平成元年度 運輸白書

第1章 利用者をめぐる環境の変化と運輸の課題

第1章 利用者をめぐる環境の変化と運輸の課題


この章のポイント

○ 生活水準の向上に伴い国民の二ーズが高度化・多様化する一方、大都市圏では人口や諸機能の集中が一層進むなど利用者をめぐる環境は大きく変化しており、それに伴い交通機関に対して一層の高速性や快適性が求められ、特に大都市圏においては通勤通学問題や住宅問題の解決についての関心が高まってきている。
○ 多極分散型国土を形成し、地域経済社会の均衡ある発展の基盤を築き、国民の幅広い交流活動の拡大を支える幹線高速交通ネットワークの整備が必要となっている。このため、新幹線、高速道路、空港等の高速交通施設の整備を進めるほか、これらに関し一層高速化するための技術的改良を加えることはもとより、超電導磁気浮上式鉄道、新形式超高速船等の新しい運輸技術の開発を図っている。
○ 激しい混雑と通勤通学の長時間化に悩む大都市圏の住民が快適に通勤通学できるようにするため、都市鉄道については、新線建設、複々線化等の抜本的な輸送力増強のための整備、列車の増発・長編成化、スピードアップ等既存の施設の活用を進めるほか、大量の住宅地の供給に資する鉄道整備の具体化、新幹線通勤の促進等を図っている。
○ 国民の生活意識が変化していくなかで、生活時間が変化し、それに伴い交通需要にも変化のきざしがみえ、また、価値観の多様化が進展していくなかで、生活の質的向上が重視されるようになり、自由時間の一層の充実が求められるようになってきている。このため運輸においては、深夜輸送力の拡充、冷房化等アメニティの改善、観光レクリエーション活動の促進等を図っている。


第1節 利用者をめぐる環境の変化


 このところの景気の力強い上昇の下、所得水準が着実に向上し、円高等の影響もあって一人当たりの国民所得は世界の最高水準に達するなど〔1−1−1図〕、我が国経済は順調な拡大を続けており、昭和40年代前半の「いざなぎ景気」以来の大型景気の中にある。
 こうした中、物価が引き続き安定的に推移していることもあって〔1−1−2図〕、家計にゆとりが生じ、また、円高に伴う輸入品価格の低下等により輸入品の消費が増大し、消費選択対象が増加したことや、消費者が積極的に毎日の生活を充実させようと意識するようになるなど〔1−1−3図〕、消費の多極文化や構造変化が進んでいる。
 また、我が国経済社会が国際化し、海外との関係が緊密化するにつれ、国際取引に伴う深夜労働の増加やフレックスタイム制(注)の導入など勤務形態に変化がみられたり、休日の増加に伴い自由時間の活動を重視し、精神面でゆとりや充実を求め、自分の価値観にあった個性的な過ごし方を求める傾向がみられるなど、ライフスタイルにも変化が生じてきている。
 このような状況のもとで、物質的な要求はほぼ充たされ、国民は、かつてない消費文明を謳歌しているように見受けられるが、実際の生活面では豊かさを実感するほど充たされておらず、我が国の経済力の高さに比較し、国民の充足感は必ずしも高いとはいえない状態にある〔1−1−4図〕

(注) 出社・退社時刻を就業者の決定にまかせる勤務体制。例えば、一日の勤務時間八時間のうち午前十時から午後三時までをコアタイム(核時間)とし、就労者全員が勤務し、出社・退社の時刻はおのおの自由に決めるといった体制である。

 この背景には、生活水準の向上に伴い、国民の価値観も多様化し、量から質へ、物の豊かさから心の豊かさへと重点が変化し〔1−1−5図〕、それに基づくニーズも個人生活尊重、レジャー活動の重視、生涯学習志向の増大等、高度化・多様化しているにもかかわらず、住環境や生活を取り巻く諸条件がこれらのニーズの変化に十分対応していないことがあると考えられる。

 また、国際社会における我が国の地位が飛躍的に向上し、金融、情報等の各分野において国際的に重要な地位を占めるまでに至っていることに伴い、大都市圏、特に東京圏へ中枢管理機能や情報・文化機能等の高次都市機能が集中し、国土構造の面でも歪みが顕在化している。
 一方、国民、特にこれら機能の整備が遅れている地方の在住者によるこれら諸機能への接近又はこれらの利用を容易にするとともに、地域を超えた幅広い交流活動の活性化を支え、かつ、これら諸機能や経済活動を適切に地方に分散させるための幹線高速交通ネットワークの整備は、十分な水準に達していない。
 また、東京圏を中心とした地価高騰は〔1−1−6表〕、資産価値を大きく増加させる一方、住宅をこれから取得しようとする非持家世帯や若年層に、住宅取得能力を低下させるなど深刻な打撃を与えるとともに、生活に対する不満を生じさせたり〔1−1−7図〕、働きがいの喪失を引き起こす可能性もある。さらにこのような状況のもとで、大都市圏への諸機能の集中は、激しい混雑に耐えながらの長時間の通勤通学を強いたり、慢性的な交通渋滞を生じさせるなどの大都市交通問題を引き起こしている。これは、大都市圏においては、地価の高騰等新たな交通施設の整備を著しく困難にする制約等があることから、巨大に膨れ上がった交通需要に交通施設の整備が追い付かない状況にあるためである。
 なお、これとは裏腹に、地方の過疎地等においてはマイカーの普及もあり、鉄道やバスのような公共交通機関の維持運営が困難となっている。
 このように、国民の意識や国民を取り巻く環境は大きく変化しており、交通機関に対して一層の高速性や快適性が要求されるようになる一方、特に大都市圏においては通勤通学問題や住宅問題の解決についての関心が高まってきている。また、一方では、生活時間の変化の兆しや、生活の質的向上を目指して自由時間を充実させようという傾向は、運輸に対して、新たな発想に基づくニューサービスの提供など、迅速かつきめ細かな対応を求めており、解決すべき課題は山積している。



平成元年度

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