コラム・事例 我が国のゼロメートル地帯における高潮対策        〜ハリケーン・カトリーナによる高潮災害を踏まえて〜  平成17年8月に米国で発生したハリケーン・カトリーナによる高潮災害では、ニューオリンズ市で死者1,300人強、経済損失額1,250億ドル(約14兆6,700億円)(注1)の被害が発生しました。壊滅的な被害に至った原因は、ハリケーンの規模が想定する堤防計画規模を大幅に上回るものであったことに加え、同市の市域の約7割が海抜0m以下(ゼロメートル地帯)であることが挙げられます。ゼロメートル地帯では、陸域の標高よりも海、湖、河川等の水位の方が高いため、越水や堤防の破堤によって、いったん海や河川の水が流入すると、止めどなく流入し続けるとともに、排水が困難となることから、壊滅的な打撃を被ることになります。  同様のゼロメートル地帯は我が国にも存在し、特に、我が国の三大湾(東京湾・伊勢湾・大阪湾)におけるゼロメートル地帯(注2)の面積は約577km2に及び、約404万人の人々が居住しています。三大湾のゼロメートル地帯は、特に高度経済成長期以降、急速に人口・資産の集積が進み、今では我が国の中枢機能を担っていますが、同時に水害に対し、極めて脆弱な地帯です。いったんこの地帯が高潮により大規模な浸水被害を受ければ、我が国の中枢機能は麻痺し、社会経済への影響は計り知れません。  三大湾は、過去、室戸台風(昭和9年)、キティ台風(昭和24年)、伊勢湾台風(昭和34年)、第二室戸台風(昭和36年)等の大型台風が猛威を振るい、壊滅的な高潮災害をもたらしてきました。特に伊勢湾台風では、死者・行方不明者が5,000人を超える大惨事になりました。  この被害を受けて、三大湾では伊勢湾台風級の台風が最悪の経路を通過する場合を仮定して予測される潮位を算出し、これに耐えられるように施設整備を進めてきました。この結果、堤防の高さは三大湾で概成しており、その後、伊勢湾台風級を上回るような台風が来襲していないこともあって、伊勢湾台風以後は三大湾で高潮災害は発生していません。  しかし、高潮が自然現象である以上、ハリケーン・カトリーナで見られたように、想定を上回る規模の高潮が今後発生し得るとともに、高潮と洪水が同時に発生する複合災害が発生することや、地球温暖化に伴う海面上昇により高潮に対する沿岸の安全性が低下することも懸念されます。また、約半世紀もの長期にわたって大規模な高潮災害が生じていないこと等から、高潮による浸水に対する人々の危機意識が希薄化しつつあることも問題です。さらに、伊勢湾台風直後に築造した堤防の老朽化が進んでいるとともに、首都直下地震、東海地震、東南海・南海地震等の大規模地震の発生が切迫している現在、大規模地震に対して耐震性を十分に有していない堤防も存在します。  こうした状況の下、国土交通省では、今後のゼロメートル地帯の高潮対策について、必要な高潮施設の整備に万全を期するとともに、不測の事態に備え、万が一浸水した場合の危機管理体制を確立していきます。 (注1) 経済損失額は、国際防災戦略(ISDR)の試算による (注2) ここで言う我が国の三大湾におけるゼロメートル地帯とは、朔望(さくぼう)平均満潮位(朔望の日から前2日、後4日以内に現れる各月の最高潮位を平均した水面)以下の地区を指す。