第3章 変化に対応した社会資本整備の展開

第1節 経済・社会構造の変化
 これまでの我が国はキャッチアップ型の経済・社会構造によって経済成長を遂げたが、欧米という目標の消失、バブル経済の後遺症等により構造改革が必要になっている。
 近年我が国においては、高齢化、少子化、高度情報化、ボーダーレス化の進展といった社会構造の変化や第1章で見たような都市型生活の定着、価格破壊、規制緩和、情報公開、住民参加の流れといった生活面の変化が急速に進展している。
 また、環境・安全・ゆとり・うるおい重視、モノの豊かさから心の豊かさ、多品種少量生産をもたらしたような嗜好の多様化といった価値観の変化も大きなものがある。
 このような状況の中で、公共事業の進め方、目標等について、必ずしも経済・社会構造の変化に対応し切れていないのではないかという指摘がある。
 経済構造についても、産業の空洞化、ストック経済化、サービス経済化と呼ばれる変革の中にあり、この中で、公共投資の経済効果に対し様々な議論がある。しかし、以下のような点で、公共投資による社会資本整備には、人々の生活を豊かにする様々な効果がある。
1 公共投資のフロー効果
 公共投資は、建設資材や建設機械に対する需要をもたらすのみならず、幅広く生産や就業の増大をもたらすなど有効需要の創出等を通じて、大きな経済波及効果を有している(いわゆる公共投資のフロー効果)。
 公共投資のフロー効果については、いわゆる乗数効果(公共投資それ自体が最終需要として景気拡大に結びつくのみならず、投資の効果が個人消費や民間設備投資等に波及することにより、最終的に国内総生産[GDP]を大きく増加させる効果)により把握することが一般的だが、経済企画庁の最新の世界経済モデル(第5次版)によると、名目1兆円の公共投資により名目GDPを3年目までの合計で名目2.13兆円増加させ、所得減税と比較しても大きな効果を有するとされている。特に、公共投資は、1年目の乗数効果が大きく、即効性が大きくなっていることがわかる
(図1−51)
 また、公共投資は他の分野への投資に比べて雇用を創出する効果が高く、特に、地方圏においてはその地域経済に占める比重が高く、地域経済を下支えし、地域経済の活性化にも大きく寄与している
図1−52図1−53)。

 今次の景気局面において、ケインズ政策への批判等様々な議論があり、公共投資の効果が薄れてきたとの指摘があったが、個人消費、設備投資など民間部門の需要が低迷するなかで、数次にわたる経済対策による公共投資の増加がなければ、景気の落ち込みはより大きなものとなり、我が国経済は深刻なマイナス成長を経験することになったと考えられる。
 このように、公共投資の効果は長期的には多少の低下は見られるものの、景気の下支えとしての役割を果たしている(図1−54)
2 公共投資のストック効果
 公共投資は短期的な有効需要の創出等を図るだけではなく、これにより整備された社会資本が利用に供されることによって長期にわたって様々な経済効果をもたらすことにより国民経済上重要な役割を担っている(いわゆる公共投資のストック効果)。
 具体的には、道路事業であれば輸送に必要な時間の短縮や燃料の軽減、治水事業であれば洪水による被害の防止・軽減、下水道事業であれば衛生環境の改善というように、社会資本が整備されることによって民間の生産性が向上することにより経済の生産力ないし供給力を高め、生活関連の社会資本整備は国民の生活の豊かさの向上に大きな効果をもつ。そして、社会資本は通常の消費財とは異なり耐用年数が長いことから長期にわたりこれらの効果をもたらすことになる。
 さらに、今後の地域開発や地域づくりを推進するため、あるいは新しい産業の育成等の構造改革を推進するための基盤として、社会資本整備は極めて重要な役割を担っているところである。
 これらの点を踏まえると、我が国の経済成長を実現し、国民生活の充実を図る上で公共投資により社会資本を充実することは重要である。
 特に、今後我が国において高齢化が急速に進行することにより、生産年齢人口比率が低下していくとともに、家計貯蓄率も低下していく可能性が高いことを念頭におくと、将来世代の負担も勘案しつつ、投資余力のある貴重な今この時期に公共投資を行い、後世に誇り得る社会資本を整備して、将来の世代に確実に引き継ぐことが重要である。
3 公共投資の戦略・重点的な投資
 公共投資についての国民の期待に応えるためには、経済・社会構造の変化に的確に対応して戦略的・重点的に投資していくことが不可欠である。また、公共投資の効果が最大限発揮されるよう民間投資を誘発する等の投資効果が高いものに重点を置くことが求められている。
 具体的には、公共投資の政策課題を明確にした上でその実現のために、いわば縦割りではなく、横断的に、各事業間の総合的な連携を図りつつ、戦略的・重点的な投資をしていくことが必要である。
 以下では、公共事業に対する様々な指摘についてどのような状況になっているのかをみていく。

第2節 建設行政における政策重点の変化
1 社会資本に対する要望
 経済・社会構造が変化する中で、社会資本に対する国民の要望はどのように変化してきているのであろうか。
 総理府の行った世論調査によれば、国全体として特に整備して欲しい社会資本としては、1)福祉厚生・医療関係施設、2)地域の道路、3)下水道、公園・緑地、体育・レクリエーション施設、4)治山・治水対策、5)ゴミ処理、が上位に挙げられており、居住地周辺の社会資本で特に整備して欲しいものとしては、1)道路、2)福祉厚生・医療関係施設、3)公園・緑地、体育・レクリエーション施設、4)下水道、5)交通機関、が上位に挙げられている。
 このように物理的な施設としては、福祉・医療施設、道路、下水道、公園・緑地といったものの整備に対する要望が引き続き強いが、前節で見たような社会構造の変化、人々の価値観の変化等により、機能面で求められるものが変化、多様化していると考えられる。では、建設行政ではどのような点を重視して対応をしてきたのであろうか。
2 環境重視 − 恵み豊かな自然環境との調和へ
 国土建設は、洪水防御など自然の脅威から人命、活動を守り、快適性や利便性を向上させるなど、人間活動の基盤としての環境づくりを行ってきた。同時に事業実施の過程で自然に手を加えることが不可避であるなど、それ自体が自然環境に働きかけるという側面を有しており、これをいかに調和させるかが、基本的命題の一つであった。
 平成6年に建設省で策定した「環境政策大綱」においては、健全で恵み豊かな環境を保全しながら、人と自然との触れ合いが保たれた、ゆとりとうるおいのある美しい環境を創造するとともに、地球環境問題の解決に貢献することが建設行政の本来的使命であるとの認識を示した。その認識の下、環境を建設行政において内部目的化し、諸施策を展開してきている。
 例えば、幹線道路の沿道を中心に道路交通騒音、大気汚染の実態は依然として厳しい状況にあり、このような状況に対し、道路網の整備や遮音壁の設置などの対策を実施してきた。しかし、特に騒音については、平成7年7月の国道43号訴訟最高裁判決において騒音等による生活妨害が認められたことなどから、さらに一層の対策が必要とされている。このため交通流対策など関係機関等の連携による総合的な道路交通騒音対策を実施するとともに、幹線道路の沿道の整備に関する法律を一部改正し、まちづくりと一体となったよりよい沿道環境の整備を図ることにより、積極的かつ計画的に道路交通騒音対策を実施していくこととしている。また、大気汚染については、排出ガス対策などを基本にしつつ、交通の円滑化を進めるほか、物流対策や緑化対策を推進しているところである。
 また、河川に生息する魚、鳥、植物などの生物の生息状況や河川空間の利用実態などの把握を定期的、継続的に行うために「河川水辺の国勢調査」などの環境調査を実施し、これらに基づき、地域住民や学識経験者の意見を取り入れながら「河川環境管理基本計画」を策定し、河川環境の保全と創造に係る施策を一元的、総合的、かつ計画的に実施している。
3 高齢化、少子化、健康
 高齢化、少子化が急速に進む中で、年齢、性別にかかわらず、人々がお互いの立場や能力等の違いを認め合いながら、心を通わせ合うという共生社会を創造する必要がある。このような観点から、建設行政の視点を高齢者、障害者はもとより、子供、女性等を含めた幅広いものへと転換し、すべての人々が、ともに家庭や地域で安心して、普通の生活を送ることができるという「ノーマライゼーション」の理念の実現を図ることが重要である。このため、建設省においては平成6年に「生活福祉空間づくり大綱」を策定し、高齢者・障害者等に配慮した様々な取組みをしてきている。例えば、住宅のバリアフリー化、公園等の公共施設の段差解消や、官公庁施設、公共的建築物のバリアフリー化等高齢者等の歩行に対応した取組みをしている。また、特に駅、病院、福祉施設等の周辺において、幅が広く、スムーズに歩ける歩道、昇降装置付き立体横断施設等の整備を行うほか、高齢者等が気軽に楽しく利用できるような身近な公園、水辺空間等の整備を図っている。
 家庭や地域社会を取り巻く都市化等の環境の変化やライフスタイルの変化がみられる中で、健康、ふれあいといった国民の関心が高まっていることに対応し、地域の歴史や文化を知り、安全かつ気軽に散策等を行うことができる歩行者ネットワークとして、都市の郊外部においてカントリートレイル、市街部においてタウン・トレイルを整備するウォーキングトレイル事業を創設した。
 また、特に高齢者等にとって大きな経済的・身体的負担となる床上浸水被害を解消する床上浸水対策や、病院、老人ホーム等の災害弱者に関連した施設を保全対象に含む土砂災害対策などを実施している。
4 文化、歴史
 これまでも住宅・社会資本整備を通じて、新たな文化の創出、地域の歴史・文化の保存、伝統的街並みの保全・再生などを個別に実施してきた。
 具体的には、都市計画制度を中心として、風致地区制度、歴史的風土特別保存地区等などは、歴史的・伝統的文化の保存に貢献している。
 また、まちづくり月間、河川愛護月間、都市緑化フェア、手作り郷土賞、日本の道100選、歴史国道等により、地域の文化、歴史、コミュニティ活動が活発化するような施策を進めている。
 さらに、道路整備、河川整備等においては、地域、施設周辺の特性を踏まえた整備、景観形成に配慮するほか、河川の上下流の交流の復活、住宅団地等の整備に併せて複合文化施設を作るなど、様々な配慮を行ってきているところである。例えば、岩手県平泉町においては、奥州藤原文化の栄華を今に伝える中尊寺金色堂などの史跡があるが、町内を貫流する北上川の改修、一関遊水地、平泉バイパスの整備に際し、当初の予定を変更して歴史・文化的に貴重であるとされる柳之御所遺跡を保存するとともに、JR東北本線平泉駅から観光施設にアクセスする街路を、歴史的環境に配慮して整備している。これに伴い、御所遺跡の保存と併せ、水辺プラザ、史跡公園等の整備を支援することで、洪水防御や交通渋滞の解消という目的のほか、文化資産を活用した地域交流の場の創出、地域づくりも進めようとしている。
 東京都西国分寺地区(国鉄中央学園跡地)においては、開発に先立つ埋蔵文化財の調査の結果、奈良・平安時代における古代道(官道)であった東山道武蔵路が発掘された。このため、当初計画されていた都市計画道路、住宅建設計画及び土地区画整理事業等を変更して歴史的な環境の活かされたまちづくりを進め、その保存及び活用を図ることとした。
 豊かさ実現のためには、社会資本整備においても、単に経済・財政的効率性を重視するだけでなく、そこに足りなかった何かが求められるようになってきている。このような点はこれまでもなおざりにしてきたわけではないが、従来ややもすると、機能性や効率性を重視して進められてきた住宅・社会資本整備の視点を、今後は地域の歴史・文化の尊重や新たな文化の醸成・創造を重視したものへと転換することが必要である。このような認識に立って、今後、歴史的・文化的な遺産の保存・活用、文化の尊重、醸成等を一層推進、支援していくこととしている。
5 情報化
 近年特に、高度な情報通信技術の成果を活用し、我々の生活をより利便性の高いものにすることが期待されている。
 例えば、道路の情報化に関しては、料金所で停止することなく通過するだけで自動的に通行料金を支払うことを可能とするノンストップ自動料金収受システムが実現できるようにするなど、人と道路と車とを一体のシステムとして構築する「高度道路交通システム(ITS)」の研究開発及び整備を推進し、安全性、交通輸送効率、快適性の向上を実現し、環境保全等に資することを目指している。
 また、正確な防災情報をリアルタイムで収集し、その情報を即座に施設管理者はもちろん地方公共団体や一般にも提供し、的確な避難活動、防災活動に役立てるために、道路管理用光ファイバー、河川管理用光ファイバーの整備を積極的に推進することとしている。
 情報インフラとしてのGIS(地理情報システム)については、様々な空間データ基盤(社会・統計データと統合可能な地図データ)を整備し、必要な地図情報を抜き出して重ね合わせるなどの活用をして、調査等に要する二重投資を排除し、コスト削減を可能とするほか、エリアマーケティング等の新しいビジネスが期待される。今後は、防災、環境、まちづくり等の分野での活用を促進することとしている。
 全国的な情報網とともに、地域、都市における情報ネットワークの形成も重要である。このような点から、従来から行ってきた下水道等の施設管理の高度化を図るための光ファイバー網の整備を推進するとともに、これを有効活用することにより、高度情報通信社会づくりを支援する。また、民間事業者が既存の下水道空間を活用して情報ネットワークの形成を行うことを可能とするため、下水道法の改正を行ったところである。
 電線共同溝(C・C・BOX)については、その整備を推進し、民間の光ファイバーネットワークの形成に資する。
 さらに、住宅の情報化を推進することにより、在宅のままで多様なサービスが享受でき、また高齢者等誰もが安心できる住まいを実現するため、平成8年度には、モデル住宅の建設等に対して助成を行う制度を創設した。
6 国際化
 近年、自由貿易体制の拡大、輸送技術の飛躍的発達、情報通信の高度化に伴い、ヒト、モノ、カネ、情報が地球的規模で動くようになっている。また、アジア諸国等の台頭、地理的な条件を超えた連携の模索等により、経済活動はますますボーダーレス化し、メガコンペティション(大競争時代)が到来している。
 世界の成長センターとして注目されるアジア太平洋地域において、その発展を支えているインフラ整備の重要性が一層強く認識される中で、インフラ整備需要は極めて旺盛である。しかし、依然としてインフラ整備を行っていく上でいくつかの克服すべき課題がある。それらの課題にはアジア太平洋地域に共通するものが数多くあり、相互の支援と連携により、協調して対処していく必要がある。こうした背景の下で建設省は、アジア太平洋地域の国・地域が一同に会し、同地域のインフラ整備のあり方について意見交換を行うことを目的として「アジア太平洋地域建設担当閣僚会議(トップフォーラム)」を平成7年9月に初めて開催したところである。
 また、同年11月には東アジア各国の建設経済分野の調査・予測を専門とする研究機関同士の情報交換・交流の場として、第1回アジアコンストラクト会議が開催された。今後、これらの会議の発展が望まれる。
7 土地の有効利用
 地価の下落等の経済状況の変化の中で、良質な住宅・宅地の供給、良好なまちづくりを進めるという観点からも、都心部を中心として土地の有効利用が求められている。
 建設省においては、都心の低未利用地活用のための土地区画整理事業・市街地再開発事業を推進し、都市計画道路・都市公園の事業計画の早期策定、遊休地の有効活用・早期取得など、道路、公園用地の取得を推進するとともに、民間都市開発推進機構による土地取得の一層の促進を図っている。また、都心地域におけるファミリー向け賃貸住宅を中心とした共同住宅の供給と市街地の整備の一体的な推進、街並み誘導型地区計画制度の活用等の住宅・土地に係る規制緩和の推進により、土地の有効利用に向けての取組みを積極的に推進している。
8 施策の連携、総合化
 国民の多様なニーズに応え、社会資本の整備を効率的かつ効果的に進めていくためには、個々の事業分野で効率的に行うだけでなく、必要に応じ、個々の事業の持つ機能同士の連携を図って事業を進めることも大切である。例えば、親水性のある緑豊かな水辺空間等を整備し、市民生活に身近な水域である都市内河川・水路の水質浄化等を図るため、下水道・河川事業との連携により、水路河川等のネットワークを形成する水と緑のネットワーク整備事業を推進することとしている。
 さらに、関係省庁との連携による総合的な政策の実施を進めている。
 例えば、地域の発展の核となる拠点の整備構想の推進のため、関係機関との連携による整備計画を策定し、事業を推進していくが、特に、通産省の産業政策との連携により、「21世紀活力圏創造事業」を推進することとしている。
 また、海辺の持つ健康・保養効果を活用した海洋療法(タラソテラピー)施設等の整備と周辺の砂浜の保全や復元、遊歩道の整備、海岸利用の容易な緩傾斜堤等の整備を、厚生省との連携により一体的に進め、健康増進のために利用しやすい海岸づくりを推進することとしている。
 住宅建設については、材料や設備など様々な分野に関係が及ぶため、そのコスト低減のためには関係省庁の連携が必要であることから、平成8年3月には、「住宅建設コスト低減のための緊急重点計画」を法務、厚生、通商産業の各省と共同で策定し、コスト低減実現に向け取組みを一層強化することとした。
 以上のように、快適な生活をすべての地域が享受できるように、質の高い住宅・社会資本ストックの形成を図っていくため、絶えず事業内容も変化をしてきており、今後も適切に対応していく必要がある。

第3節 「何を」、「どれだけ」、「いつまでに」に加えて「どのように」を重視する時代へ
 これまで我が国は欧米を目標とし、その目標に向けてキャッチアップ型の経済・社会構造によって、世界でも稀な経済成長を遂げてきたといえる。しかしながら、近年、バブルの後遺症等により、経済・社会全般にわたり、構造改革の必要性が叫ばれている。建設行政の分野においても、日本経済と軌を一にして社会資本整備の進め方、目標等について明確な道筋を示してきたところである。
 しかしながら、近年、社会資本整備の進め方についての変化も求められており、このような流れに対応して、建設省としても整備の進め方について改革を行ってきているところである。
<社会資本整備の進め方についての変化の5つの側面(ABCDE)>
 例えば、高規格幹線道路を14,000km、21世紀初頭までに整備する、というのは、「何を」、「どれだけ」、「いつまでに」であるが、これに加えて、情報公開を進めて全体のスキームをまとめるとか、利用料金、特定財源、一般財源のいかなる組合せで行うかを検討するのが、「どのように」の中身である。
 ところで、「どのように」をさらに詳しく検討すると次の5原則(ABCDE)に集約することができると思われる。
 即ち、
  1. 妥当な負担で(Affordable)、
  2. 国際的に調和をとって(Borderless)、
  3. 透明性、公平性を高め(Clear)、
  4. 住民参加、情報公開などの手続を経て(Disclosure, Discussion)、
  5. より効率的、重点的に(Effective, Efficient)、
事業を推進する必要があるということである。
 以下、個々の項目毎に中身をみていく。

1 妥当な負担で(Affordable)
 これは、一般的には、公共施設等の利用について、限られた資源・財源の中で誰がどのように負担をするか(或いはしないのか)ということが問題になるという側面である。以下、いくつか例を挙げてみたい。
(1) 住宅
 公営住宅の分野においては、真に住宅に困窮する者が公営住宅へ入居できないで民間住宅で高い家賃を払っている例があるという問題に着目し、本来の施策対象層が的確に公営住宅へ入居できるようにするという観点で見直しを行い、その結果、収入基準を上回りながら入居し続ける高額所得者世帯からは民間の家賃水準を徴収できるようにする一方、入居者が定年などで収入が減れば家賃も下がるようにするなど、入居者の収入変動に対応した家賃決定方式の導入等の改正を行うこととした。
(2) 道路
 有料道路制度については、経済・社会・生活等の変化に対応するため、その見直しが求められているが、現在、世代を超えた国民の共有財産であるという基本的な視点に立って、その整備方法、負担のあり方について検討を行っているところである。このうち、高速自動車国道に係る制度全般については、平成7年11月に道路審議会から答申がなされ、一般国道の整備による高速自動車国道プールへの負担軽減、償還期間の延長、償還対象経費から用地の元本を除外すること、建設の進め方への料金水準見通しの反映や、割引制度の見直し等について提言がなされた。
 この中間答申については、今後の社会状況の変化等により、逐次見直されるべきものとされており、利用者間、世代間の負担の公平性確保など、負担のあり方については今後も必要に応じ検討を続けていくこととしている。
2 国際的に調和をとって(Borderless)
 経済活動はますますボーダーレス化し、メガコンペティション、大競争時代が到来している。このような国際経済・社会の動きに対応し、我が国の風土、歴史、文化等の条件の下にある公共事業等の分野においても国際的な視点から対応していく必要が強まっているという側面である。即ち、異なる制度がどのように共存していけるのかということである。
(1) WTO政府調達協定
 GATT体制を発展、強化するものとして平成7年1月1日にWTO(世界貿易機関)が設立され、サービスの貿易に関する一般協定も同時に発効しているところであるが、翌平成8年1月1日には政府調達に関する協定が発効し、本協定の締結国である我が国も協定を実施するための国内措置を講じたところである。この結果、一定規模の公共工事等の発注について都道府県及び政令指定市、協定の適用対象である特殊法人のそれも含めて内外無差別の原則が一層徹底され、国際的になじみやすいものとなった。
(表1−4)
(2) ISO規格への対応
 我が国の公共工事において、資材等の技術仕様を作成するのに用いられている規格には、国内任意規格であるJIS等がある。一方、国際規格としては国際標準化機構(International Organization for Standardization)で定められたISO等がある。
 平成7年1月1日に効力を生じたWTO協定に含まれている貿易の技術的障害に関する協定にみられるように、国際規格の尊重は世界的な流れとなっている。
 現在我が国では、規制緩和推進計画の一環として、JISの国際規格(ISO等)への一層の整合化を促進するための所要の作業が進められている。
 また、入札・契約制度の改革や建設市場の国際化等、最近の公共工事を取り巻く環境が大きく変わる中で、工事の品質確保がますます重要な問題となっており、その方策の一つとして、品質システムの国際規格であるISO9000シリーズが注目されつつある。
 ヨーロッパの国々は、一般公共資機材の調達についても、既にISO9000シリーズを入札の条件の一つとして要求する状況になってきており、公共工事の入札についても、この規格の導入が検討され始めている。
東南アジアにおいては、ISO9000シリーズの認証取得を入札条件として、既に適用している国がある。 建設省においても、「品質、環境等に関する国際規格の公共工事への適用に関する調査委員会」を設置して、ISO9000シリーズ及び環境管理・監査システムの公共工事への適用について検討を行っている。
 平成8年度においては、実際の工事にISO9000シリーズによる品質管理方法を適用し、その具体的な手続・内容を把握するとともに、課題及び対応策を検討することを目的として、パイロット工事を実施する予定である。
3 透明性、公平性を高め(Clear)
 公共工事の分野では、工期どおりに、質の高いものをつくることが最も重視されているが、このことは念頭に置きながらも、国民から見て、また、国際化の進展とも相まって、たとえ時間がかかっても、より透明度が高く、分かりやすいこと、公平であることが制度として強く求められているという側面である。
(1) 入札・契約制度の改革
 入札・契約制度については、平成5年12月の中央建設業審議会建議「公共工事に関する入札・契約制度の改革について」及び平成6年1月の閣議了解「公共事業の入札・契約手続の改善に関する行動計画」以降一連の改革がなされ、一般競争入札を本格的採用するなど、より透明性・客観性及び競争性の高いものへと全般的な見直しを行ってきた。一般競争入札については、入札に参加できる者の資格が客観的、明確に公告され、資格要件を満たせば誰でも入札に参加できる仕組みであり、透明性・客観性の点において大きなメリットを有している制度であるという点が強調されている。
 その反面、資格要件の設定や資格審査の体制が不十分であれば施工能力に欠けるものが落札し、公共工事の質の低下や工期の遅れをもたらすおそれなどがある。このようなデメリットを極力少なくするためには、不良不適格業者の排除に経営事項審査の一層の充実、適切な技術的条件の設定等の様々な工夫を行うことが必要である。この際にもその基準が明確で透明である必要があることはもちろんである。
 また、建設省の直轄事業については、従来談合を助長する可能性が指摘されてきた工事完成保証人制度は平成7年度で廃止された。これに代わり、平成8年度からは、金銭的保証を原則とする新しい履行保証制度に移行した。なお、他省庁、公団、地方公共団体においても平成8年度から同様の対応がなされつつある。
 さらに、透明性、客観性が確保された適切な基準により、価格のほかに工期、安全性、品質等を総合的に評価する方式等、多様な契約方式についても検討しているところである。
(2) 発注者支援のためのデータベース・システムの整備
 発注者にとって、工事を的確に施工する技術力と健全な経営力を有する建設業者を選定することは重要な課題である。
 このため、現在、公共工事に関する入札・契約制度の改革の一環として多様な入札・契約方式のための基礎的資料として、各建設業者の技術的適性等を総合的に評価する目的で、各発注機関が共同で利用できるような公共工事の実績情報データベース(CORINS)が整備されてきている。一方、現在別々に管理・運営されている建設業許可情報、経営事項審査情報、技術者情報等建設業者に関する情報をネットワーク化し、これを企業情報データベースとして管理・運営されている。
 さらに、平成8年度からは、この「企業情報データベース」と「工事実績情報データベース」をネットワーク化することによって、総合的な発注者支援のためのデータベース・システムを整備した。各発注者は、建設業者に関する一体的な情報の提供が受けられるとともに、建設業法で定める専任技術者の資格の確認及び重複登録の排除が可能となった。これにより、発注者の発注業務の効率化と工事施工体制の適正化が図られることが期待される。
4 住民参加、情報公開などの手続を経て(Disclosure, Discussion)
 近年、情報化、国際化、価値観の多様化等の流れの中で、国民ニーズが多様化・高度化しており、地域に密着したきめ細かい行政、しかも開かれたわかりやすい行政がますます求められているという側面である。
(1) 大規模公共事業の実施方法の改善
 事業の見直しシステムが必要との指摘、事業者側が一方的に計画を決定しているのではないかといった指摘を踏まえ、直轄の大規模公共事業等を中心として、一層の透明性・客観性の確保を図る観点から、社会経済情勢の変化に即した総合的な評価のあり方等について検討を実施し、平成7年10月に、計画段階における第三者の意見を反映する事業実施システムの充実等を内容とする「大規模公共事業に関する総合的な評価方策検討委員会報告」がとりまとめられた。
 建設省では、本委員会報告を踏まえ以下のような改善策を講じた。
1)ダム・堰事業(都市計画制度によらないもの)
 国及び水資源開発公団が実施するダム・堰事業を対象として、個々の事業毎に審議委員会を設置し、学識経験者や知事、市町村長及び自治体の議会関係者が事業の目的・内容等について審議することとした。また、委員会の判断により、地域住民、自然保護団体等を対象として、意見の申し出、公聴会等の形で広く意見を聞いたり、専門家からなる調査専門委員会等を設置して専門的な検討を行うこととするものであり、各地で委員会が設置され、検討が進められている。
2)高規格幹線道路のうち、都市計画手続を行わない事業
 高規格幹線道路のうち、都市計画手続を経ない事業においては、事業者は環境影響評価の手続の前に、都道府県の総合施策との整合性等の観点から、その目的・内容等について知事に意見を聞くこととした。その際、第三者の意見を聞くことが望ましいと知事が判断した場合は、知事が学識経験者、都道府県議会議員等から成る委員会を設置し、その意見を聞くことができ、委員会は必要に応じて、適宜、公聴会等を開催し、地域住民等の意見を聴取するものとした。
3)都市計画制度の運用の充実
 都市計画制度は、地域住民に対する公聴会や説明会、計画案の縦覧と利害関係人による意見書提出という住民参加手続を行うとともに、これらの意見等について都道府県に設置した都市計画地方審議会(学識経験者、都道府県議会議員等で構成)の審議を経た上で地方公共団体が都市計画を決定するという第三者の意見を反映するシステムを有している。従来から、街路や都市公園、下水道等は原則として都市計画手続を実施しており、また、近年は高規格幹線道路などの大規模公共事業に関する都市計画決定の事例も増えてきている。
 これらを踏まえ、都市計画手続を一層実施するとともに、運用について、都市計画手続を実施する対象の拡大、より早い段階での都市計画のマスタープランへの位置づけ、地域住民等の意見を直接聞く手続の活用等の改善を図っていくこととした。
(2) 荒川将来像計画づくりへの住民参加の例
 埼玉県、東京都を流れる荒川の下流部は明治43年の大洪水を契機に現在の隅田川(当時は荒川)の流量を減らそうと開削された人工の放水路である。
 この荒川下流においては、河川を管理する荒川下流工事事務所と沿川2市7区の自治体が協議会を設立し、荒川将来像計画づくりを行っている。これは、21世紀半ばに向け荒川下流部をどう管理し開発するかという理念、基本方針と、今後10年間に予定している具体的プロジェクトを描くものである。この計画案については、各区市役所などで一般公開し、意見を受け付け、計画案をテーマにして開いたシンポジウムと併せ、流域住民の意見を反映させた上で将来像計画を策定した(平成8年4月)。このような取組みは計画策定で終わるものではなく、今後も住民等と治水、利水、利用環境、自然環境などの観点から継続的に意見交換を行いつつ、荒川下流部のあり方を考えていくこととしている。
 また、これに関連して河川敷を市民に開放して池や水路を作り、発生する自然を観察する場にしようという試みが江戸川区の荒川及び葛飾区の江戸川の河川敷で行われるなど、市民参加によるビオトープ(生物の生息空間)づくりの動きも出てきている(写真)。
 このように、今後とも、地元の自治体や住民からもきめ細かく意見を聞くことにより、河川の影響範囲、個別性の強い地域の特性、治水の程度等を考慮しながら、水辺と地域の関係の再構築を検討していくことが重要である。
(3) ボランティア活動への対応
 ボランティア活動に対する国民意識の高まりとともに、福祉、国際協力、環境、まちづくりといった様々な分野で実際に活動を行っている人が増加している。また、このような活動を行う市民団体も、その活動を活発化させている。さらに、阪神・淡路大震災を契機として、その役割が注目されてきている。
 建設行政においても、ボランティア活動に対する対応として、市民のまちづくり活動に対するアドバイザー派遣、河川愛護活動への河川整備基金からの助成、都市緑化基金による民間緑化団体の育成及び緑化活動への助成、「河川愛護月間」、「道路をまもる月間」、「まちづくり月間」、「全国みどりの愛護のつどい」及び「土砂災害防止月間」におけるボランティア団体等の表彰等を行ってきたところである。これらに加え、平成8年1月には、被災した公共土木施設等の情報収集、災害復旧事業の査定事務等に資するため、国、地方公共団体を支援する防災エキスパート制度を発足させた。
(4) 建築協定、緑地協定
 まちづくりはとかく住民の利害が錯綜するものであるが、地方公共団体及び住民の自主的かつ積極的な取組みがなければ住みよいまちづくりはできない。このような取組みを支援するため、住民が協力して建物の用途や高さを話し合い、魅力ある都市景観・生活空間や緑あふれる街並みをつくることができる制度である「建築協定」、「緑地協定」が用意されている。この協定締結数は年々増加してきており、今後とも地方公共団体及び住民が主体となって、地域の実情に応じた個性的なまちづくりを推進するために、これらの住民参加の手段を活用していくことが大切であろう。
(5) 市町村の都市計画マスタープラン
 従来から一部地域においては、まちづくりのための自主的な住民参加の協議会などの意見を聴きながら市町村レベルのマスタープランなどが任意に策定されてきたが、平成4年の都市計画法の改正により、市町村は、当該市町村の都市計画に関する基本的な方針を定めるものとされ、制度的に位置づけがなされた。その際には、あらかじめ、公聴会の開催等住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずることとなっており、今後の活用が期待される。
 上記事例のように、市民が多様な形で参加し、建設的な方向で新しいパートナーシップを築くことは、成熟した市民社会で重要なことであるという認識の下に、建設省としても、住民参加、情報公開等に関するよりよいシステムづくりを目指し、今後とも検討を続けていくこととしている。
5 より効率的、重点的に(Effective, Efficient)
 今後予想される急速な高齢化に伴い、投資余力が減少すること等に対応し、限られた資金、期間の中では、より一層効果的かつ効率的に必要な事業を行っていく必要があるという側面である。
(1) 規制緩和の推進
 建設省の所管する規制は、住宅・土地に関する規制、公共施設の管理に関する規制のように、安全の確保、災害の防止、環境の保全や良好な街並みの形成等を目的とするいわゆる社会的規制が中心である。
 しかし、これらの規制についても規制の本来の目的に充分な配慮をしつつ、絶えず的確に見直しを行うことが必要であり、従来から国民生活の質を向上させ、経済の活性化を図るという観点から、規制緩和の推進に努めてきたところである。
 建設省としては、平成7年3月に策定された「規制緩和推進計画」を着実に実施してきたが、内外からの意見・要望も踏まえつつ、行政改革委員会の意見を最大限尊重して、以下のような新たな規制緩和方策を積極的に盛り込んで平成8年3月に当該計画の改定を行い、さらなる規制緩和を推進することとした。
 規制緩和推進計画の改定に当たっては、主に、 という観点から検討を行った。計画の改定・新規事項の主要項目は以下の通りである。
(海外資材の輸入促進等による住宅建設コストの低減) (土地の有効利用の促進) (宅地供給の促進) (情報化の促進、物流の高度化)  また、木造建築物については、日米林産物措置に基づいて建築基準の合理化が進められているが、現在、規制緩和の観点からも合理化について検討することが求められている。この一環として、木造三階建て共同住宅の建設可能地域拡大のため、実大火災実験等を行ったところであり、その結果を踏まえて、技術を開発し、要求性能水準を明確化することとしている。
(2)地域のニーズに応える重点的な事業実施
 道路、治水、住宅、下水道、公園等国民生活の質の向上に直結する住宅・社会資本の整備は、国と地方の適切な役割と責任の分担の下で一体的に進めることが基本である。
 建設省としては、以下のような取組みを積極的に行い、地域のニーズに的確に応え、地域の主体性、自主性を最大限尊重した効果的な事業の実施を図っている。 (3) 公共工事のコスト縮減等
 公共工事は国民の貴重な税金を原資とすることから、社会・経済情勢に対応し、常に効果的、効率的に実施していく必要がある。他方、価格破壊、内外価格差解消の流れと安全・安心を求める流れの中でも、特に国民生活、経済活動を支える基幹施設としての公共施設の整備においては、長期にわたって安心して活用することができる質の高さが求められる。この点で、コストダウンだけでなく、品質の確保との両立を実現する必要がある。
(コストダウン)
 平成6年12月に「公共工事の建設費の縮減に関する行動計画」を策定し、資材費の低減、生産性の向上、技術開発を柱とする建設費の縮減に取り組んでいるところである。
(品質の確保)
 入札・契約制度の改革をはじめとする公共工事を取り巻く様々な環境が変化する中で、国民のコンセンサスの下に、国民の満足を得られる施設を提供するためには、品質確保・向上が必要である。このような認識の下、「公共工事の品質に関する委員会」を設置し、公共工事の品質確保・向上のための方策を検討し、平成8年1月に最終報告書が取りまとめられたところである。
 この中では、公共工事の品質の概念を整理し、品質とコストの関係については、「要求すべき品質水準を適切に設定した上で、その確保を図りつつコストを引き下げていく」という考え方が示されている。
(最近の動き)
 「要求すべき品質水準を適切に設定した上で、その確保を図りつつコストを引き下げていく」という考え方に基づく動きとしては、例えば、海外建設資材・設備の活用意欲の高揚が見られる。これは、安くて良い建設生産物を調達したいという消費者サイド、コストダウンへの取組み意欲が高まった受注者サイド、円高メリットが増加した海外サイド等の状況の変化に基づいていると考えられ、品質が確保され、安定的に供給される安価な海外資材・設備については、我が国の建設市場において広く活用され得るものである。
 このため、建設省においても、活用促進のための環境づくりを進めており、品質・供給能力、納期などの課題に対応するため、土木・建築工事において、海外建設資材・設備の活用を図るモデル工事を平成6年度から実施しているところである。
 また、平成7年には、ハウスクエア横浜における「海外建設資材・設備フェア'95」及び建設産業輸入促進会議の開催、大阪のアジア太平洋トレードセンターにおける「海外建設資材フェア'95 in 関西」の開催等を行った。
(4) CALS(生産・調達・運用支援統合情報システム)
 CALSとは、文章や設計図面、画像イメージなどの情報を、特定の機器システムの制約なく、デジタル化したまま組織間でデータをやりとりできるシステムである。デジタル化された情報の活用によって、品質向上、開発期間の短縮、コストダウン等のメリットがもたらされる。
 これまで関係者間で交わされる技術文書、図面、書類の量が膨大であった建設事業においても、設計、施工、管理等の各段階の情報を関係者間で共有・活用し、コスト低減、品質の確保、生産性の向上を図るため、CALSによる情報システム(公共事業支援統合情報システム)の整備を促進することとしている。

 このように、社会資本の整備に当たっては、安全や品質の確保の観点に十分に配慮したうえで、効率的かつ重点的に事業を進める必要がある。これが、長期的には、真に公共の利益に資するものと考えられる。