第1章 わが国の経済成長と輸送革新

  戦後のわが国の輸送活動は国内輸送,国際輸送とも年々量的拡大を続けるとともに,自動車輸送の急増,物的流通革新の進行などに見られるような大きな質的変化を示してきた。こうした動向はひとりわが国のみならず世界的な傾向となつている。大量生産・大量消費時代を迎え,経済規模が拡大し,経済活動が人と物に対する輸送需要の急増をもたらし,さらに,経済発展の原動力として,新しい産業が次々と誕生し,あるいは新しい生産方式によつて既成の産業を若返らせてきた技術革新が原子力開発,宇宙開発,海洋開発など新しい分野の開発を可能にし,そこに新たな輸送需要を生みつつある。また,戦後の国際関係は迂余曲折を経ながら大きな流れとして東西両陣営の共存が保たれ,東西間の国際交流も年を追つて活発化する一方,従来から世界経済における大きな問題であつた先進国と発展途上国との経済発展の格差も,国際協力などにより改善の努力が続けられつつある。世界的にみて潜在需要の顕在化が進み,世界経済は急テンポの拡大を続けてきた。国際貿易もこれらの事実を端的に示して,最近10年間,年率7.2%の高率で伸びてきた。
  わが国経済は第二次大戦によつてそれまで蓄積してきた生産設備の大部分を失ない,ほとんど白紙の状態から再出発せざるを得なかつたが,戦後の復興時代を経て30年代以降世界の経済成長をはるかに上回る年率約10%の高度成長を続け,昭和42年の経済規模は30年の約3.2倍となつた。これに伴つて輸送需要の拡大と質的変化も一層顕著となつた。
  物の輸送需要の量的拡大を示す生産量,輸出入量,商業取引量の動向を30年から42年までの平均伸び率によつてみると 〔2−1−1図〕に示すとおり農林水産品の生産を除いて,それぞれ年率14%を上回る高率である。これは歴史的に見ても,また世界的に見てもまれに見る驚異的な成長率となつている。貨物輸送量はこのような経済活動を反映して量的拡大を続け,30年の8億3,200万トンから43年の43億4,000万トンへ約5.2倍となつている。この間の輸送拡大の年率は13.6%である。

  経済活動の量的な膨張のなかにあつてその内容の変化も注目すべきものがある。30年の産業構成は農林水産品48.4%,鉱産品4.0%,工業製品47.6%であつたのが,42年にはそれぞれ28,3%,2.0%,69・7%と工業製品のウエイトが著しく高まつており,この間わが国が工業国としての産業構成を完成していることが認められる。しかも工業品についても重化学工業化がすすみ,出荷額において30年に重化学工業化率が42.3%を占めていたが40年には54.5%となつている。また鉱工業生産の増大に伴いエネルギーの消費は増大し,石炭換算で30年の9,450万トンから42年の2億9,360万トンと12年間に3.1倍となつたが,その供給構成は石炭から石油へ移り,12年間の増加分の86.8%は石油によるというエネルギー革命が進んだ。
  また産業の立地動向は重化学工業化に伴つて集積の利益を求め,南関東,東海,阪神などの既成工業地帯への集中が進む一方,原材料の輸入依存度の高まりによつて臨海都への工場立地が有利であるところ,既成の工業地帯への過度集中による諸障害,特に用地難に直面し漸次新興臨海工業地帯の形成を促し,上記3大工業地帯を含むわが国の中央地帯に工業を形成するに至つており,工業出荷額においてこれらの地域でわが国全体の約7割と輸送需要の地域的偏在が著しくなつている。
  このような経済の激動期にあつて各産業は生産コストを引下げ,経営基盤を強化し,企業競争力を強くする努力を続け,特に技術革新の成果を生産技術にとり入れていわゆる産業の近代化を続けているが,最近になつて労働需給の逼迫状態が年々著しくなり,それに伴つて人件費が高騰傾向にあり,いつそう生産性を高めなければならなくなつている。また,これに加えて,貿易,為替,資本の自由化による開放経済への移行は企業間競争を国際的なものとして,一層きびしさを加えてきた。そこで各産業とも原材料品の入手,製品の販売面における流通コストを含めた総合的なコストダウンヘの関心が高まり,在庫削減包装の合理化,流通機構の合理化,輸送経路の改善輸送の質的向上に最大の関心を示すに至つている。
  一方,人の輸送需要も経済成長がもたらした国民所得の増大による負担力の増加,生活,行動様式の変化によつて量的,質的変化をとげてきた。最近10年間における個人消費支出は年率8.5%の伸びをみせ,消費動向も先進諸国型へと移行し,労働時間の短縮による余暇の増加に加えて,価値観の変化から余暇の使い方が活性化し,レクリエーションに関する輸送の定着,普及をもたらした。さらに,所得増加と行動様式の変化が自家用乗用車保有量の増大となつてあらわれ,30年当時の11万台が43年には410万台となつて,自動車交通量急増の大きな原因となつている。また,経済社会の発展につれて情報の量が増大し価値が高まり,これが人の輸送需要の拡大にも大きく影響している。
  旅客輸送量はこのような動向を反映して活発化し,30年の141億1,700万人から43年の360億9,000万人へ約2.6倍の量的拡大となつている。この間の輸送拡大の年率は7.5%である。
  経済発展に伴つて大都市への人口および企業の集中が進む一方,辺地にあつては,人口流出が著しく,最低限度の社会生活環境を確保することが段々と困難になりつつあるいわゆる過疎地域が生じ,ここに大都市交通と地方交通の需要面における急激な変化を生じてきた。また国内航空,東海道新幹線利用旅客の急増に見られるように,輸送需要の質の面では時間距離に対する評価が高まり,高速性,機動性などが要求されるとともに生活水準の上昇に見合つた快適性の向上が望まれている。
  以上述べてきた物と人の輸送需要の量的拡大と質的変化の進展に対し,各輸送分野は,一般的な技術革新を背景に新らしく開発された輸送技術を駆使し, 〔2−1−2図〕に示すとおり長期的視野に立つて輸送容量の拡大,輸送手段・方式の近代化をすすめてきた。鉄道輸送では新線建設,線増,車両増備等設備の近代化が行なわれ,自動車輸送では道路とターミナルの整備,車両の大型化,専用化がなされた。海上輸送では船腹の増強,高速化,大型化,専用化など近代化がなされたほか,コンテナ埠頭など港湾の整備がこれとならんで行なわれた。航空輸送では国内,国際航空需要に応えるべく空港整備,新機種の投入,増便などが行なわれた。
  輸送需要測の迅速性,快適性,コスト低減といつた輸送の質的向上の要請に対しては,個別輸送機関ごとに高速化,専用化,効率化など近代化がすすめられ,これらの要請に応えてきたが,さらに,これら個別輸送機関を包含する輸送システムの近代化として,人の輸送については,大都市交通における相互乗入れ,バス・ターミナルの建設など有機的な交通網の形成が目ざされており,物の輸送については,大量物資に対しては専用輸送化,小口貨物に対しては協同一貫輸送という物的流通革新がなされつつある。そして,今日,どの輸送機関を選択するか,どの輸送機関を組合せるかに関心が集る時代を迎え,それに適応した交通関係社会資本の充実と運輸企業の経営近代化が強く要請されている。