第5章 海上労働に関する今後の課題

  船舶における技術革新は,すでに長期間にわたり,各部門における研究開発と実用化が進められ,船員の就労体制に大きな影響を及ぼしつつある。
  そのうち,船員の就労体制に抜本的な変革をもたらしつつあるのは,船舶自体のトータルな自動制御化とそれに連なる各種の機器の自動化であり,これによる影響を総合的に評価すると,次のことがいえるであろう。
  まずプラス面としては,就労環境の改善であり,機関室内の苦痛を伴う作業,荷役等の作業の自動化による力仕事からの解放,その他各部門の労働加重の軽減があげられる。
  これに対して,労働環境から失われる面としては,船員としての固有の知識技能や多能的熟練を発揮する機会がなくなり,船員の職能自体が機械的技術体系の中に吸収され,機械に置き換えられ,いわゆる技術による労働の疎外という既成船員にとつて極めて深刻な事態が生ずることである。その結果,船員が自らの判断と操作によつて全航海を通じて船舶を制御し,自らの意志によつて安全かつ効率的に運航させているという実感が失われ,あるいは従来の船員相互の連けい動作によつて一つの作業を共同して遂行するという形態が,局所的な船員と装置との間の孤立した作業に置き換えられるという結果が生じたのであつて,このことが,人間性回復という船員の要求の背景となつている。
  このように就労の実感が現実に変化しているにもかかわらず,たてまえとしては依然として旧来の職制が維持されているという事情があり,船内労働の現場における作業の実態と職制が著しくかけ離れ,疎外,焦燥感を一そう深刻なものとしている。
  これが解決のためには,就労体制を作業の実態に合つたものに改める以外にないが,同時に船員の人間性疎外にも対処し,しかも雇用不安を生じないような解決も図らねばならない。
  現在,定員や資格制度等の就労体制に係る船員法や船舶職員法の改正の準備が進められているが,技術革新の投資効果を早急に実現したいとする使用者側と,人間性の回復ないし確保を主張する労働者側との対立により極めて困難な事態に逢着している
  この問題は,現在すでに船員となつている者についてだけでなく,良質の若年労働力不足に悩む海事産業がこれから船員になろうとする者に対して海上労働の将来の展望を明らかにするためにも,早急に解決策を見出す必要がある検討すべき問題は,再教育,福利厚生,ポートリリーフその他多くあり,業種間,企業間格差など困難な事情はあるが,関係者が心機一転してこれらの問題に真剣に取り組まなければ,問題の解決はなかなか進まない。さらに安全衛生その他の面でも国際水準を確保しなければ,「世界一の海運国」と、して発展することは困難になるであろう。


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