総合政策

平成24年度国土交通白書 有識者インタビュー[1]

 平成24年度国土交通白書では、『若者の暮らしと国土交通行政』をテーマとして、若者の意識や暮らしと、それを踏まえた今後の国土交通行政のあり方について考察した。白書の分析を踏まえ、今後のあるべき国土交通行政の方向性とは何か。今回は、「パラサイト・シングル」、「希望格差社会」、「婚活」などの切り口から家族や若者のあり方を分析されている中央大学文学部教授の山田昌弘氏にお話を伺った。

 まずは、平成24年度白書をお読みになった率直なご意見をお聞かせください。

 興味深いデータや分析が数多く示されていると思いますが、特に若者の配偶関係・親との同居状況を見た図表80~82が、ここ20年間で起きた若者の暮らし方の変化を捉えていて、関心を引かれました。これを見ると、引き続き有配偶核家族という従来のモデルもメジャーである一方で、30代後半の者も含め、パラサイト・シングルが増えてきた様子が良く分かります。また、これは同時に格差に伴って起こっている変化でもあります。一口に「独身で親と同居する若者」といっても、その中で安定した状況にいる層と不安定な層とが分かれてきているのです。図表18を見ても、希望が持てない人が増えてきたのは、若者の中でも安定層と不安定層の差が広がっているためだといえるでしょう。

 このような様子は、なかなか平均値のデータを使うだけでは、個々の類型ごとの特徴が薄まってしまい、捉えることが難しいものです。パラサイト・シングルの間でも、類型ごとに直面している状況は異なるということが、もっと強調される分析がなされてもよかったかなとは思いました。


 これまで当たり前と考えられていたライフスタイルとは大きく異なるあり方の世帯や家族が増えてきているということですね。

 国土交通に関連する分野においても、まだまだ従来型の家族モデルを前提にした商品や施策が多いといえるのではないでしょうか。たとえば、家族関係の変化は住宅のあり方に直接的な影響を与えますが、今は、25%の人が結婚せず、25%の人が結婚しても離婚してしまう時代です。従来通りの結婚をする人は2人に1人しかいないという状況の中で、今までのように、皆が大体同じ年齢で職を得て、結婚するというモデルを前提にしたような住宅を作っても売れないでしょう。

 最近では、2世帯住宅に単身の子を合わせた「2.5世帯住宅」というものが出てきています。新しいアイディアだと思いますが、一方で、親が亡くなった際に夫婦となっている子世代と単身の子が同じ住宅にいるといろいろと問題も出てくるのではないかと気になってしまいます。

 また、シェアハウスのことも話題になっていますね。日本では、離婚した女性の半分が実家に戻るというデータがあるので、シェアハウスについては、それ以外の女性の受け皿になっているという面はありますが、大きな傾向としては、住宅についても、様々な格差が増大するにつれ、従来の日本のシステムでカバーされない人々が増えてきたといえるでしょう。

 少子化が進む中で住宅について考えると、最近は一人っ子が親の持っていた家を相続するという事例も増えていき、少なくとも住むところはあるということになると思いますが?

 相続というのも、若者の間の格差を増大させる要因の一つです。孫の教育費として1500万円の贈与まで非課税にするという施策がありましたが、若者の間で、上の世代から援助を受けられたり、資産を相続したりすることができる者と、そうでない者との間で格差が生じている可能性があります。

 ということは、資産もなく安定した収入もない若者をターゲットにした住宅政策も考えていく必要があるということなりますね。一方で、若者の間の格差は拡大しているにもかかわらず、彼らの生活満足度が高いというデータがあります。このような意識についてはどう解釈すべきしょうか?

 日本では、親が資産をもっているか、また、正規雇用になれるかどうかといった要因によって、人生の早い段階で自分の将来が決まってしまうという特徴があります。生活満足度が高い理由の一つは、パラサイト・シングルが増えているということだと思いますが、客観的に見れば不安定な状況にある者が、主観的には満足しているというのは、今の時代のパラドックスの一つです。具体的には20代女性のことで、彼らの多くは非正規雇用で不安定な就労状況にあるにもかかわらず、主観的には幸せを感じています。アメリカでは、結婚して夫婦の収入を合わせて生活を築く必要がなく、1人で生活できる人々について、「独身でいられる特権」という言葉がありますが、日本でも、財産を持つ親と生活しながら非正規雇用で就労する20代女性について、「非正規でいられる特権」という表現があてはまるかもしれません。

 若者の意識という観点では、若者の働く意識を分析した図表54~56も重要ですね。欧米では転職を通じて収入も上がりキャリアアップを図っていくものですが、日本では、転職すればキャリアダウンになってしまいます。日本には「転職は悪いこと」と思うような考えがあり、若者自身の考え方もどんどん保守化しているのです。実際、白書の記述も、若者の離職率について述べた箇所では、暗黙のうちにそのような考えを前提にした分析になっているようにも感じられました。

 若者は、格差が拡大しアンダークラス化するという客観的状況の中でも、引き続き、結婚し、正社員になり、家を買うという従来型モデルに沿った主観的願望を抱いており、国もそのような主観・願望に基づいた政策をしているということがあるのではないでしょうか。その点では、持ち家政策の転換ということも視野にいれなくてはならないかもしれません。従来型モデルに沿った人生を送ることができる人だけを政策の対象にしていては、そのモデルから漏れた人々は困ってしまいます。

 私が普段学生と接していても、卒業後は地元に戻って役所や銀行に勤めたい、という学生が多く、地元志向・Uターン志向が強くなっている印象があります。また、消費の面でも、今の若者は車、ブランド品、海外旅行などには関心が薄く、旅行に行くといっても、遠くに行って何かを見るより、近くて安くておいしいものが好まれるようです。

 図表187には、旅行に行く際の同行者のデータが載っていますが、当初この統計を取り始めた頃には、「家族」というのは、配偶者と行く場合を想定していたのではないでしょうか。最近では、若者が「家族と旅行に行く」といえば、自分の親と行く場合の方をよく聞きます。

 白書では、女性の活用についても述べられていますが、国土交通産業も含め、女性の就職者が増えてきているのは確かでしょう。ただし、それは企業が賃金を抑えようとする動きの中で、結果として女性の労働者が増えているという側面もあることに留意が必要です。

 今年の白書では、若者の暮らし方、住まい方の変化を踏まえて、コンパクトシティの形成の必要性にも焦点を当てていますが、この点についてはいかがでしょうか。

 コンパクトシティを作っていくというのは必要なことではありますが、なかなか心情としては難しい面もありますね。やはり日本人には、自分が昔から知っている人間関係の中で生活したいという気持ちが強い。これは、若者の地元志向・安定志向という傾向ともつながっているように感じます。

 地域の活性化は、重要な課題でしょう。最近は、地域間の格差、また、地域内の格差が広がりつつあります。たとえば、東京都内には、小学校の就学支援率が5割という学区があり、また、外国人労働者や貧困な高齢者が多いために、日用雑貨などが信じられないくらい安い値段で売られているような地区があります。従来、日本の貧困層は、広い地域に散らばって住んでいたのですが、これからは日本にも、アメリカのように貧困層が集中して住む地区というのができてくるのではないかと懸念しています。

 本日は貴重なお話を頂きありがとうございました。変化する社会経済状況を踏まえた国土交通行政について、ご示唆を頂いたように思います。

《プロフィール》

山田 昌弘
1957年東京生まれ。1981年東京大学文学部卒。1986年同大学院社会学研究科博士課程退学。東京学芸大学教授等を経て、2008年より中央大学文学部教授。専門は家族社会学。厚生省人口問題審議会、経済企画庁国民生活審議会、内閣府国民生活審議会等の委員を歴任。『パラサイト・シングルの時代』、『希望格差社会』、『なぜ若者は保守化するのか』等著書多数。

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