平成元年度 運輸白書

第1章 利用者をめぐる環境の変化と運輸の課題

第4節 国民の生活意識の変化と運輸の課題

 国民の物質的欲求が量的にはほぼ満足される状況に至っている現在、国民の生活意識の変化、価値観の多様化が進展しつつあり、高級品の消費や自由時間活動を通じて心の豊かさを実感するといったことが生活面で重視されるようになってきている。
 これを、仕事と余暇に対する意識調査でみてみると〔1−1−16図〕、最近では、従来の仕事指向から余暇指向ないしは仕事・余暇両立指向へと移り変わってきており、自由時間を重視する傾向が強まっていることがわかる。また、家計支出でこれから重点をかけたいものとして、レジャー・旅行費、趣味・教養費を選択する人の割合が比較的多くなってきていることや〔1−1−17図〕、余暇の過ごし方として、将来は「知識を身に付けたり、心を豊かにする」ために費やしたいと考えている人が多いこと〔1−1−18表〕などから、自由時間を積極的に過ごしたいという考え方も増えていることがうかがえる。
 一方、我が国経済社会が国際化するにつれ、海外との関係が緊密化しており、国際取引に伴う深夜労働の増加やフレックス・タイム制の導入、内外からの働き過ぎ批判などに対応した週休2日制の普及〔1−1−19図〕等の動きから、勤務形態が変化しつつある。
 こうした動きは、国民の生活時間を変化させ、それが交通需要を変化させるという形で運輸に影響を与えている。例えば、大都市圏を中心に生じている深夜労働の増加、勤務終了後の行動様式の多様化、長時間化、若者の行動時間の夜型化等の変化は、夜間、深夜における交通需要を増大させ、過去あまりなかった夜間の混雑を引き起こしている。また、昼間の交通需要についても、主婦層の文化・スポーツ活動への積極的参加〔1−1−20表〕等により変化のきざしがみえる。
 また、生活の質的向上を求める動きの中で、交通機関に対する冷房化率の向上等のアニメティの改善要求が強まっており、運輸はこうした国民の生活時間の変化や生活意識の変化に的確に対応していく必要がある。
 さらに、国民が生活の質的向上を重視するようになり、自由時間の一層の充実が求められるようになってきている。これに対応し、観光に対する需要は、従来の遊覧指向から自然指向、スポーツ指向など多様化してきている。
 その内容も名所、旧跡を見て歩くなどの「みる観光」からスポーツ、レクリエーション活動をしたり、郷土色豊かな工芸品作りに参加するなど「する観光」へ変化しており、能動的に参加・活動する傾向が顕著になってきている。また、旅行の形態も旅行の小グループ化、家族単位や高齢者の旅行の増加、長期滞在型旅行の増加などの傾向を強め、さらに、最近クルーズ客船やデラックス寝台車等による旅行が注目を浴びているように、旅行の過程を楽しむという傾向もみられる。
 観光レクリエーション活動は、自由時間を充実するための一つの大きな受け皿となっており、今後、週休2日制の普及に伴い自由時間がさらに増える傾向にあるので、このような新しいニーズに対応し、質、量の両面にわたり自由時間の充実を図るための観光レクリエーション施策を積極的に推進していく必要がある。また、同時に、欧米先進国に比べてまだまだ長い我が国の労働時間〔1−1−21図〕を短縮し、自由時間を増大させる努力も引き続き求められている。

    1 生活時間の変化に対応する運輸
    2 アメニティの改善
    3 自由時間の充実のための運輸の課題


1 生活時間の変化に対応する運輸
 (生活時間の変化の実態)
 生活意識の変化や価値観の多様化を背景として、国民の生活時間は大きく変化している。
 国民生活時間調査(NHK放送文化調査研究所)による国民の生活行動別の時間長を時系列的にみると〔1−1−22図〕、週休2日制の普及と所定内労働時間が横ばいあるいは減少するなかで〔1−1−23図〕、勤め人の平均の仕事時間は、50年以降緩やかな増加傾向を続けている。これは、総労働時間があまり減少していないことを意味し、残業時間が増加しているものと考えられる。この残業時間の増加は、仕事時間の深夜化となって、生活時間の変化を引き起こしている。一方、家庭婦人の平日の自宅外での余暇時間は、55年から60年にかけて大きく増加してきており、主婦層が昼間に文化・スポーツ活動等へ積極的に参加しているものと考えられる。
 また、東京圏、大阪圏の企業に勤める社員を対象として、平成元年8月に(財)運輸経済研究センターが行ったアンケート調査によると、通常の退社時刻は大半の人が午後5時半から7時半までの間となっているが、約20%の人は週1回以上午後10時以降の深夜退社をしている。また、出社前あるいは退社後にスポーツ施設やカルチャーセンター等に通っている人は〔1−1−24図〕、現状ではそれほど多くないが、今後の意向として、過半数の人が退社後の活動について機会を増やしたいと考えている。さらに、これらの社員に早朝・深夜の交通面での問題点を聞いたところ、鉄道については「運行頻度が少ない」、「終発が早い」、バスについては「運行頻度が少ない」、「始発が遅い」、「終発が早い」ということをあげている。
 (生活時間の変化への対応)
 生活時間の変化に伴い夜間及び深夜の輸送力の増強が求められているが、夜間輸送力の増強は、鉄道・バスとも要員増等によるコストアップの問題はあるものの既存の設備で可能であり、今後積極的な改善が期待されるところである。
 現在、鉄道については、終電時間の繰り下げが少しずつ行われてきているが、保守時間と裏腹の関係にあるため大幅な繰り下げは難しいので、当面、終電後の輸送手段の確保については鉄道の代わりに深夜バス等を積極的に活用することが有効であろう。
 東京圏においては、既に、各方面の主要鉄道駅から主に団地行きの深夜バスや乗合タクシーの運行が普及しており、最近の動きとして、都心と郊外とを結ぶ長距離の路線(渋谷駅〜青葉台駅(横浜市)間(26.3km)のミッドナイトアロー)や都心の駅間を結ぶ路線(新橋駅〜六本木駅〜渋谷駅間など)の深夜バスの運行、また、都心のターミナル駅から近郊市街地を結ぶ都心型乗合タクシーの運行が行われるようになってきた。
 さらに、生活時間の変化を反映して、一日のうちでは早朝・昼間、また、一週間のうちでは週末の交通需要にも変化の兆しが現れつつあるが、例えば、大都市圏の鉄道における昼間時の列車の増発、快速運転化、土曜日専用ダイヤの導入、一方、地方都市でも昼間帯に毎定時に発車する覚えやすい列車ダイヤの新設や増発など、生活時間の変化に対応する種々の方策が講じられている〔1−1−25表〕

2 アメニティの改善
 豊かさを実感できるような生活の質的向上を求める動きのなかで、交通機関に対しても快適性や安らぎを求める傾向が強まっており、次のような対応が求められる。
 (鉄道車両の冷房化の推進)
 鉄道車両の冷房化の推進は、快適性の普及としては基本的なものであり、冷房車の導入の普及を図るとともに、最新のエレクトロニクス技術の成果を取り入れたきめ細かな温湿度の管理や、弱冷房車の導入等の工夫を加え、利用者の多様なニーズに対応した快適な冷房の実現を図っていくことが重要である。
 (全員着席列車の導入)
 遠距離通勤者が増加している最近の傾向に鑑み、一般車両の混雑状況にも配慮しつつ、夜間輸送を中心に追加料金の支払いにより着席できる全員着席列車の積極的な導入を図ることが望まれている。
 (バス車両の快適化)
 鉄道車両と同様に、バス車両においても冷房化の推進は重要であり、その他、低床、広ドア、大型窓、座席間隔の拡幅、快適な乗り心地の確保のための車両のエアサスペンション化やオートマチック車の拡充についても、利用者ニーズや路線の特性等を踏まえつつ検討を行う必要があろう。
 (駅施設等の改善)
 駅の構内についても快適性が求められており、前述の(財)運輸経済研究センターのアンケート調査でも、通勤時等における鉄道利用上の問題点として、駅のホームや電車内に公衆電話が無いということや、駅のベンチが不十分等の快適性に問題があるという指摘があり、このような駅構内の施設等の改善も必要であろう。さらに、ホームの屋根やエスカレーター等の整備に努めるとともに、車椅子通路や身障者用トイレ等の整備も必要であろう。
 また、バス停におけるバス待ちのイライラを解消させるため、バスロケーションシステム(注)の整備による停留所におけるバスの接近表示を行うことも必要である。
 なお、現在、首都圏を含む各地方において車両の快適化等のニーズに対する対応として〔1−1−26表〕のような種々の方策が講じられている。
 (物流面での利用者ニーズの多用化への対応)
 宅配便、引越輸送においては、消費者ニーズの多様化・個性化に応じたサービスの提供が行われている。
 現在、宅配便事業者等が行っている全国各地の名産品や産地から直接消費者に届ける産地直送便は、新鮮なもの、珍しいものなどを現地まで買物に出かけることなく入手できることから、最近急成長している。また、最近、書籍宅配サービスが脚光をあび、売上げも高い伸びを示しており、今後の成長分野と考えられる。
 この他、一部の宅配便事業者は、共働き夫婦の増加等により、受取人が日中不在の場合が多いことに対応して、夜間配達のサービスを手がけ始めている。
 また、近年引越輸送の急成長が著しいが、煩雑な作業は有料であってもサービス産業に委ねるというような消費者の意識が変化してきたこと等に対応し、引越事業者では不用品の処理や器具の取付け・取外し、各種諸手続の代行等の付帯サービスの充実を図ってきている。

 アメニティの改善を目指したサービスには、その内容に応じたコストを要することも踏まえつつ、多様化する利用者ニーズに応じたサービスを積極的に提供していく必要があろう。

(注)中央コントロール・センターがバスの運行状況を常時把握し、中央制御装置から各バスに運行指示情報を伝えるとともに、停留所でバスの到着予告等の情報の表示を可能とするシステム

3 自由時間の充実のための運輸の課題
 豊かさを実感でき、多様で創造的な生活を実現するために、自由時間の充実が求められているが、観光は、このような要求に応えるよい機会であり、国民の関心と期待が特に高まっている分野である。
 こうしたなかで、最近の観光に係る状況についてみると、国内観光は、国民の自由時間の増大、観光の基盤となる高速交通体系の整備等を反映して質的高度化、多様化の傾向がみられる。一方、国際観光は、所得水準の向上、円高による割安感等の影響もあって、日本人海外旅行者数の伸びが著しくなっている。
 運輸省では、このような国民のニーズに応えるため、観光レクリエーション活動の促進を図るための施策を、ハード、ソフト両面から総合的、計画的に推進しているところである。
(1) 90年代観光振興行動計画(TAP90's)の推進
 運輸省では観光の振興が地域経済の活性化、国民のゆとりある生活の実現、国際相互理解の増進等に大いに貢献することから、21世紀をめざして観光のより一層の振興を図るため、昭和63年4月「90年代観光振興行動計画(TAP90's)」を策定した。
 この行動計画は、中央及び選定された地方ごとに有識者からなる「観光立県推進会議」を開催し、観光振興に関する具体的施策を提言し、実行に移そうとするものであり、観光の振興の意義を踏まえ、官民協調して「観光立県推進運動」を展開しようとするものである。
(2) 海外旅行倍増計画(テン・ミリオン計画)の推進
 運輸省は、 62年9月、関係省庁の協力を求めつつ、61年の日本人海外旅行者数552万人を平成3年までに1,000万人の水準に乗せることを目標とする「海外旅行倍増計画」(テン・ミリオン計画)を策定し、国民の海外旅行を促進するための施策を強力に推進している。
(3) Marine'99(マリン・ナインティ・ナイン)計画の推進
 レジャー活動の活発化、多様化が進む中で、海水浴、釣り、モーターボート、ヨット、スキューバダイビング、ウォーターフロントにおける観光・レクリエーション活動、クルーズ(客船旅行)等の海洋性レクリエーンョンに対する国民の関心・要請が急速に高まっている。
 しかし、その普及は欧米諸国に比べて著しく立ち遅れており、マリーナをはじめとするウォーターフロントにおける基盤施設や客船の整備水準も低く、また、安全性の確保についても、安全基準、安全指導体制の整備等今後の課題とすべき事項が多い。
 運輸省では、これらの課題に対応するため、海洋性レクリエーションの基盤整備、安全性の確保等に関する総合的ビジョン「Marine'99(マリン・ナインティ・ナイン)計画」を63年7月に策定し、1999年を目標として21世紀における海洋性レクリエーション発展の基盤として確立していくこととしている。
(4) 外航客船旅行の進展
 外航客船旅行は、いわゆる「余暇時代」「高齢化社会」を迎え、ゆとりある国民生活を実現する一つの手段として、文化的、社会的に新たな役割を担うものとして大きくクローズアップされており、客船による海外旅行者はここ数年確実に増加している。
 外航客船旅行は、国民の余暇活動の充実や国際交流の拡大に資するのみならず、海運企業にとっても事業多角化による経営安定化、船員の雇用の場の確保等の観点から意義のあるものであり、必要に応じ、外航客船の整備に対して日本開発銀行からの融資等を行っている。また、今後の外航客船旅行の進展に伴い、運航面での安全対策、利用者保護対策の充実について検討する必要がある。
(5) 航空レジャーの振興
 レジャーの多様化が進む中で、ハンググライダー、気球、スカイダイビングなどのレジャー航空の人気が高まり、その愛好者が近年増加してきている。また、レジャー航空を活用して地域の振興を図ろうとする動きも活発である。一方、レジャー航空に関する事故が多発しており、安全確保対策の必要性が高まっている。
 このような状況に対処し、航空レジャーをより多くの人が安全に楽しむことができるよう、また、地域の振興・活性化に資するよう、@レジャー航空用スペースの整備、Aレジャー航空に係る操縦資格(ライセンス)の認定制度の確立、B指導者の認定・養成、Cレジャー航空の普及活動の推進などの各種施策を平成元年7月におかれたレジャー航空指導室を中心として推進することとしている。



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