■2 インバウンドの取込みとインフラ (1)訪日外国人旅行者の傾向分析 (国別の訪日動向及び消費状況)  国連世界観光機関(UNWTO)によると、2015年の国際観光客到着者数は前年比4.4%増(約5,000万人増)の約11億8,400万人を記録し、2010年以降急速に増加を続けている。我が国の経済は、人口減少による国内市場の縮小が予想されており、こうした海外からのインバウンド需要を取り込み、観光を「地方創生」への切り札、GDP600兆円達成への成長戦略の柱としていくことが重要である。  第1章にあるように、我が国の2015年訪日外国人旅行者数は1,974万人(前年比47%増)、訪日外国人旅行消費額は、3兆4,771億円(前年比71%増)と過去最高を記録した。  特にアジアからのインバウンド需要が増加しており、2015年には訪日旅行者数、消費額ともに全体の約8割を占めている(図表3-1-11、図表3-1-12)。 図表3-1-11 訪日外国人旅行者数と構成比(国・地域別)(2015年暫定値) 図表3-1-12 訪日外国人旅行消費額と構成比(国・地域別)(2015年確報値) (出入国の状況)  訪日外国人旅行者の受け入れ窓口である空港や港湾等の利用状況について、主要国の入国空港別の割合を見てみると、韓国を除き、どの国籍でも成田空港からの入国が最も多く、英国・米国・豪州は羽田空港、成田空港といった首都圏空港の利用が圧倒的に多い。一方で、アジア地域にある中国、台湾、韓国、タイでは、関西国際空港の利用も多い。また、韓国や台湾は地方空港への定期便等の就航に伴って、入国空港が多様化しており、特に韓国は港湾からの入国も多く、入国方法が多様である。タイでは新千歳空港の利用割合が他の国に比べて高いなど、距離的に近いアジアの国々では入国する地域が多様化している。 図表3-1-13 訪日主要国旅行者の入国港別割合(2014年) (アジア圏の訪日旅行者の旅行形態)  次に、今後も増加が予想されるアジア圏の訪日外国人旅行者の、旅行目的・訪問場所の特徴について、訪日旅行者数の多いアジア上位8か国を中心に見ていく。  2015年の訪日外国人消費動向調査より、各国の旅行者の訪日回数を見てみると、1回目の割合が高い国が多く、訪日客数が最も多い中国は7割超と最も高い。一方、香港は4回目以上の割合が約5割となっており、複数回訪れるリピーターが多い(図表3-1-17)。 図表3-1-17 訪日主要国旅行者の日本への来訪回数(観光・レジャー目的)  旅行手配方法では、「団体ツアー参加」の割合が中国56.2%と最も高く、台湾が44.7%と続いている。その他の国では個人手配による旅行者の割合が最も高くなっている(図表3-1-18)。また、訪日回数との関係で見ると、中国人旅行者の訪問回数が1回目の割合が高いことも、パッケージツアーの割合が高いことに関係しているものと考えられる。 図表3-1-18 訪日主要国旅行者の旅行手配方法(観光・レジャー目的)  2015年7月に(株)日本政策投資銀行が(公財)日本交通公社とともに行った「アジア8地域・訪日外国人旅行者の意向調査」注64では、海外旅行全般に対する考えとして、自由に旅行先を周遊したいとの意見が多くなっており、今後個人旅行の増加が予想される(図表3-1-19)。 図表3-1-19 海外旅行における周遊スタイル  また、日本旅行経験者は地方観光地への訪問意欲も高く、特に一度地方観光地へ訪問することで地域の魅力に触れ、更に訪問意欲が高まる傾向が見られる(図表3-1-20)。地方観光地でしたいこととしては、その土地の食べ物を食べることや、温泉や自然体験等となっており、その地域ならではの体験を求めている。 図表3-1-20 日本の地方観光地の訪問経験有無及び今後の訪問意向(訪日経験者)  以上のように、外国人旅行者の行動やニーズの多様化に対応し、受入れ体制の整備や、その土地ならではの魅力ある観光地づくりを行うことで、地方の経済活性化につなげていくことが重要である。 (2)全国津々浦々観光振興の取組みとインフラ (受入れ体制の整備)  増加する外国人旅行者を受け入れていくためには、その窓口となる海や空の窓口の整備が重要である。観光振興とインフラ整備を融合し、インバウンド観光の需要を取り込んでいる地域の事例について紹介していく。 ■那覇港・那覇空港(沖縄県)  沖縄県は、広大な海域に39の離島が点在する日本有数の離島県である。各離島は、島の文化や歴史、エメラルドグリーンの海、白い砂浜等、魅力的な観光資源を数多く有している。国内外から、多くの観光客が訪れており、2014年の外国人観光客数は約89万人と過去最高を記録した(図表3-1-22)。また、アジアに近く、台湾や韓国等からの旅行者が多く訪れている(図表3-1-23)。 図表3-1-22 沖縄県外国人旅行者数の推移 図表3-1-23 外国人旅行者の国籍別構成比(2014年)  沖縄県では、観光を県の経済を牽引する産業として位置づけており、観光客数1,000万人(うち外国人観光客数200万人)の達成を目指し、急増する観光客の受入れ体制の整備や、各観光施設の整備に取り組んでいる。  海の窓口となる那覇港では、外国船籍の寄港回数の増加や、船の大型化に対応するため、岸壁の整備やクルーズ船ターミナルビルの整備を進め、2014年4月より利用が開始された。同施設では、外国人旅行者を受け入れる審査ブースや税関検査台の整備とともに、地元の伝統工芸品の展示スペースを設けるなど、地域文化を感じられる空間作りが行われている。クルーズ船寄港時には、歓迎セレモニー等、民間による「おもてなし」の取組みも行われ、2015年の外国船籍のクルーズ船による寄港回数は、前年の68回を上回る105回を記録した(速報値)。  また、空の窓口である那覇空港には、県内を除く国内23路線、海外10路線と県内の離島とを結ぶ6路線が就航し(2016年3月時点)、沖縄県内の拠点となっている。外国人旅行者数の増加に伴い、2010年度頃より国際線の発着回数も増加しており、2014年度には新たに3路線が就航し、3路線が増便となった。そのため、2014年1月に第二滑走路の建設が開始され、受入れ体制の拡大に取り組んでいる(2020年3月の供用開始予定)。  海に囲まれた沖縄県において、観光振興とインフラ整備は緊密な関係にあると言えよう。 ■境港(鳥取県)  境港は日本古来の歴史・文化を受け継ぐ自然豊かな山陰地方に位置しており、古くから大陸貿易の拠点港として交易が盛んである。背後には出雲大社をはじめ、多くの史跡が存在しており、温泉や「ゲゲゲの鬼太郎」等のまんが・アニメの文化等多彩な観光資源にも恵まれ、境港は地域の交流拠点として期待が寄せられている。  境港では、2009年の国際フェリーの就航や、大型クルーズ船の寄港数増加により外国人旅行者数が急増しており(図表3-1-24)、現在、大型クルーズ船の更なる寄港数増加に対応するため、受け入れ環境の整備にも取り組んでいる。また、境港管理組合により、行政や観光関係者、事業者向けに勉強会を開催するなど、官民協働による人流・物流の拠点としての港機能のあり方、港を核とした賑わいづくりの方策の検討が行われている。 図表3-1-24 境港へのクルーズ船寄港回数  また、山陰自動車道の開通により、クルーズ船による効果が県内広域に広がっている。クルーズ客船ツアーでは、おおむね片道90分以内、かつ短時間で多数のスポットを周遊できるものが好まれており、山陰自動車道の開通で、90分圏内で行くことのできる観光スポットが増え、2011年度にはなかった鳥取県中東部方面へのツアーが2014年度は4本企画されている。 図表3-1-25 境港と山陰自動車道の整備効果  以上のように、今後も境港を中心とした受入れ体制の整備と、県内全域に波及効果が及ぶ体制づくりが期待される。 (各地のインフラを活用した魅力ある旅の提案) ■瀬戸内しまなみ海道(愛媛県、広島県)  瀬戸内しまなみ海道は、瀬戸内海の大小の9つの島を通り、広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ。島の間に架かる橋には原動機付自転車及び自転車通行空間が併設され、国内外からサイクリングの愛好家が訪れている。  両県では、サイクリングによる観光振興を進めており、自転車に優しいインフラが多数整備されている。メインとなるサイクリングコースの道路には「ブルーライン」と呼ばれる青い線や目的地表示が設置され、サイクリストは地図を持たなくても目的地まで移動することができる。また、自転車の持ち込みが可能なサイクルトレインやサイクルバスが整備されたほか、各島を結ぶ渡船では自転車の乗船料を低額に抑えるなど、自転車とともに自由に移動し、様々なコース設定ができるようになっている。  周辺施設も整備され、レンタサイクル施設や、故障時の修理サービスも各地に設置されている。海道沿いのコンビニや商店は休憩のできる「サイクルオアシス」として、サイクルスタンドを設置し、自転車の整備や給水等を行いながら地元の人たちと触れ合うことができる施設となっている。また、愛媛・広島両県では、条例が改正され、しまなみ海道をはじめとする一般道路において2人乗りタンデム自転車の走行が可能となっている。 図表3-1-26 瀬戸内しまなみ海道  本州四国連絡高速道路(株)が、地元の民間企業等の協力を得て、2014年7月より瀬戸内しまなみ海道の自転車通行料金の無料化を行うとともに、更なるサイクリングの普及に向けて同年10月には国際サイクリング大会「サイクリングしまなみ」が開催された(図表3-1-27)。国内で唯一供用中の高速道路を走行できるという話題性と、10種類の多彩なコース設定により、国内外より7,281名が参加した。海外からも31の国と地域から525名が参加し、大会開催を通じて、愛媛・広島両県では約15億円の経済効果注65が生じている。こうした取組みにより、2014年度の瀬戸内しまなみ海道で利用されたレンタサイクルは前年度比42%増と大きく増加しており(図表3-1-28)、瀬戸内しまなみ海道の周辺地域でも、観光施設や宿泊施設の需要が増えるなど、徐々に経済効果が波及している。 図表3-1-27 国際サイクリング大会の「サイクリングしまなみ」 図表3-1-28 瀬戸内しまなみ海道レンタサイクルの利用実績  愛媛県では、四国全域でのサイクリングの普及にも取り組んでおり、今後も地域の景観とインフラを活かした観光振興が期待される。 ■隅田川の川下り(東京都)  2020年の東京オリンピック開催等も契機に、近年、川を利用した観光振興(クルーズ観光)が注目されている。東京都を流れる隅田川は、東京駅や銀座、築地、秋葉原、浅草といった外国人旅行者からも人気の高い観光地に囲まれ、高いポテンシャルを有している。しかし、隅田川両岸の多くは防災を目的とした高い堤防が設置されているため、水上からは一部の街並みを望むことしかできず、景観面で魅力的とは言えなかった。  そこで、隅田川で水上バスを運営する東京都観光汽船(株)は、船そのものをアミューズメント化することを検討し、「銀河鉄道999」等の作品で知られる漫画家の松本零士氏がプロデュースした旅客船「HIMICO(ヒミコ)」と「HOTALUNA(ホタルナ)」を導入した(図表3-1-32)。両旅客船の特徴的な形状は、国内外から注目を集めるとともに、乗船時には広い窓とガラス張りの天井から隅田川にかかる橋を真下から眺めることができる。欧州からの取材でも取り上げられ、欧州のアニメファン等、外国人旅行者が訪れている。 図表3-1-32 水上バス「ホタルナ」  また、東京都は水上利用の拡大に取り組んでいる。2015年の11月から12月にかけて、墨田区、大田区や船会社等と連携し、都民や旅行業者向けに複数の水上無料ツアーを開催した。国際会議等のMICE注66誘致でも、開催に関わる企業に水上から東京湾沿いの展示場や商業施設を見学してもらい、MICE誘致をアピールしている。災害用の船着き場の増設や民間開放の拡大も検討しており、今後も河川を利用した観光の振興が期待される。  以上のように、インバウンド観光を推進するに当たり、受入れ体制を整備し、地方へ外国人旅行者を誘致する取組みは重要である。また、地域資源である各種のインフラを活かし、多様化するインバウンドの興味を引きつけていくことが重要である。 注64 アジアの8地域(韓国、中国、台湾、香港、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア)の20〜59歳の男女で海外旅行経験者を対象としたインターネット調査。有効回答者数は各国500名程度の計4,111件(中国は北京および上海在住者のみ対象とし、割合は北京50%、上海50%)。 注65 愛媛県資料より記載。 注66 MICEとは企業会議(Meeting)、企業の報奨・研修旅行(Incentive)、国際会議(Convention)、展示会・イベント(Exhibition/Event)の総称。