平成元年度 運輸白書

第2章 運輸産業をめぐる環境の変化と課題

第2節 市場環境の変化と運輸産業の課題

    1 交通市場における競争関係の変化
    2 交通市場の活性化方策
    3 今後の課題


1 交通市場における競争関係の変化
 人、物の輸送を中心とする交通市場は、提供するサービスの内容と費用構造にそれぞれ固有の特性を有する鉄道、自動車、航空、海運等の各輸送機関が、互いに一方で補完関係、他方で競争関係を保ちつつ共存しているが、近年、交通市場における市場環境が社会資本の整備の進展、産業構造の高度化、国民の価値観の多様化等の影響で大きく変化し、これら運輸産業をめぐる競争関係に次のような影響を与えている。
@ 高速道路や空港等の輸送関連社会資本の整備の進展〔1−2−4図〕や航空機の大型化、ジェット化、自動車の高性能化等の技術革新は、自動車、航空等の比較的新しい輸送機関の発達を促し、輸送機関間の競争を激化させている。最近においても、青函トンネル、瀬戸大橋の開通が鉄道、自動車、海運、航空間の競争関係を変化させた。
A 国民の価値観の多様化や所得水準の向上等に伴う時間価値あるいは快適性に対する要求の高まり〔1−2−5図〕は、新幹線や航空のような、利用者の負担は増えることになるものの高速性に優れているという特性を有した輸送機関の需要をより一層高める一方、豪華寝台特急や豪華フェリーのような快適性に優れた輸送機関に対する需要を高めている。
B マイクロエレクトロニクス化や情報化の進展等による産業構造の軽薄短小化、あるいは国民生活の向上等に伴う商品の高付加価値化・個性化は、貨物の高額化、多品種化、小ロット化等の現象を生じさせるとともに、時間や利便性に対する選好を高めており、スピードやフレキシビリティーに優れた輸送機関の競争力を高めている。例えば、小口貨物の宅配サービスは、個別の集荷・配送等が必要で従来コストが割高となることから事業化が進展しなかったが近年の情報関連技術の発達による輸送のシステム化や取次店網の拡大による利便性の高まりなどが、スピードやフレキシビリティの向上とコストダウンに貢献しこのようなニーズへの対応を可能にしたこと等もあり、急激な成長を示し〔1−2−6図〕、貨物の輸送市場に大きな影響を与えた。
C モータリゼーションや大都市圏への人口集中が一層進むなかで、大都市の自動車数の増大等による道路混雑の恒常化は、公共交通機関であるバスの定時性を阻害している。また、地方の過疎化の進行は、地方の道路整備の進捗ともあいまって、マイカーの優位性を増しており、バス等公共交通機関の維持運営を困難にしている。
 また、これら市場環境の変化のなかには、輸送機関相互の競争関係のみならず、同一輸送機関内における企業間の競争関係に影響を与えているものもある。例えば、技術革新は、新しい技術やシステムを他に先駆けて取り入れる企業の競争力を高める場合が多いことから、それらの導入に積極的な企業と消極的な企業との競争関係を変化させ、また、産業構造の高度化、国民の価値観の多様化等による利用者ニーズの変化は、これらニーズ変化を迅速かつ的確にキャッチし、ニーズに適合した新しいサービスを提供できる企業の競争力を高め、競争関係を変化させる。
 このように、近年の交通市場における市場環境の変化は、輸送機関間、企業間相互の競争関係を変化させており、その変化の方向としては、おおむね競争を促進する方向で進んでいることから、交通市場は過去に比べより競争的になっているといえる。また、政策面においても、後述のように、市場メカニズムを尊重し、それによって事業の活性化を促進する観点から、規制の見直しあるいは競争促進施策の導入を図っている。

2 交通市場の活性化方策
 交通市場においては、生産と消費が同時に行われるという輸送サービスの特性等を配慮して、安全かつ安定的な輸送サービスの供給の確保等を目的として各種の規制措置が講じられている。しかし、産業構造の軽薄短小化、高付加価値化等が進行するにつれ、また、豊かさを実感できる生活の実現を求める消費者ニーズが高まるにつれ、従来の規制が、こうした利用者ニーズの変化に対応した新たなサービスの提供に際し阻害要因となり、各企業、各輸送機関の活力が発揮されにくくなるケースも生じてきた。
 そこで、こうした阻害要因を除去するとともに、企業間、各輸送機関間の競争と利用者の自由な選好を反映する市場メカニズムを活用して交通市場をより活性化するため、近年、必要な規制措置は維持しつつ、様々な規制の見直しや競争促進施策の導入が行われるようになってきている。例えば、国鉄の分割・民営化、航空における競争促進施策の導入と日本航空の完全民営化、トラック事業等の規制の見直し、高速バスの積極的導入等の施策である。これらの施策は、交通市場を活性化させ、利用者ニーズに適合した輸送サービスが提供されるとともに、各企業が属する輸送機関の総体としての活性化を促進するものとみられ、輸送機関間における競争力をも強化するものと考えられる。
 (国鉄の分割・民営化)
 我が国の基幹的輸送機関であった国鉄は、公社という自主性の欠如した制度の下で全国一元の巨大組織として運営されていたため、他の輸送機関の発達により生じた輸送構造の変化に適切に対応することができず、その経営は破綻に瀕し、事業の適切かつ健全な運営を確保することが困難となった。そのため昭和62年4月1日、旅客部門については地域別の6つの旅客鉄道株式会社に、また、貨物部門については旅客部門と分離した上で全国一社の日本貨物鉄道株式会社に、それぞれ分割・民営化が図られた。
 新たに発足したJR各社は、交通市場の中での激しい競争に耐え得るよう、国鉄改革の趣旨に沿って輸送ニーズに適合した効率的な輸送サービスを提供し、安定した経営をめざして鉄道事業等の事業運営を行った。その結果、JR各社の輸送動向をみると、国内の好景気を背景として、積極的に営業施策を展開することにより、旅客については増加傾向にあり、貨物についても減少に歯止めがかかり増加傾向をみせている〔1−2−7図〕。今後、JR各社においては、それぞれ独自性が発揮された経営が推進されると考えられ、これに伴い、旅客輸送では高速バス、航空との、貨物輸送ではトラック、内航海運との競争が活発化し、交通市場が一層活性化されるものと予想される。
 (航空における競争促進施策と日本航空の完全民営化)
 航空の分野においては、過当競争を排しつつ利用者の利便の増進と安全性の確保を図る観点から、航空企業各社の事業分野が定められていた。しかし、航空が国民一般の身近な輸送手段として定着し、利用者ニーズを反映させたサービスの一層の向上が要請されるようになり、新たな枠組みにおける発展が期待されるようになった。このため61年6月の運輸政策審議会の答申「今後の航空企業の運営体制の在り方について」の趣旨に沿って安全運航の確保を基本としつつ、航空企業間の競争を通じての利用者の要請に応じたサービスの向上、経営基盤の強化、国際競争力の強化等の実現が目指されることとなり、国際線の複数社制、国内線のダブル・トリプルトラッキングが実施されることとなった〔1−2−8図〕。また、航空企業間の競争条件の均等化等を図るため、日本航空の完全民営化も実施された。これらの施策により航空の活性化が促進されている。
 (トラック事業等の規制の見直し)
 経済構造の変化の中で、産業界の流通に対する関心の高まりや国民生活の向上により輸送ニーズが大きく変化しており、物流事業の適切な対応が求められている。このような情勢の下、トラック事業及び貨物運送取扱事業の規制制度の見直しが検討され、関係の二法案が現在国会に提出されているところである。
 この二法案は、高度化、多様化する物流ニーズに対応して事業者の創意工夫が活かされるよう、規制、手続きを簡素合理化するとともに、事業の適正な運営の確保を図ることを目的とするものである。トラック事業については、特に、労働環境の改善、輸送の安全の確保等のための社会的規制の整備を図ることをも目的としているところである。二法案の主な内容は、トラック事業についての事業区分の廃止、需給調整を内容とする免許制から許可制への移行、運賃・料金の認可制から届出制への移行、横断的・総合的な運送取扱制度の創設、通運事業法の廃止等である。この二法案により、貨物の交通市場の一層の活性化、輸送ニーズに適合したサービス提供の増進が可能となるものと見込まれる。
 (高速バスの積極的導入)
 高速バスは、高速道路が4,000キロ時代に入り高速道路の利用が高まるなかで、都市間の所要時間は概ね並行する在来鉄道の優等列車と同水準という高速性を有していること、鉄道、航空に比べ運賃が低廉であること、ハイグレードな車両の導入等サービスの水準も高いことに加え、投資規模が相対的に小さく事業に参入しやすいこと等の特性を有していることから、近年、都市間を結ぶ中量輸送機関として急速に伸長している。
 他の輸送機関との関係をみると、新幹線、航空と並行しているものについては通常所要時間面では新幹線、航空が優位に立っているが、高速バスにおいては夜行便の開設により所要時間が長いことをある程度カバーすることが可能となり、運賃面でも優位に立っていることから、これらの輸送機関に対し、相当程度の競争力を有するものと考えられる。
 また、在来鉄道と並行しているものについては、サービス水準が在来線優等列車と同程度であり、両者はほぼ完全な競合関係にあるといえる。このため、在来線のある路線では優等列車の運行本数の増加や高速バスより安い企画切符を販売して対抗するなど、高速バスと在来鉄道の競争は激しくなっている。
 今後、都市部での渋滞の解消等による運行時間の短縮、運賃の低廉性の維持、車内での居住性の向上等が図られれば、他の交通機関との競争力は一層高まり、旅客交通市場全体の活性化にも寄与すると考えられることから、政策的にもその導入を積極的に支援しているところである。
 (弾力的な運賃・料金の設定等)
 近年、国民の価値観の多様化、生活時間の変化等に伴い、輸送サービス面でも深夜バスや都心型乗合タクシーのような新たなサービスが求められるようになっており、運賃・料金政策においても、これらサービスについて特別な運賃・料金(制度)を導入する等臨機応変に対応しているところである。
 また、より多様な運賃・料金のメニューを求める利用者側のニーズに対応し、国内航空における受験生割引、単身赴任割引、実年夫婦割引等、あるいは、JRのナイスミディパス、青春18きっぷ等の各種の割引運賃や企画切符などを導入している。
 これらは、事業者にとっても、需要の少ない時期、場所等への需要の分散化あるいは需要の掘り起こし等に資するものであり、事業者の創意工夫を通じ交通市場の活性化をもたらすものである。
 運輸省としては、その導入を今後とも積極的に進めることとしている。
 なお、近年の急激な円高の進行等に伴い発生した国際航空運賃の方向別格差については、その是正を求める声が強かったが、運輸省では昭和63年9月23日にそのための基本方針を定め、日本発運賃の値下げを中心とする措置を強力に推進してきたところであり、今後とも引き続きその是正を図っていくこととしている。

3 今後の課題
 以上の施策は、交通市場における輸送機関間、企業間の競争を促進し、利用者利便の向上等に資していると考えられる。
 しかし、交通市場をより競争化し、交通市場の活性化と資源配分の効率化を図るためには、今後とも、時代の変遷に対応した規制の見直し等の競争的な交通市場を支えていくための競争環境の整備を積極的に進める必要がある。この場合、運賃・料金については、競争を通じたコストダウンがスムーズに反映され、これが利用者に還元されるよう努めていく必要がある。
 なお、最近、交通の分野にも国際的な内外価格差が存在することが指摘されている。内外価格差については、運賃・料金体系や輸送サービスの内容に違いがあることに加え、コスト構造、課税・補助金制度等の相違もあり単純には比較できないが、今後の十分な分析検討が必要である。
 また、競争環境の整備にあたっては、安全性が損なわれたり利用者の混乱を引き起こすことなどにより、かえって適切な輸送サービスの提供に支障をきたすことのないよう配慮する必要がある。例えばタクシー運賃のように、同一地域同一運賃制度がとられていることが、利用者が安心してタクシーを利用できる環境の形成に役立っており、ひいては、運賃・料金に対する国民の信頼感を醸成する一助となりうることに十分留意する必要がある。このような種々の側面を総合的に考慮しつつ、国民ニーズ、産業ニーズに見合った交通体系の構築に向けて、各輸送機関の特性を踏まえた各種の政策を進めていくことが重要である。
 さらに、事業者側も、競争自体が運輸を活性化するという認識に立ち、創意工夫を凝らし、ニーズに適合した輸送サービスの提供に努める必要がある。



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