平成元年度 運輸白書

第2章 運輸産業をめぐる環境の変化と課題

第3節 運輸産業における労働力問題

    1 最近の雇用情勢
    2 運輸産業における労働力需給情勢
    3 人手不足が運輸産業に与える影響
    4 労働力問題への対応と今後の課題


1 最近の雇用情勢
 (引き締まってきた労働力需給)
 我が国経済は、昭和61年11月より個人消費の堅調、設備投資の大幅な増加を中心とした内需主導型の経済成長が続いている。
 このような経済情勢の中、63年の陸上部門の雇用情勢は改善を続けており、有効求人倍率は上昇し、雇用者数も増大した。求人は、製造業、建設業を中心に大幅に増加し、新規求人数は対前年比28.0%増と62年(同14.7%増)に引続き大幅な増加となった。一方、求職者数は減少傾向が続いており、63年の有効求職者数は対前年比11.4%減(62年同1.2%減)と一段と減少した。このため、新規求人倍率は1.53倍(62年1.08倍)、有効求人倍率は、63年6月に1.05倍(季節調整済)と50年代以降初めて1倍を超え、年計でも1.01倍(62年0.70倍)と14年ぶりに1倍を上回った〔1−2−9図〕
 また、新規学卒者については、全産業にわたり概ね業績が好調なことから売り手市場となっており、その確保が厳しい状況となっている。労働省の63年8月調べの新規学卒者採用計画で求人状況をみると、大卒者は対前年比31.2%(62年12.0%増)、高卒者は35.0%増(62年2.0%増)と大幅な増加となった。また、「労働経済動向調査(平成元年2月)」で新規学卒者の採用計画に対する採用内定者の充足状況をみると、100%以上の充足ができたとする事業所は半数に満たず、産業別にみるとサービス業の充足率が相対的に低くなっている〔1−2−10表〕
 (海上労働は内航船の求人が増加)
 海上部門の雇用情勢をみると、近年の景気拡大に伴う内航船による輸送量の増加を反映して内航船の求人数が増加したこと等により、63年の月間有効求人数は月平均で1,751人と対前年比32.6%増となり、拡大傾向にある。一方、63年の月間有効求職者数(漁船を含む。)は、外航海運業で合理化が進み離職者が出ているにもかかわらず、近年の好景気、陸上職域への転換対策の推進等により陸上への転職が進んだこともあり、月平均で7,828人と対前年比12.7%減となっている。このため、有効求人倍率(漁船を含む。)は0.22倍(62年0.15倍)と上昇しているが、陸上部門(1.01倍)に比べ依然厳しい状況にあり、成立数も横ばいの状況にある〔1−2−11図〕
 (広がる人手不足感)
 景気拡大に伴う労働力需要の高まりによって企業の人手不足感が拡がりをみせている。日本銀行「企業短期経済観測」により、全国企業の雇用人員判断D.I.(「過剰」とする企業割合−「不足」とする企業割合)を見ると、全産業では、62年11月以降不足超過に転じており、雇用改善がやや遅れたこともあり過剰感が存在していた製造業においても63年2月に不足超過となるなど、人手不足感は全産業に拡がっている〔1−2−12図〕。特に技能労働者の不足感は、全産業的に強まっており、63年は運輸・通信業でも急速に高まっている〔1−2−13図〕

2 運輸産業における労働力需給情勢
 (深刻化する運輸産業の人手不足)
 前述のような状況のもと、運輸産業においても人手不足感が拡がっている。(財)運輸経済研究センターが行った「運輸関連企業経営動向調査」の雇用状況D.I.(「過剰」企業割合−「不足」企業割合)によると〔1−2−14図〕、従来より運転手不足感が強かったハイヤー・タクシー業、トラック運送業等に加え、円高不況が底を打った61年11月以降、外航海運業を除くほとんどの業種で人手不足超過となっており、同調査の採用計画D.I.(「増員計画」企業割合−「減員計画」企業割合)をみても〔1−2−15図〕、積極的な採用計画を持っている業種が多い。しかしながら、先にみたとおり、今回の景気拡大が内需型経済成長によるもので、概ね全産業にわたり高い成長が続いており、このため、産業間にばらつきなく人手不足が拡がっているため、採用計画を充足させることが難しい状況が当面続くものとみられることから、運輸産業の人手不足はより深刻化するとみられる。
 また、最近まで不況下にあり労働力が過剰であった海上部門のうち、内航海運業において人手不足が深刻になっている。「船員職業安定月報」によると、63年9月の内航船の新規求人数は597人で、新規求職数の557人を十数年ぶりに40人上回り、その後も新規求人数が新規求職数を上回る状況が続いており、当面、現在の状況は継続するものとみられる〔1−2−16図〕
 (若年労働者が不足する運輸産業)
 運輸産業について、今回の労働力不足感の拡がり原因をみてみると、@景気拡大に伴い、各業種とも必要な労働投入量を増加させる必要がある、A中小業種が多いため、必要な労働力を確保するのが難しい、B荷役などの単純作業に必要な労働者が他産業に流れた、C数年前まで不況に陥っていた業種が多く、これらの業種ではこの間若年労働者の採用を控えており、高齢化が進んだため、特に若年労働者が不足するなど年齢構成に歪みが生じている、D運輸産業には労働内容、労働環境、労働時間等労働条件が他産業に比べ厳しいものがあり、このような業種については、特に、若年層を中心として労働者が集まりにくくなっている等が考えられる。

3 人手不足が運輸産業に与える影響
 このような人手不足は、運輸産業に深刻な影響を与えている。
 一つは、人手不足により直接業務に支障をきたす場合である。トラック運送業では、増大を続ける貨物量に対応した人員を確保できない状態にあり、内航海運業においても現在稼働率がいっぱいの状態の中で船員不足のため、円滑な貨物輸送に支障が生ずるおそれが出ている。また、タクシー業やバス業においては、都市活動の24時間化、人々のニーズの多様化等により深夜に輸送需要が増大しているなかで、特に労働条件が厳しい深夜時間帯の労働力の確保が困難となってきており、新しいニーズに的確に対応できないおそれもある。
 二つは、人手不足により労働時間の短縮が進みにくくなっていることである。現在、各産業において国民のゆとりある生活実現のため労働時間短縮への取組みがなされているが、人手不足となっている運輸産業の中には労働時間の短縮が進んでいない業種もみられる〔1−2−17図〕。また、所定外労働時間も他産業に比べ高い水準で推移しており、最近では、人手不足を労働時間の延長で補う傾向もみられ、業種によっては所定外労働時間がさらに増加する傾向もある〔1−2−18図〕。その結果、このことが特に若年層を中心に忌避されることになり、そのことがまた労働力を充分に確保できない原因ともなっている。
 三つは、若年労働者不足のため高齢化に拍車がかかることである。運輸産業には、数年前まで不況に陥っていた業種が多く、これらの業種では新規採用を手控えていた等の理由により年齢構成は全般的に高齢化する傾向にあり〔1−2−19図〕〔1−2−20図〕、中高年齢層を主力労働力として頼っている状況にあるが、最近の若年労働者の採用難のため高齢化がより進行することにより、年齢構成に極端な不均衡が生じ人件費の上昇を通じて事業経営を圧迫する可能性があり、また、安全面等で問題の生じる可能性もある。

4 労働力問題への対応と今後の課題
 このような労働力不足が深刻化するなかで、バス業、タクシー業、トラック業においては、仮眠休憩施設の整備や労働時間の短縮等運転者の労働条件の改善に関して引き続き指導がなされており、内航海運業においては、平成元年4月の改正船員法の施行や平成2年4月に施行予定となっている「小型船に乗り組む海員の労働時間及び休日に関する省令」の改正により船員の労働時間の短縮等が図られることとなったほか、特に不足の著しい若年船員の確保対策が業界団体において検討されている。また、貨物運送業、倉庫業等においては、情報化の促進、人手が大量に必要な貨物の積替え、仕分け部門等の機械化等省力化に向けての努力がなされている。
 このような取り組みがなされているなか、労働集約型産業であり、また、中小零細企業が多く省力化を進めにくい運輸産業においては、省力化対策を進める一方で、今後も一定の労働力を確保していくための努力を傾注しなければならない。そのため、労働条件の改善の一層の推進はもとより、若年労働者の計画的な確保、高年齢労働者の活用、女性労働力の導入の拡充等のための努力を一層推進しなければならない。
 若年労働者の計画的な確保は、年齢構成のバランスをとり経営の安定化に寄与するだけでなく、造船技術や海技等の運輸にかかる技術の伝承に資するほか、運輸産業に活力をもたらすものである。そのため、若年層が働きやすい環境の整備やイメージアップ等により若年層にとって魅力のある産業にしていく努力が不可欠であるほか、中小の運輸企業にいかにして若年労働者の供給を確保していくかについての対策を考える必要がある。
 また、人口の高齢化が進み平成22年には55歳以上の高年齢者比率が20%を超すものとみられ〔1−2−21図〕、労働力人口構成の高齢化も進むものと見込まれている。そこで、現在、これに対応して定年の延長等が進められており、運輸産業においても今後はさらに年齢構成のバランスに配慮しつつも高年齢者の労働力に頼らざるを得ないと考えられる。このため、機械化、高年齢労働者の技術の向上等を推進し、安全面等の配慮を行い、高年齢労働者の能力活用が十分に行える条件の整備を図る必要がある。
 労働力人口に占める女性の割合は、女性の社会進出や男女雇用機会均等法の施行により高まる傾向にあり、昭和63年には40.1%となっており、労働力供給の重要な柱となっている。運輸産業においては、タクシー業で女性運転手を定時制職員として導入している例等があるものの、一般的には労働時間の制約、労働環境の厳しさ等運輸労働の特殊性のため、女性労働者の導入はあまり進んでいない。このため、女性労働者のための労働条件を整備して、運輸産業における女性労働者の職域の拡大を推進する必要がある。
 一方、外国人労働者の導入については、我が国の国際化に伴い内外の関心を集めている。運輸産業においては、60年秋以降の急激な円高に起因する内外船員費格差の拡大等により日本船のフラッギング・アウト(海外流出)が続いている外航海運業において、外国人労働者の国内受入れ問題の範ちゅう外とされている海外貸渡方式による外国人船員との混乗の実施について労使合意が成立したところであり、また、航空需要の拡大に伴い、航空会社の事業展開が進み、乗員の必要数が増加しており、これに対処するための方策の一つとして外国人乗員が導入され、外国人乗員数が増加してきている。なお、いわゆる単純労働者の受入れについては、諸外国の経験や労働市場を始めとする我が国の経済や社会に及ぼす影響等にも鑑み、政府において十分慎重に対応することとしている。
 運輸サービスは、産業活動や国民の生活に不可欠なものであり、労働力不足の深刻化によりその供給が不安定化することは、我が国の経済社会にとって重大な問題である。従って、この問題の解決に向けて、事業者及び行政の一層の努力が求められている。



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