国土交通省が進める地域交通DXプロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」の一環として実施された「モビリティ・データ標準化プロジェクト」。前編では、鉄道やバスの乗降実績データが事業者ごとに異なる仕様で管理されている現状と、それがデータ活用の足かせになっている構造を紹介しました。

 後編となる本記事では、フューチャーアーキテクト株式会社が取り組んだ標準仕様策定のプロセスと、富山県および香川県高松市エリアでの検証結果を振り返ります。

バラバラな乗降データを、どうそろえるか。「一件明細」標準化実証で見えた工数削減効果記事のメインビジュアル

背景と狙い

データはあるのに、つながらない

 現在、地域交通の乗降実績データについては、データ項目の定義やフォーマット、連携インターフェース(API)を含めて、モード横断で共通に参照できる標準仕様が整っていません。鉄道の「一件明細」、バスの「運賃箱データ」、さらにはICカードや現金、ハウスカードなど券種も混在しており、事業者ごとに項目名や粒度、持っている情報が異なる状況です。

 そのため、自治体やデータを活用したい事業者が複数の交通事業者からデータを収集・統合しようとすると、提供元ごとに仕様を確認し、読み替えやフォーマット変換を個別に行う必要が生じます。結果として、データ提供者が増えるほど個別対応が積み上がり、システム開発・改修やデータ整備に要するコストと時間が増大しやすい構造が課題となっていました。

 Technology Innovation Group シニアアーキテクトの山田勇一さんは、当時の問題意識を次のように説明します。

 「現在、地域交通における乗降実績データのフォーマットやインターフェースには統一された規格がありません。そのため、複数のモビリティ事業者からデータを収集する際、自治体やデータを活用したい事業者は都度、個別の作り込みや読み替えを余儀なくされています。対象データが増えるほど、その負担も比例して大きくなってしまいます」

 本実証では、こうした課題に対し、①鉄道・バスなど交通モードやIC/現金等の券種に依存しない標準仕様案の策定、②仕様解析やフォーマット変換にかかる作業コストを70〜80%削減すること、の2点を目標として掲げました。

 「個別の作り込みが不要になれば、データ連携やシステムの共同利用が容易になります。結果として、自治体や事業者がデータを根拠に施策を検討できる環境が整い、地域交通の持続可能性にもつながると考えました」(山田さん)

 標準仕様の整備を通じて、需要把握や施策評価といったデータ活用を後押しし、最終的には利用者の利便性向上につなげることが、本プロジェクトの狙いとして示されました。

要件定義と設計プロセス

最大公約数をどう見つけるか

 要件定義では、まず鉄道の「一件明細」およびバスの「運賃箱データ」の仕様を調査し、各モードで管理されている乗降実績情報を整理しました。そのうえで、モードや券種に依存しない形で再構成した乗降実績データ標準仕様を策定。項目定義を網羅したデータ仕様書を作成するとともに、外部システムでのデータ取り込みやバリデーション(検証)を容易にするため、JSON Schemaに準拠したデータモデル定義を行いました。

 設計上の大きな論点となったのが、事業者ごとに異なるデータ項目や定義をどこまで共通化できるかという点です。同じ鉄道、あるいは同じバスであっても、乗降実績データの持ち方や表現方法は事業者ごとに異なります。例えば、同じ「乗車」を表すデータでも、「乗車」「乗車時刻」「乗車日時」といった項目名の違いや、日時の持ち方(日時一体型か、日付と時刻を分けるか)、時刻の表記形式(秒まで保持するか、分単位か)などにばらつきがあります。また、停留所や駅の識別についても、事業者独自のコード体系が用いられているケースが多く、データの突合や横断的な分析の障壁となっていました。

 Technology Innovation Group コンサルタントの中路友貴さんは、当時の検討過程をこう振り返ります。

 「鉄道の『駅』とバスの『停留所』、『改札通過』と『乗車』など、似て非なる概念を抽出し、同義として整理できるかどうかが大きなポイントでした。特定の事業者仕様に寄りすぎれば汎用性が失われますし、逆に削りすぎると現行業務に支障が出る可能性があります。そのバランスを、鉄道・バス事業者や関係団体など約20団体との協議を重ねながら探っていきました」

 こうした調整を通じて、既存業務を阻害せず、かつ将来的な拡張にも耐えうる標準仕様案の骨格が固められていきました。

技術的特徴や工夫した点

約1,000項目を45項目へ再整理

 従来、鉄道の「一件明細」やバスの「運賃箱データ」など、事業者ごとの独自フォーマットには、多い場合で約1,000項目に及ぶデータ項目が定義されていました。ただし、そのすべてが利用状況分析や政策検討に直結する情報とは限りません。

 本実証では、こうした既存項目を棚卸ししたうえで、利用状況把握や乗降傾向分析等に必要な情報に整理し直す方針を採用しました。具体的には、チケット情報(券種や金額などの属性情報)と乗降実績(日時・場所などの発生情報)に分類し、標準仕様上の必須項目を45項目として再構成しています。

 これは単純に項目数を削減したものではなく、標準フォーマットに変換したデータのみを用いて想定した分析を実施し、追加的な項目補完を行わなくても分析が成立することを確認したうえでの整理です。

 また、停留所コード等については国際標準であるGTFSに準拠させることで、既存の交通オープンデータや他の交通関連システムとの整合性を確保しました。これにより、将来的なデータ連携や拡張を見据えた設計としています。

フィールド実証・テスト

富山・高松での検証

 本実証では、策定した標準仕様案が実際の交通データで機能するかを検証するため、富山県エリアおよび香川県高松市エリアをフィールドとして、11月から12月にかけて検証を実施しました。

 具体的には、鉄道およびバス事業者から提供を受けた実際の「一件明細」および「運賃箱データ」のサンプルを対象に、各事業者固有のフォーマットから標準フォーマットへの変換を実施。そのうえで、標準化後のデータを分析ツール上で読み込み、想定した分析(利用状況把握、乗降傾向分析等)が追加項目の補完なしに実行可能かを確認しました。

 検証では、①データ変換に要する作業工数、②分析に必要な情報の充足性、③項目定義の妥当性などをKPIとして設定し、従来の個別対応と比較しました。

 データ活用側(自治体・分析担当者)からは、下記のような点が評価されました。

  • データ変換やクレンジング作業の削減
  • 広域的な交通分析への展開可能性
  • チケット情報と乗降実績を一体化した構造の扱いやすさ

 一方、データ提供者である交通事業者やシステムベンダーからは、保持しているデータのみを出力可能とする柔軟な設計に対する支持があったものの、既存システムとの整合や移行の進め方についても整理が必要であることが確認されました。標準フォーマットの普及にあたっては、導入支援策や制度面での後押しが重要との意見が挙がっています。

成果と課題

工数90%削減という定量的成果

 本実証は、新たなアプリやシステムの開発ではなく、乗降実績データの標準仕様を策定し、その実効性を実データで検証する取り組みでした。

 検証では、実証対象とした鉄道・バス事業者のデータを用い、従来の個別対応(仕様解析・フォーマット変換・便推定等)に要していた工程と、標準仕様を用いた場合の工程を比較し、作業工数を測定しました。

 その結果、以下のような成果が得られました。

  • データ分析・変換に要する工数を約90%削減(目標70%を上回る結果)
  • 従来エンジニアが個別に開発していた変換ツールの開発コストはゼロ
  • 想定した分析に必要な情報不足は確認されず、追加項目の取得は不要
  • 標準仕様案に対し、検証対象全社から賛意が示された

 特に大きかったのは、これまでエンジニアの専門的判断に依存していた前処理工程(独自フォーマット変換やどの便に乗車したかの推定等)について、標準仕様を前提とすることで原則不要とできた点です。これにより、自治体職員や交通事業者自身がデータを扱いやすい環境が整い、スポット的な分析にとどまらず、定常的なモニタリングへ移行できる可能性が確認されました。

今後の展望

データエコシステムをどう築くか

 本実証で策定した標準仕様案については、「乗降実績データ標準仕様書(鉄道・バス)」として国土交通省ウェブサイトで公開されています。今後その実効性を高めるため、地域交通事業者への展開可能性を検討していく方針です。

 標準仕様が普及するためには、事業者側のシステム改修や運用調整に伴う負担をどう軽減するかが重要となります。今後は、財政支援や技術支援などを活用しながら導入負担の軽減を進めていく考えです。

 こうした取り組みを通じて、標準仕様の管理や普及、アップデートを業界全体で継続的に進めていく基盤を整備し、関係者が主体的に関与しながら運用していく環境、いわば「データエコシステム」の形成を目指します。

 今後は、導入事例の蓄積と制度面の整理を並行して進めながら、標準仕様を地域交通の共通基盤として定着させていくことが期待されます。

 また、各プロジェクトでの調査結果や、実証で得られた知見を整理した技術検証レポートなどのドキュメントについては、本サイト内「乗降実績データ標準仕様開発(鉄道・バス) 技術検証レポート」としてCOMmmmONS(コモンズ)のウェブサイト上で、公開されています。

 各種ドキュメントは、自治体や事業者、開発者など、誰でも使える形で共有され、今後の地域交通DXの取り組みに幅広く活かされていくことが期待されます。ぜひご覧ください。

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