今後の古都における歴史的風土の保存のあり方について

(意見具申)

  平成10年3月19日

 

 


 

 

今後の古都における歴史的風土の保存のあり方について

 

 「今後の古都における歴史的風土の保存のあり方について」は、当審議会に設置した古都保存問題等検討小委員会から、平成9年6月17日に中間報告がなされたところであるが、その後、さらに検討を重ねた結果、次のとおり結論を得たので、ここに内閣総理大臣に意見を述べるものである。

 本件に関し、審議に参加した当審議会の委員及び専門委員は次のとおりである。

  

 委 員

宮繁  護   高階 秀爾  青木 和夫  安西 篤子

石月 昭二   金関  恕   川名 俊次  小谷 宏三

豊藏  一   平田 精耕   村田 純一  脇田 晴子

 

 専門委員

井上 博道   小幡 純子  越澤  明  祖田  修

西村 幸夫   平野 侃三  堀   繁  森本 幸裕

 

 

今後の古都における歴史的風土の保存のあり方について

 

1.古都保存制度の果たしてきた役割

 

 古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(以下「古都保存法」という。)は、わが国固有の文化的資産である古都における歴史的風土の保存のために、国等において講ずべき特別の措置を定めることにより、国土愛の高揚及び文化の向上発展に寄与することを目的として、昭和41年に制定されたものである。

 同法に基づき、京都市、奈良市、鎌倉市等の古都において、歴史的風土保存区域(以下「保存区域」という。)の指定、歴史的風土保存計画の決定が順次行われ、保存区域内における枢要な地域については歴史的風土特別保存地区(以下「特別保存地区」という。)の決定により、一定の行為の規制による凍結的な保存が行われる一方、土地の買入れ、保存のための施設整備が実施されてきている。

 昭和40年代の高度経済成長期には、都市化の進展に伴う開発圧力に対して、古都保存制度が歴史的風土の保存に大きな役割を発揮したほか、近年のバブル経済期の異常な開発圧力に対しては、保存区域の拡大指定、特別保存地区の拡大決定を行うなど、歴史的風土を守るための的確な対応がなされている。

 また、同制度により保存された歴史的風土は、国際化が進展する中で、それぞれの都市における歴史的・文化的観光資源として貢献するほか、「法隆寺地域の仏教建造物」や「古都京都の文化財」が世界文化遺産として登録される過程でも、同制度による取組みが大きな役割を果たしている。

 さらに、歴史的風土の保存を図るための行為の規制、土地の買入れ等古都保存法の枠組みが、都市内の緑地を保全するための各種法制度に取り入れられるなど、法制的にも大きな影響を及ぼしている。

 このように、古都保存制度は、わが国固有の文化的資産である古都における歴史的風土の保存とともに、古都のみならず、歴史や文化に対する国民の関心の高まりの醸成に寄与するなど、大きな成果を上げてきたと考えられる。

 

2.最近の歴史的風土の保存をめぐる状況と課題

 

(1)古都をはじめ全国の都市における歴史的な風土の保存の必要性と文化財発  掘調査の進捗

 古都における歴史的風土は、古都保存法に基づく取組みにより保存が図られてきたが、古都以外の都市における歴史的・文化的資産や歴史的な風土についても、国民の理解と協力の下に保存、継承が図られるべきものである。

 地域の歴史的な風土をその土地固有の資産として引き継ぎ、積極的にまちづくりへ活かそうとしている市町村も一部にあらわれているが、歴史的な風土を保存するための既存の手法が十分に活用されていない面も見られ、時間の経過とともに、遺跡周辺等の歴史的な風土が失われてしまうことも懸念される。

 歴史や文化に対する国民の関心が高まりつつある現在、改めて、古都以外の都市においても、歴史的な風土を保存、継承する取組みの推進が必要である。

 また、現在までに文化財の発掘調査は着実に進み、現行の古都のみならず、古都以外の都市においても、多くの新たな事実が明らかになりつつある。

 発掘された遺跡の中には、平泉の柳之御所遺跡のように、地域の政治・経済・文化の中心地として大きな役割を果たしていたと思われるものや、吉野ケ里遺跡や三内丸山遺跡のように、わが国に「都」という形ができる以前の歴史を書き換えるようなものもあり、わが国の歴史の見方に変化も生じつつある。

 このため、発掘調査の状況によっては、新たな古都の指定等国家的見地から対応を図るべき必要性も考えられ、引き続き今後の発掘調査の結果を見守る必要がある。

 

(2)保存区域を超えた古都全域の風土の継承

 京都市、奈良市、鎌倉市等の古都においては、それぞれの古都が政治、文化の中心であった時代から近代に至るまで、住民生活が営まれる中で歴史的風土が引き継がれ、さらに後の時代の様々な歴史的・文化的資産の蓄積が加わって、それぞれの都市の風土を作り出している。

 古都を古都として後代に継承するためには、歴史的風土の保存にとどまらず、古都全域の歴史的・文化的資産やまちなみを含め一体の風土として捉え、まちづくりの一環として、適切な保存、継承を図る必要があると考えられる。

 特に、眺望景観や借景の問題、時間とともに積み重ねられた後代の歴史的・文化的資産の保存の問題など、古都全域に係る風土の保存、継承を図るためには、古都保存法に基づく取組みと併せて、都市全体の歴史的な風土を保存、継承するまちづくりの考え方が必要である。

 

(3)歴史的風土の保存と農林業等との調和問題

 古都における歴史的風土は、保存区域における一定の行為の届出と、特別保存地区における一定の行為の規制により守られてきている。今後とも歴史的風土を適切に保存していくためには、厳格な運用が図られるべきであり、国としてもその責務を果たさなければならない。

 しかしながら、歴史的風土を保存するための特別保存地区における行為の規制のうち、木竹の伐採規定が、京都市大原地区においては計画的林業施業に影響を及ぼしている。また、京都市嵯峨嵐山地区における農業経営形態の変化等による水田から畑地への転換や、明日香村における農業後継者の減少による耕作放棄地の増加等、歴史的風土の重要な構成要素である田園景観が変化する状況が生じつつある。

 歴史的風土を構成する田園風景や森林の一部は農林業によって保たれていることや、全村が特別保存地区に指定されている明日香村の現況を考えれば、歴史的風土は住民生活の安定と積極的な維持管理を行うことで初めて成り立っているとの認識に改めて立ち、それぞれの地域の特性に応じた保存を進める必要がある。

また、今後は、特別保存地区における歴史的風土の保存と併せて、地域の特性に応じ、保存区域における歴史的風土を保存するための積極的な修景や、国民が等しく歴史的風土の恵沢を享受できるよう、買取り地の有効利用等の活用を図ることも必要である。

 

(4)国民的な参加に基づく歴史的風土の保存の必要性

 古都における歴史的風土の保存は、地域の住民、土地所有者のみならず、国民的資産として国民の理解と協力の下に進められるべきものであり、今後の歴史的風土の保存を進める上で生じる様々な課題についても、国民全体で考え解決する姿勢が重要である。

 一方、古都保存法制定後、わが国の歴史や文化に対する国民の関心は着実に高まっており、ボランティア活動等も社会的機運として盛り上がりをみせている。

 また、古都における歴史的風土が、多くの人々の努力と永年にわたる地元住民の協力の下に守られていることを忘れてはならない。

 このため、今後、歴史的風土の保存に対する国民の理解と協力をより一層求めるとともに、歴史的風土保存に係る国民の自発的活動を促進することにより、国民的な参加に基づいて歴史的的風土の保存を推進する必要がある。

 

 

3.今後の古都保存行政に求められるもの

 

(1)古都保存行政の理念の全国展開

 古都における歴史的風土は、日本人の心のよりどころとなる、過去の歴史を伝える国民的な歴史的・文化的資産として、将来にわたり保存が図られるべきものである。また、古都以外の都市における歴史的・文化的資産についても、古都同様に国民共有の遺産として保存、継承が図られるべきである。

 このため、現行の古都においては、古都保存法の基本的枠組みを保持し、今後とも歴史的風土の保存を図るとともに、古都で培われた歴史的風土の保存の理念と枠組みを、古都の範囲に限られることなく、広く全国に展開する等、その方策を検討する必要がある。

 特に、現在は開発により歴史的風土が失われる恐れがなくても、未然に開発を防止し、適切な保存を図る観点からは、大津市、平泉町など、古都以外でも国として保存すべき歴史的風土が認められる可能性のある市町村について、今後の遺跡発掘状況や地元市町村の意向に配慮しつつ、新たな古都指定について引き続き検討する必要がある。

 また、必ずしも古都保存法の対象都市ではなくても、現行制度の枠組みの中で、緑地保全地区、風致地区、美観地区等の既存制度を活用することにより、歴史的風土や歴史的・文化的資産の保存、継承を積極的に推進することが可能であり、これらの施策の適用とともに、歴史的・文化的資産を保全・活用する都市公園事業、歴史的まちなみの整備保全に資する街路事業等、必要な関連事業の実施を進めるべきである。

 さらに、地域的な広がりという観点からは古都としての位置づけが困難であっても、国家的見地から保存すべき歴史的・文化的資産については、文化財保護行政との連携と併せて、周辺地域も含め、より一層の保存・活用対策の検討も必要である。

 

(2)古都全域における歴史的・文化的資産や景観の一体的保全の推進

 古都における歴史的風土や歴史的・文化的資産を保存し後代に引き継ぐとともに、歴史的・文化的な営みが積み重なるまちづくりを進めるため、古都保存法に基づく取組みと併せて、今後とも都市計画制度等各種施策の有機的かつ一体的な取組みを一層充実すべきである。

 また、歴史的・文化的資産や景観の一体的保全の推進のために必要な助成措置について、配慮が必要である。

 さらに、将来にわたり適切に古都における歴史的風土が守られるよう、現行の保存区域についても、歴史的風土の保存の必要に応じて、保存区域の拡大を進める必要がある。

 

(3)凍結的保存からきめ細かな維持保全活用への展開

歴史的風土の保存と、その前提となる農林業等や住民生活との一層の調和を図るため、行為の規制に基づく凍結的保存から、地域の特性に応じたきめ細かな維持保全活用へと展開を図る必要がある。

 そのため、歴史的風土をより適切に保存するための保存計画の充実や、特別保存地区における行為の規制に関し、歴史的風土の保存上特に必要な行為について一律の基準の見直しを行う必要がある。

特に、全村が特別保存地区に定められている明日香村については、住まいながら歴史的風土を保存するという特別な状況を勘案し、住民生活のより一層の安定が図られるよう検討を進める必要がある。

また、保存区域における歴史的風土の積極的な修景・活用のあり方と、その保存計画への位置づけを検討するとともに、保存に関連して必要とされる施設整備の修景・活用の観点からの拡充や、歴史的風土の維持保全活用に資する事業の積極的な実施等、維持保全活用策の一層の充実を図る必要がある。

 

(4)国民の自発的活動を促す普及啓発活動の展開と条件整備

 歴史的風土の保存に当たり、国民のより一層の理解と協力を得つつ、国民の自発的な活動により保存が推進されるよう、今後とも積極的な普及啓発活動を展開する必要がある。

 また、国民の自発的活動を積極的に支援し、行政との役割分担の下に一体となって保存を進めるための条件整備を行う必要がある。

 

 

4.当面取り組むべき課題

 

 古都における歴史的風土を今後とも適切に保存するため、当面、次のような課題に取り組むべきである。

 

(1)歴史的風土保存区域の拡大について

歴史的風土保存区域は、古都保存法施行後に当初の指定がなされた後、その後の必要に応じて、それぞれの区域の拡大が行われている。このうち、京都市歴史的風土保存区域は、市街化の進展に伴う歴史的風土の保存の必要性から平成7年6月に一部拡大が行われたところであり、奈良県においては、遺跡の発掘に伴い区域拡大の可能性が残るものの、総じて的確な対応がなされている。

 一方、鎌倉市においては、現行の保存区域に連坦し、かつ保存区域の指定がなされていない樹林地が一部に残存していることから、保存区域の境域の整斉に伴う区域の拡大を行う必要がある。

 また、現行の鎌倉市歴史的風土保存計画において歴史的風土保存の主体とされている名越切通し及び朝比奈切通しについては、鎌倉市域外の部分についても、鎌倉市歴史的風土保存区域と一体の区域として保存すべきものである。

 このため、名越切通しの鎌倉市域外の部分については、歴史的風土のより一層適切な保存を図るため、保存区域に指定する必要がある。

 なお、朝比奈切通しの鎌倉市域外の部分については、既に相当部分が緑地保全地区等に定められており、かつ、今後さらに緑地保全地区等の拡大が予定されていることから、当面、それらの制度に基づき保存するものとする。

 

(2)歴史的風土保存計画の充実について

 古都における歴史的風土をより一層適切に保存するため、保存計画の内容を充実する必要がある。その際、守るべき歴史的風土をより明らかにするとともに、歴史的風土の維持保存に関する事項を整備する必要がある。

 さらに今後は、それぞれの地域の特性に応じて古都における歴史的風土の保存の充実を図るため、国と地方公共団体の適切な役割分担の下に、歴史的風土保存の必要性に応じ、府県レベルの計画の策定等施策の総合的な実施を進める必要がある。

 

(3)歴史的風土の保存に関する行為規制(特に木竹の伐採に関する行為規制)について

 人工林により形成される山丘が歴史的風土保存の主要な部分を構成している京都市大原地区においては、林業施業により、歴史的風土保存の主体である山丘の森林の維持保存が図られてきた。

 このように人工林施業により歴史的風土の維持保存が図られている地区にあっては、今後とも適切な施業行為により歴史的風土の維持保存が図られるよう、他の木竹の伐採とは区別し、一定の要件を定めた上で、森林の伐採規定の特例を設ける必要がある。

 

(4)水田景観の保全について

 水田を中心とした田園景観が保存されてきた京都市嵯峨嵐山地区においては、今後とも当該景観を歴史的風土保存の主体として保存するため、関係農家による組織づくり、水田耕作を行う主体の整備等、水田耕作の維持に係る誘導施策を総合的に講ずる必要がある。

 また、嵯峨嵐山以外の地区にあっても、水田を中心とした田園景観を保存すべき地区においては、同様の誘導施策を講ずる必要がある。

 

(5)歴史的風土の保存に係る自発的活動の促進について

 歴史的風土の保存に係る国民の自発的活動を促進していくため、歴史的風土の保存についてより一層の普及啓発の促進を図るとともに、国民の参加意識及び保存に対する意欲の向上を促すための仕組みを検討する必要がある。また、人材の派遣、活動資金の助成、活動ノウハウや先進事例の紹介等情報の提供、活動の場の提供など多様な支援策を展開し、自発的活動との間にパートナーシップを構築する必要がある。

 

(6)明日香村における歴史的風土の保存と活性化について

 明日香村の貴重な歴史的風土の保存と住民生活の安定向上及び地域の活性化との調和を図るため、今後とも国家的見地から施策を講じていく必要がある。

 その際、明日香村の目指すべき将来像について、地元住民を含め広範な合意形成が必要である。

 その上で、将来像の実現に向けて、明日香村整備計画、明日香村整備基金など各々の施策・事業の果たすべき役割について、全体の枠組みの中で財源措置のあり方を含め改めて検討すべきである。

 

 

5.おわりに

 

 昭和41年に古都保存法が施行されてから既に32年が経過した。

 この間、社会経済情勢は、大きな変化を遂げた。中でも、都市化の著しい進展は、古都の歴史的風土の周辺にも大きな開発圧力をもたらしたが、古都保存法に基づく取組みは、地元住民等の多大な理解と協力に支えられ、古都の歴史的風土を市街化の波から守る役割を的確に果たしてきた。

 現在は、都市への人口集中も鈍化し、古都をとりまく開発圧力も、古都保存法が制定された当初と比較し相対的に低下しつつある。一方、歴史的な資産の重要性に対する国民認識は従来にも増して高まっており、今後の古都における歴史的風土の保存は、開発から守るための規制を先行させてきた段階から、これまでの古都保存行政の成果を踏まえ、古都全体のまちづくりの中で、保存、継承を考えるべき新たな段階へと至っている。

 古都における歴史的風土を、21世紀へ引き継ぐべきわが国固有の文化的資産として保存、継承し、美しい日本の国土を守るため、国及び関係地方公共団体は、その責務を果たす不断の努力を継続し、古都保存法の理念と意義を広く伝え続けなければならない。併せて、今後とも古都における歴史的風土を国民的資産として後代に継承するために、国民各層のより一層の理解と協力を期待するものである。

 

 


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