総合政策

平成26年度国土交通白書 有識者インタビュー[1]


 平成26年度国土交通白書では、『将来世代にわたる豊かな暮らしを実現するための国土・地域づくり~対流促進型国土の形成~』をテーマとして、「個性ある地方の創生」に焦点をあて、本格的な人口減少社会における国土・地域づくりについて「ヒト・モノ・カネ・情報の流れ」や「コンパクト+ネットワーク」といった視点から分析を行い、今後目指すべき国土交通行政の方向性について考察した。白書の分析を踏まえ、今後のあるべき国土交通行政の方向性とは何か。今回は、地域交通政策やまちづくり等に知見を持っておられる福島大学の吉田樹准教授にお話を伺った。









 平成26年度国土交通白書を読んでの率直な感想をお聞かせください。



 実は、私のゼミで白書を学生と共に読んだのですが、国土交通省というと学生にとってはハード整備の印象が強いようで、専攻も経済学と言うこともあり、自分とは縁遠いと思っている人が多くいました。しかし、今回の白書の第2章などは移住や女性の就業など、市民のライフスタイルに根ざした分析がなされているので、生活と社会資本整備との接点を再認識した学生が多かったようです。

 また、地域経済循環についてp77(図表2-1-108)やp110(図表2-2-52)のように図式化して説明されています。このような整理は地域経済の現状を分析し、政策を立案するうえで有用となりますが、国土交通行政のなかでは、こうした構造は認識されていても、なかなか具体的に整理されてこなかったと思います。これが出てきたことは画期的なことではないでしょうか。











 従来からの素材供給型産業、外来型開発の産業に依存した地域経済の発展には限界があります。確かに雇用創出には繋がる面もありますが、立地した企業の本社は東京をはじめ域外にあることが多く、地域で生み出された付加価値や消費の相当分が域外に吸い上げられてしまいます。コンパクト+ネットワークというと「立地適正化」(都市構造)に目が向きがちですが、忘れてはいけない観点として地域内経済循環(資源・モノ・ソフト)があると思います。

 私のゼミでも地元の金融機関に就職する学生が多いのですが、まちづくりとのつながりはあまり認識されていなかったようで、この図を見ることによって、自分がまちづくりについて学んできたことが、地域経済循環にもつながることをイメージできるようになったという人もいました。




 今回の白書の中で、特に関心を持った視点、より深い分析が必要だと思った点は何でしょうか。



 コンパクト+ネットワークの概念に基づく地域づくりにおいて、地域経済循環が一つ大きな考え方であると示したことと、そこにインフラの整備が結びつくことが重要であるという視点が提示されたのは大きいと思います。

 また、私自身、広域性の視点、生活圏や都市圏といった考え方が今後重要になってくると思っており、この白書にも多くの片鱗が見られますが、この点について、より突き詰めてみるのも良かったのではないでしょうか。地方中枢都市が核となって東京一極集中の防波堤として人口流出を食い止めているという視点がありますが、これが例えば福島都市圏や郡山都市圏など、都市圏になるとどうかという視点があるとさらに良かったでしょう。市町村合併でなくとも、生活圏としてまとまっている地域に対して、施策パッケージを連携させていくことは、社会資本ストックの有効活用につながることは事実です。生活圏については、一つの町だけで生活が閉じているわけではないので、都市圏という概念が当てはまるところもあると思います。京都府北部地域の例のように広域性の視点を持つことが重要であると思いながら読んでいたところです。

 なかでも私がおもしろいと思ったのは、人口規模と施設立地の関係を表した図(P19図表1-2-3)です。都市圏という単位で捉えると豊かな都市型のサービスを享受できることもあります。実際、すべての地域に都市と同じようなフルスペックの施設をつくり、サービスを提供することは難しいでしょう。この図のようにデータ化することによって圏域として勝負していくことが必要であると言うことが見えてきます。面的な広がりのある区域をネットワークでどのようにつないでいくかも重要になってきます。










 「コンパクト+ネットワーク」の考え方を地方都市において実現していく上での課題は何でしょうか。


 地域公共交通を中心としたまちづくり。自治体の政策として捉えられるようになってようやく10年たったぐらいです。それまで自治体行政は関われなかった部分が大きかったと考えられ、自治体行政の考え方が成熟していない面は多いですし、人材も十分ではありません。ネットワークをきちんと捉えられるような人材が必要だと考えています。

 私自身、専門家として自治体の話を聞く機会がありますが、聞いていると交通サイドだけで物事を捉えようとする傾向が伺えます。今回の白書の中で示されたように、生活のなかで交通を捉えることが重要だと思います。交通単独でできる部分は限られるので、住まい方とか、生き方や楽しみと言ったものを交通によってどうやって達成していくのかを考えないといけないと考えています。豊四季台の話もありましたが、住宅の既存ストックの活用や、新規の立地等、交通だけでは解けない課題が多くあります。このような課題が自治体の中でも共有されていないので対応がばらばらになってしまい、観光は観光、都市計画は都市計画、交通は交通でやるといったようにリンクしていません。リンクしなければ、コンパクト+ネットワークも実現できないと考えています。そのような認識を自治体行政が持つことが重要です。

 八戸市でも、立地適正化計画の立案をスタートしましたが、白書でも紹介された公共交通政策とどうリンクさせるのか、議論のあるところです。路線バスの幹線軸の周辺に施設や住宅を誘導すべきという立場がある一方で、それ以外の市街化区域となぜ区別して考えなければならないのかとする立場もあり、都市機能誘導区域や居住誘導区域をどう設定すればよいかが大きな課題です。八戸市の地域交通政策は、都市計画や公営住宅などの政策とあまり一体的に考えられていませんでした。都市再生特別措置法や地域公共交通活性化再生法などの一連の法改正があり、コンパクト+ネットワークという体系ができてきた中で、ようやく一体で考えていく素地ができてきたと考えていますので、後は実務でいかにうまくやるかが重要だと考えています。



 自治体だけではノウハウが不足する場合には、やはり外部の有識者が入って助言をすることが必要になってくるのでしょうか。


 例えば、地域公共交通を考える場面では、行政や市民、交通事業者、それぞれ良くしていきたいという思いは同じでも、そのための考え方や、手段はばらばらです。お互いの考え方を咀嚼して、一つの方向性を見つける手助けをする「翻訳者」が必要だと考えています。しかし、そのような人材は明らかに不足しています。

私自身、いくつかの地域公共交通活性化協議会に参画していますが、策定された地域公共交通網形成計画(以前は地域公共交通総合連携計画)を会議のなかで振り返ることを重視しています。行政側の人事異動は致し方ありませんが、策定された計画がどのような課題を取り上げ、何を目指しているか。関係者全員で共有することが重要になります。乗客数などアウトプットの成果は1、2年のうちに現れてきます。しかし、「まち」や「くらし」といったアウトカムの変化は、10年単位で見ないと分かりません。だからこそ継続することが大事なのです。新しいことをやるよりも、それを続けていくことの方が難しいのです。「翻訳者」も必要ですが、このような計画についてもしっかりと魂のこもったものにしないといけないと私は考えています。



 その他のステークホルダーについてはいかがでしょうか。


 行政と事業者と市民の三者でいかにしてリスクを分担するかが重要です。しかし、実際には、行政が丸抱えするか、事業者に丸投げするかのどちらかが多いのです。成功しているところでは、行政と事業者の二者が相互にリスクを分担しており、さらにそこに市民が何らかの形で参画しています。

 また、地域交通政策を推進するうえで、データを継続して捉えていないことが問題になる場合があります。特に、コミュニティバスやデマンド交通を導入するために計画を策定しているようなところほど、データの把握がおろそかになっていることがあります。バスの乗車人数などは、日によって変動が大きく、なかなか皮膚感覚では分からないものですから、事前と事後のデータをとることによって初めて成果が見えてくることもあるのです。

ただ一方で、調査には多額の費用がかかる場合がありますし、人的な余裕も必要です。現状でも、地域公共交通確保維持事業の中に調査事業はありますが、より一層支援が充実すれば、成果を捉えようとする自治体も増えていくと思います。

 富山市の場合は、トップである市長がデータの重要性を理解して、交通政策のアウトカムを多方面から計測しようとされています。しかし、多くの自治体ではそこまで重要性が認識されていないというのが実情でしょう。  データをとって分析し、それを政策の反省に活かして次の政策につなげるという、まさにPDCAサイクルだと思っています。その根拠となるデータをとることの必要性を理解してもらうことが大切です。特にコンパクト+ネットワーク政策は、人口や健康寿命などのように5~10年しないと成果が見えない指標もあります。そのように時間がかかる指標の方が直接的な成果の指標だったりするので、データを残していくことは重要です。 



 「個性ある地方の創生」のために、国土交通行政に対して望むことは何でしょうか。


 「コンパクト+ネットワーク」がこれからの国土交通行政のキーワードになると思いますが、その実現には、都市計画や交通計画の知識もさることながら、様々なステークホルダーに対応し、短期間では分からない成果に対して、粘り強く取り組むことのできる専門性を持った人材を育てることが必要です。コンサルタントに支援を求めることもできますが、こうした人材は圧倒的に不足していますし、行政の手続き的なところはコンサルタントの範疇を超えることもあるでしょう。

 そこで重要になるのが、行政の交通担当経験者の方々や、移動手段の確保を自ら手がけた市民など、立場を越えたネットワークの構築です。各運輸局では既に始めているところもあります。例えば、東北運輸局では、地域公共交通に対する熱意とノウハウを有した学識者、NPO、自治体職員等の人材を「地域公共交通東北仕事人」として組織化しネットワークをつくっています。当初、「アドバイザー制度」という名称でしたが、敷居が高い印象があることから現在の名称にしました。立場を越えた人々のネットワークができて、先ほど述べたような翻訳者としてその地域に密着する。これはどちらかというと制度と言うよりはソフト面ですが、人づくりをしていくというのは、コンパクト+ネットワークに限らず、これからの国土・地域づくりには必要ではないかと思います。

 特に、集落では町内会長などの役職も回らなくなっているところもあるかと思います。一人が頑張って何とか持ちこたえている。そんなマンパワーが落ちているところでハード整備をしても住民が使いこなすことはできません。まずは些細なことでも、住民が困っていることを聞いて、形にできる人が介在する必要があります。そうして集落自体が元気づいてきたときに、小さな拠点の整備に移行することが理想的でしょう。地方大学では、地域に密着した人材育成を目指すところが増えており、そのような機関と連携して支援していくことも一つの手だと思います。

地域公共交通にしても、小さな拠点づくりにしても、それを動かしていくのは人ですから、現場を担う人をどうやって確保するかも重要な問題なのです。




 本日は、貴重なご意見を頂きありがとうございました。




《プロフィール》


吉田 樹

2007年 東京都立大学大学院都市科学研究科博士課程修了後、首都大学東京都市環境学部助教、福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任准教授を経て2013年より福島大学経済経営学類准教授。『生活支援の公共交通』、『福島大学の支援知をもとにしたテキスト災害復興支援学』等著書多数。





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