観光の時代になる」という予測を今から10年ほど前に提起していた。

 他律的観光が優位であった20世紀の日本の観光は基本的に3つの要素で成り立っていた。それらは「団体旅行」「名所見物」「周遊」という3要素である。要するに、20世紀の日本では、団体でいくつもの名所を周遊して回るという観光パターンが最も一般的であった。ところが、自律的観光の時代になって、団体旅行に代わって、個人・夫婦・家族・小グループ旅行が重要になっている。また、名所見物に代わって、参加体験・自己実現型の観光、つまりさまざまな芸術、スポーツ、森林浴、温泉浴、グルメなど楽しむ観光のあり方、が重要になっている。さらに、従来のいくつもの観光名所を短時間のうちに周遊して回るという観光のあり方から、一箇所に滞在して観光を楽しむというスローツーリズムが重要になってきている。そういう観光ニーズの変化に対応して、従来の視覚に重点を置いた「観光」重視から、五感を通して幸せを感じるという意味での「感幸」が重要性を持つ時代になっている。

 旅人が自立的に旅行を企画し実施する動きに連動して、日本の各地で旅行会社や観光開発会社に依存せずに地域社会の側が積極的に地域のさまざまな資源(自然資源、文化資源、人材資源など)を持続可能な形で活用することによって、自立的に地域観光の志向を図るところが増えている。

 北海道は、さまざまな観光資源に恵まれる可能性の大地である。現時点では、それらの優れた地域資源が十二分に活用されていないが、北海道の各地域が「自律的観光」の信仰に目覚めるときに、北海道観光のあり方は大きく変化する可能性がある。沖縄と北海道を単純に比較すると、現時点では沖縄のほうが優位に立っているが、北海道の各地域が「自律的観光」に目覚めるならば、10年後には多様な資源に恵まれる北海道のほうがはるかに優位な立場に立つことは明らかである。北海道は今後「感幸の大地」として、国民の健康・保養面で大きな貢献をなすことが期待されている。そういう視点にもとづいて、北海道における道路整備を計画することが日本の国益に適うものとなる。

 いまアジアで観光をめぐる大きな変化が生じている。私は、2010年代のアジアにおいて「観光ビッグバン」が発生すると予測している。経済発展に伴って、アジア諸国から外国に旅行する人の数が急増しており、それが2010年代に爆発的に増大する可能性がある。すでに、経済発展を背景にして、中国人の外国旅行者が急激に増加している。今後、日本人の想像を超えるかたちで、膨大な数のアジア諸国の人々が外国旅行をする可能性が大きい。

 このような状況のなかで、北海道は「アジアのなかの北海道」として、東アジアでも非常に特別な地域になり得る可能性が高い。すでに、アジア諸国から北海道を訪れる観光客が増加しているが、今後はアジアの富裕層が好んで北海道を訪れる可能性が高い。そのために、今後、国内外からの来訪者のレンタカーなどによる個人旅行が増えることが確実である。そのような自動車を利用した国内外の観光客のニーズに対応する形で道路整備を行なうことが重要であり、それによって地域での消費が増え、地域活性化に貢献できる。

 ところが、北海道の場合の課題を考慮すると、観光拠点間の距離が長いという特性を持ちながら、高規格道路のネットワークが貧弱であるため、周遊に要する時間が長いという弱点がある。効率的な周遊を可能にするという意味から、高速道路網の整備が重要になっている。また、今後確実に増える外国人観光客に対して、ドライブによる観光を支援するような施策が必要である。

 その一方で、観光ニーズの多様化により、スローツーリズム的な、1箇所に滞在して歩いたり、サイクリングしたりしながら地域の魅力を味わって感動を得たいという人が増えている。「歩く」・「自転車に乗る」という視点は重要であり、北海道ではそういったニーズに対応する整備もきめ細かくやっていくべきである。

 さらに、観光に関する多様なニーズがある中で共通して必要なのは、来訪者への分かりやすく適切な情報提供である。とくに、外国人観光客の急増が見込まれることを考慮すると、多言語による情報提供についても対応が求められている。

 現在、公共事業において「選択と集中」が重要になっており、従来のように単一の目的でこの道路が必要であると主張しても、理解が得られなくなってきている。複合的かつ重層的な目標を絡めながら、プライオリティをつけていくことが重要になっている。その際に、道民にとって必要な道路整備という視点に加えて、来訪者にとって必要な道路整備という視点も重視して判断していくべきである。

 「来訪者の健康保養の増進に貢献する道路整備」、「食糧基地やバイオ素材産業のような産業振興に結びつく道路」、「道民のくらしをよりよくする道路」といった、重層的になすべきことを統合的に体系づけて道路整備を図ることが必要である。そのような新たな概念の導入に当たっては、事業の費用対効果に関する新しい評価システムを構築して、合わせて提唱していく必要がある。

 いずれにしても、国家財政の制約があるなかで、道路施策を展開していくためには、各項目・各分野のプライオリティを明らかにしていくこと、つまり選択と集中が必要不可欠である。また、そのプライオリティは、道路施策だけではなく、社会資本全体でB/C等の定量的・科学的な知見を持って検討を行っていくことが重要になる。

 今後の道路整備を進めるに当たっては、民・産・官・学の連携が必要である。北海道における地域づくりは、これまで「官主導」で行なわれてきたというイメージが強かったが、シーニックバイウェイ北海道の動きなどは、多様な主体の連携が見られるという点で、高く評価すべき事例であると考えている。とくに、シーニックバイウェイの各ルート周辺の住民による地域資源(自然、文化、人材などの資源)の見直しなど、様々な要素を包含した先行的な取り組みであり、今後の道路施策の進め方について、ひとつの望ましい方向性を示している。この事業は、まさに北海道が全国をリードしている意味での「北海道イニシアティブ」を発揮しているものであり、今後さらに力を入れていくべきものである。