国土交通省が進める地域交通DXプロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」の一環として実施された、「SIMレスバス停システム開発プロジェクト」。前編では、路線バス事業者が抱えるダイヤ改正の負担と、そこに横たわる構造的な課題を整理しました。

 後編となる本記事では、株式会社小田原機器、株式会社MaaS Tech Japan、長崎自動車株式会社の3社が進めてきた実証の設計・開発プロセス、長崎市域で行われたフィールド実証の内容、そこから見えてきた成果と課題、そして今後の展望を振り返ります。

時刻表を貼り替えなくていい。「SIMレスバス停」と「運行計画支援」で変わるダイヤ改正記事のメインビジュアル
説明会で公開された、13インチのSIMレスデジタルバス停のデモ機。SIMを使わず、近距離通信でデータを受信することで、通信コストを抑えた運用を可能にしている

背景と狙い

ダイヤ改正の「量」と「質」をどう上げるか

 路線バスの持続可能性を高めるうえで、「移動需要に即した柔軟なダイヤ変更」は避けて通れないテーマです。しかし現場では、ダイヤ改正のたびに発生する膨大な作業が、その実行頻度を大きく制限してきました。

 特に大きな負担となっていたのが、数多く設置されたバス停での「紙の時刻表の貼り替え作業」です。ダイヤ改正や臨時変更のたびに、現地で一つひとつ時刻表を張り替える必要があり、多くの人手と時間を要してきました。その結果、本来であれば需要の変化に合わせてこまめに行いたいダイヤの見直しが難しく、柔軟にダイヤを改正・変更できていない「量」の課題が生じていました。

 一方、「質」の面でも課題があります。多くの交通事業者が活用しているのは、既存路線の乗降実績という「顕在化した需要データ」が中心で、潜在的な移動需要や突発的な人流変化を十分に反映できていませんでした。

 こうした問題意識から本プロジェクトでは、「SIMレスデジタルバス停システム」と「運行計画策定支援システム」を組み合わせることで、ダイヤ改正の「量」と「質」の改善に挑みました。

要件定義と設計プロセス

「現場で使われる」ことを前提に

 SIMレスバス停システムの設計・開発で重視されたのは、技術的に可能かどうか以上に、「実際の運行現場で無理なく使えるか」という視点でした。

 株式会社小田原機器 次長の矢野達也さんは、設計の難しさをこう振り返ります。

 「今回は実証とはいえ、実際の路線バスに搭載され、日常的に利用者の目に触れる設備です。実験用として割り切るのではなく、電源喪失やデータ配信未了といったトラブルも含め、実運用を前提にした設計が求められました」

 特に難易度が高かったのが、筐体、通信機器など複数のベンダーが関わる中での調整です。本プロジェクトでは、長崎自動車株式会社と株式会社MaaS Tech Japanが共同提案体として参画しており、開発した仕組みを実際の運行に当てはめながら検証し、現場からのフィードバックを設計へ即座に反映できる体制が取られていました。

 矢野さんは、「実運用を前提にした検証と改善を初期段階から重ねられたことが、開発を前に進める大きな支えになった」と話します。

技術的特徴と開発内容

SIMを使わない、という選択

 本プロジェクトの中核となる「SIMレスバス停システム」では、バスが近づいた時に情報を届ける仕組みを採用しています。

 具体的には、「Wi-Fi HaLow」による近距離通信を利用し、車両が停留所に近づいたタイミングで、車両に搭載された機器から、その停留所のバス停に向けて時刻表データを直接送信します。バス停側はそれを受け取って、設定された日付で時刻表の表示を更新します。

 この近距離通信は通信コストが不要なため、SIM通信にかかるランニングコストは発生しません。これにより、これまでデジタルバス停導入のハードルになっていた通信費の問題を避けながら、数多くの停留所にデジタルバス停を設置することが現実的になりました。

 電源についても、現場での使われ方を意識した工夫が施されています。太陽光発電と電子ペーパーを組み合わせることで、外部電源に頼らない自給電源での運用を実現しました。電子ペーパーの導入によって消費電力を抑えられるだけでなく、SIMレスバス停のバッテリーが枯渇した場合でも、時刻表の表示はそのまま維持されます。

 表示される時刻表の見た目も、あえて「新しくしすぎない」ことが意識されています。長年使われてきた紙の時刻表と同じ感覚で読めるよう、地域ごとの表記やレイアウトに対応できる設計とし、利用者が迷わず情報を確認できることを大切にしました。

太陽光発電と電子ペーパーを採用したSIMレスデジタルバス停の画面。紙の時刻表と同じ感覚で読めるレイアウトを意識して設計されている

フィールド実証・テスト

年末年始ダイヤを想定した実運用検証

 実証では、長崎市域の路線バスを対象に、SIMレスデジタルバス停を実際の運行に組み込み、ダイヤ切り替えを含む一連の運用を検証しました。

・実施エリア:
- 長崎市域

・実施体制:
- バス車両5台にデータ配信機器を搭載
- SIMレスデジタルバス停:26カ所設置

・実施期間・内容:
- 12月19日:年末年始ダイヤの予告データを配信
- 12月30日〜1月3日:年末年始ダイヤを表示
- 1月4日:通常ダイヤへ切り替え

 年末年始という利用状況が大きく変化する時期をあえて選び、ダイヤ切り替えを現地での作業なしに行えるかを、実運用に近い形で実証を行いました。

 実証では、車両が停留所に近づいた際に、時刻表データが各バス停へ安定して配信されるかどうかを確認するとともに、ダイヤ変更時に表示が確実に切り替わるかを検証しました。また、利用者の目に触れる環境において、表示が見づらくないか、従来の紙の時刻表と比べて違和感が生じないかといった点についても、実際の運用の中で確かめました。

 あわせて、改正ダイヤ案の検討では、本プロジェクトで開発した運行計画策定支援システムを活用し、バス事業者が保有する乗降実績データに人流データを重ね合わせた分析を行いました。

実証結果と評価

利便性の向上と運行効率を両立

 本実証で特に大きな成果として挙げられるのが、運行計画策定支援システムを用いた検討を通じて、運行計画そのものの判断が変わった点です。

 当初、長崎自動車では、運転士不足や運行効率の観点から、前年より1割以上本数を減らす方針でダイヤ案の検討を進めていました。その際、本調査事業において開発した「運行計画策定支援システム」を用い、乗降実績データに人流データを重ね合わせて分析しました。

 その結果、全時間帯の便数を揃えるような単純な減便ではなく、人流データから読み取った移動需要に応じ、需要が低い時間帯は減便し、需要が高い時間帯は便数維持又は増便するといった調整を図ることができました。これは、実績データだけでは捉えきれなかった移動需要を可視化できたことによる成果と言えます。

 SIMレスバス停システムについては、特に事業者から評価が高かったのは「ランニングコストを大幅に抑えられる」という点です。

 従来のSIM付きデジタルバス停では、通信費が積み重なり、一定規模以上の導入が難しいという課題がありました。SIMレスという選択により、このランニングコストの問題を回避できることで、より多くのバス停への設置が現実的な選択肢になります。

 また、本プロジェクトの説明会に参加した他のバス事業者や、コミュニティバスを運営する自治体関係者からも、同様の課題感とともに関心が寄せられており、SIMレスバス停システムが省人化・省力化の有効な手段になり得ることが実証を通じて示されました。

 さらにバス事業者からは、きめ細やかな案内告知での活用への期待も寄せられ、SIMレスバス停システムの持つ「業務効率化」と「サービス向上」の両立を実現する可能性に気づくことができました。

プロジェクト説明会の様子

課題と学び

「即時性」「汎用性」という次の壁

 本実証を通じて、今後に向けて整理しておくべき課題も明らかになりました。

 まず挙げられるのが、情報配信の即時性に関する点です。今回の仕組みは、ダイヤ改正や計画的な変更といった、あらかじめ想定された情報の配信には適していますが、天候不順による急な運休など、即時の対応が求められるケースでは課題が残ります。SIMレスという特性を活かしつつ、こうした場面にどのように対応していくかは、今後の検討事項とされています。

 また、開発したシステムのUI/UXについても、一部に今回の実証向けの仕様が含まれており、他地域や他事業者への展開を見据えると、より汎用的な設計が求められます。現在は、実証で得られた知見を踏まえ、量産化を前提とした改良が検討されています。

今後の展望

バス停から、公共交通全体へ

 SIMレスバス停システムで構築した通信の仕組みは、バスに限らず、鉄道など他分野への応用可能性についても検討が進められています。

 今後は即時性の課題を補完しつつ、耐久性や消費電力量にも配慮した設計を進め、全国の交通事業者が旅客案内等で幅広く使える仕組みへと磨き込んでいく予定です。

 矢野さんは最後に、次のように語ります。

 「今回の実証を通じて、公共交通の持続可能性を高めるには、“生活実感のあるデジタル化”が欠かせないと改めて感じました。現場の皆様と一体になって取り組むことで、生きたデジタルの仕組みになると思っています」

 SIMレスバス停システムと運行計画策定支援システムの両輪で、現場の負担を抑えつつ、柔軟な運行計画を支える仕組みをどう広げていくか。今後は、実証で明らかになった条件や課題を整理しながら、展開の在り方について検討が進められます。

 なお、本プロジェクトの成果物については、「SIMレスバス停システム技術仕様書」としてCOMmmmONS(コモンズ)のウェブサイト上で、公開されています。
 また、各プロジェクトでの調査結果や、本実証で得られた知見を整理した技術検証レポートなどのドキュメントについても、本サイト内「SIMレスバス停システム 技術検証レポート」にて公開しています。各種ドキュメントは、自治体や事業者、開発者など、誰でも使える形で共有され、今後の地域交通DXの取り組みに幅広く活かされていくことが期待されます。ぜひご覧ください。

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