平成元年度 運輸白書

第3章 国際的な環境の変化と運輸の課題

第5節 地球的規模の環境問題への対応

    1 地球環境問題に対する国際的関心の高まり
    2 運輸省の取組み
    3 個別環境問題とその対応


1 地球環境問題に対する国際的関心の高まり
 近年の先進工業国を中心とする経済活動水準の高度化や開発途上国を中心とした貧困と人口の急増を背景とした化石燃料の消費量の増大、化学物質の排出、森林破壊等は、地球環境に大きな負荷を与えており、地球温暖化、酸性雨、オゾン層の破壊、熱帯林の減少、海洋汚染といった地球規模での環境の変化が懸念されている。しかも、その変化は極めて広い地域に波及するものであり、人類の生存基盤に深刻な影響を与える恐れがある。
 このため、近年これらの地球環境問題に対する関心は世界的な高まりをみせており、環境変化による影響の軽減・防止に向けて、主要先進国や世界気象機関(WMO)、国連環境計画(UNEP)、国際海事機関(IMO)等の国際機関を中心に活発な取組みが展開されている。例えば、オゾン層の保護については、ウィーン条約(1985年)及びモントリオール議定書(1987年)により、すでに国際的な枠組みが形成され、オゾン層破壊物質の具体的な生産及び消費量の規制措置等が講じられているのを始め、地球温暖化についても、昭和63年11月にWMOとUNEPの主催による「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が設置され、各国政府間レベルでの取組みが開始された。さらに、平成元年7月に開催されたアルシュ・サミットにおいては、地球環境問題が主要議題の一つとして取り上げられている。

2 運輸省の取組み
 運輸省では、早くからこの問題に取組んでおり、地球温暖化、オゾン層の破壊、酸性雨、海洋汚染等の各分野において多くの成果をあげてきている。
 特に、気候変動に関する観測・監視及び予測については、WMOとの協力の下で長年の実績を有しており、世界気象監視計画や大気バックグランド汚染観測網、全球オゾン観測組織等による観測・監視活動の推進に大きく貢献しているほか、世界気候計画における気候問題への取組みにおいても、気候変動メカニズムの解明や予測等様々な分野で重要な役割を果たしている。さらに、国際的な温暖化対策に協力するため、気象庁ではWMOからの設置要請を受けて、温室効果気体の世界データセンターについて検討を行っているところである。
 また、昭和48年以来継続して世界的な異常気象、気候変動の実態に関する調査を実施し、その結果を5年毎に報告書として取りまとめており、平成元年4月には「近年における世界の異常気象と気候変動(IV)」(異常気象レポート'89)を発表し、温暖化やオゾン層破壊等による社会経済への影響を含め、予想される気候変動とその見通しについて広く内外に示したところである。
 酸性雨については、既に、特に欧米で深刻な問題となっているが、近い将来、我が国でも問題が顕在化することも予想され、気象庁において昭和50年度から降水化学成分の分析を行うなど、酸性雨に関する観測体制の充実に努めているところである。
 一方、気候変動と密接に関連した海洋変動については、ユネスコ・政府間海洋学委員会(IOC)との協力の下で、海流や海水温等の海洋物理に関する調査・観測を実施するとともに、国内外の海洋データの収集・管理を行っている。また、同委員会の海洋汚染モニタリング計画に参加し、海洋環境の保全に努めている。
 海洋汚染対策については、IMOを中心とした国際的取組みに早くから参加し、条約に基づく各種施策を推進してきているところであるが、近時、大規模油流出事故に対する国際的な緊急防除体制の確立が急務となっていることに鑑み、これに関するIMOにおける条約づくりに積極的に協力するとともに、我が国オイルルート周辺海域における防除体制の確立に貢献していくこととしている。
 このように、運輸省としては、観測・監視体制の拡充・強化やデータの有効利用を図るなど、これまでの活動を一層強化するとともに、地球環境問題には国際的な取組みが不可欠であることから、国際機関の活動に積極的に参加協力することとしている。

3 個別環境問題とその対応
(1) 地球の温暖化〔1−3−21図〕
 (温室効果気体と地球の温暖化)
 地球から宇宙空間へ放射される赤外線を吸収し、地上付近の気温を上昇させる働きをもつ、いわゆる温室効果気体(二酸化炭素、フロン、メタン、一酸化二窒素、対流圏オゾン等)の大気中濃度が近年増加している。
 気象庁では、これら温室効果気体の濃度が現在の増加率で増え続けるとすれば、地上気温は2030年代には現在より平均1.5〜3.5℃程度上昇し、さらに降水量や降水分布の変化、海面水位の上昇(20〜110cm)が起きると予想している。
 このような気候変動が生じれば、農業、林業、水産業、生態系、水資源、エネルギー需給、国土保全等社会のさまざまな分野に大きな影響があると考えられている。
 (観測・監視体制の強化等)
 気候変動や温室効果気体の実態を把握するため、WMOは、世界気象監視計画や大気バックグランド汚染観測網の下に世界的な観測・監視体制の整備を図っている。
 気象庁では、従来よりこれらの計画に沿って観測・監視体制の充実・強化を図ってきたが、元年度は気象ロケット観測所における、フロン、一酸化二窒素、地上オゾン量の連続観測とともに、海洋バックグランド汚染観測業務の一環として洋上大気及び海水中の二酸化炭素、メタン、フロン、一酸化二窒素の観測を開始することとしている。
 さらに、温室効果気体に関する世界の観測データの迅速な収集・管理体制の確立が必要とされていることに鑑み、気象庁ではWMOからの設置要請を受けて、温室効果気体の世界データセンターについて検討を行っているところである。
 また、我が国の人口、資産の相当な部分が港湾を中心とした沿岸域に集中しており、地球の温暖化に伴う海面水位の上昇は、社会・経済活動に重大な影響を及ぼすものと予想される。このため全国の港湾に展開している潮位観測網による精度の高い観測・解析を行い、必要な情報を収集するとともに、沿岸域への影響の予測と効果的な対策法の検討を行うこととしている。
 (温暖化のメカニズムの解明と予測)
 温室効果気体の大気中の濃度の将来予測のためには、二酸化炭素等の循環の解明が必要である。化石燃料の燃焼等により放出される二酸化炭素のうち生物圏もしくは海洋に吸収されていると考えられる量は50%弱であり、残りは大気中に残留しているものと考えられる。しかし、定量的には依然未解明であり、現在、気象庁において大気と海洋間の二酸化炭素の循環についての研究を実施している。
 さらに、地球温暖化に伴う気候変動の予測を行うため、大気と海洋、陸地、雪氷、生物圏等の相互作用の解明や雲の放射に関する研究とともに、気候モデルの改良等に積極的に取組んでいる。
 (国際的動向と今後の取組み)
 地球温暖化については、既にその防止に向けて様々な国際的取り組みが開催されている。WMOとUNEPの共催による「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)では、地球温暖化に関する科学的知見の集積、社会・経済・環境への影響評価及び対応戦略に関する検討を行っており、平成2年秋までに中間報告をとりまとめることとしている。これを受けて、UNEPを中心に地球温暖化を防止・軽減するための枠組み条約についての外交交渉が開始される予定である。
 運輸省は、今後ともIPCC等の国際的取組に積極的に参加し、国際社会に貢献していくこととしている。
(2) オゾン層の破壊
 (オゾン層の破壊とオゾン層関連観測体制の強化)
 フロン等の大気中への放出によりオゾン層が破壊されれば、地上に達する有害な紫外線の量が増え、人間の皮膚ガンの増加を始め、生物や生態系に影響が生じるとされているほか、成層圏の気温が低下し、気候が変化すると予想されている。WMOは、過去20年間に北半球のオゾン層が3%〜5%(冬季)減少したとしている。
 気象庁では、昭和32年度からオゾン層の観測を行っており、平成元年度からは、さらに地上オゾン量、オゾン層破壊関連物質、紫外線強度の観測を開始し、オゾン層関連の観測を強化するとともに、「オゾン層解析室」を設置して資料の収集、解析体制を強化し、迅速かつ的確な情報提供を行っている。
 (オゾン層破壊メカニズムの解明と予測)
 オゾン層の破壊、特に南極地域のオゾン全量の減少(オゾンホール)は、フロン等の大気中濃度の増加に起因していると考えられている。気象庁では、オゾン層破壊メカニズムの解明と予測の研究を行っており、同庁における理論モデルによれば、現時点でのフロン等の放出量が継続されれば、2060年のオゾン全量は6.5%減少すると予測されている。
 (国際的動向と今後の取り組み)
 フロン等の国際的な監視・規制は「ウイーン条約」及び「モントリオール議定書」に基づき進められており、平成元年5月の同議定書締約国会合では、「2000年までの特定フロン全廃」を盛り込んだへルシンキ宣言が採択された。次回締約国会合では、一層の規制強化に向けた議定書の改正が予定されており、運輸省は、科学的分野での知見を生かしつつ、議定書の改正に積極的に貢献していくこととしている。
(3) 海洋変動及び海洋汚染
 (海洋変動及び海洋汚染に関する調査研究の推進)
 海洋は、膨大な熱エネルギーの蓄積能力を有していることから、海水流動、水温、物質循環等の海洋変動が地球の気候変動に及ぼす影響は極めて大きく、その機構を解明することが必要とされている。
 海上保安庁は、IOCの国際プロジェクトである西太平洋海域共同調査(WESTPAC)の一環として、大型測量船「拓洋」により海洋精密観測及び漂流ブイの追跡による海流調査等の物理調査並びに海洋汚染物質のモニタリング等の化学調査を長期にわたって実施している。また、WESTPACから得られる国内外のデータを日本海洋データセンターにおいて一元的に収集・管理し、関係諸国とのデータ交換の迅速化を図っている。
 また、我が国の周辺海域において、油分、ポリ塩化ビフェニール(PCB)、重金属等に関して化学分析を行っているほか、廃油ボールの漂流・漂着の実態を把握し、その防止策を講ずるため、IOCの海洋汚染モニタリング計画に参加し、国際的に統一された手法により廃油ボールの漂流・漂着状況の調査を実施し、海洋環境の保全に努めている。
 今後は、広い海域において、常時観測することができる人工衛星を用いた海面高度の測定・解析による海流の観測方法について検討することとしている。
 一方、気象庁では日本周辺及び西太平洋海域において、長期間海洋観測を継続するとともに、その内容の強化・拡充を図っており、また、IOCとWMOが共同で推進している全世界海洋情報サービスシステム計画(IGOSS)の一環として、海水温や海流等の海洋データを国内外からりアルタイムで収集している。
 これらのデータをもとにエルニーニョ等の海洋変動のモニタリングや変動機構の解明調査を実施しているほか、モデルを用いて気候形成に果たす海洋の役割評価のための調査研究も平行して推進している。
 (国際的な海洋汚染防除体制の整備)
 大型タンカーの事故等により大量の油が海洋に排出された場合、広範囲にわたり海洋を汚染し、海洋環境へ多大な影響を及ぼすこととなる。
 このため従来からIMOでは、タンカーの安全対策を講ずるとともに、油流出時の防除対策についてUNEPと共同で地域的な協力協定の締結を推進してきた。
 しかしながら、平成元年3月アラスカ沖で発生した「エクソン・バルディーズ号」による大規模な海洋汚染事故は、改めて世界中の人々に緊急時における汚染防除体制の整備の必要性を痛感させた。このため、アルシュ・サミットにおいては、大規模な油流出事故対策について問題が提起され、経済宣言に「IMOが一層の防止活動のための案を提示するように求める。」との一節が盛り込まれた。これを受けてIMOでは、海洋汚染防止に関連した既存の国際条約の見直しを行うとともに、緊急防除に関する国際協力体制の確立を含む新たな国際条約の策定について検討を開始したところである。
 運輸省としても、こうした国際的動向に対応し、国際機関の活動に参画するとともに、新たな油流出防止技術の研究開発、防除体制の整備が遅れている我が国オイルルート周辺海域の実態調査等を通じ、国際的な大規模海洋汚染事故の緊急防除体制の確立に貢献していくこととしている。



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