第1章 構造変化の諸相

 21世紀を目前に控えて我が国経済社会が様々な面で転換点に直面しつつある中で、住宅社会資本整備のあり方自体も変革が求められている。
 本章では、転換期を迎えた社会の現状と、住宅・社会資本整備の方向性を検証するとともに、効率的で透明性の高い公共事業に向けて、その実施過程の変革への取組みを明らかにする。

第1節 新たな転換期を迎えた日本

1 大競争時代の中の日本

 まず、今日の国際経済環境に目を向けると、各国の主要産業分野において激しい競争が行われており、我が国は「大競争時代」のただ中にある(図表1−1)。

図表1−1 各国の粗鋼生産量の推移、各国の乗用車生産台数の推移

 米国経済の復活やアジア諸国の急成長の中で、我が国の企業もこれまで、より付加価値の高い比較優位分野へのシフトを進めてこれに対応してきたが、さらに海外への直接投資による海外生産拠点の構築を推進しつつある。そうした中で、アジア太平洋地域内では日、米、及びアジア諸国の間で生産活動の分業体制が成立し、それが年とともに深化しつつあり、グローバルな意味での競争と共生の関係が現れてきている(図表1−2)(図表1−3)。

図表1−2 我が国の輸出に係るリーディング産業の変遷
図表1−3 日米独の海外生産比率(製造業)と日本の地域別対外直接投資の推移

 このように大競争時代を迎えて日本の経済は外からの影響を強く受けるようになっているが、国内の産業構造の変化をみると、第1次産業が長期的にその生産規模及び就業人口における構成比を減らしている一方で、第3次産業特にサービス業が伸びてきている。第2次産業においては近年停滞状況がみられるが、内訳をみると高付加価値の製品を供給する分野など伸びているものもある(図表1−4)。今後、こうした厳しい国際環境の中で産業の空洞化を防ぎ、我が国経済社会の活力が保てるかどうかは、国際分業体制に適応しつつ、付加価値の高い新しい産業と効率的な経済構造を支えるインフラ整備が確保できるかどうかにかかっている。

図表1−4 第3次産業のの増加した就業構造

2 国土構造の変化

(人口の動き)
 我が国の人口の動きについても、この一年で新しい動きが見られる。まず、東京圏、大阪圏、名古屋圏及び地方圏の人口の転出入の状況を見てみると、平成6年に転出超過になった東京圏が3年ぶりに転入超過にもどったことが注目される。バブル崩壊後の平成6年と平成7年の東京圏からの人口転出超過は再び転入超過に転じる一方で、東京圏以外の大阪圏、名古屋圏及び地方圏はすべて転出超過となった(図表1−5)。

図表1−5 三大都市圏及び地方圏の人口社会増減の推移

 東京の人口の動きを見てみると、平成9年1月1日時点において、前年1月1日時点に比べ、都全体で人口が増加しているほか、23区でもわずかながらも増加しており、23区では昭和61年以来10年ぶりの人口増となった(図表1−6)。また、平成8年には港区が社会増に転じた(東京都総務局統計部「人口の動き」による)。

図表1−6 東京都及び23区の人口及び対前年比人口増減率の推移

 近年の東京圏のマンション新規供給戸数、及び東京都特別区のオフィス入居率の動きとあわせて考えると、経済活動の活発化とともに人口の都心回帰の兆しを感じさせる動きとなっている(図表1−7)(図表1−8)。

図表1−7 東京圏マンション新規供給戸数
図表1−8 東京都特別区におけるオフィス入居率と実質賃料の動き

 次に各県庁所在都市の近年の人口の動きはどうなっているだろうか。
 人口の県内分布の面からみれば、多くの県で県庁所在都市の人口が伸びているだけでなく、県の全人口に占める割合も年とともに増加している(地方版の一極集中)。ただし、近年は県庁所在都市の市全体としての人口の伸びは沈静化しつつあり、一部の都市では減少に転じている。また、県庁所在都市の中心部(概ね市域の2割以下、平均して約6%の面積にあたる部分)の人口を見ると、多くの都市で減少している(図表1−9)。

図表1−9 都道府県庁所在都市の人口増減率別比率(S30〜H7、市域全体及び中心部)

 つまり、多くの県庁所在都市では市域全体の人口を緩やかに伸ばしつつ、中心部の人口を減少させており、基本的には都市の成長の一過程としてとらえられるものの、既に人口集積の大きい地方中枢都市等においては、場合によっては通勤距離の遠隔化といった大都市問題の発生も懸念される(図表1−10)。

図表1−10 地方中枢都市の通勤時間中位数の推移

 我が国全体で人口増加の頭打ちの時期が近づくと予測されているなかで、全国の都市における人口増減率はどのようになっているだろうか。図表1−11は全国の都市を人口規模と人口増減率でプロットしてみたものである。
 平成2年の時点と平成7年の時点を比べてみると、全国の人口の伸び率が鈍化したことを反映して点が全体的に下にシフトしているとともに、人口20万人を超える都市では点の広がりが横に長く潰れた形となり、同一規模の都市間での人口増減率の格差が縮小傾向にあることが読みとれる。また、人口5〜20万人程度の都市では人口増減率の分化が大きく、人口5万人以下の都市では人口が減少傾向にあることが分かる。
 地方都市では、近年、夜間人口の減少、交通環境の郊外部に対する相対的な悪化等が進むとともに、モータリゼーション進展、消費者の行動パターンの変化、大店法の規制緩和等を背景とした大規模小売店舗の郊外展開の加速化等による商業機能の空洞化等が生じ、各地の中心市街地の衰退や空洞化が進行していると指摘されている。

図表1−11 都市規模別人口増減率

 人口変動の内容をもう少し詳しく分析するため、都市規模階層別の生産年齢人口割合をみてみる。平成7年時点では、都市規模が大きいほど全人口に占める生産年齢人口(15〜64歳)の割合が大きくなっている。この生産年齢人口割合を折れ線で表し、昭和55年当時のもの(破線の折れ線)と重ねあわせて見ると、昭和55年時点以来、人口5万人未満の都市では生産年齢人口割合は減少したのに対し、人口規模の大きい都市階級では生産年齢人口割合が伸びており、その結果、都市規模間での生産年齢人口割合に格差が広がってきたことが分かる(図表1−12)。

図表1−12 都市規模階層別年齢構成及び生産年齢人口割合

 この生産年齢人口割合を個別の都市ごとに平面にプロットしたのが図表1−13である。これも昭和55年当時と平成7年を比較してみると、点のバラツキが大きくなっており、都市階層間だけではなく、同一の人口規模の階層に属する都市相互の間でも生産年齢人口割合の格差が広がっていることが分かる。以上から、全国の各都市の間で人口増減率自体の格差は縮小しつつあるものの、生産年齢人口割合の格差は広がっており、各都市の世代構成にばらつきが出ていると推測される。

図表1−13 都市規模と生産年齢人口割合

 平成7年時点での都市人口階層別にみた年齢別人口割合のグラフをみると(図表1−12)、若年人口(20歳未満)の全人口に占める割合は、都市の規模にかかわらずほぼ同じくらいである。即ち、人口の少ない都市でも若年人口はそれなりにあるものの、高等教育機関の不足か、卒業後の就業機会の少なさを反映し、生産年齢人口が流出してしまっていると考えられる。


(地域別の産業構造)
 ここまでは、人口分布、人口構造の面から国土の構造をみてきたが、生活・産業構造の現状はどうなっているだろうか。
 地域ブロック別に最近20年程度の産業構造の変化をみてみると、図表1−14にみられるように、全産業に占める製造業の割合の減少とサービス業の割合の増加が顕著なのは、関東及び近畿地方である。製造業比率がもともと低い北海道、沖縄では製造業の割合がほとんど変化せずにサービス業の割合が大きく増加してきており、東北、九州では20年程度前と比べてむしろ製造業比率は増加している。

図表1−14 地域ブロック別産業構造の変化

 以上をまとめると、バブル崩壊後の平成6年と平成7年の東京圏からの人口転出超過は再び転入超過に転じる一方で、東京都心部における都心回帰の兆しが現れている。地方では県庁所在都市が中心部の人口を減らしつつも成長する一方、人口の少ない小都市では人口減、生産年齢人口割合の低下が起こっている。就業構造の面では一部の地方を除いて概ねサービス化が進行している。


3 社会的制約の顕在化
(高齢化)
 我が国の高齢化は諸外国の経験を超える急速なものとなると予測されており、生産年齢人口が既に増加から減少に転じていることと併せて、今後、成長率の鈍化、貯蓄率の低下、社会保障費用の増嵩などが懸念される状況にある(図表1−15)。

図表1−15 年齢別人口構成費の推移

(地球環境、エネルギー制約)
 地球温暖化については、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の第二次評価報告書によれば、今後何も対策を取らなかった場合の地球全体の平均気温は、2100年には現在に比べて約2度上昇し、海面水位は現在に比べて約50p上昇する(中位予測)と報告されている。このため、二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素等の温室効果ガスの排出量を地球的規模で削減していくことが重要な課題になっている。
 地球温暖化への影響が大きいとされる二酸化炭素について、各国の排出量をみると、我が国はGDP当たり排出量では少ない方に位置しているものの、排出総量では米国、旧ソ連、中国に次いで世界第4位となっている。さらに、我が国の排出量は、炭素換算で1980年に279百万トン、1994年に343百万トンと、近年増加傾向にある。
 また、世界のエネルギー情勢についても、長期的には厳しいものが見込まれているが、我が国のエネルギー消費の部門別の動向をみると、近年は産業部門、民生部門(家庭用、業務用(オフィスなど))、運輸部門のすべての分野で増加している(図表1−16)。
 今後、国民の生活や産業活動の中での省エネルギーの徹底等を通じて二酸化炭素の排出やエネルギー消費を抑制・削減し、「環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会(循環型社会)」の構築が求められてこよう。

図表1−16 部門別エネルギー消費量の推移

 これら、高齢化、地球環境及びエネルギー消費の問題は、日本人の経済・社会活動の制約要因として一層顕在化してくるであろう。

4 多様な価値観の奔流
(多様な価値観)
 多様な価値観が奔流となって経済、社会を左右していると言われる。建設行政とも関連のあるものについてその主な流れをいくつか挙げてみよう。
 まず、国際化の影響により人々が多様な価値観を持つようになってきたことが挙げられる。図表1−17にみられるように出入国者数や国際結婚の数が飛躍的に増加しており、様々な文化、言語、価値観に出会う機会が日常的に増えてきている。異なった価値観を持つ人々と接触する機会が増えたことにより、我々自身の価値観も必然的に変容を迫られている。

図表1−17 入国外国人数、出国日本人数及び国際結婚率の推移

 また、今日は大競争時代といわれるように、国内だけの基準で物事を処理することが許されず、様々な価値観が存在することを前提としてユニバーサルなルールの下で国境を超えた公正な競争が繰り広げられる世界が求められつつある。そのような中で、建築基準などにみられるように国際機関の基準が国内の基準にも直接影響を与えるようになっている。
 環境の面については、近年、地球環境問題への関心が急速に高まると同時に、産業活動のみならず個々人が排出する家庭雑排水や排気ガスの問題がクローズアップされ、環境問題への意識はグローバルなレベルだけでなく、パーソナルなレベルでも次第に深まりつつある。総理府の世論調査にみるように地球環境問題、生活騒音・生活排水に対する問題意識が高まってきている一方、かつての公害問題の中で大きな関心事であった大気汚染や水質汚濁などを問題視する割合が最近減少しているなど、「身近な生活環境」から「地球環境」までさまざまな環境問題が意識されてきており、その内容に変化が見られる(図表1−18)。

図表1−18 環境問題への関心

 インターネット、携帯電話の急速な普及など、情報通信の高度化・多様化が急速に進展しているが、情報化の人々の生活に対する影響には様々なものがある。総理府が平成7年1月に行った「暮らしと情報通信に関する世論調査」によると、情報通信の高度化による好影響としては「日常生活が便利になった」、「知識の向上に役立っている」等が挙げられている。世代別では、20代では趣味、教養、余暇に関して評価が高く、30代では日常生活と仕事、50代以上では家族との交流の増加に関して評価が高く、同じ情報通信の高度化による好影響でも世代によって評価に差が現れている。一方、高度化の悪影響については「特にない」とする回答の割合が最も高いが、「健康によくない」、「画一化が進んでいる」とする回答も一定の割合を占めている。
 また、国民の所得水準が向上し、自由な時間が増大したことにより、ライフスタイルが多様化し、単なる経済的な価値に還元できない文化的なものへの欲求が高まっているといわれており、この面でも価値観のシフト及び多様化が見られる。
 さらに、人々の結婚観も多様化している。総理府が平成8年6月に行った「これからの国土づくりに関する世論調査」によると、「人は一定年齢に達すれば結婚するのが自然である」と答えた者の割合が20.6%であるのに対して、「年齢にはこだわらないが、人はいつかは結婚するのが自然であると」と答えた者の割合が35.0%、「結婚するかしないかは、本人の自由である」と答えた者の割合が42.3%と分かれている。また、「子どもをもつ以上、結婚しているのが自然である」という意見については、「そう思う」とする者の割合が81.8%、「そうは思わない」とする者の割合が16.4%となっている。
 これらの結果は、これからの人々の住まい方や、少子化時代を迎えての家族のあり方について影響を持ってくると思われる。


(規制緩和、地方分権)
 以上で概観したような、我が国内外を取り巻く激しい環境変化や人々の価値観の多様化を受けて、国の果たすべき役割についての人々の意識も変化している。行政改革や規制緩和、地方分権などの観点から、国や行政のあり方についても真剣に考えていく必要がある。
 建設省では、平成9年3月に改定された規制緩和推進計画に基づいて、着実に規制緩和を進めていくこととしている。良質な中高層都市住宅の供給の促進に向け、高層住居誘導地区の創設と容積率等の建築規制の緩和を内容とする都市計画法及び建築基準法の改正を行ったが、さらに、建築基準体系を建築設計の自由度を高めた新たなものとするため、建築基準法の改正法案を次期通常国会に提出することとしている。その他、図表1−19のような規制緩和を着実に行っていく。

図表1−19 平成9年3月改定の規制緩和推進計画における建設省の主な規制緩和事項

 また、地方分権については、国と地方の適切な役割分担のもと建設行政を進めていく観点から、真摯に取り組んで行くこととしており、平成8年12月の地方分権推進委員会の第一次勧告において、従来機関委任事務とされていた一級河川の指定区間・二級河川の管理、国道の指定区間外の管理等を法定受託事務(仮称)とするとともに、都市計画、土地収用法の都道府県知事による事業認定、建設業・宅地建物取引業の許可・免許、建築確認等の事務を自治事務(仮称)とすることとされたところである。建設省としては、今回の勧告を踏まえ、政府としての地方分権推進計画の策定に積極的に取り組むこととしている。


第2節 転換期の住宅・社会資本整備


1 社会構造の変化と住宅・社会資本
 前節でみたように我が国を取り巻く内外の環境変化は大きく、また、我々の価値観も変容を遂げている。そうした中で、住宅・社会資本の整備のあり方も時代の要請に合わせて変化していかなければならない。 この節では、これまでの住宅・社会資本整備の歴史の中で、そのときそのときの時代の要請に応えて住宅・社会資本のあり方が変わってきたことを明らかにするとともに、これからのあるべき住宅・社会資本整備のあり方について、当面の課題ないし方向性を考えてみたい。

(戦前の社会資本整備)
 明治期を通じて特に重視された社会資本整備は鉄道であった(図表1−23)。欧米と締結した、いわゆる不平等条約を改正し、独立国としての地位をより確固たるものとするためには、産業基盤の確立及び軍事力の増強が重要と認識され、鉄道の整備はそのような中で象徴的な意味を持った。これと並んで重視されていたのが治水事業であるが、当初は今日のイメージである洪水防御を重点としたいわゆる高水工事ではなく、「河身を矯正して航路を一定し、通行運輸の便を開く」ための舟運を目的としたいわゆる低水工事に重点が置かれ、本格的に氾濫防止のための大河川の治水工事に取り組むようになったのは明治中期以降であった。明治後期から大正、昭和初期にかけて漸次自動車が普及するにつれ、道路の整備にも力点が置かれるようになる。総じて言えば明治以来戦前までの社会資本整備は、富国強兵のため軍事や生産効率に重点を置いたものであった。

(戦後日本の課題と住宅・社会資本整備)
 第二次世界大戦後においても住宅・社会資本整備は時代時代により様々な改革課題が生じ、何度かの転換期を乗り越えてきた。
 終戦直後には食料増産の必要性から農林水産業への投資が大きく、またカスリン台風など幾多の台風が襲ったために治水関係投資が大きな比重を占めた。国民の所得向上、高度経済成長が目標となった時期には経済発展基盤として幹線道路を精力的に整備し、経済成長の反作用として公害、住宅問題などが大きな社会問題となると下水道・公園といった生活関連の基盤整備にも力点を置き、さらに豊かさの追求が国民的関心となると、住宅・社会資本の質の向上に一層力を入れてきた。

(日本人の活動ステージが変わった)
 以上のような明治以来の住宅・社会資本の整備の歴史を振り返って今日の我々の生活を考えると、日本人の生活の活動ステージが質的に大きく変わり、広がっていることに気付かされる。
 まず、高速道路等の高速交通手段の発達により、整備された地域については、移動効率性が高まり、仕事、生活のスピードが飛躍的に早くなり、その生活範囲は著しく拡大し便利で快適なものとなった(図表1−20)。

図表1−20 時間距離でみた日本地図の縮小

 また洪水、浸水に生活を制約されていた時代から、治水の進展に支えられた経済活動、生活全般の安定性の確保が図られる時代となった(図表1−21)。

図表1−21 河川の氾濫防御率と氾濫区域の資産比率及び河川関係の自然災害による死者・行方不明者数の推移

 また、かつての伝染病に怯えていた時代から上下水道の整備によりせせらぎ、うるおいを重視する暮らしができる時代となった(図表1−22)。

図表1−22 下水道に関連した水の風物詩の復活
図表1−23 住宅・社会資本整備と生活の変遷

 このように、住宅・社会資本整備は、これまで時代時代の課題に対応し、公共事業の予算配分を適切に変更しながら人々の活動ステージを大幅に質的に変化させ、着実に広げてきた(図表1−23)(図表1−24)。

図表1−24 公共事業シェアの推移(国の一般公共事業関係費)
図表1−25 住宅・社会資本の整備水準・目標、国際比較

 しかしながら、第二次世界大戦時に住宅・社会資本に壊滅的な打撃を受けたこともあり、先進諸外国に比較してなお立ち遅れている部門が残されている。また、国内の地域別の整備状況にも格差があることにも留意しなければならない(図表1−25)(図表1−26)。

図表1−26 下水道の都市規模別処理人口普及率

 ところで、このような歴史を踏まえ、転換期の住宅・社会資本整備のあり方とはどのようなものであるべきだろうか。各種の世論調査やデータ等を手がかりに以下で考えてみたい。

(最近の世論調査等と住宅・社会資本整備)
 まず、「これからの国土づくりに関する世論調査」をみてみると、「将来の国土づくりに関して力を入れるべきこと」としては、過去3回(昭和58年、平成6年、平成8年)の調査のいずれにおいても、「災害に対する安全性の確保」、「自然環境の保護」を挙げた者の割合が高く、まず、安全・安心や自然環境保護といった価値が重視されていることがわかる(図表1−27)。

図表1−27 今後の国土づくりにおいて力を入れるべきこと

 住宅の整備についてはどのような方向性が求められているのだろう。住宅・住環境について現状を見てみよう。
 一住宅当たりの平均床面積は着実に増加してきているが、借家の居住水準が立ち後れており、特に大都市圏における借家の平均床面積は42uと居住水準の向上が課題となっている。また、幅4m以上の道路に接していない住宅の割合は約4割、都心3区へ通勤・通学する者の所要時間は平均68分と、安全性の確保、職住近接等総合的な住環境の整備が課題となっている(図表1−28)。
 さらに今後の高齢社会に向けて、高齢期には身体機能が低下することや収入が減少すること等高齢者の特性に配慮しつつ、安全で安心できる高齢者の居住を図ることが課題となっている。
 限りある財政資金で効率的に以上の諸課題に対応するためには、市場原理を可能な限り活用し、民間の供給能力が向上してきた分野については、市場の機能が十全に発揮されるためのルールの整備・運用、市場の誘導を中心とした政策へと転換し、都心部における質の良い賃貸住宅供給、良好な住宅市街地の形成、高齢化対策等民間では十分に供給されない分野に投資をより一層重点化する必要があるといえる。

図表1-28 一住宅当たりの延べ床面積と接道状況の推移

 河川の整備については何が求められているのだろうか。
 総理府が平成8年9月に実施した、「河川に関する世論調査」によれば、大河川の整備目標について「大河川の氾濫による水害に対しては、100年から200年に一回の大雨に耐えられる程度の安全性の確保を目標に、治水施設の整備が行われることになっているが、この目標についてどう思うか」と聞いたところ、「もっと規模の大きな雨に耐えられる程度の安全性の確保を目標とすべき」、「この目標程度でやむを得ない・」または・「この目標程度が適当である・」とする者がほぼ同じ割合で、「もっと規模の小さな雨に対する安全性の確保を目標にしてよい」と答えた者は1割にもみたなかった(図表1−29)。この結果から、安全性の確保については現在の水準かそれ以上のものが望まれていることが分かる。
 また、河川の改修や整備と水辺の美しさや潤いなどとの関係を聞いたところ、「洪水などによる災害の防止を重視して行えばよい」「災害防止よりも、水辺の美しさなどを重視すべき」と答えた者は比較的少なく、大多数は「災害防止に加え、水辺の美しさなどにも配慮すべき」と両者のバランスを考慮した回答をしている。ただし、平成3年時点と平成8年時点で比べてみると、両者に配慮すべきとする多数派は減って災害防止か水辺の美しさのどちらかを重視する者が割合を増やしており、価値観の分化が窺われる(図表1−29)。

図表1−29 河川の整備のあり方

 道路の整備に関しては、今後どのように進めていくべきであろうか。道路審議会では、新たな道路計画への提言に国民の声を反映させるため、基本政策部会のもとに設置された「21世紀のみちを考える委員会」が、パブリックインボルブメント方式の考え方を採用し、広く国民各層から意見募集を行ったところ、約36,000人から意見が寄せられた(パブリックインボルブメント方式とは、計画策定や意思決定等の段階で市民参加の機会を確保する方式)。いただいた意見全体の傾向を見てみると、意見の前提となっている現状認識としては、「道路が安全で使いやすいものになっていない、道路が悪すぎる」等道路の現状に対する不満や、道路整備・管理の格差が大きい、無駄な整備が多い等の道路整備の進め方に対する批判が多い一方、道路は経済や産業の発展を支えているといった道路の役割を評価する意見も見られた。また、これからの道路整備の方向性としては、人中心の道づくりを主張する意見と、ドライバーや歩行者のモラルの向上に触れた意見が多く、住民参加の考え方も寄せられた。さらに、これからの施策、対策としては、バイパスや環状道路をはじめとする道路整備を求める意見と、歩道整備等歩行者や自転車への対応を求める意見が多く、交差点の工夫等きめ細かな渋滞対策等を求める意見も多い等、さまざまな意見が寄せられた(図表1−30)。

図表1−30 「キックオフ・レポート」に寄せられた意見全体の傾向

 自然環境の保護とも関係の深い緑の保全、創出についてはどうであろうか。総理府が平成3年6月に実施した「都市緑化に関する世論調査」によれば、これから緑を守り増やしたいと考えるのはどのような所の緑であるかの設問に対し、「公園のみどり」、「街路のみどり」が回答の上位一位と二位を占めた。本回答は昭和58年に実施した同様の調査より割合を伸ばしており、都市における緑の公共スペースの一層の整備が望まれていることを窺わせる(図表1−31)。

図表1−31 みどりを守り増やしたい場所

 以上のように、住宅・社会資本に対するニーズは多様であり、また常に変化している。今後も、近年の価値観の多様化によるニーズの多様化も充分に考慮に入れ、住宅・社会資本整備の中身について、絶えず見直しを行っていく必要がある。


2 公共事業の実施過程の変革
 住宅・社会資本整備に対する国民の期待には極めて大きなものがある一方、最近の厳しい財政状況の中で、平成9年6月には公共投資基本計画の3年間の延長や公共事業関係の長期計画の2年ないし4年の延長など所要の見直しを行うとともに、平成10年度の公共投資予算については、対9年度比7%マイナスの額を上回らないこととする旨の財政構造改革会議の最終報告に基づき、閣議決定がなされた。また、国民の価値観の多様化の中で、従来の公共事業のあり方に対しては厳しい指摘や批判もある。
 以下では、(1)効率的・重点的な事業実施及び(2)国民の視点に立った透明性のある事業実施、の二つの観点から、公共事業の実施過程の変革への取り組みについて最近の動きをみることとする。

(1)効率的・重点的な事業実施
(コスト縮減への総合的な取組み)
 厳しい財政事情の下、限られた財源を有効に活用し、効率的な公共事業の執行を通じて、先進諸外国と比較して立ち遅れた社会資本整備を着実に進め、本格的な高齢社会到来に備えるには、早急に公共工事コストの一層の縮減を推進していく必要がある。
 このため、政府は平成9年4月4日の関係閣僚会議決定として「公共工事コスト縮減対策に関する行動指針」を策定し、これに基づく取り組みにより、公共工事のコストを、少なくとも10%以上縮減することを目指すこととした。
 このため、平成11年度末までにすべての施策を完了し、この期間中に概ねの縮減効果が得られるよう、最大限の努力を行うこととした(図表1−32)。

図表1−32 公共工事コスト縮減の数値目標

(重点化)
 また、建設省では、事業の重点化による投資効果の早期発現を図るため、各地域の実情に配慮しつつ、箇所当たりの投資額を増加する措置を講じている。具体的には、平成8年度予算と9年度予算との比較では、箇所当たり事業費を、街路事業においては約32%(平成7年度との比較では約46%)、河川事業については約16%、地方道事業については約8%(平成7年度との比較では約47%)増加させるなどの措置を講じており、事業箇所の重点化による早期完成を促進している。
 また、補助金等の整理合理化を進め、国と地方が適切な役割分担の下で住宅・社会資本整備を進め、限られた財源を有効活用できるように努めている。具体的には、治水事業においては、中小河川改修事業と小規模河川改修事業を統合し、局部改良事業について今後新規採択を行わず5年間で整理・廃止するほか、地方道等の道路事業や近隣公園事業等の補助事業採択基準を引き上げることとしている。また、市街地整備においては、都市防災構造化促進事業、安全市街地形成土地区画整理事業等5つの事業を統合する等、地域の主体性・自主性を最大限尊重して事業を推進することとしている。

(省庁間連携)
 効率的な事業執行のためには、各々別個の目的をもって行われてきた事業についても、その機能に着目して、組み合わせたり一本化したりした方がよい事例もある。このような点から、重点化・効率化等による投資の質の向上を図るため、公共事業関連の建設省、農林水産省、運輸省、国土庁の4省庁の間で、「公共事業の実施に関する連絡会議」を設置し、公共事業の効率化・重点化等による投資の質の向上を図っている。この連絡協議会で決定された平成9年度に取り組むべき施策として、「渚の創生事業(広域的海岸侵食対策の推進)」等13の省庁間連携施策を推進することとしている。また、省庁の枠を超えた事業間の連携の強化のための200億円の調整費等を積極的に活用し、連携を推進する(図表1−33)。

図表1−33 公共工事の省庁間連携
コラム(渚の創世事業)

(2)国民の視点に立った透明性のある事業の実施
 公共事業は国民の貴重な税金を使って行われるものであり、厳正かつ公正に執行されなければならないことはいうまでもない。公共事業にかかわる発注者も受注者も常にその点を意識し、公共事業に対する国民の信頼を損うことのないようにしなければならない。

(費用効果分析の明確化)
 公共事業については、経済的側面のみでなく多様な観点から評価されるべきであるが、今後は、情報公開の面からも投資の妥当性を数値で示すことが求められるであろう。
 この点については、透明性の向上の観点から、建設省では可能な限り費用効果分析等を実施、公表することとしており、道路事業、流域下水道事業については、平成9年度新規箇所より新たな費用効果分析手法を試行、その他の事業においても、平成9年度中に費用効果分析手法を策定、公表することとしている(図表1−34)。また、治水事業については、従来より行っている氾濫被害軽減効果計測のマニュアルである「治水経済調査要綱」(昭和45年制定)の見直しを併せて行っていくこととしている。

図表1−34 費用効果分析の事例(八王子南バイパス)

 これら費用効果の分析手法については、今後も政策上の重要事項や国民のニーズ、客観性確保に関する新たな検討結果等に応じ、継続的に見直していく予定である。

(事業の採択基準の公表)
 事業の実施に先立つ事業採択の優先度に係る基準についても、事業の透明性を確保するために重要であり、各事業分野ごとに評価基準を一層充実するとともに、事業採択の考え方を明確化し、公表することとしている(治水関係事業、道路事業、街路事業については既に公表した)。

(住民参加・情報公開)
 建設行政に係る住民参加・情報公開のシステムについては、従来から都市計画手続における公聴会、縦覧手続、建築協定、緑地協定などがある。これらに加え、今般河川法を改正し、公聴会の開催等住民の意見を反映させる措置の必要に応じた実施や、河川整備計画を作成した場合の公表義務等を定めることとした。
・建設省関連の事業実施に当たっても住民参加や情報公開を積極的に進めており、様々なかたちで住民の意向が事業に反映されるよう努めている。また、環境政策大綱に基づいて各種団体の行う環境整備に関するボランティア活動等への支援を行う等、ボランティア活動への支援にも努めているほか、事業箇所やスケジュール等を明らかにした地域的なプログラムの策定・公表を行うことで、事業の全体像を明らかにすることとしている。
 このような取組みを通じて一層の住民参加、情報公開を進めていくこととしている(図表1−35)。

図表1−35 最近の住民参加、情報公開の主な事例

(大規模公共事業の再評価)
 大規模公共事業の評価・見直しに関しては、平成7年10月に発表された・「大規模公共事業に関する総合的な評価方策検討委員会報告」を踏まえ、高規格幹線道路については、10区間の計画決定に際して、知事に意見照会をした。また、ダム・堰事業については、平成7年7月から先行的に学識経験者や知事、市町村長及び自治体の議会関係者からなるダム等事業審議委員会の設置による事業評価を試行することとし、12事業で審議委員会が設置された(平成9年4月現在)。うち、4事業については計画の大幅変更や事業の中断等の意見が出され、これを尊重して事業の進め方に反映している(図表1−36)。

図表1−36 ダム等事業審議委員会設置対象事業と審議状況

 なお、この他にも国の直轄のダム等事業については、調査の結果、水需要の増加が見込めなかったり、地質上の問題が存在するなどが判明したことから、2つのダム等事業について建設計画を中止したほか、補助ダムについても2つのダムの建設計画を中止した。

以上のように透明性及び客観性の向上については、様々な取組みを行って柔軟な事業執行を行っているが、今後とも必要に応じ一層の改善を図っていくこととしている。