1 都市交通をはじめとする地域交通問題への対応
我が国の大都市圏で通勤・通学の主な交通手段として機能している鉄道については、三大都市圏における通勤・通学時間帯の混雑解消が長年の懸案であり、精力的な路線整備等の努力により、混雑率の着実な低下が図られている。しかしながら、一部の路線では今なお著しい混雑が残っており、今後さらに輸送力増強、新線整備を継続し、ネットワークの充実を図るとともに、駅と駅周辺のバリアフリー化施策、相互直通運転化等のシームレス施策により交通機関の利便性を高めていく必要がある。
また、地方中枢都市等の交通における重要な住民の足であるバスについては、ニーズに応じた適切なサービスを効率的に提供するための経営努力が必要である。他方、公共交通機関の利用促進の観点から、走行速度、定時性の向上といった走行環境の向上が必要であるが、道路渋滞の緩和や路上駐車対策等については、都市政策や交通流管理政策等との連携の中でその利便性の向上を図っていく必要がある。
1−1−61図 都市交通の問題点(複数回答) 1−1−62図 三大都市圏における機関分担率 |
(2) 都市交通における道路交通混雑や環境問題への対応
(a) 旅客交通における自家用自動車の位置付け
我が国の交通の主役である自家用乗用車についてみると、道路交通の円滑化のために懸命な道路整備の努力が重ねられながら、道路空間に絶対的な制約が存在し、道路交通混雑と環境問題という大きな課題に直面している。今後は、道路交通混雑と環境問題という自家用自動車の利用が有する負の部分への対応を都市の形成・再編過程において考えていく必要があり、そのためにも、「都市と交通の改造」を進めていく必要がある。
具体的には、交通ターミナル等への多様な都市機能の集積の促進、まちの中核的な交通動線へのLRT、バス等の公共交通軸の設定等により交通需要を管理していくことが重要である。また、交通機関のバリアフリー施策等を講じ、公共交通の利便性を大幅に高めたり、歩道・自転車道の整備を進め、自家用自動車の使用抑制を図るといった方策も必要である。しかしながら、この問題は、各地域における国民の移動の自由の確保や生活の維持と関わっており、地域における合意のもとで進めていく必要がある。
また、平成11年度に死傷者数が100万人を突破した自動車交通事故への対応も必要である。様々な角度から交通事故の要因を解明するとともに、高度な通信・情報技術等を駆使し、事故の未然防止対策、事故の被害軽減対策等を推進することにより、自動車交通安全対策の強化を図ることが必要である。
(b)都市内物流におけるトラックの位置付け
都市内の物流はそのほとんどをトラック輸送が占めており、トラック輸送が都市を支えている状況である。その中で、道路渋滞や環境問題への対応を進める必要があることから、トラックの単体対策や都市内での共同配送の促進等の輸送の効率化を進めることが必要である。
1−1−63図 道路整備延長と自家用乗用車保有台数との関係 1−1−64図 混雑時平均旅行速度(一般国道) 1−1−65表 渋滞による損失 1−1−66図 買い物、レジャー等の用事の場合に利用する交通機関 1−1−67図 主要国の自動車普及率(自動車1台当たり人口数) 1−1−68図 歩道等の整備状況(平成9年度末見込み) |
コラム 欧米で進む新しい自動車利用の形態〜カーシェアリング〜 |
都市部での車の所有の新しいあり方として、車を複数人で共同利用するシステムである「カーシェアリング」という手法が、ドイツやオランダ等で普及してきている。 ドイツの代表的な事例でそのシステムを見てみると、カーシェアリングの車は市内に点在する各ステーションに配備されており、24時間申し込みが可能となっている。利用者は、予約センターに車の予約を行い、ステーションまで徒歩か自転車で車を取りに行く。利用料金の精算は、車から無線でセンターに送られてくる利用情報に基づき、定期的にまとめて行われる。 利用料金は個人が乗用車を保有する場合と比較すると低廉であることから、マイカーを「共有」することに対する理解が深まれば、駐車場スペースの確保が困難であり、マイカーを使用する利用者が相当数存在する大都市部においてはシステムが普及することも考えられる。地域全体で取り組めば、路上駐車の減少、道路渋滞の緩和、CO2排出量の削減等の効果が期待され、これからの都市圏における交通システム、マイカー使用のあり方を考えていく場合に一つの示唆を与えるものである。 我が国でも、神奈川県海老名市、横浜市や愛知県豊田市などで相次いで自治体や自動車会社等が主体となった電気自動車やハイブリットカーの共同利用実験が実施されている。また、マンションディベロッパーとレンタカー業者とが提携してマンション住民がレンタカーを共同利用するシステムが採用されてきており、今後、新たな自動車利用の形態への取り組みが進んでいくと考えられる。 |
魅力ある地方圏の形成には交通が果たす役割が大きく、また、現在、一般に自家用乗用車が中心的な交通手段であることにかんがみ、公共交通が事業として成立し難い地域については、自家用乗用車を利用できない者の生活交通の確保のため、地域の行政の主体的判断により輸送手段を確保するなどの方策を検討・実施していくことが必要である。また、離島における生活交通については、引き続きナショナル・ミニマムの確保の観点から航路・航空路の維持を図る必要がある。
(1) 安全・快適で安心・信頼のできる交通社会の実現
現代社会においては、大量高速交通機関はもとより日常生活に利用する交通機関に至るまで、より厳しい安全性、快適性、信頼性等が求められ、ITの高度活用によりその高度化が可能となる。
交通機関の安全性の向上のため、今後も、ITの高度活用により陸海空のITSの実現を図り、事故未然防止対策や万一事故が発生した場合の被害軽減対策等の分野での取り組みを積極的に推進する。
(2) いつでも誰でも手軽に利用できる交通社会の実現
21世紀においては、いつでも誰でも手軽にサービスが受けられる交通社会の実現が求められている。特に、交通機関に必須の移動体情報通信ネットワークの高度化が大いに期待されており、位置情報、地図情報等のデジタル情報化とあいまって、介護、警備等を目的としたシステムはもとより、一般の日常生活の移動システムにまで拡大することが期待される。停留所、料金所等における掲示システムを中心とした交通情報提供システムから、携帯情報端末や情報家電、カーナビ等電子化された交通情報提供システムへとウェイトを移すことにより、渋滞・遅延情報を含めていつでも誰でも手軽に情報が入手できる交通社会の形成をめざす。
(3) 電子商取引の推進と交通
交通分野は、インターネットを活用した予約等の電子商取引の発展が期待できる分野であり、旅行業法における書面交付等電子商取引の普及に必要となる規制の見直しを進めていくこととしている。
ITの高度利用により顧客と実運送サービスの提供者が直結すると、交通事業の営業部門や旅行業等の業種では、新たな付加価値の創出が求められるようになる。
国際交通分野では、グローバリゼーションの進展とともに企業間のネットワーク化等が進められてきたが、今後は、国際貨物・旅客の流動に係るワンストップ行政サービスの提供等電子政府・電子自治体の構築を急ぐとともに、船荷証券等の貿易関連書面の電子化、運送関係書類のペーパーレス化等の官民一体となった諸改革を進めていく。
(4) 電子政府の実現
気象業務、自動車登録業務、航空管制業務等の行政分野では、他の行政分野に先駆けてITを活用した分野であり、21世紀の冒頭には、高度な行政サービスの提供、行政情報の公開、国民に対する説明責任の遂行等電子政府の実現に向けての先進的官庁として実験を準備している。電子政府・電子自治体が実現すれば、正確な交通情報がリアルタイムでインプットされる体制等が効率的に整備され、ITによる利用者利便の飛躍的向上の実現が図られる。
1−1−69図 21世紀の電子政府実現のための行政情報システム等の整備 1−1−70図 ITの活用による交通情報の提供 |
気候変動枠組条約や京都議定書の定める温室効果ガス安定化・削減目標を達成するとともに、大気汚染等の地域環境問題の解決のためには、二酸化炭素(CO2)、窒素酸化物(NOX)、粒子状物質(SPM)等を削減することが必要である。交通分野において、それらの排出を抑制するためには、排出量の大きな部分を占める自動車交通における取り組みを進めていく必要がある。
このため、燃料電池によりモーターを駆動し、走行する燃料電池自動車をはじめとする環境自動車の開発や、その普及のための自動車税制のグリーン化、都市交通における交通需要マネジメント施策、軽油の低硫黄化(自動車燃料のグリーン化)等を総合的に実施する自動車交通のグリーン化を進めることが必要となる。
このような自動車交通のグリーン化は、燃料の供給システムや自動車産業にも大きな影響を与え、また、物流をはじめとする交通分野にも影響を与えることが想定される。
また、自動車以外にも、モーダルシフトの推進、鉄道・船舶・航空機のエネルギー消費効率の改善、船舶機関から排出される排出ガスの対策、大規模な油流出事故の防止及び事故発生時の対応の強化、新幹線・航空機・舟艇の騒音問題についても、引き続き取り組んでいく。
1−1−71図 運輸部門からの二酸化炭素排出量(平成7年)・貨物輸送量 1−1−72図 交通部門からの二酸化炭素排出量(平成7年) |
資源の少ない我が国において、持続可能な社会の発展を図っていくためには、廃棄物の排出量抑制やリサイクルの促進が必要である。こうした中、12年5月に循環型社会形成推進基本法とその他廃棄物・リサイクル関連法が成立した。
交通分野でも、循環型社会の構築に向けて、公共事業や交通事業等において、廃棄物の排出抑制(Reduce)、使用済み製品の再使用(Reuse)、回収されたものの原材料としての再生利用(Recycle)の取り組みの強化と、効率的で環境にやさしい静脈物流システムの構築を図っていく。
事故原因の多くを占める運転者の認知の遅れ、判断・操作の誤り等(ヒューマン・エラー:Human Error)の原因を減らすために、IT等を活用した自動車の予防安全性能、事故回避性能を向上させるとともに業務用自動車の安全対策を充実させる。また、現在実施されている自動車アセスメント制度の充実等を進めていくことが必要である。さらに、万が一事故が発生しても、その被害が大きくならないようにするため、さらなる自動車乗員保護対策を進める必要がある。
また、我が国は歩行中や自転車乗用中の死者数が他の先進国と比較すると多いことから、街づくりにおいて人と車両の通行空間を分離することに心がけることも重要である。
1−1−73図 交通事故死者に占める歩行中・自転車乗車中の者の割合(平成9年度)
(2) 交通事故の被害者対策をはじめとする事故発生後の対策の充実
交通安全対策を積極的に展開しても、全ての事故を未然に防止することはできない。このため、交通事故の被害者の救済対策を推進していく必要があり、重度後遺障害者対策等社会的に必要な対策について着実に対応する必要がある。
一方、11年6月・10月に生じた山陽新幹線のトンネルコンクリート剥落事故や12年3月に生じた営団日比谷線事故により、鉄道への安全性に対して信頼回復が求められている。このため、「事故原因の分析→安全対策の徹底→対策効果の評価」という安全対策サイクルの好循環化を図ることが必要である。
また、事故責任追及に重きが置かれがちな事故発生後の対応について、事故原因を多角的かつ徹底的に分析するための体制の整備が図られることが必要となる。
さらに、交通における安全確保としては、災害への迅速な対応も重要であり、12年3月に起きた北海道有珠山の噴火、6月に起きた三宅島の噴火や9月に起きた東海地方における大雨への対応のように、今後も、気象予測、津波予報や火山監視体制等の高度化を図るとともに、大雨警報、地震情報や火山情報等の防災気象情報を受けた災害時の的確かつ迅速な初期動作、官民が一体となった応急・復旧への取り組みが求められている。
前述のように、将来の輸送需要に従来のような大きな伸びが見込まれなくなる一方、国、地方公共団体ともに膨大な負債を抱える中で、限られた投資を最大限有効活用すべく、従前以上に既存施設の有効活用と交通インフラ整備の重点化・効率化の徹底を図る必要がある。
このような状況の中、これから行われる交通インフラ整備は、都市問題、経済社会のグローバリゼーション、環境問題、安全対策等の課題に対応する上で必要不可欠であることを広く国民に示すことが厳しく求められる。このため、費用対効果分析を基本とする事業評価を全ての分野について整合的に実施し、社会的に有用であるか否かを示すことが求められる。
さらに、行政サービスの顧客である国民のニーズに沿っていることが求められる。このため、インフラ整備の計画段階からのパブリック・インボルブメント(PI)手法の導入により、住民参加を促進することが必要となる。
また、事業実施過程においても、発注者の説明責任を果たすため、各段階で情報を公開し、計画から供用までのすべての段階において効率化、透明化を進める必要がある。
第1章では、日本型交通体系の形成過程を振り返り、IT革命への対応を中心として21世紀の交通社会の基本方向を展望した。
第2章では、13年1月に発足する国土交通省が取り組んでいく連携施策等について示し、21世紀の交通政策の展開について記述する。