V.異分野連携による新たな交通サービスの提供方策

1.異分野連携の必要性

(1)各分野で提供されているさまざまな交通サービス

@中山間地域で提供されている交通サービス

 異分野連携による新しい交通サービスの提供方策について話を進めるための前提として、各分野で提供されている交通サービスの現状をみてみます。

 平成9年末に国土庁が実施したアンケート調査によると、中山間地域の市町村のうち、「スクールバス」が運行されている市町村は実に63%もあるほか、「福祉バス・タクシー」は33%、「企業等の送迎バス」は31%、「患者輸送バス・タクシー」は21%となっており、「民営乗合バス」「タクシー・ハイヤー」「廃止路線代替バス」などとともに、実に多様異分野の交通サービスが提供されていることがわかります。

 

 

A路線バス利用者の利用目的

 次に、乗合バスの利用層をみますと、「高齢者の通院」の90%、「高校生の通学」の79%をはじめとして、「中学生の通学」「小学生の通学」「その他の通院」が上位を占めていますが、これらは、スクールバスや患者輸送バスの輸送対象と重なる部分が多く、限られた需要を奪い合う状況にあることが分かります。

 「利用者の減少が利便性を低下させ、それがさらなる利用者の減少を招く」という循環構造の原因は、このようなところにも存在しているのです。

 

 

 

(2)異分野連携の必要性〜サービスの一元化と需要の集約化〜

 こうしたことから、乗合バス、スクールバス、患者輸送バス、福祉バスといった「複数の交通サービスの一元化」と、通勤、通学、通院、買い物といった「多様な交通需要の集約化」こそが、中山間地域の交通サービスを維持していく上で異分野連携の追求すべき姿であると考えられます。交通サービスの一元化は運行コストを削減し、交通需要の集約化は乗車密度を高めることにつながります。

 

 

 

2.異分野連携の具体的方策

(1)連携対象となる分野〜教育・医療・福祉分野を中心に〜

 異分野連携の検討対象分野として、まず、交通サービスの主役である「乗合バス」を中心に据えることにします。

 また、その連携相手としては、教育、医療、福祉の各分野が中心になると考えられます。スクールバス、患者輸送バス、福祉バスは多くの市町村で運行されていますし、地方自治体の関与が大きいということからも、取り組むべき必要性の高い分野と考えられます。

 それ以外の連携対象分野としては、工場等の企業送迎、観光、宅配便などの貨物輸送や郵便物輸送などが考えられます。

 また、人口密度の希薄な中山間地域の交通においてドア・ツー・ドアのタクシーが持つ利便性を踏まえ、バスとタクシーとの中間的モードの成立可能性についても、追求することにします。

 

 

(2)連携のパターン〜間合い使用・混乗化・統合〜

 次に、教育、医療、福祉の主要3分野について、具体的な異分野連携のパターンを検討してみると、大きく分けて3つのパターンが想定されます。ここでは、スクールバスを例に取って説明します。

 パターンの第一は、「間合い使用」です。スクールバスは登下校時にだけ運行されるので、それ以外の間合い時間を利用して乗合サービスを提供したり、その逆に、乗合バスの間合いにスクールバスとしてのサービスを提供することが考えられます。

 第二のパターンは、「混乗化」です。スクールバスしか運行されていない地域では、スクールバスを一般住民に開放することによって、一般住民も交通サービスの提供を受けることが可能となります。

 第三は、「統合」です。スクールバスと乗合バスという複数の交通サービスが提供されている場合、いずれか一つのサービスに一本化するのがこの「統合」であり、最も緊密な連携のパターンといえます。

  

 

(3)免許制度と補助制度〜現行法制度下における可能性〜

 異分野連携を進めていく際には、免許制度や補助金の目的外使用の問題もチェックする必要があります。

@免許制度:地方自治体等による交通サービスの可能性

 まず、免許制度についてですが、下表は運行主体別に免許制度を整理したものです。交通サービスは、有償と無償、運送事業と自家輸送に分類されます。

 地方自治体が自ら提供する交通サービスのうち、無償、すなわち運賃が無料である場合は、自家輸送として運行することができます。また、有償の場合も、道路運送法80条による運輸大臣の許可を得ることで、自家用車両のまま運行できます。

 また、地方自治体が交通事業者に委託して交通サービスを提供する場合にも、乗合事業者だけでなく、貸切事業者やタクシー事業者も、道路運送法第21条に基づく運輸大臣の許可を得ることで、乗合バスを運行することができます。

 

A補助制度

 次に、補助金の目的外使用の問題についてみてみます。

 下表にみるように、スクールバス、患者輸送車、デイサービスセンターなどへの送迎には国による補助制度があります。これらの補助を得て購入した車両は、原則として目的外の使用は認められません。

 ただし、スクールバスについては、最近になって条件が大幅に緩和されており、児童・生徒の輸送以外に、交通空白地帯であることなどを条件に、地域住民の有償運送に用いることも認められています。

 また、福祉バスや患者輸送バスについても補助制度はありますが、多くは国からの補助を受けておらず、その場合、異分野連携の障害はありません。

 こうしたことから、現行の免許制度や補助制度の下においても、異分野連携を行うことは十分可能であると考えられます。

 

 

(4)導入時の課題と解決方策

 次に、異分野連携を実際に導入する際の課題と解決方策について検討しました。

 各分野に共通する課題として、4点が挙げられます。

 1点目は既存の交通事業者との競合です。異分野連携を進める際には、競合が懸念される既存事業者への外部委託などによって、その事業を妨げないように十分配慮することが必要です。

 2点目はダイヤ上の制約です。多様なニーズに対応しつつ、交通サービスの一元化を進めていくためには、学校や病院、福祉施設などの運営時間との間で調整を行うことが必要となります。

 3点目には車両・運転手などの余剰化の問題が考えられます。これには、車両更新時や運転手の退職時などを契機として、計画的に連携を進めていくことが必要となります。

 4点目に、有償サービスと無償サービスを統合する際の対応として、無料パスの発行などによって、有償の乗客と無償の乗客を区別すること、また、異なる分野間でのコスト分担を適切に行うことが必要です。

 このほか、各分野別の課題として、例えば、教育分野では、スクールバスの運行を条件として学校統廃合を行ったケースが多いため、住民との合意形成が重要な課題となる、といったことが挙げられます。

 

(5)異分野連携のイメージ

@乗合バスへの統合

 中山間地域のうち、民営乗合バスが運行されている地域については、交通事業者の企業努力を喚起するとともに、市町村が交通サービスを提供することによって民営圧迫とならないよう、他の交通サービス(スクールバス、福祉バス、通院バス等)を乗合バスに統合していくことが考えられます。

 また、公営バスや廃止路線代替バスが運行されている場合も、同様に他の交通サービスを統合していくことを基本とすることが想定されますが、その場合には地方自治体が交通サービスの提供者としても重要な役割を果たします。さらに、これ以外も含めたあらゆる交通サービスを一元化するためには、交通事業者に公営バスや廃止路線代替バスの運行を委託し、事業者が異分野連携の主体となることが望ましいと思われます。

 ただし、乗合バスへの統合に際して廃止する公共の交通サービス(スクールバス等)に関して従前に補助金を得ていた場合(へき地児童生徒援助費等補助金等)、統合に伴ってその補助金が得られなくなる可能性があります。このうち、スクールバスについては、文部省の補助金承認要項により、「交通機関の運行回数が著しく少ないことにより交通機関の利用が著しく困難な地域」であれば、一定の要件のもとにスクールバスの住民利用が認められます。そのような場合には、スクールバスは統合せずに残したまま、乗合バスと同一の事業者に委託して運行を一元化するか、スクールバス以外の交通サービスを廃止して、スクールバスに統合するということも考えられます。

 

A無償バスへの混乗化

 スクールバスは非常に多くの地域で運行されており、乗合バスはなくても、スクールバスはあるという地域が存在します。文部省補助金承認要項により、「バス等の交通機関のない地域」では一定の要件のもとにスクールバスの住民利用(児童生徒の通学以外の目的での運行または便乗)が認められていますので、このような地域においては、スクールバスの混乗化や間合い使用による乗合バスの運行により、交通サービスを提供していくことが考えられます。また、福祉バスや通院バス等の地域輸送サービスについては、国による助成を受けていない場合が多いため、都道府県等による補助金による制約がなければ、同様に混乗化や間合い使用が可能です。

 また、混乗化の対象となるバス(例えばスクールバス)以外に、特定目的の交通サービス等(例えばスクールバス以外の公共無償バス、企業送迎バスや病院送迎バス等の民間無償バス、郵便物・宅配便等の貨物輸送等)が存在している場合には、それらの混乗バスへの統合も進めることが求められます。

 ただし、この場合も市町村の直営でなく、事業者に委託した方が異分野間の連携が促進される可能性が高いといえます。

(6)様々な分野における連携

 教育、医療、福祉という主要分野のほかにも、様々な分野との連携が想定されます。

 まず、交通サービスの一元化と交通需要の集約化という点で共通なのが、企業などの送迎バスです。

 また、貨物・郵便物輸送との連携についても、同様の考え方をとることができ、実際、乗合バスを活用して宅配便や郵便物、新聞などを輸送している事例があります。

 一方、やや性質が異なるものとして、観光との連携があります。その違いは、異分野連携により、新しい交通需要の創出を図っていくという点にあります。中山間地域は豊かな自然環境に恵まれ、魅力的な観光資源を有する場合が多いため、観光分野との密接な連携を図ることなどにより、新たな交通需要を創出することが期待されます。

 以上のように、各分野毎に異分野連携をみてまいりましたが、実際に異分野連携を進めていく際には、それにとどまらず、あらゆる分野が連携した交通サービスの提供を目指し、連携の効果を最大化していくことが重要であると考えられます。

 

 

(7)バス・タクシーの中間的モードの模索

 それでは次に、バスとタクシーの中間的モードについて考えていきます。

 中山間地域では、バスとともにタクシーが重要な交通手段となっていますが、タクシーは「定員10人以下の自動車を貸し切って旅客を運送するもの」とされており、定員11人以上の自動車の利用や、乗合での運送が原則としてできません。一方、乗合バスは、小型のものでも定員20人以上のものが多く、バスとタクシーの間に交通サービスの空白が存在しています。

 中山間地域では、交通需要が小さく、狭隘な道路も多いため、この空白を埋めるような交通サービスの提供が重要と考えられます。現状では、過疎地型乗合タクシーが導入されていますが、その数はまだ多くありません。

 

 

 海外でも、イギリスのダイアル・ア・バスのように、乗合型の交通サービスでありながら、タクシーのようなドア・ツー・ドアに近いサービスを提供している事例があります。

 今後は、こうした事例も参考にしながら、乗合バスのマイクロバス化や乗合ジャンボタクシーの導入など、地域の需要規模に応じた適切な車両を選択していくこと、また、小型車両を用いる機動性を活用して、デマンド制やフリー乗降制など、サービスの多様化、利便性向上を図っていくことが期待されます。

 また、再び異分野連携ということに着目すると、福祉バスや患者輸送バスは比較的小型の車両を使用する場合も多いため、その間合い使用や混乗化などによって、タクシーや乗合タクシーとの連携を行うことも考えられます。

 なお、別途、道路運送法80条に基づいて地方自治体が運営主体となり、その運行業務をタクシー・ハイヤー事業者に委託することも考えられます。

 

 

 

(8)利用者ニーズと地域資源を踏まえた連携の必要性

 これまでにみてきたように、実に多様な異分野連携が想定されますが、それぞれの地域では、実際にどのような連携を行えばよいのでしょうか。

 その検討の際には、二つの視点が重要であると考えられます。

 一つは、地域住民をはじめとする交通サービスの利用者がどのようなサービスを求めているのか、ということです。異分野連携は、それ自体が目的ではなく、利用者が求める交通サービスをいかに効率的に提供していくか、という手段の一つに過ぎません。まず、利用者の交通サービスに対するニーズを的確に把握することが重要です。

 もう一つの視点は、地域がどのような連携の資源を有しているのか、ということです。乗合バスやタクシー、スクールバスなど、地域に存在する交通サービスをすべて異分野連携の資源として捉え、その資源に応じた地域毎の異分野連携のあり方を考えていくことが必要です。

 

 

 

3.異分野連携の担い手〜大きい地方自治体の役割〜

 これまで、異分野連携のあり方について考えてまいりましたが、ここからは、誰が異分野連携を進めていくのかという点について、市町村を中心とする地方自治体、交通事業者、さらには地域住民それぞれの立場からみていきます。

(1)地方自治体の役割

@地域交通政策の担い手としての市町村

 まず、市町村ですが、その果たすべき役割として、2点が挙げられます。

 1点目は地域交通政策の担い手、ということです。中山間地域における交通サービスは、事業として採算をとることが容易ではありませんが、一方、地域住民にとって交通サービスは、生活になくてはならないものです。このため、地域の交通事情や住民のニーズを直接把握できる立場にある「市町村」が、地域交通政策の主体として、提供すべき交通サービスの検討とその実現を積極的に進めていく必要があります。

A異分野連携のコーディネーターとしての市町村

2点目の役割は、異分野連携のコーディネーターとしての役割です。市町村は、廃止路線代替バスだけでなく、スクールバス、患者輸送バス、福祉バスなど異分野の交通サービスの運営も行っているケースが多く、地域の輸送サービスをトータルで捉える立場に立つことができます。このため、市町村が異分野連携のコーディネーターとして、交通事業者に積極的に提案することが求められます。

 

 

B広域連携の必要性と都道府県の役割

 ただし、生活が広域化した現在においては、交通問題には、単一市町村だけでは対応しきれない場合も多く、複数の市町村が広域的に連携して、交通問題の解決に取り組んでいく必要があります。例えば、津軽地域の28市町村では、「津軽地域路線バス維持協議会」を設置し、広域的に交通問題に取り組んでいますが、市町村の自発的な取り組みでは、十分な連携が得られない場合も多く、その調整役として、都道府県も積極的な役割を果たすべきと考えられます。

 

 

(2)交通事業者への外部委託化

 次に、交通事業者の役割についてみてみますと、一般に、地方自治体が自ら交通サービスを提供するよりも、本来の業務として交通事業者が提供する方が、効率的に良質のサービスを確保できると考えられます。実際、市町村による廃止路線代替バスの運行においても、外部委託化が進行しています。

 こうしたことから、異分野が連携した交通サービスの実際の運行業務は、地方自治体が提供する交通サービスを外部委託することも含めて、基本的に交通事業者が業務として担うことが望ましいと考えられます。

 

 

(3)地方自治体と交通事業者の協働のあり方

 それでは、地方自治体と交通事業者は、どのような関係のもとで、異分野連携を進めていくべきでしょうか。これには、イギリスをはじめ欧州各国の取り組みが参考になります。

@競争原理の活用による外部委託

  まず、第1点は、競争原理を活用しながら外部委託を行うということです。

 地方自治体が交通事業者に委託する場合には、イギリスの補助金入札制の例にみるように、複数の事業者に競わせることが重要であると考えられます。競争原理の活用によって、地方自治体の委託コストの削減が期待されますが、実際、イギリスの補助金入札制では、大きな効果が得られています。また、交通事業者が競合してコスト競争力を強化する過程で、事業の効率化を目指した異分野連携も促進されていきます。

 我が国においても見積もりを複数の事業者から出させるなどの競争原理の活用が考えられます。

 

 

A地方自治体と交通事業者との連携が生む異分野連携

 第2点は、地方自治体と交通事業者の連携が生む異分野連携という点です。

 地方自治体は廃止路線代替バス、スクールバス、福祉バスなどをすべて統合した上で、一括して交通事業者に委託し、交通事業者との協働関係を構築することで、計画的に交通政策を行うことが可能となります。委託後も、地方自治体が常にフォローアップしながら、地域の交通事業者との連携を図ることによって、異分野連携をさらに進めることができます。

 

 

 平成9年末に国土庁が実施したアンケート調査の結果によると、市町村と交通事業者との相互連携が図られていない様がみてとれますが、まさにここが問題なのです。

 

 

(4)地域住民の役割

 次に地域住民の役割についてですが、大半の人は、地域にとって交通サービスは必要と考えていても、実際には自家用車しか利用しない、というのが現状です。このため、交通サービスを維持していくには、地域住民の理解と協力により、交通サービスの利用を促進していくことが重要です。

 そのためには、地域住民が交通サービスを自分たちのものとして捉えるための仕掛けづくりが必要と考えられます。例えば、バス路線維持のために、地域住民による回数券の買い取りという形で住民が費用を負担している例がありますが、こうした取り組みを通じて、自家用車利用からバス利用に転換したり、バスがあることによって初めて外出するようになるなど、それまで潜在化していた需要を顕在化させるという効果が認められています。

 

 

4.異分野連携の意義〜多自然居住地域の創造〜

 ところで、中山間地域の交通サービスを取り巻く環境は、ますます厳しくなりつつあります。そのような状況にあって、異分野連携を進めることは、どのような意味を持つのでしょうか。

 まず、異分野連携によって交通サービスを一元化すると、運行コストが削減され、また、交通需要を集約化することにより、乗車密度も向上します。このため、異分野連携は、交通サービス全般における効率化を促進します。

 交通事業者にとっては、こうした効率化によって事業の採算性が向上し、地方自治体にとっても、交通サービスを維持するための費用が削減されます。このため、異分野連携を進めることによって、人口密度の低い中山間地域においても、交通サービスを維持していくことが容易になります。

 

 交通サービスを維持することは、高齢者や障害者をはじめとする自家用車を利用できない地域住民にとって、「生活の足」を確保することになります。

 しかし、交通サービスの維持はこれにとどまらず、中山間地域に様々な変化をもたらすものと考えられます。

 例えば、「生活の足」を得た高齢者・障害者が積極的に外出するようになったり、混乗化によって車内での住民相互のコミュニケーションが活発化したり、その地域に住むことの安心感が高まり、定住化が促進されたりします。こうしたことが、まさに地域の活性化と言えるのではないでしょうか。

 さらに、交通サービスの維持により、活発化しつつあるグリーンツーリズムも含めて、中山間地域と都市部との交流が促進されますが、こうした交流人口の拡大を通じて、新しい国土構造の形成も進展することが期待されます。

 このように、「異分野連携」という新たな視点を持つことが、交通サービスの効率化・維持を可能とし、新しい全国総合開発計画が提唱する多自然居住地域の創造につながっていくのです。

 

 

 

 

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