平成元年度 運輸白書

第9章 安全対策、 環境対策、 技術開発等の推進

第4節 未来に向けての技術開発

    1 運輸技術の開発
    2 磁気浮上式等の鉄道技術
    3 造船技術
    4 人工衛星の開発利用
    5 海洋開発利用技術の開発
    6 交通安全のための技術の開発
    7 地震予知・気象予報技術の開発


1 運輸技術の開発
 21世紀に向けて我が国の経済活動をより一層活発化するとともに、国民のライフスタイルの新たな可能性を開拓するためには、新しい運輸技術の開発を推進していく必要がある。
 現在開発が進められているリニアモーターカー(磁気浮上式鉄道)や、新形式超高速船(テクノスーパーライナー'93)が、21世紀において実用化されると、東京と大阪の間がわずか1時間程度で、現在の新幹線と同程度の身近さと頻度で結ばれたり、アジアの近隣諸国の新鮮な食料品等が毎日食卓に供されるといった生活が実現されるものと期待されている。
 また、運輸行政の基本である自動車、鉄道、船舶、航空機等の交通機関の安全性の確保、排出ガス低減、騒音防止等の公害の防止等についても、CAS(航空機衝突防止システム)等の衝突防止システム等のように、運輸技術開発による、未来へ向けた安全で低公害な運輸交通システムの実現に大きな期待がなされている。
 運輸省では、こうした期待に応えるため、付属の研究機関で自ら研究を進めるとともに、補助金等による民間の研究機関に対する支援、産学官の共同研究の実施等多角的な技術開発を行っている。

2 磁気浮上式等の鉄道技術
(1) 超電導磁気浮上式鉄道の開発
 昭和37年に国鉄が開発を始めた超電導磁気浮上式鉄道については、超高速、低公害等の性格を有する将来の都市間大量輸送機関として期待され、現在、(財)鉄道総合技術研究所においてその開発が続けられている。
 この方式は、車上の超電導磁石と地上のコイルの反発力を用いて浮上するとともに、地上からの制御により、リニアモーターを用いて推進する構造となっている。
 昭和54年には、無人の実験車両で517km/hを達成し、また、昭和62年には有人の実験車両で400km/hを達成するなどの実験成果をあげてきている。さらに昭和62年度からは、将来の営業用車両の原型車を用いた走行実験を宮崎実験線において行っており、昭和63年12月には無人走行で最高380km/hを記録している。また、超電導磁石による磁界を遮断する磁気シールドの開発や、追い越し可能とするための超高速で通過可能な分岐装置の開発等を行っている。
 今後、鉄道システムとして実用化するためには、連続した高速走行試験による機器の信頼性・耐久性の確認、建設コストの見極め、複数列車を制御する装置の開発、高架橋上及びトンネル内における高速すれ違い試験、さらに異常時における安全対策の検討等を行う必要があり、そのため、長さ40km程度の新しい実験線の建設が必要となっている。
 運輸省においても、これらの技術開発の進捗状況を考慮しつつ、昭和63年度より2年間の予定で、実用化に向けた今後の技術開発の進め方の検討と併せて、実験線建設適地に関する調査を行っており、省内において開催されている超電導磁気浮上式鉄道検討委員会において平成元年8月に建設適地として山梨を選定している。
(2) 常電導磁気浮上式鉄道の開発
 常電導磁気浮上式鉄道については、昭和49年より日本航空によって研究が開始されたHSST(High Speed Surfase Transport)があり、超電導方式のものと同様の特性を有する鉄道として、現在、(株)エイチ・エス・エス・ティで開発が続けられている。
 この方式は、浮上に電磁石の吸引力を利用するとともに、車上制御によるリニアモーターを用いて推進する構造となっている。
 HSSTの場合、目標速度が100〜300km/hと比較的低いことや、技術的にも超電導技術のような先端技術を必要としない分だけ実現性は高いと考えられるが、鉄道システムとしての実現までには一部の技術開発や実証試験等も残されている。このため、都市内交通を目指した最高速度100km/hの鉄道システムについては、本年8月に設立された第3セクターが、中部地区に実験線の建設を計画し、その実用化研究を行うこととしている。一方、運輸省においても、当該システムの安全性、信頼性等に関する技術評価方法の検討を行っている。
(3) 高密度化運行技術の開発
 大都市における鉄道需要の増加に対応し、輸送力の増強及び快適な通勤通学を確保するため、新線の建設や列車の長大化等を進めているが、用地問題や膨大な工事費を伴うこと等から、実現には多大な時間を要している。
 このため、比較的少ない設備投資で短期間で実現可能である高密度運転のための信号保安システムの開発が必要であり、運輸省においては、昭和63年度及び平成元年度において列車の高密度化運行技術の安全性・経済性について評価を行い、信号保安システム改善方策について検討を行っている。

3 造船技術
 長期にわたる構造不況により、我が国造船業界の活力の低下が強く懸念される状態となっている。このような中で、我が国造船業界が今後とも基幹的な産業として健全な発展を遂げていくためには、その経営の安定とともに造船技術の高度化を図っていくことが重要な課題となっている。こうした観点から、平成元年度より造船業基盤整備事業協会の助成等による次世代船舶研究開発促進制度を創設し、次世代を担う新しい船舶の技術開発を強力に推進することとしている。
(1)新形式超高速船の研究開発
 製品の高付加価値化等経済社会構造の変化に伴い生ずる様々な輸送ニーズに応えることができるように、海上輸送についても、高速化、システム化等の高度化が求められている。そこで、平成元年度より、従来の船舶の2倍以上の高速で推進でき、航空機やトラックより大量の貨物を、国際的には航空機の約10分の1、国内的にはトラックなみの運賃で輸送できる新形式超高速船(テクノスーパーライナー'93)の研究開発が、テクノスーパーライナー技術研究組合により行われている。
 この新形式超高速船は、従来の船舶の限界を超えた50ノット(時速約90km)の航海速力、約1000トンの積載重量を有するもので、これが実用化されれば、物流ネットワークに大きなインパクトを与えることになると思われる。
(2)高信頼度知能化船等の開発
 現在、船舶の信頼性を飛躍的に向上させた「高信頼度プラント」及び、気象・海象情報の提供等の陸上支援による海陸一体化と知能化による「高度自動運航システム」の開発により、運航の経済性の抜本的な向上を目指す「船舶の知能化・高信頼度化技術」の研究開発が進められている。
 運輸省では、これまで、船舶技術研究所において「出入港自動化システムの評価技術の研究」を行い、産官学の協力で航行シミュレーション・システムを完成している。
 なお、「高信頼度プラント」については、これまでに実施した基礎実験等に続き、開発会社による研究開発が行われている。
(3) 新たな造船技術の開発
 近年、進展の著しい先端基盤技術を活用し、造船技術の生産総合情報システム(造船CIMS)化のための研究を推進している。
 また、原子力船については、国が定めた基本計画に基づき、日本原子力研究所において、原子力船「むつ」による研究開発を実施しており、さらに「むつ」による研究の成果を取り入れ、経済性、信頼性等の向上を目指した舶用炉の研究を推進している。

4 人工衛星の開発利用
 運輸分野における人工衛星の利用は、現在、気象観測及び海洋測地では、不可欠なものとなっており、今後さらに衛星通信等を活用することにより、交通機関の安全性と利便性を飛躍的に向上させる可能性がある。そのため、運輸省では、様々な開発利用が進められている。
(1)気象観測
 静止気象衛星「ひまわり」は、東経140度の赤道上空で運用され、気象現象の監視、台風等による災害の防止・軽減に活躍している。「ひまわり」の観測データ等は、我が国のみならず、アジア・オセアニアの23ケ国・領域で活用され、各国の天気予報の精度の向上に多大の貢献をしており、今後とも、この安定的・継続的な運用が望まれている。このため、平成元年9月には現在運用中の「ひまわり3号」と同型の「ひまわり4号」を打ち上げ、さらに、平成5年度に打ち上げを計画している静止気象衛星5号の開発を推進している。また、気象等の予報に欠かせない海面水温や雲の高さ等の算出精度の向上を図るための研究・技術開発を行っている。
(2)航空管制
 洋上を飛行する航空機は、超短波帯(VHF)の管制通信及び航空路監視レーダーの覆域外にあるため、短波通信を用い、パイロットからの位置通報を基に管制を行っている。しかし、この短波通信は不安定かつ容量が少なく、増大を続ける国際航空交通を安全かつ適切に管制していくためには、通信手段等を抜本的に改善する必要がある。
 そこで、航空衛星の利用による、地上の管制機関と洋上を飛行中の航空機との間の大幅な通信の改善、洋上の航空機の正確な位置の把握等、洋上飛行の安全性及び管制処理能力の飛躍的向上が期待されている。
 我が国では、電子航法研究所を中心として、昭和62年8月に打ち上げられた技術試験衛星「きく5号」を用いて、航空機に対する通信・測位・監視技術の開発を目的として航行援助実験を行っている。この実験は最新の技術の取り入れた本格的実験であることから、国際的に注目を集めており、我が国としては、実験成果を国際民間航空機関(ICAO)等の場で積極的に報告し、国際的技術基準の作成に貢献するとともに、将来の航空衛星導入に備えて技術の蓄積を図ることとしている。
(3)捜索救助
 国際海事機関(IMO)では、極軌道衛星を利用して、船舶の遭難時における遭難通信を捜索救助機関に伝えるシステムを1992年から世界的に導入することとしている。このシステムは、遭難船舶に対し迅速な救助活動を可能とするなど海難発生時における人命救助にとって画期的なシステムであり、海上保安庁では、同システム対応した地上局の整備に平成元年度から着手している。
 しかし、極軌道衛星を利用するシステムでは、遭難情報をリアルタイムに入手できないことがあるため、アメリカ等のIMO加盟主要国では、静止気象衛星を補完的に利用するシステムの検討を行っている。我が国としても、静止気象衛星5号を利用した同システムの実験を行うこととし、平成元年度から、同衛星に搭載するための捜索救難信号中継器の開発に着手した。
(4)海洋測地
 我が国の管轄海域の確定のために、海図上の本土及び離島の位置を世界測地系で表示しておく必要がある。海上保安庁では、世界測地系に基づくこれらの位置関係を高精度で求めるために、測地衛星「ラジオス」、「あじさい」等を利用した海洋測地を推進している。
(5)多目的な衛星システムの開発〔2−9−4図〕
 以上のように、運輸行政においては、気象観測、航空管制、船舶・航空機の捜索救助、測地等の分野で人工衛星利用の重要性が増大しており、一方、民間においても、船舶・航空機の安全で効率的な運航管理、移動体通信を利用した輸送サービス高度化等の面で、人工衛星による通信・測位機能を活用しようとする機運が高まっている。
 平成元年4月に運輸技術審議会から「運輸多目的衛星の開発を可及的速やかにかつ積極的に進める必要がある。」との答申が出されている。
 このような背景の下、運輸省では運輸に関する様々な衛星利用ニーズを効率的かつ経済的に満たすため、大型で多目的な機能を有する衛星システムの研究を行っている。

5 海洋開発利用技術の開発
(1)海洋構造物の沖合展開のための開発研究
 近年、海洋スペースの利用に対する需要は著しく増大してきており、今後の海洋利用は沿岸部のみならずより沖合に場を求める必要があるが、沖合の大水深域という厳しい環境において大規模な海洋構造物を建設するためには革新的な技術が必要である。
 このため、これまで開発されてきた要素技術を集大成した実物大模型による実証実験を行い、安全性、信頼性を確認し、その成果を海洋構造物の設計、施行技術の確立のために活用することとし、昭和61年度から5ケ年計画で「海洋構造物の沖合展開のための開発研究」を進めている。
 このうち、浮遊式海洋構造物については、船舶技術研究所等で実物大模型「ポセイドン」〔2−9−5図〕を用いて山形県沖において実海域実験を実施しており、また、着底式海洋構造物については、港湾技術研究所等で平成元年度から鳥取県境港において、実海域実験を実施している。
(2)港湾技術の開発
 近年、港湾の建設条件は、大水深、高波浪、超軟弱地盤と苛酷になっている。また、港湾施設に対する景観、快適性の確保等多様な要請に対処する技術や、建設コストの低減、沖合人工島や静穏化海域構想の実現、ウォーターフロント開発における親水性確保のための要請等に対処する革新的技術開発が求められている。このため、港湾技術研究所等での研究成果を踏まえつつ、次のような技術開発を推進している。
(ア) 波エネルギー吸収型防波堤の開発
 大水深で建設される防波堤においては、その建設コストに占める消波機能の割合が高い状況にある。このため、波のエネルギーを防波堤前面に設けた空気室において空気の流れに変換することにより、波力及び反射率を低減させ、この変換したエネルギーを用いて発電もできる経済的な波エネルギー吸収型防波堤〔2−9−6図〕の現地実証実験を昭和62年度から行っている。平成元年7月には、実証試験用ケーソンを酒田港に設置し、11月から発電効果及び消波効果等の計測を開始するとともに、実際に発電した電力をロードヒーティング等へ活用する等の有効な活用方法についての検討を行うこととしている。
(イ)水中施工機械等の開発
 防波堤等の港湾構造物の建設海域が数十メートルと大水深化し、従来の潜水士による構造物の施工やその状況の確認等が困難になってきている。こうした作業を自動化するため、水中部の基礎マウンド表面の均し等を行う捨石基礎築造機械及び海底を歩行しながら各種の調査を行う水中調査ロボット〔2−9−7図〕等の開発を行っており、平成元年度には、実用化に向け、大水深の工事区域において実海実験を行うこととしている。

6 交通安全のための技術の開発
(1) 自動車の安全
 近年のマイクロエレクトロニクス技術の進展に伴い、自動車においても電子機器が広く採用されてきているが、電磁雑音下等厳しい使用状況においても自動車の安全性を確保できるように、車載電子機器を取り巻く電磁環境等を把握するとともに、種々の電磁環境に対する機器の耐久性及び信頼性を確保することについての調査を行い、車載電子機器に係る安全性の向上を促進させるべく評価方法を検討することとしている。
(2) 鉄道の安全
 降雨時や地震時における鉄道輸送の安全を確保する観点から、降雨災害の予知及び検知システムの技術開発を行うほか、地震による事故防止及び地震発生後の運転再開の迅速化を図るため、地震防災及び復旧支援システムの技術開発を行っている。
(3)航空機の安全
 近年、増大し多様化する航空交通の安全を確保するため、電子航法研究所等において、各種の航空保安システムの開発を進めている。特に、地形による制約が少なく、また、正確で自由度の大きい複数の進入、着陸コースの設定を可能とするMLS(マイクロ波着陸システム)や航空機間のデータ通信により衝突の危険性を警告し回避するCAS(航空機衝突防止システム)等の新しい航空保安システムの開発・実験を重点的に推進している。

7 地震予知・気象予報技術の開発
 我が国の国土は、風水害や地震などによる災害を受けやすい特性を持っている。こうした災害から我々の生活や経済活動を守っていくためには、災害発生の予知を的確に行い災害を未然に防いでいく必要がある。このため、地震の予知技術や気象予報の精度を向上させていく技術開発が必要である。
(1)地震予知技術の開発
 直下型地震の前兆現象に関する知識を集積し、客観的な前兆現象判定手法を開発するため、「直下型地震予知の実用化に関する総合的研究」を行っている。この研究では、人工知能を用いた予測手法の高度化を図ることとしており、これに必要な知識ベースの作成を進めている。
(2)気象予報技術の開発
 地球上の大気の状況を把握し、将来の大気の状態を予測する数値予報技術の高度化を図り、地球全体の地面状態や植生が天気に与える影響をも考慮した中・長期予報モデルの開発を進めている。また、地球規模の異常気象・気候変動の解明のため、大気・海洋結合モデルなどの気候モデルの開発・改良を行っている。



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