第4章 震災復興と安全なまちづくり

 昨年の白書で指摘したように、真に豊かな生活の実現の基本は「安全・安心」にあるが、昨年の阪神・淡路大震災等をきっかけとして、人々の安全や防災に対する関心も高まっている。また、「安全・安心」は人間の生命を守ることだけではなく、まちの活力、にぎわい、ひいては雇用を支える基礎となるものである。
 我が国は戦後の発展の中で、効率的な施設の整備、即ち、求められる機能に対し、高価であった資機材を節約したぎりぎりの設計を行い最大費用効果を出すことに重点を置いてきたといえよう。しかし、阪神・淡路大震災の体験を通して、都市全体としてはもう少しゆとりを持つこと、即ち、1つの機能が失われたときの代替機能をあらかじめ用意しておくことが大切であることが改めて認識された。この場合の余裕とは必ずしも代替道路の整備といった余裕の確保だけではなく、都市間の連携により情報、人員の不足を補ったり、災害時の応援をシステム化することや、都市の中に非常時にも役立つ水や緑を増やすこと、等様々な対応が考えられる。
 さらに、想定を越える災害に対し、無傷で耐えられる構造物やまちづくりを求めることは、財政的にも技術的にも限界があるため、想定を越える災害が発生した場合には、被害を受けることをある程度容認した上で、被害を最小限におさえ、壊滅的な被害を回避するという考え方を取り入れることの必要性が認識された。
 これらの認識・対応の変化をもたらした未曾有の大災害からの復興に向けた動きと安全なまちづくりへの新たな取組みを、以下で見ていくこととする。

第1節 阪神・淡路大震災の被災地の本格的復興に向けての最近の足取り
 平成7年1月17日に起きた阪神・淡路大地震により、阪神・淡路地域は甚大な被害を受けた。その後の復旧、復興への建設省の取組みについては、昨年の白書でも述べたが、以下ではその後の復興への足取りをたどってみる。
 建設省としては、兵庫県・神戸市の復興10カ年計画等を踏まえつつ、昨年7月28日の阪神・淡路復興対策本部において定められた「阪神・淡路地域の復興に向けての取組方針」に基づき、 等、地元の要望を踏まえつつ、復興に向けた事業の円滑な推進を図っているところである。
(復旧対策)
 地震発生直後、高速自動車国道、阪神高速道路、一般国道(指定区間)で27路線36区間あった通行止め区間については、一般車両又は緊急車両用として逐次交通開放が行われ、平成8年3月までに阪神高速3号神戸線の一部区間(武庫川〜摩耶間、京橋〜月見山間)を除き開通した。
 地震により大きな被害を受けた中島川、新湊川、高羽川、千森川の4河川について、災害復旧に加え改良も行う災害復旧助成事業として改修を行っているほか、淀川、猪名川等で復旧工事を実施するなど、河川の災害復旧については、直轄・補助を含め約400カ所の査定をすべて完了し、復旧事業を実施中である。 
 被災した官庁施設(52施設)については、平成8年3月までに41施設について復旧を完了した。
(住宅の供給)
 公的住宅の供給については、「ひょうご住宅復興3カ年計画」における被災者向け公的住宅の計画戸数77,000戸について、平成7年度第2次補正予算までの措置で約9割(約70,000戸)に着手するとともに、良質な住宅の大量建設を図るため、各事業者共通の設計方針、標準設計を策定した。
 住宅地の供給については、住宅・都市整備公団の都市開発事業において、兵庫県内の宅地供給を前倒しして当初計画の2倍(平成7年3月〜8年2月で約44ha)とするとともに、公募時に被災者優先枠(50〜70%)を設定した。
 平成7年秋には、被災者の便宜のため、兵庫県内を4ブロックに分け、共通の申込書で、公営、公団、公社、特定優良賃貸住宅等の公的賃貸住宅(災害復興賃貸住宅)の申し込みを一元的に実施した。
 このほか、通常融資と比べて低利の住宅金融公庫の災害復興貸付制度等、個人の自力による住宅の再建、取得、補修を支援のほか、災害関連緊急急傾斜地崩壊対策事業の特例措置による宅地擁壁の復旧を行うなど、生活の基本である住宅の確保、再建に向け様々な支援策を講じているところである。
(被災地域の再生)
 被災市街地の復興を推進する地域として、被災市街地復興推進地域を14地区都市計画決定したが、被災した市街地の速やかな復興及び防災性に優れた市街地整備並びに住宅の確保を図るため、土地区画整理事業、市街地再開発事業、住宅市街地総合整備事業等の面的整備事業が推進されている。
 このような面整備の他、地区住民が設置したまちづくり協議会等の自主的なまちづくりへの支援のため神戸市など各市により専門家の派遣等が行われており、これに対して建設省から助成がなされている。
(幹線道路等の整備の推進)
 高度に市街化の進んだ阪神地域の通常時における交通の円滑化はもとより、緊急時における交通の円滑化、代替性を確保するため、格子型の規格の高い幹線道路網等の整備を推進している。また、緊急輸送道路や広域迂回路の一部を形成する幹線道路等及び避難路ネットワークや災害危険市街地における緊急活動を支援する路線等の整備を推進している。
(防災性向上のための公共施設整備)
 震災により著しく交通機能が阻害された一般国道43号において、防災空間の確保及び道路環境について十分配慮する必要から、本路線沿道約20kmを対象に広域防災帯として環境防災緑地の整備に着手した。
 災害時の防災拠点を確保するため、都市公園の整備を平成8年3月までに81カ所で実施するとともに、特に広域防災拠点として位置づけられている公園(県立三木総合防災公園)の整備を促進している。
 また、平成7年度に創設したグリーンオアシス整備事業により、市街地の遊休地未利用地を機動的に買収し、地区全体の防災性の強化を図るとともに、土砂災害対策や都市山麓グリーンベルトの整備、緊急時の消火用水、生活用水の取得等のための水へのアクセスを確保する河川の整備により、二次災害の防止や避難路・避難地の確保、安全性と水と緑豊かな都市環境・景観の創出を推進している。
(公共施設の安全性の向上)
 平成7年度から3カ年で、高速自動車国道、阪神高速道路、一般国道等の緊急度の高い橋梁について、震災被害を踏まえ橋脚等の補強対策を概成させることとしている。このうち、阪神高速道路については、全橋脚(約4,800基)を対象に補強対策を実施することとしており、平成8年3月までに約1,650基について補強対策事業に着手している。
 また、河川堤防等についても、耐震点検を実施し、想定される被害規模等の観点から必要性が高い箇所について、平成7年度より耐震対策を実施している。
(災害に強いライフライン共同収容施設の整備等)
 一般国道において、共同溝の整備を実施し、電気、電話、ガス、水道等のライフラインの安全性・信頼性の向上に資する。また、災害時の迅速な初動期対策や応急復旧対策の策定、及び道路利用者等への情報提供に資するため、マイクロ回線のデジタル化・2ルート化、地震計の設置等道路情報通信基盤の整備に着手した。

第2節 安全システムの充実
 阪神・淡路大震災の貴重な教訓の一つとして、初動期の情報収集体制の重要性、総合的な防災情報ネットワークの整備の重要性、ボランティア活用体制の整備など災害発生時の社会・経済活動の確保、災害に関する調査研究体制の充実、想定を超える災害に対する施設整備のあり方の転換の必要性などが改めて認識された。
 今回の大震災を契機として、災害対策基本法に基づく国の防災基本計画が平成7年7月に全面修正されたところであるが、建設省においても、平成8年1月に建設省防災業務計画の修正を行った。現実の災害に対応した構成とするため、震災対策編、風水害対策編、火山災害対策編、雪害対策編を設け、それぞれの災害に対する予防、応急対策、復旧・復興の各段階で実施すべき施策を具体的に定義した。新しい建設省防災業務計画の特徴は、以下のとおりである。
  1. 総合防災情報ネットワークの整備
  2. 大規模災害に対する広域的な災害対応、施設整備を図る
  3. 災害及び防災に関する研究、観測等の推進
  4. 災害弱者に配慮した防災施設及び警戒避難体制の整備の推進
  5. 防災ボランティアの育成及び活用
  6. 地域防災計画の作成の基準として、災害に強い地域づくりに関する計画を地方建設局と地方公共団体が共同して作成する 等
 また、災害時の行政機関等の情報収集・伝達を強化するという観点からは、中央防災機関と都道府県・公団等とを結ぶ通信回線の総合ネットワーク化、マイクロ回線のデジタル化・2ルート化を引き続き推進している。併せて、河川情報システム、道路災害情報ネットワークシステムの強化・連携等を図ることとしている。
 一方、平成8年2月に発生した北海道の豊浜トンネル崩落事故のような、建設省所管施設に関する大規模事故災害等に的確に対応できるよう、建設省内に「大規模事故災害等の対応に関する検討委員会」を設置し、関係機関との連携を含めた体制のあり方、被災者・家族等への対応・情報連絡のあり方、広報のあり方、専門家の要請と派遣等危機管理体制の充実に向けて検討を行っているところである。
 阪神・淡路大震災を契機として、災害時におけるボランティアの果たす役割の重要性が認識されつつある。このため、建設省においても、被災した公共土木施設等の被害情報の迅速な収集、円滑な災害復旧事業等の査定事務に資するため、大規模災害時に公共土木施設の被害情報の収集と施設管理者への連絡等をボランティアとして行う「防災エキスパート制度」を創設したところであり、平成8年3月までに全地方建設局管内で制度を発足したところである。
 なお、防災施設については、施設そのものより、避難経路等を知らない、わからないという問題が、大都市を中心に依然存在することが窺われ、より一層の情報提供と避難施設の充実が必要である。
 この点で、例えば洪水、津波、土砂災害等の災害が発生した場合に備え、過去の災害等の状況、情報入手方法、避難地の位置等を具体的に示したハザードマップを全国9地域で作成・公表するなど、きめ細かな情報の提供を推進している。
 また、東京都においては、地震、火災などに関する危険度を地図によって発表しており、これにより日頃からの備えと対策によって被害を最小限にくい止めようとしている。

第3節 安全なまちづくりへの今後の取組み
1 安全なまちづくり
 今次の大震災を貴重な教訓として、安全で安心できる地域づくり、まちづくり、防災対策について、総合的な施策の展開が求められている。
 建設省においては、平成7年4月に「震災に強いまちづくり構想」を策定した。そこでは、阪神・淡路大震災により得られた教訓から、安全についての考え方として、以下の5点を挙げた。  このような基本的な考え方に基づき、建設省としても、安全・安心市街地の整備、公共施設・建築物等の安全性向上等以下のような様々な施策を講じているところである。
(都市生活の安全性の確保)
 地方公共団体等の関係機関により「災害に強い地域づくり計画(仮称)」を策定し、地域防災計画へ反映させるとともに、それを支援する各種事業を総合的・一体的に推進することとしている。
 特に、都市基盤の整備水準が低く、地震、火災等に対し危険な木造密集市街地等を解消し、防災性の高い市街地を形成するため、安全市街地形成土地区画整理事業を創設するなどの対策を講じている。
(災害に強い国土構造の形成、水害・土砂災害対策等の推進)
 余裕(リダンダンシー)の確保のため、都市圏道路整備の推進のほか、大都市部を中心に広がるゼロメートル地帯等における堤防の耐震性の向上、スーパー堤防等の整備や、これらと市街地整備、公園、街路等を組み合わせた総合的な事業(リバーサイドエリア緊急総合防災事業)の実施、床上浸水対策、土砂災害対策の推進等により災害に強い地域、国土づくりを進めることとしている。
(住宅・建築物、公共施設の安全性の確保)
 耐震性については、多数の人が利用する一定の建物(学校、病院、百貨店等)の所有者は、耐震診断を行い、必要に応じ、耐震改修を行うよう努めなければならないとすること、併せて住宅金融公庫の低利融資制度を組み合わせたことなどを内容とする「建築物の耐震改修の促進に関する法律」を平成7年12月に施行し、既存建築物の耐震性の向上を推進している。
(防災性を有するライフライン共同収容施設等の整備)
 主要都市における災害に強いライフライン共同収容施設ネットワークの重点的整備への取り組み、緊急時の生活用水、消火用水の確保のための河川・海岸護岸等や雨水貯留施設等の整備を推進する。
(都市内情報網の防災への活用)
 安全なまちづくりに係るソフト面では、都市における土地利用、道路管理、下水道管理、河川管理等に関する空間情報データを活用し、防災に役立てることが必要である。この点からもGIS(地理情報システム)の標準化等による空間データ基盤整備を促進する。
2 自然災害への取組み
 我が国は、地形、地質、気象的に厳しい自然条件の下にあり、沖積平野の氾濫区域(国土面積の約10%)に総人口の約50%、総資産の約75%が集中している。このような環境の下、最近では平成5年6月の雲仙普賢岳の火砕流、6年夏の全国的な大渇水、7年1月の阪神・淡路大震災、7年7月の集中豪雨等の自然災害が頻発している。
 このような自然災害は必ずしも予測できるものではないが、都市への機能集中と災害に対する脆弱性の露呈、国内外の交流の広域化、交通、情報・通信ネットワークの広がり等の経済・社会環境の変化の中では、安全・安心の確保に対する要求が高まっており、より一層の災害対策が求められている。
 この場合、阪神・淡路大震災により認識された「災害に対する安全性については完全はありえない」という観点から、例えば建物については多少壊れても人命を損なわない、堤防については越水しても破堤しにくいようにして被害を最小限におさえ、危機的状況を回避するといった発想の転換を図るべき部分があることを認識して行うべきである。
(1)水害と渇水
(平成7年の集中豪雨)
 平成7年の梅雨前線は、西日本の広い範囲に停滞し、九州・中国・四国・近畿・北陸の各地に大雨をもたらした。この梅雨による被害は全国37道府県にわたり、人的・物的被害は大きなものがあった。
 特に、肱川(愛媛県)、保倉川・戸野目川(新潟県)では、記録的な豪雨により広範囲にわたって浸水し、浸水戸数がそれぞれ928戸、2,392戸となるなど、大規模な被害が発生した。
 このような水害から人々の生命や財産を守るため、河川の改修や砂防事業等が進められ着実に洪水等に対する安全度が向上しているが、その整備状況は十分ではなく、今後も引き続き、安全で安心できる生活の基盤を形成する治水施設等の整備を進めていく必要がある。
 このため、計画規模の洪水に対する安全性を確保するとともに、計画規模を超える洪水に対しても耐えることができる幅の広い堤防(スーパー堤防)や破堤しにくい質の高い堤防を整備するといった手法を推進する必要がある。
(冬の渇水)
 冬は1年のうちでも最も水の需要が少ない季節である。通常は渇水といえば暑さと生活用水の使用量が増加し、かんがい用水の需要が発生する夏に生じることが多い。しかし、平成7年秋から8年にかけて、関東、中部、四国、九州北東部を中心に広範囲で渇水が生じた。
 この原因は、基本的には昨秋以降の降雨量が少なかったためであるが、生活用水の使用量の増加も渇水を招いた理由の一つである。核家族化や単身世帯の増加は風呂水などの1人当たりの使用水量を増やす構造的な要因であるが、これに加え、水に対する利用意識の面の問題もある。
 総理府の世論調査で節水に対する意識を見ても、節水のことは考えずに豊富に使っている人及び必要だと思いながら豊富に使っている人は約35%もいる上、水を豊富に使う理由としては、「ただ何となく」、「衛生的だから」、「水はいくらでもあるから」、という人が3割程度いる。
 特に、昭和61年の調査と比較すると、「ただ何となく」及び「水はいくらでもあるから」と回答した人の割合が増加しており、実態と認識のギャップが広がっているといえる。
 今回の渇水で深刻であった神奈川県の状況を見ると、同県は、県内に相模、城山、三保の3ダムを独自水源として持ち、平成6年夏の大渇水時にも首都圏で唯一取水制限をしなかった。ところが、平成7年秋以降、相模川の上流域での降水量が少なかったため、3ダムの貯水量は約30%まで落ち込んだ。このため、県内では最高10%の取水制限を実施した。同県で取水制限が行われたのは、29年ぶりのことである。
 このように年々水需要が増加する中で降水量は近年減少傾向にある。対策としては、ダム・堰などの建設による水資源の開発、雨水・再処理水の活用、節水等が大切であり、節水型社会システムの構築と水資源の確保を車の両輪とした総合的な渇水対策が必要である。
(2)岩盤崩落等に対する対応
 平成8年2月の北海道古平町の一般国道229号豊浜トンネル崩落事故を契機とし、全国各道路管理者に対してトンネル坑口部及び落石覆工が設置されている箇所の法面、斜面について緊急点検を実施し、緊急対策を進めることとしている。
 また、大規模な岩盤の崩落については、従来の技術的知見では予測が極めて困難な現象であることから、岩盤工学、土木工学等の幅広い分野の専門的知見を結集し、災害の再発を防止するため、「大規模岩盤崩落に関する技術検討委員会」を設けて検討を開始したところである。
 そこでは、大規模な岩盤の崩落のメカニズムの解明や予知方法の検討等を行い、併せて調査や点検・監視方法及び安全性の評価方法の改善など、道路、橋等の各種構造物の調査、設計、施工等に係る技術的諸問題について、幅広い視点から取り組むこととしている。本委員会は、平成8年度中に報告をまとめ、今後の対策に生かす予定である。