総合政策

平成24年度国土交通白書 有識者インタビュー[3]

 平成24年度国土交通白書では、『若者の暮らしと国土交通行政』をテーマとして、若者の意識や暮らしと、それを踏まえた今後の国土交通行政のあり方について考察した。白書の分析を踏まえ、今後のあるべき国土交通行政の方向性とは何か。今回は、若者の住宅についてリクルート住まい研究所の宗健所長にお話を伺った。

 まずは、平成24年度白書をお読みになった率直なご意見をお聞かせください。

 最初に拝読したときに、「かなり踏み込んだ内容だな」と感じました。住宅の状況だけに焦点を当てるのではなく、住宅を取り巻く雇用状況や所得状況、婚姻状況や子育てにも分析の範囲を広げたことが、従来の省庁間の縦割りという視点を超えていて、とてもチャレンジングだと感じたのです。

 1990年代中盤までは、人口に占める若年層比率がまだ比較的高く、高齢者人口比率もそこまで高くありませんでした。20~40歳代の雇用、所得も比較的安定しており、雇用や社会保障と住宅政策を別々に考えることができました。

 しかし、1990年代後半から、若年層比率がどんどん低下し高齢者人口比率もみるみる上昇し、若年層の雇用・所得の不安定化・格差拡大が目立つようになり、雇用政策と住宅政策を別々に考えることがなかなか難しくなったのではないか、と感じています。雇用のセーフティネットと住宅のセーフティネットが機能的に重なる部分が大きくなり、しかも若年層と高齢者層で状況が異なるなか、今回のような広い視点を持った白書は、素直に「新しい」と感じました。

 欲を言いますと、今回の分析の範囲に、貧困状況や生活保護の状況も付け加えることができたなら、さらに多くの政策的インプリケーションを提示できたのではないか、とも思いました。

 さらに、難易度の高い分析になると思いますが、現在の若年層の雇用状況、生活価値観を考えたときに、それが長期的に(現在の20~30代が60代になる30年後くらいに)どのような影響を社会全体に及ぼすのか、という視点で探求を深めると興味深いものになるのでは、と感じました。

 そのときの中長期的に重要な観点として相続があります。現状、高齢層に集中している不動産資産、金融資産が、いずれ現在の20~30代に相続されていくわけですが、全員が相続を受けられるわけではなく、最近は70歳近くで相続をする方も少なくない状況があり、現在の20~30代が相続を受けるまでに、相当な時間がかかります。また、仮に20~30代のうちに相続できたとしても、相続される住宅が若者の望む利便性の高いところにあるとは限りませんし、金融資産の生前贈与もまだまだ限定的です。

 白書では、以前と比べて若者の雇用や暮らしはどのように変化してきたのかを様々な視点から考察を行っていますが、特に注目されている変化は、どのような点でしょうか。

 特に注目したのは、図表14です。大まかにいえば、戦後の世代を3世代(現在の60~70代、40~50代、20~30代)に分けると、それぞれの世代が20-40歳代の時に経験した経済成長率は2桁成長からマイナス成長まで大きく異なりますが、これはそのまま生活様式の変化度合いと一致しているのでは、と思ったのです。

 すなわち戦後の高度成長期を過ごした人たち(現在の60~70代の方々)は、例えば、三種の神器といわれた白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫に始まり、3Cといわれたカラーテレビ・クーラー・自動車など、大きな生活様式の変化を経験していますが、次の世代(現在の40~50代)は以前の世代よりも生活様式の変化は少なく、現在20~30代の世代はさらに微々たる変化に止まり、生活様式だけではなく価値観までも収束しつつあるのではないか、と日々感じているからです。

 価値観という面では、私が属する40~50代世代は、まだ上昇志向、経済成長志向がありましたが、現在の若者世代にはそれがあまりありません。むしろ、現状維持を好み、変化しないことが幸せ、でもなんとなくの不安は過去の世代よりも大きい、だから保守的になる、という傾向があるのでは、と考えています。今の20~30歳代は、それまでの人生で世の中が大きく変わったという体験がないことが背景にあるのかもしれません。

 このような生活様式や価値観の収束が、働き方や住まい方に大きな影響を与えているのだと考えています。20~30代が、保守的であり、不安が大きいため、持ち家取得が進まない、それが実は将来の社会不安をかえって増長する一つの要素になるのでは、と危惧しています。

 白書では、若者の持ち家率の減少について触れています(図表116)が、若者の持ち家率が下がっていることについて、どのようにお考えでしょうか。

 現在の若者の持ち家率の減少にはいくつかの背景・要因があると考えています。主な要因としては、
[1]将来の所得(雇用)不安による持ち家取得のリスク感
[2]晩婚化・非婚化と、親と同居している独身者の増加
[3]低価格中古住宅の流通が促進されていない可能性
などです。私が特に注目しているのは、3つ目です。

 最近はずいぶんと安い中古マンションが出てきたりしているのですが、低価格中古住宅の多くは築26年以上で50㎡以下の物件であり、これらの物件は住宅ローン減税対象外で、住宅ローンも付きにくくなっています。また、仲介する不動産会社から見ても、例えば500万円の中古住宅で売主・買主の両方から仲介手数料をもらえたとしても、42万円((500万円×3%+6万円)の2倍)でしかなく、不動産会社もなかなか頑張ろうということにはなりません。低価格中古物件は、例えば500万円の物件を年利3%・20年ローンで購入した場合の月額返済額は2万8000円程度なので、一般的な賃貸物件の家賃よりも、かなり少ない負担で購入することができる可能性があります。


 持ち家とは、社会保障の観点から見れば、土地・家屋の形で将来の生活費の一部を自助で支える(高齢時の住居費を住宅ローンの形で先払い、積み立てする)という側面もあるのですが、中長期的に現状の若年層の持ち家率の低下傾向が継続、増幅されていくとすれば、将来的に社会保障コストの増大をもたらすことは容易に想像できます。そのようなことも考慮に入れれば、増加している低価格中古物件を、今まで住宅を取得していなかった層が取得するようになることには、一定の意味があります。

 ただし、中古住宅流通が活性化すれば、新築着工数が減少するという見方もあり、一度きちんと分析してみたいと思っているのですが、新築住宅と中古住宅の価格差が、一定の閾値を超えると人々は新築住宅よりも中古住宅を選好するという傾向があると考えています。総数でみれば住宅ストックは充足しており、一部には新築不要論もあるわけですが、中古住宅の中には耐震に問題のある物件も多数存在し、空き家も地域偏在しているわけで、私は新築が不要とは思いませんが、人口構造などから見れば、新築着工数は長期的には相当減少する可能性はあると思います。
新築と中古のマーケットが広がる可能性としては、これまでは住宅取得しなかった層が中古住宅購入に踏みきる可能性がありますが、この場合、賃貸住宅の空き家は増大しますから、既に議論されているように住宅の滅失も重要な課題かと思います。

 新築と中古のバランスをどうとるかということになると思いますが、優良なストックが蓄積されることが重要ですよね。

 意外と認識されていないように思うのですが、数十年前に建てられた駅に近いなど立地のいいアパートは案外建て替わりません。古いアパートですとローン返済が終わっていることも多く、オーナーとしては、何室か空きがあっても残りの居住者から一定の賃料が入ってくるので、建て替える緊急の必要性がないことが多いからです。

 また、分譲マンションの建て替えと同様に、賃貸アパートでも建て替えのための入居者との合意形成は非常に難易度が高いのも建て替えが進みにくい一因です。立地のいいエリアを有効活用しコンパクトシティを進めるには、税制措置等も含めて、賃貸共同住宅についても、建て替えを促進するような誘導策が必要ではないでしょうか。

 そのほかに国土交通省が力を入れていくべき課題や国土交通行政に望むことは何でしょうか。

 私は、賃貸住宅や住宅セーフティネットに関心が強いのですが、現在の賃貸住宅とは、主に賃貸専用共同住宅を指すことが多いと思います。しかし、今後はますます分譲マンションや戸建の空き家が増加し、それが賃貸物件化し、賃貸住宅のあり方も大きな変化を強いられます。今後ますます増大する空き家について、売買流通だけではなく、むしろ賃貸流通の活性化や、住宅セーフティネットへの組み込みなどについて、どのような政策が必要なのか、重要な観点かと思います。

 業界や業法のあり方も見直す必要があるかもしれません。賃貸住宅の管理やサブリース、家賃債務保証等についても何らかのルールが必要になる可能性が高いと考えています。低価格中古住宅の流通促進のためには、宅建業法の改正が必要になるかもしれませんし、金融面での支援も必要になると思います。

 本日は、若者の住宅のセーフティネットという観点から、低価格中古住宅の流通、立地のいいエリアにおける住宅の有効活用等、今後の国土交通行政の方向について貴重なお話を頂きありがとうございました。

 こちらこそ、貴重な機会を頂きありがとうございました。

《プロフィール》

宗 健(そう たけし)
1965年北九州市生まれ。1987年九州工業大学工学部卒業、リクルート入社、通信事業配属。1998年求人系インターネットサービス企画マネジャー。2003年ForRent.jp編集長。ISIZE住宅情報編集長、R25式モバイル編集長等を経て、2006年株式会社リクルートフォレントインシュア代表取締役社長。2012年10月よりリクルート住まい研究所所長。
都市住宅学会員、一般社団法人全国賃貸保証業協会副会長(2009.9~2012.11)、顧問(2012.11~)、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会家賃債務保証事業者協議会会長 (2010.6~2012.10)。

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