平成元年度 運輸白書

第1章 利用者をめぐる環境の変化と運輸の課題

第3節 大都市交通問題と運輸の課題

 大都市圏に業務機能、中枢管理機能等の高次都市機能の集中が一層進み、それに伴い人口集中がますます進行していくなかで、地価の高騰や居住水準の低下など生活環境の悪化が顕著になってきた。
 このような状況のもとで、大都市圏においては、地価の高騰等新たな交通施設の整備を著しく困難にする制約等があることから、巨大に膨れ上がった交通需要に交通施設の整備が追い付かない状況にある。このため、大都市圏におけるサラリーマン、OL、学生等は、その多くが激しい混雑に耐えながら長時間の通勤通学を強いられているほか〔1−1−10図〕、道路交通については、慢性的な交通渋滞が生じるなどの交通問題がますます顕著になり、都市機能の維持や良好な住環境の形成が難しくなりつつある。
 さらに、大都市圏における平均的なサラリーマンが通常の所得の範囲内で、通勤通学に便利でゆとりある住宅を取得することは困難な状況にあり、近年、住宅地が遠隔地化しており、それに伴い通勤通学時間がますます長くなる傾向にある〔1−1−11図〕
 このような交通問題を抱えている大都市圏の住民が豊かさを実感できるような生活を実現するためには、まず、快適に通勤通学できるようにすることが必要である。このため、都市鉄道については、新線建設、複々線化、既存の貨物線を活用した通勤ルートの新設等の抜本的な輸送力増強のための整備を促進することが大きな課題となっている。
 しかし、このような抜本的な都市鉄道の整備は、地価高騰等により建設費の増大や用地確保が一層困難になってきていることなどにより、長い期間と巨額の投資が必要となっており、その上、利用可能な道路下等の公共用地の地下空間も少なくなりつつあり、都市鉄道整備を取り巻く環境は一段と厳しいものとなっている。
 このため、列車の増発・長編成化、スピードアップ等既存の施設を最大限活用することにより可能な種々な対策について検討していくとともに、現在、未利用となっている大深度の地下を利用した鉄道建設についても検討する必要があろう。さらに、居住地から業務集積地への到達利便性の向上を図り、通勤通学に便利な大量の住宅地の供給に資するための鉄道整備等の施策を新しい発想のもと、新たな手法を導入して推進する必要に迫られている。
 同時に、道路交通についても、多くの人々に利用されている公共交通機関であるバスの定時性の確保や、慢性的な渋滞に伴う交通事故の発生を軽減するためにも、速やかな問題の解決が求められている。

    1 通勤通学対策
    2 道路交通混雑問題への対応


1 通勤通学対策
(1) 都市鉄道の整備
(ア) 都市鉄道の整備促進
 大都市圏における通勤通学問題は早急に解決すべき問題であるが、都市鉄道の整備には膨大な費用を要し、鉄道事業者自らの資金負担のみではなかなか整備が進まないという実態に鑑み、地下鉄やニュータウン鉄道の整備等に対する補助、開銀の出融資、日本鉄道建設公団によるCD線方式(JR線)・P線方式(民鉄線)(注)等従来からの助成策に加え、昭和61年からの運賃収入の一部を非課税で積み立て、それを工事資金に充てることができる特定都市鉄道整備積み立て金制度による整備促進策を講じてきたところである。しかしながら、前述の鉄道整備を取り巻く環境の厳しさに加え、厳しい国の財政事情等の制約もあり、これらの措置を講じてもなかなか整備が進まないのが実情であり、今後の検討課題となっている。

(注) CD線方式・P線方式
 大都市交通等の整備を推進するため, 日本鉄道建設公団によるJR線又は民鉄線の建設に対し, その金利について一定の補助を行う方式。

(イ) 混雑問題解決に向けての種々の対策
 通勤通学問題は一刻の猶予も許されない緊急に解決を図るべき課題であることから、新線建設、複々線化等の抜本的な輸送力増強のための都市鉄道の整備の促進とともに、最近の技術進歩を踏まえ、既存の施設を最大限活用して少しでもゆったりとした、そしてスピーディーな通勤通学ができるような以下の対策についても総合的に検討を加えてこれを推進していく必要がある。
 (列車本数の増加とピーク・オフピーク時での変化への対応)
 著しい混雑を緩和するための手段としては、列車本数を増加することが重要であるが、ラッシュ時においては、現状のままで列車本数を増加することは困難な状況にあるので、新しい信号保安システムの導入等により現在限度となっている運転間隔をさらに短縮すること等、列車本数を増加させることが必要である。
 また、大都市圏の通勤通学路線は遠距離通勤通学者が多数利用するもの、路線延長が短く乗車時間が短いもの、特定の区間だけ混雑が著しいもの等様々な特徴を有している。このため、路線の特徴を考慮した車両編成や、ピーク時とオフピーク時で車両編成を変更する等の工夫を加える必要がある。
 (駅部の改良)
 運転間隔が短縮され、一度に大量の旅客が乗降するようなターミナル駅や都心駅では、駅施設の対応能力が不足しているものが見受けられる。このため、駅ホームの拡幅、常時特定の車両のみが混雑する現象を解消するための出入り口の増設等の抜本的対策を講じるほか、乗客の安全に配慮したエスカレーター速度の向上による乗換え駅のホームでの滞留の解消、自動改札機の導入にあわせた改札口の増設等駅の対応能力を向上させる必要がある。
 (通勤通学時間の短縮)
 大都市中心部の地価高騰等により通勤通学の遠距離化傾向はますます強まっており、通勤通学に要する時間も増加している。そのため、列車のスピードを向上させ、少しでも通勤通学時間を短縮することが重要な課題となってきている。このため、曲線走行速度、加減速度、ブレーキ性能を向上させた新形式車両の導入等によるスピードアップ、専用ダイヤ(注)の考え方を一部導入した通勤快速列車の新設によるスピードアップ等を図るほか、前述の駅部の改良による乗換え時間の短縮等を図る必要がある。

注)専用ダイヤとは、列車本数の増加と表定速度の向上を図るため、停車回数を減らすこと等により数本の列車をあたかも一つの束のごとく走行させるダイヤである。

(2) 宅地開発と一体となった鉄道の整備
 通勤通学に便利な住宅地の取得が困難となっていることから、大量の住宅地の供給に資するとともに、居住地から業務集積地への到達利便性の向上を図るための鉄道整備が重要な政策課題となっている。
 現在、大都市圏には、大量の住宅地の供給が可能と考えられている地域が少なからず残されているが、これらの地域は、通勤通学のための鉄道が十分に整備されていない状況にある。そこで、大都市圏における住宅・土地問題を抜本的に解決し、同時に通勤通学問題を解決するためには、都心と郊外を結び、将来における住宅地の大量供給と沿線人口の増大を前提とした新線建設を行うことが重要である。
 しかし、このような都心と郊外を結ぶ沿線の開発による人口の増大を前提とした鉄道は、巨額の建設費を要するのみならず、宅地開発の初期の段階では旅客輸送需要が少なく、また、その熟成にも相当の年月を要するので、鉄道経営の採算性についての困難さ、あるいは不確定な要素が大きく、鉄道事業者のみの力による整備が難しい状況にある。
 このため、沿線の宅地開発と鉄道新線整備の整合性をとって一体的に推進するための特別措置を講ずることにより、大量の住宅地の円滑な供給と新たな鉄道の着実な整備を図ることを目的とした「大都市地域における宅地開発及び鉄道整備の一体的推進に関する特別措置法」が平成元年6月に制定された。
 本法の概要は、〔1−1−12図〕のとおりである。当面の適用対象プロジェクトとしては、都心と筑波研究学園都市を結ぶ常磐新線が考えられており、現在、関係する1都3県をはじめとする関係者間でその具体化に向けての検討を進めているところである。
(3) 新幹線通勤の促進
 従来の在来線による通勤圏とされる都心から約50km圏内に、平均的なサラリーマンが通常の所得の範囲内で住宅を取得することは、困難な状況になっている。こうした事情から、例えば都心から100km以上離れた宇都宮、高崎、三島等の新幹線停車駅周辺に一戸建て住宅を取得し、通勤用新幹線定期券(フレックス)を利用して都心の勤務地に通う新しい通勤形態が最近顕著な拡大傾向を示している〔1−1−13図〕
 新幹線を利用すれば、通勤利用時間を在来線利用の場合の半分以下に短縮でき、通勤可能圏が地価の比較的低水準な地域へ飛躍的に拡大することから〔1−1−14図〕、現下の厳しい住宅事情に悩む大都市勤労者にとっては、今後とも新幹線通勤が環境に恵まれた良質なマイホームを確保するための有効な一手段となることが見込まれる。
 このような状況の下で、平成元年度税制改正では、昭和64年1月1日以降の通勤手当の非課税限度額が月額26,000円から50,000円に引き上げられ、遠距離通勤者の経済的負担の軽減が図られることとなったほか、さらに、現在、東日本旅客鉄道において、東北・上越両新幹線についてより低廉な新幹線定期券を発行することを検討しているところである。運輸省としては、これらの対策の効果や新幹線輸送の実態等を踏まえ、今後さらに新幹線通勤者の利便性向上のための施策を講じていくこととしている。
(4) 需要の平準化
 これまで述べたような都市鉄道の整備等のほかに、ピーク時の混雑を解消する抜本的方策としては、特定の時間に集中する需要を分散させる方策が有効である〔1−1−15図〕
 そこで、通勤者の出勤時間が企業の始業時間に左右されることに鑑み、従来から企業等に対して時差出勤の呼び掛けを行ってきたところであるが、結果的にピーク時の需要を十分平準化するまでには至っていない。従って、企業や利用者等に何らかのインセンティブを与えることにより時差出勤を促進することが有効であると考えられる。しかし、これは企業や利用者等の十分な理解とコンセンサスが得られて初めて成り立つものであり、さらに、公平性の確保、実効可能性等の種々の解決しなければならない問題があるので、時差出勤の促進策について十分検討を重ねることが必要であろう。

2 道路交通混雑問題への対応
 大都市圏への人口集中、機能の集積が進むにつれて、自動車保有台数は年々増加し、自動車交通量も年々増え続けている。一方、地価の高騰、環境保全の要請などから、大都市での道路整備は進んでいない。このため道路交通混雑はますます激しくなってきており、この結果、公共交通機関であるバスの定時性を保つことが困難な状況になったり、タクシーが拾いにくくなったりと様々な問題を生じさせている。
 この様な道路交通混雑問題を解決するためには、大都市圏における自動車交通量のウエイトに対応した道路整備等の交通容量を増大させるための対策や、道路交通需要を軽減させるための対策について、関係省庁が一体となって取り組む必要があり、昭和63年7月28日、政府の交通対策本部において「大都市における道路交通円滑化対策について」が決定された。
 運輸省でも、この決定に基づき、交通円滑化に関する調査研究も含め、次のような施策を講じている。
(a) 高速道路について、混雑区間の渋滞緩和に資する環状道路などの早期整備、混雑区間の拡幅、出路(オフランプ)の増設を促進するとともに、サービス施設等の充実に努めること。
(b) 道路交通容量の増大対策として、踏切遮断機の遮断時間の適正化、踏切道の連続立体交差化などの踏切対策を推進していくこと。
(c) 道路交通需要軽減策として鉄道新線建設、複々線化などによる都市鉄道の整備に加え、都市新バスの導入促進などによる公共交通機関のサービス向上、物流施設の整備や共同輸送の促進による貨物輸送の合理化などを図るための所要の施策を推進していくこと。



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