第2節 経済社会が直面する課題と交通分野への影響

 現在、我が国の経済社会は、環境問題、少子高齢化、経済社会のグローバリゼーション等の内外の大きな課題に直面しており、とりわけ、最近のIT革命の飛躍的進展は、国民の生活を大きく変えようとしている。
 経済社会を支える交通分野についても、少子高齢化時代を迎え輸送需要の変化に対応する一方、環境問題、経済社会のグローバリゼーションといった要因に加え、高度情報通信ネットワークを活用した新たな交通社会の構築へと、日本新生に向けて大胆な転換が求められる。

1 我が国が直面する重要課題

(1) IT革命の飛躍的進展

 政府は、経済構造改革の推進、ゆとりと豊かさを実感できる国民生活の実現、個性豊かで活力に満ちた地域社会の実現等を基本的な視点に据えたIT国家戦略を構築すべく、「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)案」を平成12年秋の臨時国会における成立をめざしているところである。高度情報通信ネットワーク社会の形成を目指すべく、世界最高水準の高度通信ネットワークの形成等を通じた電子商取引の推進、電子政府・電子自治体の実現等を基本とした施策を実施することとしている。
 これにより、すべての国民が、高度情報通信ネットワークを容易にかつ主体的に利用する機会を有し、その利用の機会を通じて個々の能力を創造的かつ最大限に発揮することが可能となり、もって情報通信技術の恵沢をあまねく享受できる社会が実現することになる。
 また、IT基本法案の立案作業と併せて、電子商取引等の促進を図るため、旅行業法等民−民間で書面交付あるいは書面による手続を義務付けている法律について、従来の手続に加え、電子的手段を容認する制度改正を検討している。運輸省においても、高度行政サービスの提供、行政情報の公開等を図るため、電子政府の実現に向けた実験を準備している。
 交通分野におけるIT(情報通信)の活用は、これまでにも鉄道、航空、気象等の分野で先進的に取り組まれてきており、近年港湾の分野においても導入を図っている。今後は、誰もがいつでも使いやすい交通の実現に向け、高度な移動体通信を活用し、利用者が交通に関するリアルタイムの情報を容易に入手・活用することが可能となる施策の展開が期待される。

1−1−49図 情報通信メディアの普及予測

(2) 環境問題の深刻化

 大量生産・大量消費を前提とした現代社会の根本に疑問を投げかける地球環境問題が顕在化した今、環境問題への対応はこれまでのような部分的な取り組みでは解決されず、国民全体で考え、取り組んでいくことが必要となっている。
 交通分野でも、大都市地域における大気汚染、騒音等に関する環境基準はまだ達成されておらず、尼崎公害訴訟や大都市におけるディーゼル車規制が社会問題になるなど、自動車交通がもたらす大気汚染、騒音等の公害問題に対する関心が高まっている。
 また、地球環境問題でも、9年12月の気候変動枠組条約第3回締約国会議において採択された京都議定書において、2008年から2012年までの間に、二酸化炭素を含む温室効果ガスの排出量を1990年比で6%削減するとの数値目標が定められている。全二酸化炭素排出量の約2割を占める交通部門においては、自動車からの二酸化炭素排出量の伸びを背景に一貫してその排出量が増加する傾向にあり、着実な二酸化炭素の排出削減が求められている。
 このため、自動車交通のグリーン化を中心とする対策や鉄道・海運等の活用(モーダルシフトの推進)、都市交通政策の充実等により、環境の改善に貢献する持続可能な交通体系の実現が喫緊の課題となっている。
 さらに、循環型社会の構築に向けて、廃棄物の発生量抑制やリサイクルの促進が必要であり、交通分野においても、循環型社会の構築に向けた取り組みが必要となっている。

1−1−48図 世界の年平均地上気温の平年差の経年変化(1880年〜1999年)
1−1−51図 運輸部門の二酸化炭素排出量の削減目標

(3) 少子高齢化への対応

 我が国がこれまで経験したことのない人口減少社会の到来や、人口に占める高齢者割合が世界的にも例を見ないほど急速に高まることは、社会の活力維持への懸念を生じさせているばかりでなく、資産運用の意識の変化、労働力需給の不均衡をはじめ、多くの分野で我が国経済社会のあり方を変えることとなる。
 高齢化に対応するためには、バリアフリー化をはじめとする高齢者が楽しく暮らせる生活空間の創出、70歳まで働くことを選べる社会、高齢者の健康ための環境整備、介護サービス基盤の整備、高齢者が安心できる諸制度の確立が課題となっている。
 少子化の進展に伴う若年労働力不足問題については、女性や高齢者の就労の促進やITの活用による生産性の向上によって克服できるという見方もあり、現在の交通産業の年齢階層別就労状況から予測すると、我が国の交通産業全体としては2010年頃まではその影響が小さいことが見込まれる。しかしながら、労働集約型産業が多い交通産業では楽観は許されず、問題が顕在化する可能性もある。
 このため、将来の若年労働力の減少に備え、男女共同参画の考え方に沿った女性労働力の積極的活用や高齢労働力の活用のための環境整備について、早い段階からの検討が求められる。
 また、生産拠点の海外移転等により労働力不足問題を解決することのできない国内の交通産業においては、外国人労働力の受け入れ問題が今後検討課題として浮上する可能性がある。

1−1−52図 前期高齢者(65〜74歳)と後期高齢者(75歳以上)の推移
1−1−53図 交通に求められる高齢者・障害者等のニーズ
1−1−54図 労働人口の将来予測
1−1−55表 運輸業の有業者数の将来予測

(4) 経済社会のグローバリゼーションの進展と企業を取り巻く環境の変化

 近年、経済社会のグローバリゼーションの進展により、我が国のみならず世界の企業・個人が最適な活動の場を求めて地域を選択する傾向が強くなっており、国境を超えた地球規模での活動が活発になってきている。特に、冷戦終結後、急速に進んだ経済のグローバリゼーションの中で、我が国独自の制度や慣習に基づく活動は、米国がリードするグローバルスタンダードとの整合が厳しく問われるようになってきており、我が国企業も、内外の投資家に対する経営責任がこれまで以上に厳しく問われる時代となってきている。
 バブル崩壊以降の我が国経済の長期低迷の中で、政府は、90年代に累次の経済対策を実施し、我が国の景気を下支えしてきたが、今後も、我が国の財政運営が国際市場における我が国経済社会の評価にも影響することが予測される。金融のグローバリゼーションの進展、国民の資産運用への関心の高まりと相まって、国、地方公共団体が行う投資についても、一層厳しい環境になることが予想される。
 交通インフラ整備をはじめとする社会資本整備についても、その必要性、効果について厳しい目が向けられる状況になってきており、これからの交通体系の構築に当たり、これまで以上に厳しい政策面での評価が求められる状況になっている。
 国際交通の分野では、経済社会のほかの分野に先駆けてグローバリゼーションが進んでおり、厳しい国際競争の中で企業活動が行われるとともに、国際交通分野の活動の活発化が経済社会のグローバリゼーションをさらに促進している。国際交通分野の活動と連動する形で、国内交通の各分野においても、その対応が重要課題となり、あらゆる分野での市場のグローバリゼーションに伴い、国際的に遜色のない水準のサービスの提供や国際的な動向を踏まえた関連諸制度の改善が求められるようになっている。
 内外の投資家への説明責任を果たすため、会計基準の国際化が進められており、一部では地域独占的な経営形態をとっている交通事業においても、連結対象となる関連事業を含めて事業の効率化がより一層求められる時代となっている。

1−1−56図 我が国の海外生産比率の推移
1−1−57図 世界の各ブロックの貿易の状況

(5) 安全に対する意識の高まり

 長寿社会を実現した我が国にあって、国民は安全を脅かすものの解消に強い関心を持ってきている。こうしたなかで、最近、信頼されていたシステムに生じた相次ぐ事故、犯罪及び大規模自然災害により、安全に対する意識はかつてないほどに高まっている。また、高度情報化社会が現実となりつつある中で、いわゆるサイバーテロも社会的な脅威になってきている。
 この中で、交通事業に対しては、最近の度重なる事故により、国民の交通機関の安全性に関する信頼感が揺らぎ始めている。また、ハイジャックやバスジャック等の交通機関を対象とした犯罪からの防護、自然災害に対する備えの必要性も指摘されている。
 また、自動車交通事故による死傷者数は、自動車保有台数及び走行台キロの増加を背景に11年には史上初めて100万人を突破し、重度後遺障害者が増加するなど、言わば「新たな交通戦争」と呼ばれる状況が生じている。ITの活用等による自動車交通事故に対する緊急かつ抜本的な対応が必要となってきている。

1−1−58図 自動車交通事故における高齢者死亡事故の国際比率(1997年)

2 21世紀の交通需要予測

 将来の交通のあり方を考えるに当たっては、現在の経済・社会の動向を踏まえた場合の将来の交通の姿を予測する必要がある。
 ここでは、運輸政策審議会において示された、目標を2010年とする長期の交通需要予測を参考に、将来の交通の姿から抽出される課題を述べる。

(1) 貨物輸送

 経済成長の停滞を受け、国内輸送は1995年から2010年までの15年間で1〜5%の伸びにとどまることが予想される。この中では、コンテナ・RORO船と航空輸送が伸びるものと予測される。
 他方、国際貨物輸送については、アジア諸国の経済発展に伴う国際貿易の進展により航空、外貿コンテナを中心に輸送量が増加することが見込まれ、航空輸送が15年間で63〜89%増に、海上運送が15年間で14〜16%増(外貿コンテナは79〜84%)になると予測される。

(2) 旅客輸送

 国内旅客輸送は、15年間で4〜6%の伸びに止まり、戦後以降順調に伸びてきた輸送需要の伸びは、少子高齢化や経済成長の停滞を受けて鈍化することが予想される。他方、アジア諸国の経済発展等を受けて交流がさらに拡大し、国際旅客輸送は15年間で59〜79%増となり、順調に推移する見込みである。

1−1−59表 2010年頃の輸送需要の見通し

(3) 予測結果から見た将来の交通の課題

 上記の需要予測で示されるこれからの交通システムの課題としては、以下のようなものがあげられる。

 (ア)投資余力の減少
   国内輸送は、貨物、旅客ともに、これまでの輸送統計の中心であった「トン、トンキロ、人、人キロ」をベースとした需要の伸びが今後大幅に鈍化することが予想されている。このため、大都市圏を除き、これまでの交通分野の最大の課題であった「輸送力増強」が必ずしも課題とならなくなる。また、昭和30〜50年代に整備された大規模な交通インフラの維持・更新投資にウェイトを移さざるを得ないことが予想されるが、高齢化や環境問題等への対応のための投資をいかに進めていくかも課題となり、効率的な投資とともに、投資の一層の重点化が求められるようになる。

 (イ)自動車交通への対応
   地球環境問題への我が国の責務を果たす観点からも、環境負荷が少ない交通体系の実現が求められている。現在の利用者の選好を前提に行ったこの需要予測によれば、貨物、旅客交通ともに、自動車の需要が中心となることが予測される。利用者のニーズに合った、安全かつ環境負荷が少ない交通体系を実現するための取り組みが必要となる。

1−1−60図 公的固定資本形成に占める維持更新費の推移(試算値)(実質:1990暦年基準)