第2章 運輸産業をめぐる環境の変化と課題 |
◯ 近年の経済社会環境の変化は、運輸産業に様々な影響を与えている。特に、市場環境の変化、労働力不足の深刻化,情報化の進展については、産業側,行政側双方にすみやかな対応が求められており、重要な課題となっている。
◯ 近年、交通市場における市場環境は、社会資本の整備の進展、産業構造の高度化、国民の価値観の多様化等の影響で大きく変化している。さらに、豊かさを実感できる生活の実現を求める消費者ニーズも高まっている。このような変化に対応して、国鉄の分割・民営化、航空における競争促進施策の導入と日本航空の完全民営化、トラック事業等の規制の見直し、高速バスの積極的導入、弾力的な運賃・料金の設定等の施策を進めてきている。利用者利便の一層の向上等を図るためには、今後とも各種施策を通じた競争環境の整備を積極的に進め、交通市場の活性化を図っていく必要がある。
◯ 景気拡大に伴う労働力需要の高まりや労働に対する意識の変化等により,運輸産業においては、人手不足感が拡がっており、若年層を中心に労働力不足が深刻化している業種もみられる。運輸サービスは、産業活動や国民生活に不可欠な分野であり、労働力不足の深刻化によりその供給が不安定化することは我が国経済社会にとって重大な問題であるため、この問題の解決に向けて、事業者及び行政の一層の努力が求められている。
◯ 運輸産業は、従来から情報化と密接な関係にあり、安全性、効率性、利便性の向上等の観点から、企業内の情報システム化や企業間ネットワークの構築等を推進してきており、近年はさらに、情報化を企業戦略の一環として活用する動きが見受けられ、情報化への対応如何が企業の発展に大きく係わっている。企業間の情報ネットワーク化を円滑に進めていくため、異機種コンピュータ接続のための通信プロトコルや、フォーマット、コード等いわゆるビジネスプロトコルの標準化の動きも最近進展しつつある。
第1節 運輸産業をめぐる環境の変化 |
以上、経済社会環境の変化は、運輸産業面にも様々な影響を及ぼしており、運輸産業は適切な対応を迫られている。特に、市場環境の変化、労働力不足の深刻化、情報化の進展については、産業側、行政側双方にすみやかな対応が求められており、重要な課題となっている。
(1) 市場環境の変化
国民の価値観の多様化や国民所得の向上、あるいは、マイクロエレクトロニクス化、情報化等の進展を背景とした産業構造の軽薄短小化、高付加価値化等は、時間や利便性に対する選好を高めることにより交通市場における市場環境を変化させ、鉄道、自動車、航空等の各輸送機関相互間の競争関係を、スピードやフレキシビリティの面で変化させている。こうしたなか、近年、競争を通じた資源配分の効率化の観点から、企業間、輸送機関間の競争を一層促進し、交通市場を活性化させる施策がとられており、運輸各分野において規制の見直しや競争促進施策の導入が行われている。
(2) コスト構造の変化
ここ数年来の円高と原油価格の低迷〔1−2−1図〕は、原材料コストの低下により、運輸産業におけるコスト構造に変化を生じさせた。運輸は、国内における石油の一大消費部門であり、運輸産業は全般的にエネルギー多消費型産業である〔1−2−2図〕ことから、円高、原油安による燃料費低下のメリットが比較的大きい部門といえる。燃料費のコストダウンは、人件費等の他のコストアップを補い、運賃・料金の安定化に役立つ一方、収益面で生じた余力を活かして、新規の研究開発投資、省力化投資等の実行、ニュービジネスの展開、経営の多角化等新たな企業戦略を構築する余地を生じさせている。
(3) 企業マインドの変化
一方、急激な円高・ドル安は、厳しい国際競争にさらされている外航海運業に、人件費の相対的上昇等を通じて打撃を与えており、外航海運業では、このような状況に対応するため、合理化、費用のドル建て払いへのシフト、輸送サービスの高付加価値化等による国際競争力の回復を図っており、その結果、最近における市況の改善等とあいまって、経営改善効果が現れてきている。また、造船業については、第2次石油危機等に起因する世界的な新造船建造需要の減退に、円相場の大幅な上昇による資材費、人件費等の相対的上昇による国際競争力の低下が加わり、深刻な不況に陥ったが、国内資材価格の調整の進展等によるコスト低減、ウォン高等による韓国との交易条件の改善等によって、国際競争力は急速に回復してきており、過剰設備の処理、新造船需要の増大等による船価の上昇ともあいまって、経営状況は著しく改善してきている。
ここ2〜3年の景気拡大で輸送需要が伸びるなか、運輸産業の業況も明るさを増しており〔1−2−3図〕、企業マインドも積極性を取り戻している。景況感は引き続き改善傾向にあり、投資マインドが上昇している。平成元年度の運輸省所管事業の設備投資計画をみると、全体で前年度比20.1%増と2桁の伸びとなっており、特に、最近の内需拡大ブームやレジャー活動の多様化等を反映して、航空、旅客船等の旅客輸送関係の増加が顕著である。また、投資動機別にみると、全般的に伸びているなかで、技術革新や利用者ニーズの多様化等に対応するための研究開発投資が前年度比167.6%増と大きく増加していることが注目される。
(4) 国際化の進展
我が国経済の世界経済に占める地位が著しく高まり、我が国企業の行動も国境を越えたグローバルなものになるなかで、運輸産業を取り巻く国際環境も変貌をとげつつある。詳しくは次章で述べるが、円高・ドル安の進行、アジアNIEs等における工業化の進展などといった国際経済環境の変化を受けて、海外直接投資の増大、部品の海外調達の増加、発展途上国の技術進歩に伴う製品輸入の増大等の変化がみられ、これまでの加工貿易を中心とした係わりから、いわゆるヒト・モノ・カネ・情報等多面的な国際化(グローバル化)が進展している。こうした変化は、国際的な人の流れ、物の流れを変化させ、国際運輸を業務とする外航海運、国際航空の国際的な競争関係を変化させている。
(5) 労働力需給の引締まり
今回の景気上昇に伴う労働力需要の高まりによって企業に人手不足感が拡がり、元年に入り労働力需給は引締まり基調となっている。運輸産業においても、全般的に人手不足ぎみとなっているが、一部の業種については、単なる景気上昇期の循環的現象によるのみではなく、社会の変化に伴う構造的要因から労働力不足状態に陥っている。例えば、ハイヤー・タクシーの運転手、トラックの運転手等は、従来から人手不足が続いているが、これは、若年労働者の価値観が変化し、労働時間が長く、労働環境の厳しい職種を嫌う傾向が強まったことも影響していると考えられる。こうした労働力不足の深刻化は、サービス水準の低下を招くとともに、労働時間短縮の動きの停滞、年齢構成の高齢化、企業活力の低下、安全面の問題等を引き起こすおそれがある。
(6) 情報化の進展
電気通信と情報処理の融合により、情報の生産、蓄積、伝達のための多様なシステムが急速に普及しており、運輸産業においても、高度情報化社会に向けて、これらのシステムが積極的に導入され、情報化が進展している。運輸産業は、安全性の確保のため多種多様な情報を正確かつ迅速に処理しなければならないことや、在庫のきかないサービスをネットワーク的に提供していることから、従来から情報化が比較的進んでいる産業であるといえるが、情報化の運輸産業に与える影響は多面的である。例えば、OA化、社内ネットワーク化等の進行は、他産業と同様、事務の効率化に寄与し、事務員の削減やコストダウンを可能にする一方、企業間ネットワーク化は、予約サービス等にみられるように、競争戦略としての企業のグループ化、系列化、さらには同業他社との業務提携といった動きを促進している。
また、経済社会全般の情報化も運輸に様々な影響を与えている。例えば、POS(販売時点情報管理)システム等の普及は在庫管理の効率化をもたらす一方、運輸業界に対しては、卸小売業の発注から納品までのリードタイムの短縮、小ロット多頻度配送等に見合った輸送システムの確立等高サービス化を求めている。