2 海運国際収支改善の方策と問題点
わが国の海運国際収支は以上述べたように,構造的には赤字化の傾向が強いけれども,その海運収入は,国際収支に大きく寄与しており,またその施策いかんによっては,さらに大きな役割を果すことが期待できるのである。
以下に,海運国際収支を改善するための手段としての船腹の拡充とこれを可能にする諸条件について述べることとしよう。
(1) 商船隊の拡充
イ 38年度の船腹拡充
38年度の19次計画造船は,当初は200億円の財政資金を融資(融資資比率70%)して,50万総トンの外航船を建造する計画であったが,0ECD加盟に伴う国際競争力強化のための対策として,外国船との競争毎上とくに問題の多い鉄鉱石,石炭専用船および油送船について財政融資事比率を80%に引き上げるとともに,財政資金も45億円追加した。この結果建造量は当初予定を上回り,56万7000総トンと計画造船始めて以来の規模になった。その内訳は,定期船1隻1万500総トン,鉄鉱石専用船1隻3万4000総トン,一般不定期船8隻10万9000総トン,油送船8隻41万3100総トンとなつている。
38年度の計画造船の特色をあげれば,第1に,37年度から開始されたいわゆる「雨だれ方式」(公募期限を設けず,随時応募してきた船主を開銀が順次審査して適格船主を決定してゆく方式で,従来の一括公募,一括決定方式と大幅に異なっている)が継続採用されていること,第2には,適格船主を再建整備法に規定する企業の集約を実施することが確実なものに限っていること。第3は,過去3年間にわたって続けられてきた低性能船の解撤義務を緩和したことである。
38年度の自己資金船の建造は,建造許可ベースで見ると,貨物船4隻2万4820総トン,油送船2隻9万8500総トンであり,前年度と比較すると貨物船において1万5000総トン,油送船において3万5000総トンの減少である。
なお,38年度には次の船質改善対策が実施され,量的な拡充とともに,質的な整備を進捗した。第1は,劣悪な戦時標準船の解撤とその代船の建造を助成する対策で,36年度から3カ年計画で開発銀行と特定船舶整備公団の資金により行なわれてきた。このうち,開銀分は,戦標船の解撤を条件として代船の建造に財政資金を融資するもので,38年度には28隻,16万3508総トンの戦標船が解撤され,代船として21隻12万1000総トン(融資が39年度に繰越されたものを含む。)の外航船が建造されることになった。公団の資金によるものは,公団と戦標船の船主との共有で代船を建造する方式を採用するもので,38年度に33隻,7万7446総トンの代船が建造され,73隻10万2115総トン戦標船が解撤されることになった。
第2は,油送船の船型の大型化の急速な進展に伴い,経済的に陳腐化した2万重量トン級のかつての標準型油送船を小麦専用船に改装するための財政資金の融資であつて,38年8月の経済閣僚懇談会の決定に従って,38年度に2隻の油送船の小麦専用船への改装が行なわれた。なお,39年度においても,老朽船代替建造や,かつての標準型油送船の改装などの船質改善対策として財政資金10億円を開銀から融資することになつている。
ロ 今後の船腹拡充
39年度の財政資金による計画造船は定期船などの一船貨物船4万総トン,専用船17万50OO総トン,油送船42万7000総トン,計64万2000総トンを見込み,このための財政資金247億円(継続分120億円,新規契約分127億円)が39年度財政投融資計画に計上された。
しかるに,39年に入つて国際収支の赤字傾向が一層強まるとともに,国際収支改善のための船腹の増強に関心が高まってきた。そこで運輸省としては,長期的な船腹増強計画を検討するため,3月,海運造船合理化審議会に対し,「海運国際収支改善対策について」という諮問を行なった。審議会は国際収支改善部会を設けて邦船利用可能量などを勘案して,検討を進めている。他方,4月の経済閣僚懇談会においては,39年度における財政資金による計画造船の建造量を64万2000総トンから大幅に引上げて約100万総トンとする方向で関係各省が検討を行なうこととされた。この結果,39年度の建造量を133万総トンに引上げる計画が策定された。
また,今後の新造船を計画的,かつ円滑に遂行するため,日本開発銀行が翌年度以降に着工する船舶に対して,融資の予約を行なえるよう措置するとともに,船腹の大量建造を促進するために融資基準を緩和した。とくに三国間輸送に専従する船舶の建造については融資基準を弾力的に運用して,これを推進することになった。
(2) 邦船積取比率の向上
前述のように輸出入貨物の邦船積取比率の向上のためには外航船腹の拡充とともに,国際競争力の培養が必要不可欠であるのはいうまでもない。しかし,国際競争力を備えた船腹拡充でもっても,それが単純に種取比率向上に直結するとは限らないところに問題がある。
たとえば,輸出貨物の大半を積取つている定期船については,後述するような運賃同盟の制約などのために貿易の増加に見合つて配船数を増加させることができない実情にあり,また貿易の取引条件いかんによつて邦船利用の機会も変ってくる。すなわち,わが国の荷主が直接船腹手当を行なうことができるようなFOB建輸入CIF建(C&F建を含む)輸出の全貿易額に占める比率は38年においてそれぞれ33%,63%となっており,とくにFOB建輸入の低いことが目立っている。この比率をさらに高めることが,邦船利用を増加させることに資するのである。
さらに輸入貨物については,品目別にそれぞれ次のような問題がある。
38年における品目別の横取比率を見ると, 〔II−(I)−17表〕に示すごとく品目別にかなりの相違がある。
専用船による輸送体制がある程度整備されている原油,鉄鉱石,木材など,定期船積貨物である棉花,定期船のベースカーゴでもある塩,りん鉱石などの積取比率はさほど悪くないが,主として北米から輸入されている鉄くず,小麦,大豆などの横取比率は極端に低い。これは,北米-日本間に老朽外国船が低運賃で進出しているためと考えられる。これらの品目については,専用船化を進めるなどして運航コストを引き下げるなどのほか,品目別にその原因を究明してその改善を図る必要があろう。
輸入積取比率を向上させるためには,大宗輸入貨物である原燃料の積取比率を引き上げることがもっとも効果的である。これら品目の輸送の態様は,短期契約輸送(いわゆるスポット),一定期間に定量貨物の輸送を引き受けるいわゆる引受物の輸送,および最近とみにウエイトが増大してきた長期契約輸送に分たれ,そのいずれの場合にも邦船が積極的に進出して行くことが積取比率の向上のために必要である。
まず,スポット輸送は,石油の場合長期運送契約による輸送が,需要変動の関係から,全量の80%が限度とされるので,それ以外の部分をこの形態の輸送に依存している。すポット輸送は運賃変動が激しく,ほとんど外国船に独占されているが,邦船の国際競争力を強化することにより,この部門への進出を図ってゆくことが必要である。
つぎに鉄鉱石の引受物は,本来は邦船で輸送しうる性質のものであるが,現在邦船が不足しているため,これを引受けた邦船各社が外国船を用船してこれを輸送する例が少なくない。したがつて,これを逐次邦船に切換えるような船隊整備を行なってゆくことが望ましい。
しかし,横取比率を長期にわたって向上させてゆくためには,何といつても長期契約輸送に邦船がより多く使用されることが必要である。現在,この部分の輸送にかなりの外国船が進出し,その量は約175万重量トンに達している。しかもそのほとんどが,わが国の造船所で建造された輸出船であることは注目すべき現象である。
長期契約は,通常10年ないし15年という長期にわたる積荷契約であるから,一たび外国船の進出を許せば,邦船への切替はきわめて困難となり,積取比率向上の障害となる。外国船が本邦の輸入貨物の長期契約輸送に多数進出しているのは,第1に,増大するこれら物資の輸送にわが国商船隊の整備が追付けなかつたこと,第2に,邦船の国際競争力がじゅうぶんでなかつたことが原因となっている。
しかしながら,海運国際収支改善のためには,このような長期契約輸送に外国船が進出しているのは望ましくないのであって,少なくとも今後契約される貨物についてはすべて邦船を使用することが必要である。
以上述べたような積取比率の向上方策は,いずれの場合にも,海運業界のいっそうの努力が必要であることはいうまでもないが,荷主はじめ関係業界の協力をまってはじめて可能となるものであるから,これらの関係業界との協調体制の確立は今後の船腹拡充の重要な条件点である。
(3) 定期航路問題
39年3月末現在の定期航路の月間航海数(バンコック以遠)は,平均95航海であり,過去5カ年間を比較してもその増加数は僅少に止まっている。他方,外国船は平均125航海であり,航海数に関する限り,外国船が圧倒的に優位にあるものといえよう。ちなみに,戦前(昭和12年)の両者の航海数は,日本船67.3航海,外国船63航海であつたことを考慮すれば,第2次大戦の空白および戦後の外航定期航路への復帰の立遅れが,わが国定期航路事業に対しいかに大きな影響を与えていたかがわかる。さらに邦船積取比率についてみると,その大部分が定期船で輸送されている輸送貨物を例にとると,昭和12年には68%であったのに対し,38年は49.6%であり,戦前を大きく下回つている現状である。とくに最近の輸出の邦船積取水準の推移について検討してみると,33年には60.5%と戦後最高を記録したのを最後に,その後は低減の一途をたどり,38年においては,前述のとおり50%の大台すら割るに至っている。
このようなわが国定期航路の伸び悩みの原因として,次のごときものが考えられる。
イ 定期航路の開設には多大の資本を必要とするうえ,投下資本の懐妊期間が永く,わが国のぜい弱な企業力ではこれに耐えることができないこと。
ロ 新興海運国の海運が政府の助成と積取りに関する自国船優先措置の下にあって,関係航路に進出してきたこと。
ハ クローズド・コンファレンスにあっては,戦時戦後のブランクのため,いまだ邦船各社が同盟内での発言力が弱いので,貿易量の伸びに見合つた配船数の増加が認められないこと。
ニ オープン・コンファレンスにおいては,後述のごとく盟外船との競争に対抗するため,低運賃を余儀なくされており,邦船が進出できないこと。
ホ 各航路において,米国や西欧先進国は高速優秀船を投入し,又は投入しようとしているため,わが国定期船隊の競争力が次第に劣弱になりつつあること。
以上のような事態を打開し,定期航路を伸張させるための対策としては,まず運賃同盟内の邦船各社の地位の改善を図る必要があり,また,低開発諸国による自国貨自国船主義に対しては,海運自由の原則について,わが国と立場を同じくする諸国との密接な協力のもとに,これが排除に努めることが必要であろう。
さらに,船質改善のために,計画造船の初期に建造した定期船は高性能の新造船により代替してゆくことが必要であろう。
定期船問題に関し,逸することのできないのはニューヨーク航路の問題である。
極東/北米航路が,わが国定期航路運賃収入の約70%を占めており,これら航路の採算の悪化は海運企業の収益力,ひいては再建整備に対しても相当の影響をおよぼすものと考えられる。この原因については,いろいろ考えられるが,主因は,これら航路においては,米国の法令によって,オープン・コンファレンス制を採らざるを得ない上に,有効な盟外船対策を採ることを禁止されていることと,盟外船の積取りに適した貨物の荷動き量が多いなどの特殊事情のために,従来からも,盟外船の活動が盛んに行なわれてきており,たとえば,ニューヨーク航路においては38年9月現在において,イスブランセン,セーバー、パシフィック・スターなどの盟外6社は,年間108航路の航海を行なっており,積取効率も18・5%程度に達していることがあげられる。このような同航路におけるし烈な盟外活動に対処するために,同盟は盟外船の横取の激しい品目について,逐次,運賃の引下げを行なってきているが,これが,経営基盤のぜい弱なわが国の海運企業におよぼす打撃はきわめて大きい。
38年10月,ソビエト連邦による米国およびカナダ小麦の大量買付けによつて,世界の不定期船市況がにわかに硬化したために,同航路の盟外船も,一部は他の有利な市場に転出し,同航路は,現在小康状態が保たれているが,これはあくまで一時的現象にしか過ぎず,米国が同盟政策について,一大転換を行なわない限り,盟外活動による同航路の不安定な状態は,今後とも継続するものと考えられている。このような現状にかんがみ,政府は,ニューヨーク航路の徹底した合理化を図ることが緊急の要務であると考え,39年4月紐育航路運営株式会社を設立させた。
本会社は,その業務として,出港日の調整,荷動き量に応じた適正配船の確保,荷役施設の共同使用,コンテナーの一括保有などの一連の合理化施策を行なうことになっている。
なお,39年度は,この経営合理化措置によって,配船数の削減を行なったが,この配船数は,対米貿易の伸びに応じ,日本船の横取比率の低下をきたさないよう,弾力的に措置する必要がある。
(4) 三国間輸送の向上
わが国海運国際収支の改善を図るためには,すでに述べたごとく商船隊の拡充,定期航路の伸長による日本船の横取比率の向上に期待するところきわめて大なるものがあるが,同時に三国間輸送による外貨獲得も積極的に推進する必要がある。
最近の三国間輸送の実績をみると,輸送量,運賃収入とも横ばいに推移している。また,三国間輸送運賃収入の全運賃収入に占める比率の戦前,戦後の状況をみても,戦前(昭和11年)は25%ときわめて高率を示しているに対し,38年は約7.3%にすぎない。先進海運国である英国,ノルウェーにおいては,三国間輸送運賃収入が両国の海運国際収支に大きく貢
献している事実を考慮すれば,わが国においても,三国間輸送を積極的に拡大していく必要があろう。
わが国の三国間輸送がきわめて低調である原因としては,次のことが考えられよう。まず定期船分野については,すでに定期航路事業の伸び悩みの原因として挙げたことがそのまま該当するものと考えられ,さらに不定期船,油送船の分野については,わが国の輸入積取比率の低下現象に見られるごとく,わが国の輸入貿易量に比し油送船,専用船の保有量が相対的に少ないということが,企業力のせい弱さに起因する国際競争力の弱さと粗まって,日本船の三国間進出の障害となっている。
したがって,今後とも三国間輸送を促進し,わが国海運国際収支の積極的な改善を図って行くためには,上に述べたような障害となる要因を除去する必要がある。
すなわち定期航路の伸び悩みの対策と考えられているものに加え,国際競争力のある油送船,専用船の積極的拡充なかんずく,三国間専従船の建造を積極的に推進するほか,三国間輸送に従事する船員の福祉,労務管理などに万全の措置を講ずることが必要であろう。
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