国土交通省が進める地域交通DXプロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」の一環として実施された、「地域交通の総合シミュレーションシステムの技術実証プロジェクト」。前編では、地域公共交通計画をめぐる課題と、本プロジェクトが目指す全体像を紹介しました。

 後編となる本記事では、本実証に参画した富士通株式会社が取り組んだ設計・開発プロセスを振り返りながら、実証で得られた成果と課題、そして全国展開を見据えた今後の展望をお届けします。

地域交通は「勘と経験」から脱却できるか。前橋の実証で見えた、データで考える交通計画記事のメインビジュアル
地域交通シミュレーションの結果を共有しながら、実証の設計・検証について議論する富士通のプロジェクト担当チーム

背景と狙い

地域公共交通計画を「データで語れる」ようにするために

 自治体が地域公共交通計画を策定する際、必要なデータが十分にそろわない、施策効果の検証方法が自治体ごとに異なる、検討に時間とコストがかかる。――こうした課題が長年指摘されてきました。

 富士通 クロスインダストリーソリューション事業本部の陶拓也さんは、問題意識をこう語ります。

 「交通施策は、どうしてもコンサルタントのノウハウや担当者の経験に依存しがちでした。複数の交通モードを組み合わせた場合に、地域全体へどのような影響が出るのかを客観的に示すことが難しく、意思決定に時間がかかっていたのです」

 国土交通省が本プロジェクトで目指したのは、人々の移動をデジタル空間上で再現し、地域に最適な交通施策をシミュレーションによって検証できる仕組みの構築です。地域公共交通計画の策定プロセスそのものをDXし、データ活用型のEBPM(証拠に基づく政策立案)を支える基盤とすることが、本実証の狙いです。

要件定義と設計プロセス

「誰に、何を見せるか」から逆算する設計

 要件定義から基本設計・外部設計にかけては、クロスインダストリーソリューション事業本部の福田達博さんが中心となり、システム全体のアーキテクチャ設計やフロントエンド設計を含め、実証全体を見据えた検討を進めました。

 特に議論を重ねたのが、「シミュレーション結果を、誰に、どの粒度で見せるか」という点です。

 「自治体職員、交通事業者、担当者、経営層では、見たい情報がまったく異なります。同じ結果でも、可視化の切り口次第で理解度が大きく変わる。そこは一番苦労しました」(福田さん)

 設計にあたっては、AIオンデマンド交通分野での長年の実績を持つ社内メンバーの知見を活かしつつ、プロジェクト参画企業や国土交通省、前橋市からのフィードバックを細かく反映しました。

技術的特徴と開発内容

「データが少ない地域」でも使えるシミュレーション

 本プロジェクトの中核となったのは、豊富な人流データがなくても地域の移動を再現できる移動需要生成技術と、複数の交通手段を一体として扱うマルチモーダルな交通シミュレーションです。

 「住民一人ひとりの実測データがなくても、どこからどこへ、どの時間帯に、どの程度の移動が発生しているかを統計的に再構成できる仕組みが必要でした」(シニアリサーチマネージャー 原田麗子さん)

 この移動需要生成技術によって、データ取得の制約を受けやすい地域でも、実態に即した交通シミュレーションが可能となりました。

 さらに本シミュレーターの大きな特徴が、定時定路線バスとデマンド型交通のような、性質の異なる交通モードを、同一のデジタル空間上で統合的に再現できる点にあります。従来は別々に扱われることが多かった各交通手段を一つのモデルに組み込み、乗換を含めた一連の移動行動を連続的にシミュレーションできる構成とすることで、単一の路線やサービス単体ではなく、都市や地域全体を一つの交通システムとして捉えた評価が可能となりました。

 例えば、バスのダイヤ改正やデマンド交通の導入が、利用者の移動行動にどのような変化をもたらすのか、また同時に事業者側の運行コストや効率性にどのような影響が及ぶのかを、定量的に可視化することができます。

シミュレーション結果の詳細画面
シミュレーション結果の比較画面

フィールド実証・テスト

前橋市をフィールドに、計画づくりの現場で検証

 本実証は、群馬県前橋市を対象に実施されました。2025年4月から10月にかけてシステムを構築し、11月から翌年1月にかけて、自治体職員や交通事業者、運輸局職員が参加する検証会やワークショップ形式による実証が行われました。

 実証に参加した自治体職員や交通事業者、運輸局職員からは、操作性や画面構成、シミュレーション結果の見せ方などについて、さまざまな意見やフィードバックが寄せられました。

 また、実運用や今後の展開を見据えた観点から、タクシーを含む他モードへの対応や、年代・利用目的別の結果表示、広域対応など、機能拡張に向けた要望も挙がっています。

検討会の様子
ワークショップの様子

実証結果と評価

「説明責任」を支えるツールとしての手応え

 定量評価では、移動需要予測や交通分担率推定の精度、計画策定業務の削減効果などをKPIとして設定し、前橋市がこれまでに策定してきた移動需要や交通分担率と比較する形で評価が行われました。

 その結果、定時定路線バスとデマンド型交通を組み合わせた複合シミュレーションにより、増便・減便といった施策変更が、利用者行動や交通事業者ごとの乗客数、事業コストにどのような影響を与えるのかを可視化できることが確認されました。

 定性的評価では、前橋市職員や交通事業者が実際に操作し、「意思決定に使えるか」という観点で検証が行われました。

 参加者からは「直感的で操作しやすい」「視覚的な比較がわかりやすい」「サービス提供エリアや利用状況を一目で把握できる」といった声が挙がり、ツールとして一定のUI/UX品質を満たしているとの評価を得ました。特に、施策の変更による影響を数値や図表で示せる点が、公共交通会議での議論の材料や交通事業者等の経営層への説明において有効であり、「実務的で意思決定時に活用できる」との意見が寄せられています。

 こうした検証結果から、単一の路線にとどまらず、交通事業者単位、交通モード単位、さらには都市全体といった多様な視点で施策の効果を評価できることが本システムの特徴であることが示されました。

 これらの結果を踏まえ、陶さんは次のように振り返ります。

 「操作性や見やすさに加えて、複数の交通モードを横断的に扱い、その影響を定量的に示せた点は、大きな成果でした。特に、経営層や公共交通会議での説明にそのまま使える形で提示できたことで、意思決定を後押しするツールとしての手応えを得ることができました」

成果と課題

「動く」から「使いこなせる」段階へ

 一方で、社会実装を見据えると以下のような課題も残ります。

  • タクシーなど対応モードの拡張
  • 通勤・通学など利用目的別、属性別など高解像度な分析
  • 施策立案を支援するレコメンド機能

 技術として成立することと、現場で十分に活用できることの間には、まだ調整の余地があります。実際の計画づくりでは、データの粒度や見せ方、関係者ごとの関心の違いなどが意思決定に大きく影響します。今回の実証は、そうした現場特有の要素を踏まえたときに、どこに課題が残るのかを具体的に示すプロセスでもありました。

今後の展望

全国展開とオープン化に向けて

 富士通では、今回の前橋市での実証を起点に、他地域での検証を重ねながらプロダクトの完成度を高めていく方針です。

 一部機能のOSS化も視野に入れ、地域交通分野でのオープン・イノベーション創出を目指します。

 「経験や勘に頼るのではなく、データに基づいて“納得できる”交通計画をつくる。そのための道具として、自治体職員の皆さんに使ってもらいたい」(陶さん)

 地域交通DXは、まだ道半ばです。しかし、計画づくりの現場において、データに基づく検討を具体的にイメージできる事例となりました。前橋での実証は、その現在地を示す一例といえるでしょう。

 なお、各プロジェクトでの調査結果や、実証で得られた知見を整理した技術検証レポートなどのドキュメントについては、本サイト内「総合交通シミュレーションシステム 技術検証レポート」にて公開しています。

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Technical Reports

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