交通分野における新たな課題について考える研究会 要約

 

 

T.研究会の概要

 

●背景及び趣旨

 現在、我が国では、経済のグローバル化、地球環境問題の台頭、高度情報化時代の到来など、かつてないほど大きな時代潮流の転換期を迎えている。また、このような中で生じてくる新しい生活様式や経済活動を支援するため、人々の交流や連携、モノの移動等を支える交通インフラの役割は増大している。

 一方、緊急の課題として進められている財政構造改革、あるいは長期的な投資余力の減少に対処するため、交通インフラのストックの有効活用や機能向上が求められている。また、地方分権や規制緩和の進展により、交通政策にかかる地方公共団体、民間、NPO等の役割も増大しつつあり、総合的な地域交通体系の整備の重要性も増している。

 そこで、本研究会はこうした様々な時代背景を踏まえ、21世紀を迎えるにあたり、我が国の交通基盤整備における課題等を整理した。また、将来の総合交通政策の方向性について幅広い分野からの知見を集め、今後の政策の展開に資する施策やその推進方策の検討に繋げていくことを目的に、関係各省庁等の参加も得ながら、検討を行った。

 

●研究会の構成及び進め方

 研究会は、以下の3分野ごとに3〜4回ずつ、計10回のテーマで開催し、ゲストスピーカーからの話題提供を受けて、ディスカッションを行った。

 

  [研究会テーマの一覧]

1.交通をとりまく状況の変化に伴う交通ニーズへの対応

 

(第1回) 情報化の現状と交通

(第2回) 国際競争力向上のための国際人流の課題

(第3回) 環境NPOからみた交通

 

2.効率的な物流活動を支える交通施策

 

(第4回) 効率的な国内物流に向けた交通課題

(第5回) 国際分業による企業活動を支える国際物流の課題

(第6回) 効率的な物流活動を支える交通施策

 

3.交流連携による地域の活性化への対応

 

(第7回) 観光、あるいは旅行業の変遷と今後の方向性

(第8回) 連携の拠点としての中心都市の交通課題

(第9回) 交流・連携とバリアフリー

(第10回) 地域連携・交流に必要なもの

 

●研究会のメンバー

 毎回の研究会には、固定メンバーと各回の話題を提供したゲストスピーカー(2名を原則とした)が参加した。

 固定メンバーについては、埼玉大学久保田尚助教授のほか、国土庁その他関連省庁担当者、及び事務局の三菱総合研究所が参加した。

 一方、ゲストスピーカーは、以下に示したように、企業の担当者、NPO等の個人の活動者、学識経験者等のさまざまなメンバーに依頼した。

 

交通分野における新たな課題について考える研究会 ゲストスピーカー一覧

 

1.交通をとりまく状況の変化に伴う交通ニーズへの対応

(1)情報化の現状と交通

・新崎 力哉 潟rューワークス取締役(旭川市在住)

・須藤 富弘 三菱電機滑ッ公CCV事業推進本部担当部長

(2)国際競争力向上のための国際人流の課題

・天野  昭 潟jューメディア代表取締役

・渥美 裕之 三菱商事滑驩謚J発部企画室課長

(3)環境NPOからみた交通

・高木 史人 (財)リバーフロント整備センター

       (地球環境を守る市民の会行徳連絡所:環境NPOの事務局長)

 

2.効率的な物流活動を支える交通施策

(1)効率的な国内物流に向けた交通課題

・長谷川雅行 日本通運葛ニ務企画部担当部長

・稲垣 邦夫 ソニーロジスティクス蒲A送ネットワーク室統括部長

(2)国際分業による企業活動を支える国際物流の課題

・村上 章二 日本郵船兜ィ流グループアジアオセアニア物流チーム課長

・山本 貴史 日産自動車兜ィ流統括部物流管理グループ上級主事

(3)効率的な物流活動を支える交通施策

・林  克彦 流通科学大学商学部教授

 

3.交流連携による地域の活性化への対応

(1)観光、あるいは旅行業の変遷と今後の方向性

・山下 和之 轄繼}交通社海外旅行部企画開発課係長

(2)連携の拠点としての中心都市の交通課題

・後藤 忠俊 会津短期大学産業情報学科教授

・大熊 久夫 (財)計量計画研究所研究部部長

(3)交流・連携とバリアフリー

・山崎  敏 (社)シルバーサービス振興会主席研究員

・中澤  信 「みんなのたび」代表

(4)地域連携・交流に必要なもの

・松本 研二 潟潟Nルート地域活性事業部エグゼクティブプランナー

・軽石  昇 鞄W勝地レストハウス代表取締役

 

 

U.研究会で議論された主な内容

 

 3つの分野ごとに、検討された内容を要約すると、それぞれ以下のとおりとなる。

 

(1)交通をとりまく状況の変化に伴う交通ニーズへの対応

 このシリーズでは、交通をとりまく時代潮流として、「高度情報化」、「国際化」、「環境重視」の3つをテーマに取り上げ、それぞれの視点と交通との関わりから、交通課題を議論した。

 

●情報化は、地方分散を進めるか

 高度情報化は、まだ進展の途上にあるため、将来を見据えることは難しいが、例えば、研究者の交流のように、思いもよらない出会いが新たな価値を生み出すような場合は、集積のメリットが大きく、情報化による代替は難しい。したがって、現在の東京一極集中のような状況からの地方分散は、情報化だけでは実現しない。

 逆に地方分散を進めるために、情報通信基盤や交通基盤は必要だ。自身が旭川市でマルチメディア制作業に携わっているゲストスピーカーは、大容量のファイルを送付する場合、現在の回線状況では、ネットワーク上の伝送は事実上不可能であり、結局は物流に頼らざるをえないと語っていた。また、顧客との打ち合わせが必須であるため、東京へ行く回数はそれほど減少していない。人によっては増えている。

 一方、情報通信や交通インフラを使いこなす地方の工夫も必要だ。例えば、テレワークは、高齢者や障害者の雇用機会創出の好機としても活用できるので、旭川福祉村では、障害者等がCG制作に取り組んでいる。しかし、ここでも一定の通勤が必要であることから、これらを提供する交通の整備が必要となる。ただし、身障者が求めるものは、低床バスのようなコストがかかるものばかりでなく、例えば、介添人の運賃免除等のきめ細かな施策である。

 

●交流の活発な都市づくりに必要なこと

 国際的な都市間競争時代を迎えるなか、各都市の目標は、人を呼び込みながら地域活性化を図ることである。

 海外の国際交流先進都市とわが国の都市とを比較すると、旅客交通基盤もさることながら、都市戦略の差が明確だ。シンガポールは、国を挙げてコンベンション産業や情報通信産業の振興にあたっているが、トランジットのわずかな時間も市内観光に有効利用してもらおうと、政府が無料の観光ツアーを実施している。また、米国ラスベガスでは、ホテル収入の一部をコンベンション施設の運営に回すことにより、魅力あるコンベンションを安く誘致することに成功し、さらなる集客を実現している。

 一方、わが国の都市の交通面の評価として、公共交通の英語表記等が進んでいる反面、空港から都市へのアクセス交通の不便さや道路交通のわかりにくさが課題としてあげられる。このため、交流の活発な魅力ある都市づくりのためには、都市戦略の工夫とともに、これらの課題に対処する交通整備の工夫とを車の両輪として進めることが必要である。交通整備の工夫についても、例えば、米国では、PVA(アメリカ麻痺退役軍人会)という団体が、公共交通のバリアフリー度を評価・提案するしくみなどがうまく利用されている。

 

●地域づくりにおけるNPOの役割

 最近では、わが国においても、住民の環境意識が成熟しつつあり、それがNPO等の活動となって現れている。しかし、NPO先進国の米国等と比較すると、まだ政策提案能力には差がある。

 これについて、市川市の環境市民会議に参加するゲストスピーカーは、自身の苦労を踏まえ、次のように分析する。米国の場合、NPOへの支援が手厚いため、NPOの参加者が本活動に専念できる経済的な基盤があるのに対して、わが国の場合、参加者は職業生活と両立させながらのNPO参加にならざるをえない。このため、米国では、専門知識を身につけた人材が比較的容易に育成され、高度な政策提案を実現している。また、この問題は、NPOへの参加者の裾野の広がりを阻む問題でもある。

 そこで、わが国のNPOが、今後、こうしたハンディを克服しつつ、優れたまちづくり活動等を進めていくためには、市民全体の意識と乖離しないように努めながら、少しずつでも着実に政策提案能力を備えていくことが重要である。

 NPO活動と交通との関わりというと、環境や福祉のNPOがそれぞれ立場から交通を考えるというものが多い。そこで、今後、環境や福祉の視点における交通のあり方への提案は、ますます増えて行くと考えられ、交通分野においてもNPOの役割はますます重要になっていくだろう。

 また、住民に情報を公開し、住民の意見を取り込んでいくPI(パブリック・インボルブメント)活動が盛んになりつつあり、今後、PIは、確かな流れとしてますます盛んになっていくと思われる。

 

●地域の主体性及び工夫の必要性

 以上に共通することは、交通整備推進を含めた地域づくりの目標(例えば、情報化を契機とした地域活性化、戦略的に人を呼び込む都市づくり、環境にやさしい地域づくりなど)に向けて取り組む際に、地域(都市、市民、NPOなど)が主体的に参加することと、それを進める地域の工夫などであり、それらのヒントが以上のように議論された。

 

(2)効率的な物流を支える交通政策

 総合物流施策大綱(平成9年4月策定)にも示されたとおり、わが国の経済発展の大きな課題の一つが物流であることから、このシリーズでは最前線の物流に携わる企業の方から、実態に即した話を伺うなどにより、物流面の交通課題を総括的に検討した。

 

●企業は物流の効率化をどう実現しているのか

 高コスト是正の要請、小ロット化を始めとするニーズ多様化への対応、環境・エネルギー問題への対応など、物流を巡る消費者あるいは社会からの要請は、次第に厳しくなっている。また、リサイクル物流や静脈物流をはじめ新たな物流が出現している。これらを背景に、物流構造改革もしくはロジスティクス革新が掲げられ、各物流事業者や生産者における取組が始まっている。特に、サプライチェーンマネジメントは、企業の枠を越えて効率化をめざすものであり、サードパーティロジスティクスは、物流関連事業者等の第三者が主体となって物流及び関連する情報システム領域に包括的に取り組むものとして脚光を浴びている。

 

●社会的に望ましい物流や交通を実現するには

 これらのロジスティクス革新は、企業サイドでの最適化をめざすものであることから、必ずしも社会的に最適な交通をめざすものとはなっていない。この点については、そもそも、「社会的に最適な交通」とは何かから議論しなければならないが、環境や都市の効率性などから見たものであろう。

 その上で、最適な交通を実現するためには、最適化をめざす企業の行動を踏まえながら、行政が適切に誘導・調整していくことが必要である。

 一方、地域的にみていった場合、物流効率化の最大のネックは都市内の物流である。都市内物流の改善は、一つの施策で実現するものではなく、複数の施策を組み合わせていくことが必要であることから、ここにおいても行政のコーディネイト機能が必要になる。

 

●規制かインセンティブか

 物流事業者に対し、行政が行うべき、誘導・調整とは何かという議論も、特に規制かインセンティブかという観点から行われた。各事業者に、やりたくないことを規制だけでやり続けさせることは困難であり、外部不経済を内部化するためのインセンティブのしくみが重要である。ただし、フリーライダーの出現等は、インセンティブが求める結果を確実にもたらす効力を失わせてしまうので、その点での規制は重要である。

 

●わが国に物流の国際ハブ拠点をつくるには

 国際競争において常に話題となる港湾や空港の「ハブ拠点」の形成については、シンガポールや香港が優れているとよくいわれる。

 しかし、国際物流に携わる立場から、ハブ拠点の形成は、物流が企業における生産分業構造の一要因にすぎないことを念頭に置かなければならない。国際分業推進のための「相互補完物流」の実態とその促進施策、中国の台頭に伴う生産地域のシフトの状況(現状と将来展望)、シンガポールや香港のコスト上昇に伴うパジルグダン(マレーシア)等へのシフトの状況等は、今後のアジアの国際ハブ拠点がどうなっていくかについての参考となる。

 

(3)交流・連携による地域活性化

 交流・連携は、「新たな国土のグランドデザイン」において示された、今後の国土づくりや地域づくりのキーワードであり、交通との関わりも深い。そこで、このシリーズでは、交流・連携を軸にした今後の地域づくりのための政策課題を議論した。

 

●地域は新たな観光の受け皿をどのようにつくるべきか

 最近のわが国の観光市場の変化をみると、修学旅行や職場旅行等の団体旅行が急激に減少し、個人単位の旅行が増加している。また、観光の目的が個人個人で多様化し、いわゆる「個人ツーリズム」の時代を迎えている。このように個人ツーリズムが盛んになると、地域の資源そのままでは観光客を呼び込むことが難しくなり、地域資源を活かし、テーマに基づく体験等を、個人に提供することが重要になってきている。

 観光による地域振興を含めた、地域間交流推進のポイントは、地域がどれだけ魅力的な提案をすることができるかという企画力にある。ヨーロッパの観光産業を見ると、各地域がエージェントと呼ばれる特定事業者と提携しながら、企画力を発揮し、集客を実現するしくみができており、これが観光のグローバルスタンダードといえる。

 

●地域間の交流・連携のネックはどこにあるか

 現在までのところ、交流による活性化に成功しているという事例をみると、個人の頑張りで企画力を発揮し、成功しているものが多く、これに頼らざるをえない状況にありそうだ。しかし、地域連携は、これを助ける有効な手段となりうることが示された。

 一方、今後、さらに成功例を増やし、地域間の交流・連携を促進していくためには、官民の連携により工夫を図っていくことが必要になる。官の役割は、交通インフラの整備や推進制度の枠組みづくりとなるが、一層のスピードと地域の意向を汲み取る必要がある。

 単なるローカル線を観光資源に変えた千葉いすみ鉄道の取り組みには、こうした工夫のヒントが秘められている。

 

●中心市街地はどのようにして再生すべきか

 都市の中心部は、生活者と来訪者が集まる連携・交流の拠点であるが、その中心市街地が衰退しつつある問題は、現在、全国的な地域の問題となっている。

 本研究会では、会津若松の話として紹介されたが、他の多くの都市でも、当面の方策として、都心に駐車場をつくって人を呼び込もうという考えが根強い。しかし、TMO「まちづくり会津」では、長い目では逆だと認識しており、昨年取り組んだ実験では、レンタサイクルの有効性が示され、また、コミュニティバスの導入が有効ではないかというような議論が続けられている。

 一方、浜松市で行われたトランジットモールの社会実験事例に代表されるように、各地でトランジットモールやパーク&ライド等の社会実験の推進、LRTやコミュニティバス等の導入が、徐々に効果をあげつつある。しかし、わが国とヨーロッパ諸国等とを比べると、わが国では、まちづくりの多様な技術の一つであるこうした社会実験に対する技術も育っていないことが課題であると指摘された。

 

●真のバリアフリーとはどのようなものか

 これからの交流・連携型社会では、高齢者や障害者も含めてみんなが交流・連携に参加できることが必要である。

 公共交通機関を始め、わが国のバリアフリー化の取組はもうかなり進んでいると考えられているが、実際に高齢者や障害者の立場に立たないと気が付かない点もまだまだ多い。

ゲストスピーカーの二人が共通して語ったことは、欧米に比べ、わが国の社会には「心のバリア」が残っていることであった。例えば、パリの地下鉄は、バリアフリーの施設は少ないが、身障者が困っているときには周囲の健常者がさっと手を貸してくれるので、大丈夫というのである。日本人は、こういう手助けが下手であり、それは教育の問題ではないかと指摘していた。

 また、自らが身障者であるゲストスピーカーからは、身障者だけしか使えない、そして多くの補助者を必要とするエスカルより、健常者も含めてみんなが使えるエレベーターの方が、はるかに使いやすい(エスカルは使いたくない)という指摘があった。

 今後は、こうした声を情報として確実に広めていき、反映した施策の推進が必要である。

 

●「来てもらう」だけでいいのか

 以上を通してみると、交流・連携に向けてのわが国の地域の取り組みは、来訪者の利便性を高めることのみに偏りすぎているのではないかという反省が見えてくる。中心市街地には、単に駐車場を作るだけではだめで、街に来たくなるような魅力を高めていかなければならない。

 例えば、アルプスの麓にあるスイス国ツェルマットは、車は郊外に駐車し鉄道でしかアクセスできない街であるが、そのことが世界中の人を集める魅力になっている。このように、メリハリのある車の使い方、いわば「賢い車の使い方」をわが国においても、考えて行くべきであろう。観光客が高速道路のSAに駐車して、そこから街へはバスでアクセスする長野県の小布施のような挑戦をもっともっと広めていくべきだ。

 しかし、このように将来を見据えた取り組みは、短期的な視野の考え方とは真っ向から反対する場合もあるので、推進に要するエネルギーは決して小さくない。このため、市長などのリーダーシップに依存する部分も少なくないが、いずれにしろ住民を巻き込んだ議論を行って方向を見定めていくことが必要であろう。

 

V.おわりに

 

 本研究会は、交通をテーマとした研究会といいながら、ゲストスピーカーのほとんどは、交通以外の分野の方を中心にお呼びした。このため、課題の抽出も、広範・多岐にわたることになった。このように交通整備に限らず、まちづくりや物流のあり方という観点に立ってみると、市民・企業・NPOあるいはこれらの総体としての地域と、行政とのパートナーシップの重要性が、そして行政サイドでは調整能力の重要性が浮かび上がってきた。

 

 

 

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