(長持ちする住宅・社会資本の整備の推進のために)  我が国は、平成19年(2007年)頃から総人口ベースの人口減少が進み、平成22年(2010年)から平成37年(2025年)にかけて高齢化率が世界最高水準に達すると予想される。  先述の推計モデルにより分析したように、これまで蓄積してきた住宅・社会資本ストックも、今後は維持修繕や大規模な改修が順次進むものと考えられるが、2010年代後半以降は、社会資本ストックの建替え・更新も比重を増すものと予測され、『高齢者の世紀』は同時に『ストック・メンテナンスの世紀』の始まりでもある。  これまで、新規投資中心だった日本の建設分野も、古いが質の高い住宅・建築物や社会資本ストックを上手に維持修繕しながら使っていく、という1980年代後半以降の西欧諸国の建設市場に徐々に近づいていくと思われるが(図表1-4-26)、これを投資活力の減退としてのみ捉えるのは適切ではない。  今後確実に増加する維持・修繕投資や更新投資の内容や投資活動のあり方を充実させ、震災多発の脆弱な国土に居住し、少子高齢社会に生きる私たちの「生」をしっかり支えてくれる良質な住宅・社会資本ストックがどうしたら形成されるのかを、大量生産・大量消費・大量廃棄から環境負荷の少ない循環型社会への移行の観点、さらに耐震性の強い家づくり、都市づくりという危機管理の意識をもって行政と国民・企業が共に真剣に考えることの方が遥かに重要であり、またすぐそこに差し迫った問題ではないだろうか。  特に住宅については、これまでは個々の家族が土地資産の保有に関心を持って生涯所有し続けたり、その直系家族が引き継いでいくことが多かったが、今後はリフォーム市場、中古住宅流通市場、さらには定期借家制度を活用した賃貸住宅市場等に係る条件整備による自由な住替えを通じて、ライフスタイル、ライフステージに合致した居住サービスを選択・利用する動きが増加するものと見込まれる。このため、住宅ストックを、耐久性が高く、社会全体として使用される「社会的資産」として再生し、それを大切に維持管理、循環させるという新たな居住水準向上システムを確立することが求められている。  これらは、過去既に西欧諸国の国民と行政が世界各国から憧れを持って見られる国民的資産としての住宅・社会資本の蓄積や美しいまちなみの創造と保全のための投資活動に時間をかけて積極的に取り組み、概して成功してきた道でもある。  このため、住宅・社会資本の維持・修繕、更新に当たっては、以下のような政策的観点に立った具体的対策が必要になろう。 (1)ライフサイクル・コストの重視  設計の段階から、将来の維持・管理・更新することを含めたライフサイクル・コストを視野に入れ、将来維持・管理を低コストでやりやすくするための技術面、制度融資面で工夫をすることが必要である。これにより、初期投資が高くなっても、耐用期間全体の総コストが低減できるので、耐久性の高い良質な住宅や社会資本をつくることができる。 [ミニマム・メンテナンス橋]  ミニマム・メンテナンス橋は、耐久性を向上させる技術を組み合わせたり、部材の取替えを容易にする工夫を行う等により、最小限の維持管理で最大限の長寿命を図ることを目指したものである。このような考え方を設計段階から取り入れて、ライフサイクルコストを算出することにより、初期費用だけでなく維持管理費用や更新費用を含めたライフサイクルを通じてのトータルコストを最小化することが可能となる。このため、ミニマム・メンテナンス橋は、初期の設計・建設費用が通常の橋よりは高くなるとしても、基本的な構造部分の耐久性、耐疲労性を向上させ、また取替えが容易な工夫を行うことにより、維持管理費用や更新費用を最小化するため、ライフサイクルを通じてのトータルコストを大きく低減することを目指したものである(図表1-4-27)。 [スケルトン・インフィル住宅]  スケルトン・インフィル住宅とは、住宅のスケルトン部分(骨組み・構造体)を耐久性の高いものにするとともに、インフィル部分(中身)を住む人のニーズに合わせて自由に組替えることのできるような工夫をした設計の集合住宅である。スケルトン・インフィル住宅は、長期耐用型の集合住宅として期待されており、建設省の総合技術開発プロジェクトによって、建設・供給・改修技術等の開発が進められている(図表1-4-28)。 [住宅金融公庫の融資]  住宅金融公庫では、平成12年度からは、新築住宅の融資について、一定の耐久性を要件化するとともに、構造区分に関わらず償還期間を35年とすることなどにより、耐久性の高い住宅の供給を促進することとしている。また、既存の住宅を長期間使えるようにするため、リフォームに対する融資制度を用意している(図表1-4-29)。 (2)リフォーム市場の活性化  建築分野を中心としたリフォーム市場の成長により、総合工事業、専門工事業双方において、リフォーム工事に関する新たな施工管理の仕組みの提案等を通じた多様な動きが生まれ、建設市場が活性化し、優れた技術と専門的人材が生まれ、また同時にビジネス・チャンスも生まれるような条件整備が必要である。  このために必要となる課題としては、「住宅リフォーム関連企業の実態(平成9年(財)日本住宅リフォームセンター)」によると、「営業力の強化(65%)」「消費者のリフォーム情報不足(27%)」など、リフォームに関する情報を提供することや、「人材の確保・教育・養成(49%)」「施工力の強化・向上(28%)」などがあげられている。 [リフォーム実施記録等の履歴情報の蓄積]  住宅の新築時、リフォーム実施時を通じて、工事時期、工事箇所、工事内容等の記録を蓄積するためのシステムを整備することにより、リフォームが将来正当に評価されることを目指す必要がある。なお、履歴情報の蓄積に当たっては、中古住宅の性能表示の実施時において活用しうることから、住宅性能表示制度や住宅の性能評価と連携のとれたシステムとして整備する必要がある。 [維持修繕に携わる人材の育成]  維持修繕工事は新規建設と比較して、規模が小さく、また建物等の状況に応じて作業内容が異なるため、維持修繕・更新のための施工に必要な技術面、技能面のノウハウを備えた人材の育成が必要になる。「専門工事業イノベーション戦略(中間まとめ)」(平成12年4月 建設省)にも指摘されているとおり、リフォーム市場の需要は急速に拡大することが見込まれており、その将来性からも建設業のみならず、リフォーム専業会社、木材・建材等販売業者、不動産業者、流通業者、メーカーなど多様な産業が参入する可能性があり、厳しい競争が予測される。この中で、ユーザーからの満足・信頼が得られるようにしていくために、新しい分野であるリフォーム業に携わる人材を育て、よりよいリフォームを実施できるための土台を築いていくための施策が必要となってくる。 (3)新しいニーズへの対応  維持・更新のための事業であっても、環境問題、少子高齢社会への対応、豊かでうるおいのある生活、といった新たな国民のニーズに応えていくことが必要であることには変わりなく、特に、従来の姿や機能を復旧するばかりではなく、より高いストック効果や生産力効果を持つ社会資本となるための維持・更新となるよう、配慮することが大切である。  このため、維持・修繕・更新を契機とした工事において、バリアフリーな空間を作るとともに、ユニバーサル・デザイン(注)の導入により、高齢者にやさしい住宅・社会資本整備を推進していくことが大切である。また、例えば将来の道路の更新時に、高架構造から地下方式に変更するなどの構造変更により、地上部などを含め新たなまちづくりと合わせた複合的な事業とし、民間投資の誘導や環境改善を図ることに配慮するべきである。 (4)安全性・耐震性に優れた国土構造、都市構造への対応 1) 阪神・淡路大震災等の経験を踏まえ、緊急輸送道路等の耐震補強、老朽建造物の適切な維持修繕の推進、耐震性の高い都市づくりを進める。 2) 既存のコンクリート構造物の劣化原因が生コンクリートの低品質や配筋不良など建設工事の段階での悪質又は不適切な施工が多いことから、施工管理、品質管理のための体制を強化する必要がある。 (注)ユニバーサル・デザイン  高齢者を含むできる限りすべての人が安全かつ快適に利用できるように公共施設や建物、製品などをデザインするという、バリアフリーをさらに進めた考え方。ノースカロライナ州立大学ユニバーサル・デザイン研究所の所長故ロン・メイス氏が提唱した「ユニバーサル・デザインの7原則」により明確にされた。 ユニバーサル・デザインの7原則: 1)誰にでも便利で市場性に富む公平な利用ができること 2)各個人の多様な選択と能力に応じたフレキシビリティのある使用が可能なこと 3)経験・知識・言語能力や熱中度にかかわらず、簡単で直感的な使用方法であること 4)周囲の状況や使用者の知覚能力にかかわらず、必要な情報が効果的に知覚可能なこと 5)危険や不測の事態を最小限にとどめ、エラーに対する許容性を確保していること 6)効率的、かつ快適に利用でき、身体にかかる負担が少ないこと 7)体格・姿勢・可動性の如何にかかわらず、接近・到達・操作・使用の際に適正な寸法・体系・空間が確保されていること