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国土交通白書 2023

第2節 新しい暮らしと社会の姿

インタビュー デジタル化によりもたらされるセルフマネジメント型の暮らし

(東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授 西山圭太氏)
(東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授 西山圭太氏)

 デジタル化による新しい暮らしを見据えて、一人ひとりのライフスタイルに合ったデジタル活用が図られることが期待される。国土審議会計画部会の有識者委員であり、これまでデジタル化の推進に取り組まれてきた西山氏に、デジタル化の特性を踏まえつつ、デジタル化のプロセスやもたらされる効果についてお話を伺った。

●デジタル化によりもたらされるセルフマネジメント型の暮らし

 デジタル化は多面的な効果をもたらすものである。一つには、ソフトウェアはハードウェアと異なり構成を瞬時に変更できる。そのため、デジタル化の進展により、サービス内容の多様性と自由度が高まり、利用者の個々の状況に応じた「カスタマイゼーション」が可能となる。また、利用者の裁量の余地が高まることで、消費者としてのサービスの利用という局面に限らず、例えば働き方でも「セルフマネジメント」の形態へと移行する点に着目すべきだと思う。コロナ禍を通じてオンライン化に伴う変化が強調されるが、デジタル化がもたらしたセルフマネジメントの視点、平たく表現すると、自分の取り組みたい時に取り組みたいことを好みの場所で実施できるという形態にこそ、一層目を向けるべきだと考えている。

 例えば、研修について、対面での実施から、デジタル活用によりオンライン配信へと変更した場合、予め決められた時間・場所に研修生が一堂に会する必要がなくなる。それは、研修生の位置する場所と研修所が離れることが可能だという「オンライン」の効果もあるが、それだけではない。研修生は、自宅や勤務先など場所を選ばず、手の空いた時間など好みのタイミングで、聞きたい研修の自分にとって大事な部分だけを学習することができる。また、人によって理解度は異なるが、個人の学習進度に応じて繰り返し研修を視聴できるなど、カスタマイズが可能となる。つまりは、いつ、どこで、どのように研修を受講するかは研修生に委ねられ、個々人のセルフマネジメントの力が試されることにもなる。

●「分ける」から「兼ねる」へ

 デジタル化は、これまでの「分ける」機能を、「兼ねる」方向へと変化させ得るものである。共通の仕組みやツールを個々人がカスタマイズすることで様々なことへ応用でき、複数のサービスが同じプラットフォーム上で提供されることとなり、分野の異なるサービスが「兼ねる」形に変化していく、これを可能とするのもデジタル化だと考えている。

 例えば、交通分野では、ダイナミックルーティングというAI技術を用いた新たな仕組みがある。従来型の路線バスは、決まった時間・決まった場所に運行するものであるが、ダイナミックルーティングは、通勤・通学、買い物・通院など行先に応じ、乗車する時間帯も含めて乗客の需要に合わせてルートを変えながらバスを運行するものである。また、同じバスで宅配便の集荷などもできるようになると、路線バス、病院の送迎バス、スクールバス、さらには乗客と貨物の輸送とを別々に「分けて」運営する形から、これらサービスを「兼ねる」形に変えていくことが可能となる。これは、オンライン化という領域を超え、一つの仕組みで分野の異なる様々なサービスがカスタマイズされた形で提供可能となり、分けて経営するより場合によって収支が向上し、ユーザーの利便性も高まるといった多面的な効果が期待できる点が重要である。特に人手不足と人口減少に直面する地域では、「兼ねる」アプローチが必須であり、デジタル技術はそれを支えるものである。

●利用者ニーズの吸い上げがポイント

 デジタル化の本質であるカスタマイズは、利用者のニーズに基づいて形作られていくものである。また、デジタル化は先行者に有利である。それは最適を求めて時間をかけて作り込むよりも、まずサービスの提供を始めて、利用者ニーズを踏まえた試行錯誤を繰り返した方が、早く・良いサービスの質に到達できるからである。一旦フォロアーになると、先行者にはサービスの質の面で追いつくのが難しくなる。

 国土交通分野では、例えばスマートシティの取組みにおいて大事なのは、データ連携そのものではなく、それを利用したサービスの柔軟な創造と組み替えである。その方向性を決めるのはあくまでも住民の声であり、それを効率的に吸い上げる仕組みもまたデジタル技術の活用で作ることができる。提供者の視点だけでサービスの内容を考えて、データ提供の同意を利用者に求めるというアプローチに陥らないよう注意すべきである。

●アジャイルに取り組むべき

 DXはデジタル技術を使って何かをトランスフォーメーション(変革)するものであり、今までの仕事の仕方を変えなければ意味がなく、これまでの仕事にアドオン(新規追加)すべきものではない。今までの取組みを大きく変えるためには、ビフォアとアフターを常に意識すべきで、必ず不要なビフォアを廃止することが伴うべきである。

 また、デジタル化による新たな取組みの結果は、実装して検証してみないと明らかにならない部分が多い。そのため、デジタル化は、実験的に進めていくことが求められるが、日本ではなかなかそうならない。日本の職場等における意思決定の際には、何かを始める前に結果が完全に予測できること、そのために十分時間をかけることを求められることが多いと思う。しかし、大まかな仮説を立ててまず取り組み、修正を繰り返すことで、今よりも良い状態に短期間で到達できると発想することが、デジタル化を進めるということである。

 デジタルのよさは、ソフトウェアのため修正が容易で、明日から全く違うようにできる点であり、先述のダイナミックルーティングの例でいえば、ハードウェアであるバス自体を製造し直すことは大変だが、利用者のデマンドを汲み取るソフトウェアは、書き直してアップデートさえ行えば、瞬時に修正・実装することができる。アジャイルに進めることは、トータルなリスクとミスを減らすことにつながる、と考える点も重要である。

●デジタル化をより広い視点から捉えるべき

 デジタル化は、一面ではGAFAに代表されるプラットフォーマーにより仕組みが単一化・共通化されるという集中が進みがちな一方で、共通の仕組みを個々人が自分に合った方法で使うセルフマネジメントの実現を通じて、分散と個性化が進む側面もある。例えば住むところと仕事の場所が離れてもいい、住む場所や働く時間が選べるようになることだ。この二面性に、デジタル化の面白さがあると思う。

 国土交通行政では、国土形成計画の大きな方向性として、以前から集中型か分散型かという議論が主軸で、この10年でいけばネットワーク化の概念が示されている。これからの時代には、ネットワーク化のさらに先の世界、つまり集中と分散の両面をもった世界、重層的な世界を構想するというアプローチが必要だと考える。コロナ禍を通じ、テレワークができるなどオンライン化の議論が進んだが、国土交通行政では、サービスやインフラの変革や、国土の重層的な理解など、より広い視点からデジタル化を捉え、国民に伝えていくことが重要であると考えている。