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HERO's STORY 02 なぜ、海外インフラの素人が中小企業初の円借款事業を勝ち取れたのか? 株式会社ヘリオス・ホールディングス(現・ONODA株式会社)執行役員 国際事業本部本部長 今泉 優介さん

国産天然ガスを主要なエネルギー源とするバングラデシュ。しかし、国内のガス使用料金が定額制であるために浪費され、近年ガス不足が深刻な問題となっていました。
そのバングラデシュで初めてプリペイド式ガスメーターを導入し、4割のガス消費削減に貢献したのが株式会社ヘリオス・ホールディングス(現・ONODA株式会社)です。日本国内でタオルなど繊維雑貨の卸売業を営む中小企業が、いかにして円借款事業を受注し国際貢献を果たしたのか。そこには、誰もがあきらめた逆境を不屈の信念で覆した、熱いビジネスマンたちの物語がありました。

インフラ事業経験者0人での船出

ヘリオス・ホールディングスは、2013年JICA普及・促進事業、2016年円借款事業を受注し、バングラデシュで計26万台のプリペイド式ガスメーター設置事業を実施しています。世界中の大手企業が競合する国際競争入札で、日本の中小企業がJICA(国際協力機構)の円借款事業を受注したのは初めての快挙でした。同社の社長・小野田成良氏とともに、当事業の最前線に立ったのが今回のヒーロー・今泉優介さんです。

「私が入社したのは弊社が海外インフラ事業へ本格参入する直前で、現地でビジネスの種をまいている段階でした」(今泉さん)

雑貨の卸売業を営んでいた同社が、全くの異業種である海外インフラ事業に参入したのは約10年前。きっかけは小野田氏の父が営む建設会社で受け入れるバングラデシュ技能実習生のコーディネートを行っていたマリック氏との出会いです。バングラデシュで幅広い交友関係を持つマリック氏の招待で同国を訪れた小野田氏が、当時のエネルギー省大臣を紹介され、ガス不足の問題、プリペイド式ガスメーター導入の意向を耳にしたことからすべてが始まりました。

インド、ミャンマーと国境を接するバングラデシュ。

その頃、今泉さんは学生時代に海外留学で養った英語力を活かすべく、地元・愛知県の豊橋市で転職活動中。職業安定所で紹介を受けたのがヘリオス・ホールディングスの求人でした。「最初は “英語で海外とやり取りする仕事”とだけ紹介され、面接で初めて海外インフラの仕事だと知りました」という今泉さん。現地と交わすビジネス書類や資料作成などを担う国際事業部のスタッフとして採用されます。

「“国際事業部”と言っても、当時は社長の小野田とサポート役にもう1人がいるだけ。会社全体でも正社員は4〜5人という状態でした」(今泉さん)

インフラ事業の経験者が1人もいない、何もかもが手探りの状態でヘリオス・ホールディングスの果てしない挑戦は始まりました。

初めての仲間 初めての入札

「海外インフラのことだけでなく、ガスメーターについても全く予備知識がない状態でしたから、最初何から始めればいいかさえわからなかったんです」と今泉さん。手始めに地元の町工場で作ったコイン挿入式ガスメーターのサンプルを現地に持参したものの、まったく使い物にならず、こうした試行錯誤の末に、日本国内のガスメーターメーカーに協力依頼を持ちかけます。

しかし、そこには第一の壁がありました。小野田氏みずから国内ほとんどのガスメーターメーカーを回り直接声をかけるも、賛同してくれる企業がなかったのです。

「いま考えると当然のことですけど、全く異業種の小さな会社から “バングラデシュでガスメーターを”と言われても理解してもらえないんですよね」(今泉さん)

門前払いが続く中、それでもなお果敢に交渉を続ける小野田氏。そこへ、ある一社が救いの手を差し伸べます。いまもこの事業で手を組むパートナー企業です。成熟しきった日本のガスメーター市場は10年ごとの定期交換しかほぼ動きがなく、新たな活路を求めていた同社が「おもしろい」と小野田氏の思いに共感してくれたのでした。

「弊社がバングラデシュに行くときは毎回のように同行してくれる。担当者の方も10年来の付き合いで我々の内情もよく理解してくれている。真のパートナーといえる存在です」(今泉さん)

ようやく外部に仲間を得て一歩を踏み出したヘリオス・ホールディングス。そのタイミングで、現地からアジア開発銀行が主導するプリペイド式ガスメーターの試験導入プロジェクト(国際競争入札)の知らせが入りました。導入台数は8,600台と決して多くはありませんが、本格参入の機会を伺っていた同社にとっては千載一遇のチャンス。全社を上げて取り組みました。

都市化が進む首都ダッカ。しかし、急激な人口増加に対し、インフラの整備はまだ追いついていない。

「大手企業のような国際競争入札のノウハウがないから、どういう手順で行われるのか、私も含め社内で誰もわからない。まずはひとつひとつ地道に勉強することからはじめました」(今泉さん)

国際競争入札とはなにか、入札条件はなにか、求められているガスメーターはどんなものか……まったくゼロの状態から、ひとつずつ手探りで課題を把握し、製品や書類として形にしていく作業を重ね、なんとか入札へとこぎつけます。 できることは全てをやり尽くし、あとは天命を待つのみ。そんな中、同社に届いた結果はあまりに残酷なものでした。

あきらめの悪い男たち

結果は、書類不備による失格。「提出する全書類・全ページに代表者のサインが必要」という入札の基本ルールを把握しきれていませんでした。初めての入札、誰もやり方を教えてくれない、そんなことは当然言い訳になりません。
最初のチャンスを掴んだものが、その後の覇権を握ると言われる発展途上国でのインフラ事業。現地ガス公社の担当者からも「この機を逃せば先はない」と言われたヘリオス・ホールディングスのチャレンジは、あっけなく幕を閉じたのです。

「テクニカルな問題であればリカバリーもできたのかもしれませんが、それ以前の問題。私自身、ここから巻き返せる可能性はゼロだと思いました」(今泉さん)

現地の関係者、国内の協力者、そして今泉さん自身も途方にくれる中、唯一まだあきらめていない人物がいました。社長の小野田氏です。
日本国内、バングラデシュ、頼れるツテはすべて回り、なんとか巻き返しを図ろうとする小野田氏。その姿を見て、とある開発コンサルタントがJICAを頼ってみてはと声をかけてくれました。藁にもすがる思いでJICAへ駆け込みましたが、やはりここでも全く相手にされません。必死に駆けずり回る小野田氏を見て“タオル屋の挑戦”と揶揄する人さえいました。

「でも、小野田の武器は行動力、決断力、そしてあきらめの悪さ。ガスメーターメーカーを回ったときもそうでしたが、相手にされないとわかっていても果敢に挑んでいけるんです」(今泉さん)

この頃も、日本国内から小野田氏を支え続けたのが今泉さんです。日本のガスメーターがいかに優れているかをまとめ、説明資料を英語で作成。現地からのフィードバックを受けては、国内で新たな情報を仕入れ、さらなる資料を作る。小野田氏の右腕として、連日徹底したサポートを続けました。
そしてもう1人のサポーターが前出のマリック氏です。バングラデシュで上流階級にもコネクションを持つマリック氏は、現地ガス会社や各省庁の担当者、エネルギー省の大臣からヘリオス・ホールディングスへの推薦状を得るなど、徐々に支援者を増やしていきます。 2人が用意した“手土産”を携えつつ、日本から毎月のように渡航を重ねてはJICAを訪ねた小野田氏。結果的にこの積み重ねが、JICA内部で信頼と理解を深めていくことになります。

JICA調査事業に参画するべく現地でプレゼンを行う小野田氏。

逆転のカギは日本の技術力

そんな折、ヘリオス・ホールディングスに思いがけない追い風が吹きました。アジア開発銀行の試験導入プロジェクトで採用された他社製のプリペイド式ガスメーターに、多くの故障が発生したのです。 バングラデシュは発展途上国ということもあり舗装されていない道路が多く、市街地にも大量の砂埃が舞っています。さらには熱帯地域特有のスコールも頻発し、それらの砂埃や雨がガスメーターのプリペイドカード挿入口から入ることで故障を引き起こしていました。結局、試験導入プロジェクトは本格導入へと進展することなく終わったのです。

「つまり、この課題さえ解決できれば私たちにもまだチャンスがあるということ。技術力なら私たち日本製のガスメーターは絶対に負けないから、ここから巻き返そうとなりました」(今泉さん)

その思いは、徐々に信頼関係を築いてきたJICA とも共鳴します。当時、JICAで課題になっていたのが、円借款を始めとするODA事業の国際競争入札で日本企業が海外企業に押されていたこと。日本主導のODAを、日本の企業で実現する。同じ目標のもとJICAの本格的な後押しを受け、ヘリオスホールディングスは円借款での天然ガス効率化事業(国際競争入札)にチャレンジすることになりました。
ヘリオス・ホールディングスが目をつけたのが、日本で使われているSuicaやFeliCaのようなIC カードによる非接触型の決済方式。これをガスメーターに組み込めば、カードの挿入口が要らず砂埃や雨も入らないため、故障のリスクを大幅に減らせます。加えて、阪神・淡路大震災を契機に義務化された感震遮断機能、ガス漏れを検知するガス漏れ遮断機能、ガス火の消し忘れ等を防ぐ長時間遮断機能、10年間交換なしで稼働し続けるバッテリーなど、日本製ならではの特長をスペックイン。技術力で他国製品との差別化を図りました。
さらに、JICAがヘリオス・ホールディングスに業務委託する形で、現地に200台のガスメーターを試験導入。実際に現地の方々に製品を使っていただくことで、日本製ガスメーターの性能を理解してもらい、徹底的に優位性をアピールしました。

「真正面からぶつかっても、会社の規模では世界の大企業に勝てない。金額においても中国のメーカーには太刀打ちできない。でも、技術力なら絶対に負けない。日本のガスメーターでしか実現できないスペックを、現地のガス会社に理解してもらうことへ心血を注ぎました」(今泉さん)

日本製のプリペイド式ガスメーター200台を現地で試験導入した際の様子。

前回、書類不備で失格となった反省に基づき、入札条件の確認も当然怠りません。かつて自分たちだけで全てを用意していた頃とは異なり、この数年の間にJICAのスタッフやコンサルタントなど、味方となってくれる仲間が大勢増えていました。
すべての思いを乗せ、入札書類を完成させた今林さん。実はこの時すでにヘリオス・ホールディングスからの退職を決意していました。

離れて聞いた歓喜の声

「退職の理由は、私の家庭の都合です。これまで私も小野田の代役でたびたびバングラデシュへ出張していたのですが、どうしても日本を離れられない事情ができてしまいました。ありがたいことに小野田からは何度も引き止めてもらいましたが、海外に行けない人間がこの仕事に携わってはいけないと思い、入札書類を完成させたタイミングで退職しました」(今泉さん)

今泉さんが小野田氏から落札の知らせを受け取ったのは、それからしばらくしてのこと。日本の中小企業として初の快挙に、残った社員たちはみな歓喜し、JICAからも「逆転満塁ホームラン」と讃えられたと聞かされました。

見事正式採用され、現地に設置されたプリペイド式ガスメーター。

その後、今泉さんは地元・愛知県の自動車部品関連会社で、従業員の保険事務の仕事に従事します。しかしやはり、小野田氏のあきらめの悪さは変わっていませんでした。

「私が辞めてからも小野田は連絡をくれ続けました。落札したぞ。これから忙しくなるぞ。いい加減戻ってこい。国内専属でいいから。お前には絶対こっちの仕事が向いている……一度辞めた人間にここまで気をかけてくれるのは本当にありがたかったですね」(今泉さん)

一番苦しい時期、誰も味方してくれなかった時代を支えた数少ない仲間。小野田氏の今泉さんに対する信頼は決して揺るぎませんでした。
2年弱のブランクを経て、今泉さんはヘリオス・ホールディングスに復職します。

株式会社ヘリオス・ホールディングス(現・ONODA株式会社) 代表取締役社長 小野田成良氏

5年目の成果 10年目の現在地

ヘリオス・ホールディングスが円借款で天然ガス効率化事業を受注して5年。バングラデシュでは以前と比較し4割のガス消費削減を実現しました。ガス料金も毎月の固定から利用分のプリペイド方式に変わったことで大幅に削減され、現地住民の間でも好評を得ています。

「現地の人から『日本人は大きな橋や空港を作るだけでなく、私たちの暮らしの細かなところまで支援してくれるんだね』と言われたときは、やっぱり嬉しかったです」(今泉さん)

受注から5年。プリペイド式ガスメーターは現在も着々と設置されている。

現在、工事を取り仕切っているのは現地で採用したバングラデシュ人のスタッフたち。それまでガスメーターの存在も知らず、ガスの危険性も認識していなかった彼らが、日本の工事業者から日本式の作業方法を学び、今では高い技術と安全意識を習得しています。

「最初の頃は安全性や時間に対する意識のギャップに驚きましたけど、バングラデシュの方々はとにかく根が真面目。前向きに一生懸命仕事を学び、今では自分たちの判断で動いてくれる。安心して任せられています。僕はこの国と、この国の人たちが好きですし、まだまだ貢献したい。今でもガスメーターを導入できていないところが400万世帯ほどあるので、どんどん広げていきたいですね」(今泉さん)

現地で採用され、技術を身に着けたスタッフたちが工事を取り仕切っている。
当初は雑然としていた工事現場も、今では日本式の作業方法を取り入れ常に整然としている。

ヘリオス・ホールディングスが海外インフラ事業に参入してから約10年。片手で数えられるほどだった社員の数は国内外で150名以上に増え、当時新入社員だった今泉さんは執行役員 兼 国際事業本部本部長としてバングラデシュに駐在。かつて小野田氏が担っていた海外インフラ事業の最前線での舵取りを任されています。 最後に、今回のプロジェクトを成功へ導いた要因について尋ねると、今泉さんはこう答えました。

「小野田の真似になりますが、やっぱり単純にあきらめなかったことですね。誰もがもう無理だと言っていた時に、小野田のあきらめない姿を見て、私自身もじゃあやってやろうと思えた。結果、バングラデシュでの事業が成功できたことは私たちの大きな自信になったし、あきらめないことが弊社の社風として根付いています」(今泉さん)

2021年2月株式会社ヘリオス・ホールディングスは、ONODA株式会社に社名を変更。現在はバングラデシュからさらに海を超えインドネシアへ、そして地球の裏側・メキシコでもプリペイド式ガスメーターの設置事業を進めています。

ダッカ支店のスタッフのみなさん。現在は総勢約100名の大所帯である。

国名:バングラデシュ
工事名・工事内容: チタスガス向けプリペイドガスメーター導入事業
発注者:チタスガス搬送・販売会社
契約金額:約54億円
工期:2017.3~2020.3
備考:元請

国名:バングラデシュ
工事名・工事内容: カルナフリガス向けプリペイドガスメーター導入事業
発注者:カルナフリガス販売会社
契約金額:約16億円
工期:2017.1~2019.12
備考:元請

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