平成25年度国土交通白書では、『これからの社会インフラの維持管理・更新に向けて~時代を越えて受け継がれる社会インフラ~』をテーマとして、社会インフラの維持管理・更新について「賢く使う」、「みんなで支える」、「将来を見越す」という視点から分析を行い、それを踏まえた今後の国土交通行政のあり方について考察した。白書の分析を踏まえ、今後のあるべき国土交通行政の方向性とは何か。今回は、社会資本の経済効果等に知見を持っておられる新潟大学の中東雅樹准教授にお話を伺った。
第一章が特に興味深かったです。特に日本のインフラをめぐる歴史に関する資料はよく集められており、おもしろく読ませてもらいました。コラムでは、江戸時代の永代橋の民間管理を取り上げるなど先人の知恵を紹介しており、社会インフラを担うべき主体について改めて考えさせられるところがありました。
インフラの種類によって料金の徴収可能性や便益の及ぶ範囲は異なっており、供給メカニズムは変わってきます。したがって、インフラの供給全てを政府が担うべきというわけではなく、便益の及ぶ範囲などに応じて供給主体が異なるべきでしょう。これらを整理していけば、どういうインフラではどういった供給メカニズムがふさわしいかはより明確になるはずです。
なお、事例紹介が多くあって分かりやすいのですが、その事例がインフラの全分野に当てはまると誤解される可能性もありますので、個別のインフラ(道路、下水道、学校施設等)ごとに適切な供給の仕組みを分析することができればよかったのではないでしょうか。
3つの視点のうちでは、特に「将来を見越す」に興味を持ちました。「賢く使う」、「みんなで支える」という視点は、維持管理の手法のようなテクニカルな部分が多いですが、「将来を見越す」という視点は、将来世代の負担をどう考えるかなど、テクニックだけでは語れない部分が大きいといえます。
インフラは、その便益が将来世代に及ぶので、将来世代にどこまで負担させて、便益をどこまで残すかといったことが問題となります。この点において、受益と負担が比較的明確な社会保障よりも話は複雑です。
近年、インフラが高齢化しつつある中で、政府の財政状況は悪化しています。財政面においてインフラの維持管理を担保する手段として、現役世代が負担する一般財源で賄うのか、将来世代が負担する公債で賄うのか、といった将来世代への負担の受け渡しという視点があってもよかったのではないかと思います。
将来世代に便益をもたらす施設を作るための資金ではなく、廃止するための資金の調達を公債により行うというのは、将来世代が利用するという便益が失われるため、一見違和感がありますが、将来的な維持管理の費用は不要になるのでトータルのコストは下がるのかもしれません。統廃合を進めていくにあたっては、費用と便益を慎重に見極める必要があるでしょう。
インフラの供給についても同様に「将来を見越す」視点が必要でしょう。
例えば、新潟市では近年開発の進んでいる地域において下水道整備を行っていますが、人口が減少することを見越せば、浄化槽などのより簡素なインフラによる整備のほうが人口減に伴うインフラ規模縮小への対応が容易ではないでしょうか。
同じサービスでもより簡素な方法を選択することにより将来的なコストを抑えられる可能性があると思います。
さらに、インフラの整備には不可逆性が存在することに注意が必要です。
例えば、コンパクトな都市づくりを目指して、バス路線網を整理しようとしても、路線の廃止について、いったん利便性を享受してしまった人々で合意を形成することは非常に困難でしょう。その後、利用者がさらに減ったとしても路線を縮小することができないという事態に陥りかねません。
このことに加え、将来世代にとってインフラは意図せずして受け入れなければならないものであるということも考慮に入れると、その問題は大きいといえます。このような問題は、社会資本の最適規模を考える上でも重要な問題になってきます。したがって、インフラの供給に当たっては、不可逆性の存在を考慮したうえで選択と集中を進めていく必要があるでしょう。
「みんなで支える」について、住民参加で多くの人が動員されているということはそれだけ人手がかかるということを意味していると考えています。アンケートの結果をみてみると、税金を払うよりも自らが手伝う方がよいとしている意見が多いようです(図表2-2-24)。ただ、少し意地悪な見方かもしれませんが、このような結果となった背景には「お金を払って人にやらせるよりも、自分で手伝うほうがよいことである」といった社会通念があって、それに従って回答しているだけの可能性もありますし、仮に住民参加でやることになったとしても自分以外の誰かがやってくれるだろうと考えて回答している可能性もあります。
ただ、いずれにしてもインフラの維持管理にあたって、国民は行政に任せるのかそれとも自ら主体的に行動していくのかを問われているということに変わりはないでしょう。
「将来を見越す」視点の一つとして労働者の話に興味を惹かれました。
建設業における役職ごとの年齢構成が、とび職では若者に偏っており、左官・大工などは高齢者に偏っています(図表2-3-48)。若者がとび職に集中するのは感覚的にも理解できますが、左官・大工において極端に若者の割合が少なくなっていることには技能伝承の観点から疑問があります。
左官・大工に占める若者の割合が減っていることについて、全体として若者が不足していて、左官・大工になる若者が少なくなっていることが原因なのか、あるいは、現場業務量の変化により左官・大工の業務自体がそこまで必要とされなくなっているため、若者が左官・大工を担う必要がなくなったことが原因なのかは分かりません。
しかしながら、仮に高齢者から若者へ技能を伝承するための仕組みに問題があり、このような結果につながっているとすれば、より戦略的に技能伝承に取り組む必要があるでしょう。この点については、第三章のコラムで取り上げられていた伊勢神宮の式年遷宮の例が興味深いものとなっています。
中東 雅樹
1996年慶應義塾大学経済学部卒。2001年同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2006年より新潟大学准教授。財務省財務総合政策研究所特別研究官、会計検査院特別研究官を兼任。『公共投資の経済効果』、『日本における社会資本の生産力効果』、『英語で学ぶ日本経済』等著書多数。