国土交通省が進める地域交通DXプロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」の一環として実施された「バス業務標準化プロジェクト」。前編では、バス業界に根強く残る業務の属人化やシステムのサイロ化といった構造課題、そしてそれを打破するための“標準化”というアプローチの意義を紹介しました。

 後編となる本記事では、フューチャーアーキテクト株式会社(以下、FA)と株式会社みちのりホールディングス(以下、MH)が取り組んだ設計・開発プロセスと、技術的な特徴を整理します。標準データインターフェースと統合データベースは、バス事業の意思決定をどこまで変えられるのか。その狙いと手応えを振り返ります。

「勘と経験」に頼るバス経営を変えられるか。業務標準化とデータ活用で変わる意思決定記事のメインビジュアル

背景と狙い

「公共交通としての持続可能性」をどう守るか

 今回のプロジェクトの出発点にあったのは、バス事業そのものの持続可能性に対する強い危機感でした。

 FA Technology Innovation Group マネジャーの太田章弘さんは、こう語ります。

 「少子高齢化に加え、働き方改革での『2024年問題』の影響で運転手不足は深刻化しています。地域の移動手段をどう維持するかは、待ったなしの課題です」

 DXの必要性は広く認識されている一方で、バス業界は中小事業者が多いロングテール型の構造です。業務手順は事業者ごとに異なり、システム導入のたびに個別カスタマイズが発生します。その結果、業務やシステムは事業者ごとに孤立し、いわゆる「サイロ化」が進んできました。

 FA Technology Innovation Group コンサルタントの鴨川奈穂さんは、その影響をこう説明します。

 「データがシステムごとに分断され、一部では紙による管理も残っています。データがあっても横断的に活用できず、行政報告も手作業が多い。これでは現場の負担も減らず、政策立案も迅速に行えません」

 本プロジェクトが目指したのは、路線バス業務の標準モデルを策定し、「標準システム構成」や「標準データ・インターフェース」を定義することです。

 標準化によって導入コストを抑え、データをつなぎ、データに基づく意思決定を可能にする。その先にあるのが、「勘と経験」に依存しないバス事業運営への転換です。

要件定義と設計プロセス

業務標準化とデータ活用をつなぐ設計

 今回の設計フェーズでFAが担った役割は、標準化されたデータを現場の業務で活用できる形に落とし込むことでした。その前提として、現状のバス業務の流れやデータの持ち方を調査・整理し、業務標準モデルとして定義したうえで、事業者が保有するデータを分析や業務に活用できる形で可視化する仕組みを設計しました。

 各事業者の運行データや利用実績などを整理し、リレーショナルデータベース(RDB)と呼ばれる形式のデータベースに集約。さらに、それをBIツール(Business Intelligence:データを可視化・分析するためのソフトウェア)を使って、どのように可視化すれば、現場の業務に活かせるかを設計しました。単なるデータ閲覧ではなく、「路線企画」や「行政報告」といった実務に直結する形でデータを活用できるよう、具体的な業務シナリオを想定しながら設計を進めました。

 工夫したポイントは、大きく3つあります。

  • 固定レポート機能の実装
    輸送実績報告書など、行政への提出が必要な帳票を自動集計できる固定レイアウト画面を用意。守りの業務を確実に効率化できることを示します。
  • セルフサービスBIの設計
    将来的なデータ活用の広がりを見据え、ユーザー自身が条件を指定して自由にデータを集計・分析できる機能(カスタムクエリ)も用意します。
  • 生成AIアシスタントの試験導入
    「収益の悪い路線は?」といった自然言語の問いに対し、AIがデータを分析して該当路線を提示する仕組みも試験的に導入しました。誰でもデータ分析を行える環境の可能性を検証しています。

 こうした設計の裏側には、地道なデータ整理の作業もありました。鴨川さんは次のように振り返ります。

 「今回の実証では、バス事業者から提供された実データを、標準形式に変換してデータベースに取り込みました。ただ、路線マスタや運行実績データは事業者ごとに構造や項目が大きく異なります。GTFS-JPとの互換性も考慮しながら、標準データモデルに一つ一つ対応づけていく作業は、非常に地道なものでした」

 また、関係者との合意形成にも工夫がありました。まずは、MH傘下の5社で標準モデルの叩き台を作成し、その後に他事業者へ展開する段階的プロセスを採用。議論の発散を抑えつつ、本質的な論点に集中できる体制を整えました。

バス事業者の事務所で、実データや業務フローを確認しながら要件定義を進めるプロジェクトメンバー

技術的特徴と開発内容

バスデータを一元化し、分析できる基盤を構築

 本プロジェクトでは、全国のバス事業者が持つさまざまなデータを整理し、共通の形式で扱えるようにする仕組みの検証を行いました。

 基盤となるのは、各事業者の運行実績や利用状況などのデータを一か所に集約する統合データベース(Amazon RDS)です。ここに集められたデータを、分析ダッシュボード(Amazon QuickSight)上でグラフや表として表示し、路線別や時間帯別といったさまざまな切り口で分析できるようにしました。

 こうした仕組みを支える基盤には、クラウドサービスを活用しています。全国の事業者のデータを扱える拡張性を確保しながら、システム開発のコストや運用負担を抑えることを狙いました。

 また、将来的なデータ活用の高度化も視野に入れています。実証では、Amazon Q in QuickSightを活用し、利用者が質問を入力すると、AIがデータを分析し、該当する路線や指標を提示する仕組みも試験的に導入しました。専門的な分析スキルがなくても、データを活用できる環境の可能性を検証しています。

 特定の企業の技術に依存しない「オープンな標準」も重視しており、業務フローの整理やデータ連携の設計には、国際的に広く使われているBPMN 2.0やOpenAPI形式、IE記法などを採用し、既存のバス交通データ標準であるGTFS-JPとの互換性も考慮しています。

 こうした設計によって、将来的に複数の事業者やシステムが連携しやすいデータ基盤を整備することを目指しました。

統合データベース上のデータを分析ダッシュボードで可視化し、路線別の輸送実績などを確認できる
輸送実績や利用者数、乗降分布などを一覧表示し、運行状況を多角的に把握できる

フィールド実証・テスト

業務標準化とデータ基盤の有効性を検証

 今回の実証では、2025年10月から12月にかけて、統合データベースと業務分析ダッシュボードを構築し、机上検証およびデモンストレーションを実施しました。

 バス事業者やシステムベンダー、業界団体などの関係者を対象に、標準仕様の有用性を検証するヒアリングも行っています。なお、本実証では標準形式に変換したデータと既存システムとの自動連携までは行わず、提供された実データを標準形式に手動で変換して検証を行いました。

 ヒアリングでは、「データの共通化により転記作業が不要になる」「業務コストの削減効果が期待できる」といった声が多く寄せられました。また、「実績データに基づく運行計画の策定が可能になる」「標準化によって新たな取り組みにリソースを振り向けられる」といった、データ活用の高度化を期待する意見も見られました。

 さらに、データ連携のための標準インターフェースの整備によって外部システムとの連携が広がることで、新たなサービスの創出につながることへの期待も示されています。

勉強会にてバス事業者・ベンダーとプロジェクトメンバーが議論する様子

成果と課題

業務標準化による効率化とその効果

 今回の実証では、統合データベースとダッシュボードの活用により、これまで平均3.5人月を要していた輸送実績の集計・加工業務が1人日まで短縮できることが確認されました。当初に設定した「データ集計工数の8割削減」というKPIを大きく上回る結果となり、業務効率化の効果を実証しています。

 また、ヒアリング調査では、システム共通化による開発・導入コストの低減について、すべての回答者から同意が得られました。データ集計コストの削減についても83%の同意が得られ、標準仕様の有用性に対する一定の合意を得ることができました。

 さらに、各社の業務を抽象化・構造化した「バス業務標準仕様書」を提示し、COMmmmONS(コモンズ)のウェブサイト上で公開しています。実データを用いたデモンストレーションを通じて、帳票作成の効率化やデータに基づく意思決定の可能性を具体的に示しました。

 一方で、仕様の継続的な更新体制の構築や、標準化に対する理解の浸透は今後の課題です。また、本実証ではシステム間の自動データ連携までは実装しておらず、将来的にはAPIによるデータ連携の実現が求められます。

今後の展望

標準化を基盤に、業界全体の連携へ

 今後は、本実証で策定した「バス業務標準仕様書」のさらなる高度化と継続的な更新体制の構築を進めるとともに、対象業務の拡大を目指します。

 また、今回の成果を個別事業者の効率化にとどめず、標準化を基盤とした複数事業者間での業務共同化や協業の促進につなげていくことが重要です。将来的には、MaaSアプリとの連携や行政手続きの効率化、さらにはEBPMに資するデータ活用など、幅広い展開が期待されます。

 全国展開に向けては、バス事業者とシステムベンダー双方にとって、標準モデルに準拠するメリットを実感できる環境づくりが不可欠です。業界団体と連携した継続的な普及活動に加え、標準仕様に対応したソリューション開発を促進する仕組みや、先行導入事例の創出が重要になります。

 こうした取り組みを通じて、「自社でも導入できる」、「開発できる」と感じられる具体的なモデルを提示し、実運用を伴う形での全国展開を目指していきます。

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