国土交通省が進める地域交通DXプロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」の一環として実施された、「二次元バーコードチケッティングAPI標準化プロジェクト」。前編では、MaaSにおけるチケッティングが抱えてきた構造的な課題と、本プロジェクトが目指した「1つのQRで鉄道もバスも使える世界」の構想を紹介しました。
後編となる本記事では、プロジェクトに参画したトヨタファイナンシャルサービス株式会社と日本信号株式会社の取り組みを中心に、要件定義・設計プロセス、熊本市で行われた実証の内容と評価、そして実用化・全国展開に向けた今後の展望を振り返ります。
背景と狙い
MaaSの裏側で起きていた「N対N」問題
近年、多くのMaaSサービスで二次元バーコード(QR)を用いたデジタルチケットが使われています。一方で、鉄道・バスごとに異なるチケット認証事業者や仕様が存在するため、MaaS事業者と認証事業者の組み合わせごとに個別の開発が発生する「N対N」構造となり、導入の手間やコストが大きな課題となっていました。
トヨタファイナンシャルサービスのシニアマネージャー豊田航太郎さんは、当時の問題意識をこう語ります。
「QRチケットはMaaSアプリが直接認証しているわけではなく、駅改札や車載器を提供する認証事業者が担っています。その認証事業者が鉄道・バスそれぞれに複数存在し、仕様もバラバラなため、連携のたびに個別開発が必要でした。開発コストと時間がふくらむだけでなく、利用時に交通機関ごとに異なるQRを出し分けなければならないといったことが起きるなど、利用者体験も損なわれていました」
本プロジェクトが目指したのは、こうした構造を整理し、「1つのQRで鉄道もバスも使える」体験を実現すること。ユーザー体験の向上と、個別開発を前提とした構造を見直すことで社会全体の開発コストを抑えることを、同時に達成することが狙いでした。
要件定義と設計プロセス
チケット認証を一本化するための連携基盤づくり
本実証において、日本信号が担ったのは、チケットサービス全体を俯瞰した設計と標準化です。
具体的には、標準化前後の運用フローの可視化、全体システムアーキテクチャの設計、そしてMaaS事業者と認証事業者をつなぐチケット連携基盤(チケット仲介ハブ)システムの開発と、そのAPI仕様の策定を担当しました。
日本信号AFC事業部課長の谷口博之さんは、設計上の難しさについて次のように振り返ります。
「API仕様や運用フローの策定では、国際基準に耐えうる厳密な表現と可視化が求められました。ドキュメントも含め、何度もレビューを受けながら修正を重ね、ようやく形にできたという感覚です」
また、事業者が複数存在する前提を崩さず、エンドユーザーや交通事業者が自由にサービスを選択できる余地を残すことも、重要な設計思想でした。
「1社に統一すれば簡単ですが、それは現実的ではありません。複数サービスが共存したままでも、1つのQRで使えるように、バランスを意識しました」(谷口さん)
技術的特徴と開発内容
実運用を前提にした、QR認証の作り込み
本実証における技術開発では、「1つのQRで鉄道もバスも使える」という体験を、実際の改札・乗車環境でストレスなく成立させることが最優先のテーマとなりました。なかでも重視されたのが、認証時の処理速度と、鉄道・バスそれぞれの利用環境の違いへの対応です。
QRチケットの認証は、改札通過や乗車時に行われるため、わずかな遅延でも利用者の体験を大きく損ねてしまいます。そこで本プロジェクトでは、認証時に必要となる装置・システム間の連携を最小限に抑える構成を採用しました。
具体的には、QRをかざした際の認証処理が遅延しないよう、装置・システム間の連携を最小限に抑える設計としています。これにより、鉄道の自動改札やバス乗車時でも、従来と変わらない操作感を維持したまま、1つのQRによる認証を実現しました。
もう一つのポイントが、鉄道とバスで異なる電子チケットの利用条件を前提にしたシステムの柔軟性です。鉄道では自動改札機を通過する一方、バスでは車載器での認証や乗務員の目視確認が介在する場合もあります。求められる認証タイミングや設置環境、運用の考え方が異なる中で、どちらか一方に寄せた実装では、現場での利用に耐えません。
本実証では、こうした違いを吸収できるよう、認証方法や運用フローに幅を持たせた実装としています。これにより、鉄道・バスそれぞれの現場要件を大きく変えることなく、共通のQRチケットを扱える構成が実現しました。
実証・テスト
熊本市で鉄道とバスのQR乗車を実地検証
実証は2025年11月27日、熊本市内で実施されました。全国から約100人の参加者が集まり、実際の駅自動改札や貸し切り運行の路線バスを使った、実運用に近い環境で検証が行われています。
参加者は、①鉄道・バスそれぞれ別のQRを使う従来仕様、②鉄道・バス共通の1つのQRを使う新仕様の両方を体験し、操作性や使い勝手を比較しました。
豊田さんによると、参加者からは次のような声が多く寄せられたといいます。
「従来仕様は、どのQRがどの交通機関なのかを毎回考える必要があり、正直わかりにくい。一方で新仕様は、とにかく1つのQRを出せばいいので楽、という評価が多かったです」
実証結果と評価
QRを出し分けなくていい。迷いを減らし、エラーも防ぐ
実証後のアンケートでは、5段階評価で満足度を調査しました。その結果、新仕様は4.50点、従来仕様は3.15点と、新仕様が高い評価を得られました。
また、従来仕様では「バス乗車時に鉄道用QRをかざしてしまいエラーが出る」といった場面もありましたが、新仕様では1つのQRを出すだけで済むため、こうした迷いは起きませんでした。
「乗降がスムーズになる、迷わず使える。目指していたユーザー体験の向上は、十分に確認できたと考えています」(豊田さん)
課題と学び
交通モードの整理は、次の論点へ
一方で、実用化に向けて整理すべき課題も見えてきました。豊田さんが挙げるのが、鉄道間の相互直通など、単一の交通モード内でのQR認証の扱いです。
「マルチモーダルの入口は整理できましたが、鉄道同士の直通利用など、同じモードの中でどう認証するかという課題は、まだ残っています」
今回の実証を通じて、QRチケッティングの標準化は一度で完成するものではなく、段階的に適用範囲を広げていく必要があることが、改めて確認されました。
今後の展望
迷わず使えるチケットを、当たり前の選択肢へ
今後は、鉄道とバスを共通のQRチケットで利用できる仕組みを、より多くの地域やサービスに広げていく方針です。そのためにも、より多くの認証事業者に参画してもらい、対応できるエリアや交通機関を拡大していくことが欠かせません。
この点について、豊田さんは次のように語ります。
「認証事業者が増えるほど、サービスごとに個別開発を行ってきた従来の構造を見直す効果は大きくなります。社会全体の開発コストを抑えるためにも、関係者同士の連携をさらに強化していきたいと考えています」
あわせて、取得したデータを活用したチケット価格の設計や収益配分の検討、さらには他のモビリティや非交通分野への展開も視野に入れています。チケッティングを単なる決済手段にとどめず、地域交通全体の企画や運営に活かしていくことが、次のテーマとなります。
谷口さんは、全国展開に向けて意識しているポイントを次のように説明します。
「共通の仕組みを広げていく中で、現場やベンダーの負担が増えてしまっては本末転倒です。関係者が増えても、運用や開発が過度に複雑にならないこと。それが、標準化を進めるうえで最も重要だと考えています」
MaaSにおけるチケッティングは、これまで理想像として語られることは多かったものの、実装には高いハードルがありました。本プロジェクトは、利用者の利便性、交通事業者の集客性、ベンダーの開発容易性という「三方良し」を、現実の運用を前提に一歩前へ進めた取り組みと言えるでしょう。
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