建設産業・不動産業

定期借地権の解説

1.借地権の変遷

(1) 戦前は借地借家が当たり前

 戦前の都市では、借地住まいと借家住まいは当たり前の居住形態として利用されていた。東京下町では90%が借地借家住まいであったともいわれている。当時は、土地の所有にこだわらない風潮があり、地主と借地人の関係もおおらかな時代で、借地人は自分が住む家を建て、資金の余裕ができれば借地上にもう1棟借家を建てて貸すことで、自己年金とすることも多かったようだ。
 昭和16年の借地法借家法の改正で事情は大きく変わり、借地借家共に賃貸借の関係が変化し、戦後は借地借家のトラブルをめぐり数多くの裁判が起こされるなど、まさに貸主借主がいがみ合うような関係が生じてきた。
 戦後、借家は、借家人の入れ替えが起こりやすい狭小借家が多く供給されるようになる。借家人に家族が増えたり生活が豊かになれば、借家人の方から自然に転居することが誘導されるような質の借家となった。一方、借地は、契約期間が満了しても土地が戻ることのない制度となり、土地を返してほしい場合は、土地価格の50~90%もの立退料を支払わねばならなくなった。このため戦後は新規の借地の供給はほとんど出なくなった。
 戦後も都市への人口集積が進むが、狭い借家住まいで辛抱するか、土地を買って家を購入するかの選択しかなくなっていった。

(2) 旧法借地制度の変遷

 大正10年(1921)に制定された借地法・借家法は、契約の期間満了時期(期間20年の契約)を迎えようとしたちょうどその年、戦時下の昭和16年(1941)に改正され、「正当事由制度」が追加された。当時の社会情勢は、出征した兵士が戦地から戻ったときに、借地契約や借家契約が終了して住む家がなくなることの混乱を避けるため、借地については、期間満了時に建物がある場合は、契約の更新を拒絶するためには地主に正当な事由を必要とし、借家についても、解約申入れや更新の拒絶をするには正当事由が必要となった。この改正の主たる狙いは借家人の保護にあり、借地の保護はそれ自体というよりも、借家の多くが借地上で供給されていたことから、借家を保護する条件として借地の保護がなされたという経緯がある。
 さらに、「法定更新制度」により、地主に正当事由が認められないにも拘わらず契約の更新に応じない場合には、借地・借家の契約は従前内容のままで法定更新されることを認めることとなった。
 この2つの制度により、借主保護が強化された。
 戦後も都市への人口流入による住宅事情の逼迫を背景に、正当事由制度、法定更新制度は存続し、昭和41年に借地法関係では、賃借権の譲渡・転貸・増改築・建替えなどについて地主の承諾が得られない場合に、裁判所に申し立てることにより地主承諾に代わる許可を裁判所が与えることができるという、借地非訟事件手続きが導入された。地代の増額請求についても、当事者間に協議が整わないときは、借地人が相当と認める額を供託すれば裁判所も債務不履行とならないとする判例が出されるなど、借主保護の判例の積み重ねが行われた。

(3) 旧法借地制度の問題点

[1]土地が返還されない問題
  最大の問題は、正当事由制度と法定更新制度によって契約関係が更新されることで、半永久的に土地が返還されないということにある。

[2]キャピタルゲインが借地人に移転する問題
    地主が土地の返還を求める場合に、立退料を要求される問題がある。借地権自体が事実上半永久的に継続する資産的権利となったことから、地価の継続的上昇によって生じる土地の値上り益は、大半が借地人に帰属することになった。借地権価格は住宅地では土地価格の6割から7割、商業地では9割に達する事例もあった。土地の返還を求める場合には、権利の金銭的補償として借地権価格相当の立退料が要求される。戦後の地価上昇でその土地に生じたキャピタルゲインの大半が借地人に移転してしまうことになった。

[3] 地価上昇に見合う地代収入が得られない問題
  土地の返還は譲っても、地代を確実に受け取ることができればまだ良いのであるが、実はそうでないケースが多かった。戦後の高度経済成長のもとで地価が急上昇したのに、地代の値上げはそれに連動して上昇できず、地価の上昇を理由に地主が地代の増額を要求しても、借地人は周辺の地代が上がっていないこと等を理由に、相当と思う地代を供託する。地代値上げの裁判をしても、裁判所は急激な地代の上昇を抑制すべきとの判断から地主の主張を認めなかった。
 借地借家法第11条の地代等増減額請求権は、地主からの増額と借地人からの減額ができるとしているが、地主からの増額請求は実際には認められ難い状況にあった。

(4) 定期借地権の創設

 戦後の地価の継続的な高騰は、都市における住宅取得コストを大幅に引き上げた。都市部での宅地の需要は大きく、社会性・経済性の実態に適応した借地借家関係を整えるべきとの認識から、借地法・借家法の抜本的な見直しが要請されることになった。
 昭和60年、法務大臣の諮問機関である法制審議会が借地借家制度の改正問題を取り上げることを決定し、その後の作業を経て平成3年10月に現行の借地借家法が公布され、翌平成4年8月に施行され、ここに定期借地権が創設された。
 定期借地権の創設により、貸した土地が必ず戻り、期間満了時の立退料も必要なくなり、地主が安心して土地を貸すことができるようになった。
 具体的には、定期借地権について次の3つの特約を認めた。

[1]
契約の更新がない
  定期借地権は、旧法借地と違い契約の更新は一切なく、確実に契約関係が終了する。

[2]
建替による借地期間の延長がない
 
旧法借地では、借地人が契約期間の途中で建物を建替えた場合、借地期間が建替えた時点から再度リセットされて契約期間が伸びてしまうという問題があった。定期借地権は、契約期間中に建替えがあっても当初定めた契約期間が満了すれば土地が返ってくることとなった。

[3]
建物買取請求権がない
 
旧法借地では、契約期間満了で土地を返す条件として、借地人が保有していた建物を地主に買取ることを請求できたが、定期借地権はこの建物買取請求ができなくなった。基本のルールは、借地人が建物を収去し土地を原状回復して返還することになる。

(5) 土地神話の崩壊 「土地は所有から利用へ」

 地価は戦後一貫して右肩上りで上昇し、それも経済成長率をはるかに超える上昇をしたことから、土地は確実に値上り益を生み、資産形成の大きな手段となったため、「土地神話」と呼ばれることとなった。
 昭和58年頃から地価が急上昇するバブルが起き、地価は平成2年をピークに下落を始めていたが、平成5年当時の所有権住宅価格は、サラリーマンの平均年収の5倍をはるかに超えていた。所有権分譲価格を下げるために、宅地の狭小化と住宅地の遠隔地化が進行した。
 バブル崩壊とともに土地神話も崩壊し、このようなタイミングに定期借地権が登場したので、土地の「所有」に代わる「利用権(定期借地)」による住宅取得モデルは、新しい時代にふさわしい選択として迎えられた。
 平成13年の「土地白書」は、国民の意識の中で「土地神話」が崩壊していることをはっきりと示している。土地が預貯金や株式に比べて有利な資産とは思わない(38.8%)が、そう思う(34.2%)を初めて上回った。その後も地価の下落は継続し、土地の資産としての有利性を肯定する割合は確実に減少していった。「所有から利用」へと土地に関する価値観に大きな転換が進んでいることは、土地を利用する定期借地権が普及する大きなバックボーンになっている。

※借地借家法の定期借地権にかかる法解釈などにつきましては、制度所管官庁の法務省までお問い合わせいただきますようお願いいたします(令和5年7月5日注記)。

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