むすび

  これまで生活基盤としての運輸のプラス面,また,マイナス面に対する改善への努力,さらに,真に豊かな市民生活を創造するために運輸としてとるべき施策について述べてきた。とりわけ,当面何よりも実施を急がれるのが,交通事故・交通公害の防止,都市交通の混雑緩和,過疎地域等の住民に対する足の確保といつたわれわれの生活環境の整備である。しかし,これらはすでに指摘したとおり,わが国経済社会の高密度化と,その結果としての過密,過疎という社会構造の歪みから生じたものであつて,これらを放置したまま運輸の側かちのみ個々に追随的に施設を整備していくだけではその解決はえられない。
  高密度社会の弊害は,単に運輸部門のみではなく,住宅難,公害,自然環境の破壊など,国土・社会のいたるところに及んでいる。これを解決するためには,大都市への集中を改め,人口,都市機能を計画的に地方へ分散し,環境保護に留意しつつ,工業の積極的再配置を行なうことが強く望まれる。
  このような地方分散政策は,運輸にとって二つの面でかかわり合いをもってくる。一つは,これにより大都市交通が過重な負担から解放され,混雑,事故,公害が減少することが期待される。これを受動的側面と呼ぶならば,他のいわゆる能動的側面としては,運輸が経済立地上のすぐれた因子であることを十分に利用し,地方分散政策に先導的な役割を果たすことが期待されることである。およそある企業が立地する場合に,交通運輸の便を考えないものはあるまい。これと同様,国土の開発も,総合的な交通体系の樹立なしには効果的な成果を期し難い。
  従来,わが園経済の発展過程では,都市,工業地帯はすでに与件として存在していたために,運輸は単にこれらをつなぐパイプとして需要に応じてこれを太くすれば足りるとの考え方が支配的であつた。これからの地方分散政策においては,まず幹線鉄道,道路,空港,港湾といつた運輸基盤施設が,国全体の開発計画との関連で,どのように整備されるべきかを十分な整合性をもつて決定し,これをもとに,交通施設を先導的に整備していくことが必要である。
  運輸省では,昨46年7月,運輸政策審議会から,これからの全国交通体系のあり方を内容とする答申を受け,その政策としての具体化に向つて努力しているところである。成長から福祉へ,産業から市民生活へと視点の転換が要請されている現在,運輸省は,豊かな市民生活を創造していくため,安全の確保,公害の除去を第一義としつつ,全国および地域の交通のシステム化を進めていく考えである。


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