国土交通省が進める地域交通DXプロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」の一環として実施された「MaaSのサービス品質向上プロジェクト」。前編では、群馬県前橋市を舞台に、地域鉄道・バス・デマンド交通を横断した“マルチモーダルかつシームレスな移動体験”を目指す狙いを紹介しました。
後編となる本記事では、東日本旅客鉄道株式会社、株式会社ヴァル研究所、株式会社ケー・シー・エスの3社が取り組んだ設計・開発プロセスを、「①マルチモーダルな移動体験の実現」「②高度な経路検索の実現」の2つのアプローチから振り返ります。実証で見えてきた成果と課題、そして今後の展望をお届けします。
背景と狙い
「つながっているはずなのに、つながっていない」移動を変える
電車、路線バス、デマンド交通、シェアサイクルなど、地域内の移動手段は多様化しています。一方で、決済手段や利用アプリ、経路検索の仕組みは交通モードごとに異なる場合も多く、利用者にとっては必ずしも一体的な移動体験が実現しているとは言い難い状況があります。
本プロジェクトが目指したのは、地域の移動をよりつながりのある、使いやすいものへと発展させることです。経路検索機能の高度化にとどまらず、決済、データ取得、予約といった機能を含めて移動プロセス全体を見直し、マルチモーダルかつシームレスな体験の実現を図りました。
そのために、地域内の交通モードを網羅する「①マルチモーダルな移動体験の実現」、そしてデマンド交通の予約状況を加味した「②高度な経路検索の実現」――という2つのアプローチで実証を進めました。
要件定義と設計プロセス
鉄道に「バスの車載器」をどう組み込むか
「①マルチモーダルな移動体験の実現」におけるサービス設計および要件定義は、東日本旅客鉄道株式会社が担当しました。本実証では、地域鉄道である上毛電気鉄道において、路線バス向けの車載器システムを活用することで、比較的低コストでのチケッティング環境構築を目指しました。
一方で、鉄道はバスと運用条件が異なります。1編成に複数車両が連結され、乗降口も複数存在するほか、駅には改札設備があります。こうした構造的な違いを踏まえ、車両内でのチケッティング処理と駅改札での処理をどのように整合させるかが、設計上の重要な論点となりました。
既存運用を大きく変更することなく交通系ICカード対応を実現するため、処理フローおよびサービス設計を整理し、現場運用として成立する構成を検討しました。
また、前橋市、群馬県、上毛電気鉄道と定期的に協議を重ね、制約条件や運用実態を初期段階から共有することで、後工程での手戻りを抑制し、関係者間の合意形成を図りました。
「静的エンジン」をどう拡張するか
「②高度な経路検索の実現」は、株式会社ヴァル研究所が担当しました。既存の経路検索エンジンは、時刻表を前提として、高速処理を前提とした静的ライブラリ構造を採用しており、外部から動的にデータを注入することが難しいという制約がありました。
このため、予約や運行の状況によって待ち時間やルートが随時変わっていくデマンド型交通を既存の経路検索エンジンで扱うことは困難でした。
こうした制約を踏まえ、本実証では、既存エンジンの全面改修ではなく、現行構造を活かしながら動的情報を反映させる仕組みを検討しました。デマンド交通の不確実性をどのように検索プロセスへ組み込むかが、設計上の主要な論点となりました。
技術的特徴と開発内容
ABT方式によるデータ取得基盤の構築
「①マルチモーダルな移動体験の実現」の実証では、ABT(Account Based Ticketing)方式を導入しました。これは、専用カードや大規模な設備投資を必要とせず、既存の交通系ICカードを活用しながら比較的低コストでチケッティング環境を構築できる方式です。この方式を採用することで、アカウント単位で域内の乗降実績を把握できるデータ取得環境を構築しています。
上毛電気鉄道を含む主要交通モードで交通系ICカードの利用を可能とし、交通モード横断での移動データ取得を実現しました。これにより、利用実態を把握するための基盤が整備されています。
仮ダイヤと多段処理による検索ロジックの実装
「②高度な経路検索の実現」の実証では、デマンド交通の不確実性を前提とした検索ロジックを設計しました。既存の経路検索エンジンが静的ライブラリ構造を採用しているという制約のもと、「仮ダイヤによるプレ検索」と「結果の事後編集」を組み合わせたハイブリッド方式を採用しました。
まず、デマンド交通区間の時刻を一定条件のもとで確定させ、その結果を基に前後の固定ダイヤ(鉄道・バス)を再検索する逆引きロジックを構築しました。さらに、リアルタイムの配車情報と検索結果を突合するマッチング処理を設計し、「全体検索(仮)→デマンド区間の特定→前後区間の再検索」という多段処理を実装しました。
さらに、リアルタイムの配車情報と検索結果を突合するマッチング処理を設計し、利用者ごとの利用条件を反映した経路を生成する仕組みとしています。
フィールド実証・テスト
上毛電気鉄道における移動データ取得環境構築
本実証は、群馬県前橋市における群馬県版MaaS「GunMaaS」をフィールドとして実施されました。地域鉄道、路線バス、デマンド交通を対象に、「①マルチモーダルな移動体験の実現」および「②高度な経路検索の実現」の運用検証を行いました。
「①マルチモーダルな移動体験の実現」では、2026年1月15日から2026年3月19日までを実証期間とし、地域鉄道である上毛電気鉄道を対象に、交通系ICカードによる乗降データ取得環境の構築を行いました。
本実証では、車載器システムおよびABT方式を活用し、アカウント単位での乗降実績取得を行いました。取得データは、域内交通モード横断での利用実態把握を想定したデータ項目に基づき収集されています。あわせて、既存の鉄道運用との整合性や、駅改札および車両内では、交通系ICカードによる入出場処理や乗降人数の把握など、実際の運用を想定したチケッティング処理および、その運用フローについても検証を行いました。
デマンド交通の予約状況を加味した高度な経路検索
「②高度な経路検索の実現」については、2025年11月18日から2026年3月19日までを実証期間とし、デマンド交通の予約状況および運行情報を反映した検索ロジックを実装し、GunMaaS上で提供しました。
本実証では、鉄道・路線バス・デマンド交通を組み合わせた経路検索結果を提示し、検索結果からデマンド交通の予約までを一連の操作で実行できる環境を構築しました。
また、リアルタイムの配車情報を検索結果へ反映する仕組みについても、実運用環境下で動作検証を実施しています。
成果と課題
① マルチモーダルな移動体験の実現
上毛電気鉄道では、1日あたり約300件の一件明細データを新たに取得できるようになりました。従来は職員による現地調査などで把握していた乗降状況について、継続的にデータを取得できる環境が整った形です。
また、交通モード横断で地域交通の利用実態を把握するためのデータ環境が整備されたことで、地域交通施策の検討への活用も期待されています。
前橋市からは、上毛電気鉄道を幹線とし、デマンド交通で接続する移動モデルの検討や、乗り継ぎ施策の設計において、取得データが活用可能であるとの意見が示されています。
一方で、既存の鉄道運用に変更を加えたことにより、運行事業者側でのサービス理解や機器運用の習熟が十分でない場合、利用者利便性に影響が生じる可能性があることが確認されました。
今後は、事業概要や運用方法に関する継続的な説明・フォローを通じて、現場での安定運用を図ることが課題となります。また、将来的な他路線展開や拡張を見据えた設計整理については、より早期の段階から検討を深める余地があることも認識されました。
② 高度な経路検索の実現
実証の成果として、デマンド交通の予約状況および運行情報を反映した経路検索機能を実装しました。
定量的には、実証前と比較して経路検索件数は116%増加しています。また、デマンド交通の利用者数は実証前比で7%増加し、当初設定した目標値(5%)を上回りました。
前橋市からは、検索から予約まで一体的に操作できる点について、利用しやすさの向上につながっているとの意見が寄せられています。
一方で、デマンド交通においては、車両台数や運行リソースの制約により、提示された経路検索結果と、利用者が希望した迎車時間との間に差が生じるケースが確認されました。特に、車両台数が限定的な状況では、迎車距離の増大に伴い、配車依頼から乗車までに時間を要する場合があります。
今後は、検索ロジックと実運行環境との整合性をさらに高めるとともに、リソース状況を踏まえた経路提示の精度向上が課題となります。
今後の展望
再現可能なモデルとして、他地域へ
本実証で構築したマルチモーダルな移動体験と、高度な経路検索機能は、前橋市におけるフィールド検証を通じて一定の運用実績が得られました。今後は、これらの仕組みを単発の実証にとどめるのではなく、他地域へ展開可能なモデルとして整理していくことが重要となります。
具体的には、下記のような観点での体系化が求められます。
- チケッティングおよびデータ取得方式の標準化
- 導入プロセスの体系化
- 関係者間の合意形成プロセスの整理
- 初期導入から保守・運用までを含めたトータルコストの最適化
また、地域交通の持続可能性が課題となる中で、取得した移動データを活用し、ファクトに基づく施策立案やサービス改善へとつなげていくことも重要なテーマとなります。
東日本旅客鉄道株式会社の菅野清志郎さんは、今後について次のように述べています。
「地域鉄道を交通系IC化し、デマンドを含めたリアルタイム経路検索を実現することで、利用者の利便性向上だけでなく、交通モード横断での移動データ取得が可能になります。これを地域交通全体の計画や運営に活用できる環境を広げていきたいと考えています」
本実証の成果を活かし、MaaSアプリ導入を検討する自治体や、公共交通計画の高度化を目指す地域への展開を視野に入れながら、シームレスな移動体験の実装を進めていく方針です。
前橋での取り組みは、地域交通DXを持続的に進めるための一つの事例となりました。今後は、再現可能性と持続可能性を両立させながら、より広域での展開が期待されます。
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