U.地域のモビリティ確保に向けた取組の進め方



1.基本的な考え方・進め方


(1)地域づくりの施策として、戦略的かつ総合的な観点に立つことが重要

 まず、前記T.で示したように、モビリティ確保に向けた取組は、地域が抱える課題を解決するための有効な手段の一つであるという認識を、関係者が共有することが求められる。
その上で、交通以外の施策も含めた地域づくり施策全体の中の一つとして、総合的かつ戦略的に取り組む必要がある。
 施策を検討するために注意するべき着眼点は、「手引き」に整理している。すなわち、

■地域の実情やニーズをしっかりと把握し、地域の課題に応じた計画とする。検討の進め方としてゼロベース(既存のものも含めて公共交通が無いと想定するところ)から始めることも重要。

■モビリティ確保に向けた取組は、地域づくり(暮らし、医療、学校、観光等の諸課題)と一体となって総合的に検討する。

■単一の交通機関ではなく、複数の交通機関の特性を活かし、広域的・総合的な観点から考える。

■多様な主体の参画・協働(コーディネーション)が重要。

■身の丈に合った計画とし、不断の状況把握(モニタリング)と見直し改善を行うことにより、持続可能な仕組みとする。

■一人一人の交通に対する意識の転換が必要。(公共交通が自らの地域を支えている財産であるという意識の醸成等)

■限りある経営資源(資金、保有資産)を活用し、効果を最大限発揮するための仕組みとする。

■人材の育成・確保、ノウハウの共有が必要。特に、多様な主体の参画・協働を得て地域全体の取組として進めていくためには、リーダーや調整役等、行動力ある人材が不可欠。
 
 取組を進めるにあたっては、これまでの実践例や様々な知見を体系化した計画技術も参考としつつ、既成の概念に囚われることの無い様に注意しながら、@自らの地域の実情やニーズを的確に把握し、Aその分析に基づき目指すべき方針・目標を掲げ、Bそれを実現するための具体的かつ総合的な計画を検討・作成し、Cそれを戦略的に実施する、ことが求められる。

 我が国では、地域公共交通の活性化及び再生に関する法律(平成19年10月施行)によって、市町村が協議会を設立して、関係する主体の参加・協力の下、地域にとって最適な公共交通のあり方について総合的に検討し、合意形成を図り(「地域公共交通総合連携計画」の作成)、その結果を各主体が尊重して施策を推進するという方法が導入されるなど、地域のモビリティ確保に向けた取組は市町村が中心となり、地域のモビリティに利害関係のある多様な主体が連携・協力して進めるべきとの考えが定着しつつある。
 市町村は、この重要な役割を担っていることを自覚するとともに、「モビリティの確保」に向けた取組が、一人一人の社会参加の機会を増大し、これがアクティビティの拡大につながることによって、『自らの地域を活き活きとした社会とする原動力となる』との信念を持って、多様な主体との密接な連携によってその「力」を引き出し、創意工夫を重ねながら、総合的な交通施策を作成し、これを戦略的に推進することが求められる。
 また、T.で記述したように、取組を進めるためには、交通事業者や市民が、それぞれの立場の考えや技術、情報を提供しあい、連携・協働することが必要である。これに加えて、国や県の交通を担当する部局や、環境、福祉、まちづくり等の担当部局も、自らの問題として参画することにより、『活き活きとした地域社会』を実現するための基礎となる施策として計画・実施することが出来る。(図−1)

 民間企業が市場調査(マーケティング)に基づく戦略を立てて実行するのと同様に、交通に関する計画も、ニーズを的確に把握してそれを踏まえて作成することが、成功するための早道であり必須条件となる。計画の策定にあたっては、様々な選択肢がある。需要の多寡・広がり・時間的変動、担い手の存在、リスクの分担等、様々な要素(自らの地域の実情)を的確に把握し分析することによってこれらを浮き彫りにした上で、どのような手段でどの程度のサービスを提供するか、そのサービスの提供をどのような主体で行うか、を検討することが必要である。(図−3)
 この際、単なる「真似」では成功には結びつかない。むしろ、地域によってひとつとして同じシステムは無いと言った方が適切であろう。
 さらに、いい計画を策定し、実施するだけでは効果は限定的になる。市民に「使って頂く」ためには、まず「知って頂く」ことが必要となる。そのためのPRは、成否を左右すると言っても過言ではないほど大きな要素となる。属性ごとに手法を変えるなど、戦略的に取り組むことが求められる。
 また、利用者ごとにニーズが異なる状況で当初から完璧な計画とすることは不可能であり、計画実施後も、利用状況や利用者の意見などを継続的に把握し、改善することも重要である。この時、場合によっては運行頻度を下げることなども含めて柔軟に検討し、利用者のニーズと経営資源(保有施設や財政状況)のバランスにも留意しながら、より最適な計画となるよう努力するべきである。(図−2)

 このような地域のモビリティ確保に向けた施策や取組の計画・実施のためには、規模の大小の差はあれ、経費が必要となる。限られた経営資源の中で新たな支出は厳しいが、例えば、施策の実施によって公共交通の利用者が増えれば、運行を維持するための支出が低減したり、同程度の負担でより利用者のニーズに合ったサービスを提供できたりする可能性があり、中長期的にとらえれば、トータル(全体)での経費の低減や経営資源の有効活用につながる可能性もあることに留意が必要である。(施策を担当する部局は、その経費が必要な理由やトータルコストが低減する見通しなどについて説明するとともに、関係主体で経費を分担するなどにより、限られた経営資源を最大限有効に活用する努力が求められる。)
 これらの取組を進める上での「知恵」を、「2.成功に導くための留意点」で紹介する。




(2) 進め方の流れ

 前記U.1.(1)の認識に基づき地域のモビリティ確保に向けた取組を進めるとき、そのプロセスや項目ごとの大まかな実施内容・留意点を示すと、以下の通りとなる。但し、各地域の事情により、必ずしもこの通りとする必要はない。



 <各項目(段階)での実施内容・留意点>

(1)動機・背景
 地域のモビリティ確保に向けた取組に着手する動機・背景は、それぞれの地域の事情により様々である。
例えば、自治体内での格差解消(交通空白地域の解消:市町村合併により顕在化するケースもある。)、人口減少・高齢化社会の下でのコミュニティ・生活サービスの維持・向上、公共交通の利用促進(利用者の減少傾向や財政負担への影響への危機感等)、交流人口の拡大(観光による誘客)のほか、既存の交通事業者の撤退(表明も含む)を契機として、地域住民等の危機感が高まり、自治体、事業者、住民の連携強化に結びついている例もある。
 但し、「交通サービスが縮小されるから、何か手を打たなければならない」というだけでは、対策も交通サービスのみで考えがちで、対症療法的になる恐れがある。これでは、取り組む姿勢としては、不十分である。
 地域の交通のあり方を考える際に重要なことは、単に公共交通の利用者数を増やすことや、既存の交通サービスの維持だけを考えるのではなく、交通体系全体や人口減少・高齢化への対応、環境、地域・都市構造等、地域が抱える課題も含めた戦略的かつ総合的な観点に立つことである。どのような地域住民の生活の将来像を目指すのか、地域・都市の活力をどのように高めていくのかといった地域・まちづくりの方針や目標の下で、それを実現するツールとして交通施策を位置づけ、そのあり方を考えることが重要である。※
  ※地域・まちづくりの方針や目標を実現・達成するためには、現在の交通サービスの状況が阻害要因となっているため、これを改善するための施策を計画、実行することが必要という発想。
 また、このような観点に立てば、地域・まちづくりの方針や目標を達成するために、特定の交通施策ありきで考えることは、かえって非効率な取組になるケースがあることに留意する必要がある。また、財源等の制約条件により、交通施策で対応することが難しい場合には、交通以外の施策を代替策として検討することが必要である。

(2)体制・組織の設置・運営
 地域住民のニーズを踏まえつつ、持続可能な地域の交通体系の構築を実現するためには、地方自治体、交通事業者、地域の企業、住民・NPO等関係者の知恵を結集して、取組を検討、実施することが重要である。
 そのためにはまず、関係する主体の間で相互の理解をベースにした信頼関係を構築することが必要である。
 また、地域のモビリティを確保する取組の実現には多様な主体が関与するため、それを円滑に進めていくためにも、当初から関係者間で問題意識を共有しておくことが重要であり、情報の共有、真摯な話し合いを継続するための場を設置することが重要である。
 中でも、地域の実情を熟知している市区町村は、地域の生活、活力を支える基盤としての地域の交通体系を維持、再生する上でその役割は大きく、多様な関係者とともに検討を進める上でも、特に初期の段階では、コーディネーターとして議論をけん引する役割が求められる。
 この際、地方自治体は、交通事業者、地域の企業、住民・NPO等関係者が課題を共有し、真摯に話し合い、連携・協働する機運の醸成に努めることが重要である。
 また、住民が主体的に地域交通の課題に取り組み、交通事業者と協議を行っている場合においては、地方自治体にはサポート役としての役割が求められる。

(3)予算
 取組を行う際に、その実施のために必要な経費を確保することが重要であるが、アンケート調査等を職員自らが委託せずに実施している事例もあり、予算がなくても行うことができる取組はある。予算の確保が厳しい場合には、できる限り委託せずに実施する工夫をし、どうしてもできないものに厳選して予算を確保して委託するという考え方で進めるという発想も必要である。
 一方で、何らかの取組を実施する場合には現実問題として資金が必要となる。その確保のためには、できるだけ既存の制度や財源を活用することが重要である。地域の交通体系の改善・構築に活用可能な補助制度としては、国土交通省所管の制度だけでなく、環境・エネルギーや地域活性化などに関連する補助制度を活用することも可能であり、組織横断的に情報収集することで、効果的に財源を確保することが重要である。
 また、取組を継続していくためには、運営面での財源を確保することも必要になる。この場合も自治体、交通事業者、地域住民の役割分担を考えることが重要である。
 この際には、単に予算額ありきで実施内容を計画するというやり方では無く、まず効果的な実施内容を考えて、その実行の為に必要な予算額を出し、確保できる財源がこれに満たない(足りない)場合には、関係者でこれを分担する(それでも足りない場合は、実施内容を考える段階まで戻って検討し直す)という順で進めるべきである。
 さらに、地域のモビリティを巡る状況を把握し、その的確な分析に基づき作成された計画を実施することによって、利用者数が改善するなどの効果が出れば、運行を維持するための経費の低減につながり、トータル(全体)の経費で比較すれば、計画の作成に要した費用を含めても安価となることもあり得る。あるいは、同程度の経費であってもより利用者のニーズに合ったサービスを提供できる様になる可能性もある。逆に言えば、現在の状況の把握や分析をせずに計画の作成・実施をすると、効果が低くなってトータルの経費が増加するリスクが高くなる恐れがある。

(4)地域交通の現状の把握・分析による課題の整理・具体化
 解決すべき課題を明確化するためには、地域交通を取り巻く現状を把握することが必要となる。
そのためにはまず、既存データの整理を行いながら論点を明確にし、現状を改善するために取るべき道筋についての仮説を立て、その立証のために、新たに調査で補完すべき情報を明確にする。
 次に、そのために必要な情報を収集するための調査を実施する手法として、住民を対象としたアンケート調査やヒアリング調査などがある。
 この際、論点・仮説を立証するという目的であることを意識して、そのために必要なデータを収集できるように、調査の対象と内容を計画・設計することが重要である。
 収集したデータを分析し、地域交通を取り巻く現状と論点、自らの地域全体の課題の解決手段としての交通施策という視点も考慮しながら、仮説の検証等を行うなどにより、課題の整理を行う。

(5)基本方針・達成目標の設定
 取組のターゲット・目的を明確にした基本方針を設定するとともに、当該方針に基づいて達成すべき目標を設定する。
 目標は定量的に示されることが望ましいが、すべての事項が定量化できるとは限らないため、そのような場合は定性的目標を設定することもあり得る。設定にあたっては、目標としての分かり易さやモニタリング(観測)のし易さを考慮する必要がある。
 また、設定する際には、関係者で合意し、共通の目標とすることが求められる。そのための関係者間の協議、合意形成が必要である。

(6)施策・事業の検討、選択
 地域の実情に即した計画とするためには、「現状から変更しない」案も含めた複数の代替案を作成し、それらの実現可能性、効果、影響、持続可能性などを評価した上で、選択を行う。選択にあたっては、交通担当部署が単独で決めるのではなく、関係者の合意形成を図ることが重要である。

(7)計画の策定
 (5)の基本方針に基づく改善目標を達成するための施策・事業を実施するためには、それをどのような手段で提供するのか、計画を策定することが必要となる。
 単に先進事例を模倣するだけでは失敗する可能性が高いことから、関係者との合意形成を図りながら、地域の実情やニーズに即した計画を策定することが重要である。
 運営主体は、自治体、交通事業者、住民・NPOといった利害関係を有する主体の間で適切な役割分担となるよう検討し、持続可能な体制とすることが重要である。
 運行計画は、住民ニーズなどの調査・分析結果を踏まえた利便性の向上と持続可能性の2つの観点を考慮した適切な計画となるよう検討するとともに、交通施策の範囲だけにとどまらず、他施策との連携を検討することが求められる。
 また、作成した計画は、実証(社会)実験による運行などにより、円滑に実施できるか、計画した内容が適切であるかどうか(期待した効果が発現するか)の検証が重要である。
 検証結果は、計画内容の改善に反映させ、検討段階で想定したニーズ等がなかった場合などは無理に本格実施をしないという選択肢も含めて検討する姿勢も重要である。

(8)計画の実施、モニタリング・フィードバック
 本格実施にあたっては、関係者で合意した計画に基づき、それぞれの主体が自らの役割・責任を着実に果たし、協力して円滑に実行することが重要である。
 また、取組を開始した後においても、引き続きモニタリング(観測)を行い、評価、見直し・改善策の検討を継続することが重要である。(PDCAサイクルの実行)
 評価の結果、「交通サービスでの対応が困難」と考えられる場合には、交通施策以外の代替施策(日用品等の配達サービス、訪問看護サービス、遠隔医療 など)を選択肢に入れて再検討するところまで遡ることも必要である(図中:☆印)。

(9)人材、計画技術の維持・向上
 地域のモビリティを確保する施策を効率的・効果的に実施し、かつ長く持続していくためには、特定の個人の責任や能力に背負わせるのではなく、組織として地域交通に関する情報や知恵を蓄積し、継承できる仕組みづくりや人材の育成が必要である。
 外部の専門家の支援を仰ぐ場合でも、自らの組織に一定の知恵と情報が蓄積・継承されることに留意することが重要である。


<取組のプロセスの具体例−実践例から−>
 地域のモビリティ確保に向けた取組を進めるプロセスは、実際には様々なパターンがあり得る。ここでは、具体的な事例に即して、そのパターンを以下に示す。(具体的な内容については、Vを参照)