第1節 新たな観光振興政策への高まる期待 ―5年ぶりの審議会答申―

 観光政策審議会(会長:大西正文大阪商工会議所顧問)は、11年4月の運輸大臣による諮問に対して、12年12月、答申「21世紀初頭における観光振興方策―観光振興を国づくりの柱に―」を行った。

  1. 諮問の背景と答申の経緯
     平成7年に観光政策審議会より「今後の観光政策の基本的な方向」が答申されたところであるが、その後、「まち」の停滞、少子・高齢化の進展、自然環境や地域の文化・伝統等の社会的環境を重視した地域振興の必要性の増大、情報化の急速な進展等経済社会情勢が変化していることから、これらに対応するとともに、平成7年答申において示された方向をより具体化していくため、21世紀初頭における観光振興方策を確立することが求められていた。このため、観光政策審議会は、総会の下に、総合部会及び観光まちづくり部会を設置して約1年半にわたり活発な議論を行い、答申をとりまとめた。

  2. 答申の概要
    (1)観光をめぐる諸事情
    1経済・社会環境の変化
     近年、「まち」の停滞、IT化、少子高齢化、環境意識の高まり、グローバル化、国民のライフスタイルの変化及び生活レベルの向上というような経済・社会環境の変化がみられる。

    2観光の意義
     観光の意義について1人々にとっては、ゆとりとうるおいのある生活に寄与し、地域の歴史や文化を学ぶ機会を提供2地域にとっては、地域住民の誇りと生きがいの基盤の形成、地域活性化に寄与3国民経済にとっては、大きな経済効果4国際社会にとっては、国際相互理解の増進、国際平和に貢献、といった点で観光は重要な意義を有している。

    3近年における観光をめぐる現状及び課題

      ア.「まち」の再活性化ニーズの増大(均一化した「まち」の表示への反省)
     我が国においては、「まち」の表情は均一化する傾向にあり、国民ニーズの多様化、高質化に十分に応えられていないため、観光によるまち
    づくりの推進が求められているが、観光によるまちづくりの推進に当たっては、関係者の合意形成や人材育成、組織づくり、計画的な事業推進
    等が課題となっている。

      イ.観光分野におけるIT化ニーズの増大
     カーナビゲーションや携帯端末等を通じた公共交通機関関連情報を含めた観光情報を電子地図と組み合わせた形での提供、インターネット上での交通機関や宿泊の予約・決済等ネット社会の進展に伴う観光分野での利便性向上については、社会的な期待が非常に大きい状況にあり、新技術を活用したリアルタイムの情報提供や電子商取引に関しての利用者保護の仕組みづくり等が課題となっている。

      ウ.高齢者等が「気軽」に旅行できる環境整備ニーズの高まり
     高齢者、障害者や訪日外国人旅行者等の人々が安心して「気軽」に旅行できる環境の整備ニーズが高まっているが、公共交通機関・宿泊施設や観光施設等のバリアフリー化、バリアフリー施設についての情報発信等が課題となっている。

      エ.環境保全・向上の必要性の増大
     観光ニーズの多様化に伴う観光活動の増大により、ともすると経済的な視点からの開発が先行し、貴重な資源を傷めたり、定住環境を悪化させる等の事象が生じかねないが、国民の環境意識が高まってきている中、自然環境や文化財・文化遺産を良く保存していくことが重要である。
     このような状況の下にあって、マイカーによる渋滞の発生が環境汚染につながる場合があることや地域で対応しきれない過度な観光客が
    来訪する場合があることが課題となっている。

      オ.訪日外国人旅行者数の伸び悩み
     訪日外国人旅行者数は、日本人海外旅行者数1、640万人の約4分の1である440万人、世界36位と極めて低水準であるため、積極的に訪日外国人旅行者数の増加に取り組む必要がある。
     このため、効率的な訪日促進キャンペーン、外国人の多様な関心に応える旅行商品やサービス等の提供のみならず、近隣諸国との広域連携による外客誘致活動に当たっての関係機関等との連携等が課題となっている。

      カ.観光のもつ魅力の相対的低下
     余暇時間の過ごし方や消費行動が多様化する中で、観光以外の多様な楽しみ方のメニューが増え、観光の魅力が相対的に低下してきている。このような中、魅力ある「まち」についての情報収集・提供システムが不十分であること、新しいツーリズムヘの対応が不十分であること等が課題となっている。

      キ.国民生活の変化に対応した観光産業の変革の遅れ
     国民の旅行ニーズの多様化・個性化の傾向が顕著になってきており、新しいツーリズムの展開に対する期待も高まっている中、団体客対象の旅行を中心に形成された現在の国内旅行システムの改善、観光サービスに携わる人材の育成、観光に関する総合的な研究を行う体制・システムの整備等が課題となっている。

      ク.長期滞在型旅行の伸び悩み
     ゆとりや快適さがよりいっそう重要視されるようになる中、祝日の三連休化を図った改正祝日法の施行により、旅行需要が大きく増加していることからも、連続休暇の拡大へのニーズが高まっている。このような中、長期滞在型旅行に適した魅力的な旅行商品やサービスの提供、年次有給休暇の取得率の低さ、学校における休暇取得の困難さ等が課題となっている。

      ケ.国民の日常的、基本的マナーやホスピタリティ意識の不十分さ
     観光交流においては、接する人同士のマナーは極めて大きな意味・役割があるが、国民全体の日常的、基本的マナー、観光客としてのマナーについての社会的取組みの他、地域の人々に観光客と交流する意識が低いこと等が課題となっている。

    2)21世紀初頭の観光振興を考える基本的視点
     21世紀初頭に日本社会を真に活力ある社会として構築するためには、観光振興を国づくりの大きな柱として以下のような視点から観光振興を考える必要がある。

    1誰もが「気軽」に楽しめる観光の振興
     高齢者、障害者、訪日外国人旅行者等様々な人々が大きな負担感がなく、これまで以上に気軽に楽しめるような観光振興が必要である。

    2住民と旅人とが互いに交流しあう観光の振興
     観光関係者のみならず、地域住民全体が観光客と互いに交流し合い、共に楽しめるような観光振興が必要である。

    3自然・社会環境と共生する観光の振興
     自然・社会環境と共生し、魅力の継続、資源の保全・発展、住民や観光客の満足度の継続等多様な側面からも持続的な発展が可能となる観
    光振興が必要である。

    3)21世紀初頭において早急に検討・実現すべき具体的施策の方向
    1観光まちづくりの推進(個性ある「まち」の表情へ)
      ア.個性ある「観光まちづくり」理念の確立と普及

     行政、地域住民、事業者、ボランティア、NPO等において、長期的な視点に立った自主的な「観光まちづくり」理念を確立していくとともに、都市計画等の計画へ「観光まちづくり」理念を反映させていく必要がある。また、「観光まちづくり」の理念を実現するための観光振興条例や調和のとれたまちなみを作るための住民の合意に基づく「景観条例」の制定が必要である。

      イ.そぞろ歩きのできる個性的な「観光まちづくり」の推進
     「観光まちづくり」と一体となった街路整備・水辺の整備等を行うとともに、トイレ、休憩施設、案内板等観光地のバリアフリー化の推進を図ることが必要である。また、観光地におけるパークアンドライド等によるマイカーの利用の抑制をはじめとする交通需要マネジメント施策(観光地のTDM)、自然環境等の様々な観光資源を保護するための「観光地資源保護条例」の制定等、観光地のオーバーユース(過剰利用)の防止や自然環境保護を図るための仕組みづくりの検討、文化財・文化遺産の活用の推進が必要である。

      ウ.効果的な「観光まちづくり」のための市町村広域連携等の推進
     住民相互の交流による連携強化、地域に共通するアイデンティティ(個性の基盤)の醸成を図るほか、広域的な連携による観光関連情報等の共同発信が必要である。

    2観光分野でのITの積極的活用
     IT活用のための環境整備(インフラ整備、利用者保護)を図る必要があり、具体的には、プライバシー保護やハッカー対策、国際的な枠組みづくりを含めた利用者保護対策の実施のほか、桜の開花、イベント、紅葉等から宿泊、交通も含めた観光地に係る情報や災害情報のリアルタイムの提供が必要である。

    3高齢者等が旅行しやすい環境づくり
     誰もが移動しやすい観光まちづくりを推進するため、観光バリアフリー化の推進等を進めていく必要があり、具体的には、公共交通機関のバリアフリー化の推進のみならず、宿泊施設や観光施設、観光のための案内表示システム・休憩施設のバリアフリー化等、ハード・ソフト両面における総合的かつ具体的な対策の推進が必要である。

    4 外国人観光客来訪促進のための戦略的取組み
      ア.外客の多様なニーズヘの対応

     個人客向け情報提供サービスの充実を図るとともに、市場調査に基づいて重点的訪日促進キャンペーンを積極的に展開していく必要がある。

      イ.様々な連携強化
     韓国等近隣諸国と国境を越えて連携した「東アジア広域観光交流圏」の設定及び誘客活動の実施に取り組むほか、二国間観光協議による国別交流目標の設定と相互交流の枠組みの確立を図る必要がある。
     また、映画ロケ隊を誘致することにより、映像媒体を通してロケ対象地の観光振興を図ることを目指した、ロケ隊誘致のための支援組織(フィルムコミッション)の設立、組織化に取り組むとともに、入国手続の簡素化(ビザ発行の容易化やオリンピック、ワールドカップ等の国際的大型イベント開催時におけるプリクリアランスの導入の可能性の検討)、青少年交流の拡大等に向けての関係行政機関における連携及び国際機関・団体と在外公館との連携が必要である。

      ウ.外客受入体制整備
     通訳案内体制の充実を図るとともに、ボランティアガイドの熱意を生かせるシステムの充実についても推進する必要がある。

    5 観光産業の高度化・多様化
      ア.国民ニーズに適合した「企業改革」
    (ア) 旅行会社による取組み
     企画力のある専門性の高いコンサルティング機能を充実させる必要がある。

    (イ) 宿泊施設経営者等による取組み
     空室在庫管理、イールドマネジメントの強化、コスト管理の徹底やサービス内容の充実を図る必要がある。

    (ウ) 旅行会杜及び宿泊施設経営者等の連携
     観光産業全体の意識改革を行っていくとともに、「企業改革」に共同で取り組んでいく必要がある。

      イ.観光産業の社会経済への貢献の大きさに関する積極的PRとその組織的推進
     観光産業の市場規模、経済波及効果について定量的な分析を行うとともに、民間事業者等で積極的に連携し戦略的な取組みを行うことに加え、組織化によって一体的に観光振興を推進していく必要がある。

      ウ.優秀な人材の確保・育成のための総合的取組み
     関係者が連携した観光学に関する研究の充実を図るほか、総合的、効率的な人材育成をめざした産官学の連携ネットワークを構築する必要がある。

      エ.新しいツーリズムヘの対応
     地方自治体やNPO等の新しいツーリズムの創造・定着に対する取組みに対して支援していくとともに、新しいツーリズムについて適切かつ安全に案内できる人材の育成、組織化を図っていく必要がある。

    6連続休暇の拡大・普及促進と長期滞在型旅行の普及
      ア.長期滞在型旅行環境の整備
     祝日三連休化の拡大等連続休暇の普及・促進、話し合いによる長期休暇制度の導入等職場における連続休暇の取得の容易化、家族と共に過ごす場合には職場の有給休暇に相当するような年間休暇枠を設定する等学校における児童の休暇取得の容易化、年次有給休暇の取得率向上の環境整備について、国民運動を展開していくことが必要である。

      イ.長期滞在型旅行商品の開発等
     連泊割引等の長期滞在型旅行向け料金システムの導入・普及や温泉保養、農業体験等長期滞在型の各種観光資源・メニューの開発が必要である。

    7 国民の意識喚起
      ア.国民全体の意識喚起
     日常的、基本的マナーのあり様について心がけるとともに、家庭や学校におけるマナーやホスピタリティに関する教育の充実を図ること等が必要である。

      イ.観光客の意識喚起
     訪問先の文化、伝統等に対する謙虚な気持ち、寛容な心や尊敬の念が求められる。

      ウ.住民の意識喚起
     日常生活上も観光客に対してもてなしの心や思いやりの気持ちをもって接することが重要である。

  3. 今後の取組み
     13年1月に省庁再編が実施され、運輸省、建設省、国土庁及び北海道開発庁が統合されて国土交通省が発足した。これにより、交通に関わる行政と地域づくり等に関わる行政とに総合的かつ一体的に取組むこととなった。また、従来、総理府において行われていた観光行政に関する総合調整は国土交通省において行われることとなった。
     答申を受けて、国土交通省においては、各省庁連携による効率的な施策の実施のため、その要として調整機能を発揮しつつ、地方自治体や経済界の協力も得ながら、国づくりの柱としての観光振興政策の積極的展開を行うべく、検討を深めている。