T.「地域のモビリティを確保すること」の意義

 人口減少が進み、地方では各地で鉄道やバス路線の廃止の動きが見られる。また市町村合併により、広大な市域を公共交通機関がカバーしきれず、地域社会の形成に大きな課題を抱えているところもある。車中心の社会にあって、車を運転できない高齢者等移動制約者の移動手段が確保できなければ、住民の日常の様々な活動に支障が生じ、地域にとっては死活問題である。
 こういった問題は地方に限らない。都会においても、高齢化の進んだ団地では通勤通学の利用者が減少してバスの本数が減リ、公共交通機関の網からもれた病院や介護施設、老人クラブなどへのアクセスに不便を強いられるといった状況が生じている。
 このような問題を避けるため、鉄道やバス路線が廃止されないよう、たとえばイベントによる利用者増加策などがとられることがあるが、そもそも交通サービスは、遊覧飛行やドライブと違って、多くの場合移動そのものに意味があるわけではなく、本源的需要を達成するための手段−いわゆる派生需要である。したがって、こういった問題に対してとるべき施策は本来、何のためにその移動手段を確保しなければならないのか、という点にまず焦点を当てなければならない。すなわちモビリティ確保という取組自体、「何のための施策か」をまず明確にしておく必要がある。

 この点については、次のように整理できるのではないか。すなわち
・ 今後進展する人口減少社会にあって、人々の安全・安心な生活が確保され、地域が活力を維持・向上させていくためには、一人一人のアクティビティ(活動の質と量)の向上・拡大が不可欠である。
・ この「アクティビティの向上・拡大」のためには、人と人、地域間相互の広域的な連携の拡大を図るとともに、魅力的な地域づくりを目指して内外交流の活性化を進めることが重要であり、
・ それを実現するために、人々の行動の可能性(移動のし易さ=モビリティ)を持続的に確保する必要がある。
 人口が減り高齢化が進んでも、より多くの人が容易に移動でき、街を出歩いたり社会参加することで人の活動がより活発になれば、地域の活力を維持することができるだろうし、病院などへのアクセスが容易になれば、より安心な社会が実現できるだろう。

 このように「モビリティの確保」は、住民一人一人の社会参加の機会を増やし、安心で活き活きとした社会の形成のために必要かつ有効な施策の一つである。したがって、自らの地域の将来の姿を想定しながら、その実現に向けた地域づくりの施策と一体となって総合的に考え、実行していく必要がある。
 特に地方自治体では、首長や議会と認識を共有し、首長のリーダーシップの下で組織の力を結集して、総合的に取り組むことが重要である。

 地方自治体は、従来より地域の交通体系について総合的に企画できる制度的枠組みを持っていたわけではないが、「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律(平成19年10月施行)」などを通じて、今後計画づくりに主体的な役割を果たすことが求められるようになるだろう。
 交通サービスを担う主体は多様化している。交通事業者は、運営や運行の専門技術と情報を積極的に提供し、市民やNPOは、計画段階から参画して利用者の立場で使いやすいシステムとなるよう提案するなど、地域の関係者がそれぞれの立場で保有する資源を提供し合い、協働して初めて、地域の実情に合ったサービスが提供され、地域のモビリティが持続的に確保される。その意味でも、地域の将来のあるべき姿を提示し、住民や関係者の先導役・調整役としての自治体の主体的役割が期待される。
 その際、これまで先人の努力によって積み重ねられてきた多くの実践例や様々な知見を体系化した計画技術などの「知恵」を自らの地域づくりに生かすことが大事である。そうすることで、人的・財政的に限られた経営資源を効率的に活用して、より効果的な施策を計画し、実行することが可能となるだろう。