平成3年度 運輸白書

第1章 90年代の交通政策の基本的方向

第1章 90年代の交通政策の基本的方向

 我が国は、長期にわたる景気拡大の中で90年代を迎えたが、これに先立つ80年代は我が国経済社会の大きな変革の時代であったということができる。この時期には、国民生活や国民意識が高度化・多様化するとともに、高齢化の進行、円高を契機とした産業構造の変化、東京一極集中、科学技術の進歩等によって、経済社会をとりまく諸状況が急速に変化した。また、我が国の経済の発展に伴い、広範な形で我が国の国際化が進展した。こうした状況は90年代に入っても続いており、さらに地球環境問題等環境制約の増大や人手不足問題等に直面して、ますます変化の度合いを強めていると考えられる。
 交通は、経済発展や国民生活の向上に大きな役割を果たしてきているが、上述のような経済社会の変化に直面し、交通のほとんどすべての分野において、なお解決すべき課題が山積している状況にある。この章では、これらの課題を整理するとともに、その対応の基本的方向について述べることとする。

    1 国内交通をめぐる制約要因の顕在化と交通政策の方向
    2 国際化の進展と交通の課題


1 国内交通をめぐる制約要因の顕在化と交通政策の方向
(1) 交通サービス供給にあたっての制約要因の顕在化
 我が国経済の拡大等に伴い、近年の国内旅客輸送量、国内貨物輸送量は、ともに増加傾向を示しており、今後についても、運輸政策審議会が行った2000年度までの輸送需要の予測によれば、旅客、貨物ともにその増加が見込まれている。これまでの輸送量の増加は、主としてマイカー、トラック等の自動車によって分担されており、その輸送分担率は、2年度の旅客輸送人キロで59.8%(輸送人員では65.8%)、貨物輸送トンキロで50.2%(トン数では90.2%)にまで高まっている〔1−1−1図〕。一方、環境問題、道路交通混雑、労働力不足等の交通サービス供給にあたっての制約要因が顕在化しており、このまま放置すれば円滑なモビリティの確保が極めて困難になると考えられる。
(ア) 地球環境問題等環境制約の増大
 近年、二酸化炭素(CO2)等による地球温暖化の問題をはじめとする地球的規模の環境問題がクローズアップされている。これらは、これまでの公害問題とは異なり、日常生活を営むうえで直接的な影響を受けることなく徐々に進行し、被害が現実のものとなったときには既に回復困難となることが予想されている。地球温暖化問題については、4年6月に開催される国連環境開発会議(地球サミット)における「気候変動に関する枠組み条約(仮称)」の採択をめざし交渉が進められている。一方、政府の地球温暖化防止行動計画では、一人あたり二酸化炭素排出量について2000年以降おおむね1990年レベルでの安定化を図るとともに、革新的技術開発等が現在予測される以上に早期に大幅に進展することにより、排出総量が2000年以降おおむね1990年レベルで安定化するよう努めることとしているが、運輸部門は二酸化炭素総排出量の約2割を占めていることから、技術開発を進め、交通機関単体からの二酸化炭素排出量を低減・抑制するとともに、二酸化炭素排出の少ない交通体系を構築していく必要がある〔1−1−2図〕
 また、国内の公害問題についても、おおむね改善傾向にあるものの、窒素酸化物(NOx)による大気汚染〔1−1−3図〕や交通騒音等、依然問題が残されている分野もある。そこで、これまでの交通公害対策を引き続き強化していくとともに、特に、窒素酸化物については、大都市において環境基準が達成されていない測定局が多く、状況の改善が進んでいないことから、発生源への規制の一層の強化や物流の効率化対策等を実施することも考える必要がある。
(イ) エネルギー情勢の変化
 先進国経済の拡大基調の持続、開発途上国の工業化の進展等により、21世紀に向けて世界的にエネルギー需要が増大する一方、中東産油国への依存度が上昇することによって、石油供給が不安定化あるいは石油需給が逼迫化する可能性も考えられる。さらに、地球温暖化問題が化石燃料中心のエネルギー利用の新たな制約要因として登場している。一方、交通はエネルギーの一大消費部門であり、かつ、消費量の伸びも高いことから〔1−1−4図〕〔1−1−5図〕、各交通機関の省エネルギー・石油代替エネルギー対策を進めるとともに、交通体系を省エネルギー型に再構築していくことが必要となっている。
(ウ) 高齢化社会の到来
 我が国の将来の総人口は2010年をピークになだらかな減少傾向に移る一方、65歳以上の高齢者人口は増加を続け、そのピーク時の2020年には4人に1人(25.2%)が65歳以上となると予想されている〔1−1−6図〕。このような高齢化社会のなかで、高齢者がその心身機能が低下しても社会活動や余暇活動を行えるようにするためには、高齢者にも利用しやすい輸送機関や交通施設を整備していく必要がある。
(エ) 運輸産業における労働力不足
 今後の我が国の生産年齢人口は平成7年をピークに減少に転じることが予想され、また、中長期的には労働力人口の伸びも鈍化していくことが予想される。
 運輸産業の大部分の業種においては、労働時間が不規則になりがちであり、仕事内容がきついなどの要因もあって、人手不足感が高まっているが〔1−1−7図〕、労働力人口の伸びが鈍化していくと予想されるなかで、安定的な輸送力の確保を図るためには、効率的な交通システムを構築していくことが必要となっている。
(オ) 空間の逼迫化
 交通施設を整備するためには、かなりの空間を必要とするが、空間には絶対的な容量の限界があるほか、特に大都市部を中心に地価高騰による取得費の増大〔1−1−8図〕等もあり、交通施設整備のための空間確保が困難になりつつある。このため、需要の増大に伴って、交通施設の混雑が激しくなってきている。
 今後は、経済規模の拡大等により、空間に対する需要は全分野にわたりさらに増大することが見込まれ、交通分野においても、空間の制約のもとでの効率的なネットワークの形成に努める必要が生じている。
(2) 国民意識の高度化・多様化
 所得水準の上昇や余暇時間の増大、あるいは国民意識の変化により、個人生活の充実に対する欲求が高まっており〔1−1−9図〕、交通サービスにおいても、予約時を含む全行程にわたり、トータルシステムとしての高速性、快適性、利便性、あるいは選択の多様性等が求められるようになっている。
 また、経済・社会活動の面においても、近年の人件費水準の上昇や労働時間の短縮による業務面での時間価値の上昇等から、高速交通サービスへの要求が高まっている。
(3) 鉄道等大量輸送機関を活用した交通体系の構築
 今後、こうした制約要因や国民意識の変化を考慮しつつ、適切な交通サービスを供給するためには、「公共輸送機関」を最大限活用することが重要である。特に、幹線交通においては、国民の高速性志向にも対応し、新幹線鉄道の整備や在来線の高速化、あるいは航空ネットワークの整備を図るとともに、都市交通の分野においては、鉄道等の大量輸送機関を活用した交通体系の構築を図り、これに需要を誘導していくことが必要である。また、物流についても、幹線部分について鉄道、内航海運等の大量輸送機関に需要を誘導する必要がある。これらの大量輸送機関は、環境負荷が少なく、省エネルギー型であるほか、空間の利用や労働力の活用の面においても効率的であり、制約要因への効果的対応が可能であるからである。このため、全国的な高速鉄道ネットワークの形成や大都市鉄道の輸送力増強を図るなど公共輸送機関に係る交通施設の整備を強力に進める必要がある。
 また、前述の国民意識の変化を考慮して、個々の輸送機関の快適性を高めるとともに、乗継施設の改良、適切な情報提供等利便性を向上させるための対策が必要である。
(ア) 幹線交通施設の整備
 社会経済活動の活発化等に伴い、幹線交通サービスに対する需要は急速に伸びており〔1−1−10図〕、すでに交通施設の容量不足が顕著になっている。例えば、東海道新幹線の混雑が激しくなっているほか、東京、大阪両国際空港の容量も需要の伸びに対応しきれていない状況にある。
 また、前述の運輸政策審議会の輸送需要の予測によれば、鉄道旅客については、12年度(2000年度)の輸送量は人キロベースで昭和63年度(1988年度)の約1.2〜1.3倍、航空旅客については約1.9〜2.1倍に増加することが見込まれている。このうち、鉄道による旅客輸送需要については、前述のさまざまな制約要因を考慮すれば、長期的にはさらに大きな需要も生じる可能性がある。同時に、その高速化や快適性の向上も進めていく必要があると考えられる。なお、これに対応する交通施設の整備については、次章第1節で詳しく述べる。
(イ) 大都市交通の整備
 近年、東京圏への高次都市機能と人口の集中が進み、住宅取得難、通勤・通学混雑、道路交通混雑等の東京問題といわれる弊害が深刻化している〔1−1−11図〕。また、その他の大都市圏においても、東京圏ほどではないものの同様の弊害が生じている状況にある。このことは、国民生活において経済力に見合った豊かさを実感できない一因となっている。このため、多極分散型国土の形成のための努力が引き続き行われる必要があるが、交通面においては、前述の制約要因を考慮すれば、大都市鉄道の整備が求められている。なお、大都市鉄道整備に関する具体的な対応策については、次章第1節で詳しく述べる。

2 国際化の進展と交通の課題
(1) 国際的な人の移動の活発化
 国民の所得水準の向上、自由時間の増大等に伴い、余暇活動を含めた海外旅行は、若年層から家族単位の旅行まで、いずれの階層でも活発化し、特に20代の女性観光客の伸びが顕著となっている一方、海外からの来日客もアジアを中心に順調に伸びてきている。また、経済活動の国際化に伴い、30代から50代の男性ビジネス客を中心とした企業の業務のための海外への出張〔1−1−12図(a)〕〔同図(b),(c)〕、あるいは外国人ビジネス客の来訪が急速に増大している。このような国際的な人の移動は今後ますます増大していくことが予想されることから、交通手段として、国際航空ネットワークを整備するとともに、観光交流の充実・強化を図っていかなければならない。そこで、次章第2節で述べるように、国際空港の整備、国際航空路線網の充実、地方空港の国際化等により、国際交通サービスを必要な時に、身近に、快適に利用できるようにしていくとともに、21世紀に向けた国際観光振興策を推進する必要がある。
(2) 輸出入構造の変化と企業活動のグローバル化
 世界的な貿易構造の変化と企業活動のグローバル化が進展するなかで、我が国でもアジアNIEs諸国の工業化等に伴う水平貿易の進展、円高等を背景とした対外直接投資の増加、あるいは我が国企業の企業活動の世界的展開等、さまざまな変化が生じている。これに伴い、輸出では通信機、半導体の増加等輸出品の高付加価値化が進むとともに〔1−1−13図〕、輸入ではテレビ、電話機等の製品輸入や肉類、魚介類等の食料品輸入が増加している〔1−1−14図〕。この結果、国際航空貨物が増大するとともに〔1−1−15図〕、国際海上貨物についてはコンテナ貨物の輸入が急増している。しかしながら、国際航空貨物は新東京国際空港に一極集中していることから、同空港の容量不足が大きな問題となっており、また、国際海上コンテナ貨物については、我が国の港湾はコンテナ輸入量の増大やコンテナ船の大型化に十分対応しているとは言い難い。そこで、次章第2節で述べるように、国際航空貨物取扱施設の拡充や地方空港の活用を図るとともに、港湾におけるコンテナ埠頭の大型化や総合輸入ターミナル等の輸入インフラの整備が必要になっている。




平成3年度

目次