第1章 一般経済の動向と輸送活動

 (世界経済の動向)
  昭和49年の世界経済は,48年秋に起った石油危機による様々な影響を吸収し,新たな均衡に向う過程であった。
  原油価格の高騰は,まず,世界の国際収支のパターンを大きく変えた。従来は経常収支が黒字で資本輸出国であった先進工業国は,ほとんどが石油支払代金の急増から一挙に経常収支赤字国に転落し,また,従来から赤字国であった非産油発展途上国は,その赤字幅をますます拡大させることとなった。これに対しOPEC諸国は黒字国として唯一の資本純輸出国となった。
  このような国際収支の不均衡に対し,石油消費国の原油需要の減退,工業製品輸出価格の上昇,OPEC諸国のプラント等の輸入の急増などの形で均衡回復への自律的な動きがみられたが,このような貿易活動だけで大幅な不均衡を是正することは難しく,資本の移動が均衡回復の主力として働きつつある。
  第2に,原油価格の高騰は,世界的なインフレの激化と景気の後退をもたらした。各国景気の同時的拡大に伴う需給のひっ迫,一次産品価格の高騰等を原因として,47年後半から進行していたインフレは,原液価格の上昇を機に加速され,各国とも深刻なインフレに悩むこととなった。こうしたインフレの激化と石油輸入国の国際収支の悪化は,先進諸国の景気引締め策を一段と強化させるところとなり,この結果,主要国の鉱工業生産活動は,49牢後半には,急速に落ち込み始め,49年末にはほとんどの国で48年水準を下回る状態となった。
  このように,この間の景気後退は主として各国がとった総需要抑制策によるものであり,戦後かつてない規模の後退となった。また,物価の上昇が景気後退期にも続いたのが大きな特色であり,物価上昇による実質個人消費の落ち込みとその後の回復の遅れが各国に共通している。
  以上のような先進工業国の同時的景気後退を反映して,49年の世界貿易はその拡大のテンポを大きくスローダウンすることとなった。すなわち,49年の世界貿易は輸出額(FOBベース)で47.6%の伸びを示したものの,これは輸出物価の上昇によるところが大きく,輸出数量では5%の伸びにとどまった。ちなみに,47年と48年の輸出数量の対前年伸び率は,それぞれ9.3%,13.2%であった。
  こうした貿易活動により49年の世界の海上荷動き量(トンマイル)は,前年比でドライカーゴ8.6%増,タンカーカーゴ1.8%増となった。
  なお,49年中は拡大を続けた世界貿易も,50年に入ると縮小傾向をみせており,輸出数量では,50年1〜3月期に前年同期の水準を下回るに至った 〔1−1−1図〕

  また,石油危機と世界的なインフレ及びその後の先進諸国の不況の深刻化は,世界の国際旅客流動量にも大きな影響を与え,49年の世界の国際旅客流動量は前年比2.7%の減少となった。我が国への来訪外客数も,48年10〜12月期をピークに減少し始め,49年度は前年度比1.8%の減少となった 〔1−1−2図〕

 (日本経済の動向)
  49年度の日本経済は,前年度から持ち越した異常なインフレが収束していく過程であった。このインフレ収束の背景となった景気後退は戦後最大のものであり,輸送活動もかってない停滞を経験した。
  48年度の我が国経済は,その前半において,国際金融の動揺過程で生じた過剰流動性と国内の需要超過によって発生したインフレが進行し,これに対し金融引締め,公共事業の実施繰り延べ等の総需要抑制策がとられてきたが,48年秋の石油危機による石油価格の高騰は,このインフレを一段と激化するところとなった。このため,個人消費,民間住宅投資などを中心に国内最終需要が,49年1〜3月期に大きく落ち込み,今回の景気後退の端緒となった。しかし,4〜6月期には賃金,所得がインフレの後追いをしたことから,国内最終需要は回復を示した。
  この間,従来の景気後退期にはいちはやく減少してその主役を演じてきた在庫投資は,インフレ期待感が根強く残ったことから依然として増加を続けたが,不況の進行に伴うインフレ期待感の挫折,総需要抑制の効果の浸透により7〜9月期からは在庫調整が進行したことなどから,10〜12月期以降インフレは収束に向うこととなった。
  このように,インフレによる個人消費,民間住宅投資などの減退と在庫調整が重なったことが,不況の規模をこれまでになく大きなものにした。49年度の実質GNPは,前年度比で0.5%減少したが,これは戦後初めてのことであった 〔1−1−3図〕。景気変動をもっとも強く反映する鉱工業生産の落ち込みはさらに大きく,鉱工業生産のピークであった48年11月からボトムの50年2月までの鉱工業生産指数の減少率は21.4%に及んでいる 〔1−1−4図〕

  この生産の大幅減少の背景には,インフレによる個人消費の減退に伴う耐久消費財の生産減が民間設備投資等へ多大な波及効果を持ったこと,インフレ対策として堅持された総需要抑制策により政府固定資本形成の低下が大きかったことなどがある。
 (輸送の動向)
  次にこうした経済情勢が輸送活動に与えた影響をみると,48年度には,総需要抑制策によって削減された公共投資のみが輸送活動の減少要因だったのに対し,49年度には景気後退を反映して,民間投資(設備投資及び住宅投資)と在庫投資が減退の主因となった。なお,景気後退下に好調を持続した輸出は,外航海運などを中心に,輸送活動に対しても増大要因として働いた 〔1−1−6図〕

  国内貨物輸送は,生産活動と深い関係を持つが,今回の不況に際しては,48年度当初からの総需要抑制策に伴う公共投資の減少と歩調を合わせた動きを示し,鉱工業生産の低下に先立って減少を始めている 〔1−1−8図〕。48年度における輸送量減退の主役は自動車輸送であったが,品目別では土木,建築関係の木材,砂・砂利・石材,セメント,廃棄物等が減少に対して大きな寄与を示している 〔1−1−9図〕

  景気後退に先立つ国内貨物輸送量減少の主因となった公共投資の49年度中の動きをみると,49年1〜3月期に前期比で大きな落ち込みをみせたあとは減少せず,2度にわたる不況対策が行われた50年1〜3月期にはかなりの回復を示している。しかし,この間も国内貨物輸送量は減少傾向を続け,49年度の国内貨物輸送量は,トン数で前毎度比11.0%減,トンキロで同7.7%減と過去に例をみない落ち込みとなった。
  こうした貨物輸送減退の背景には,49年1〜3月期から始った景気後退がある。輸送活動に関連の深い主要業種について,その生産指数の動きをみても,例外なく減少している 〔1−1−10図〕。また,当初は公共投資の後を追って減少に向った建築着工は,公共投資の下げ止まりの後も民間の建築着工の不振から減少を続け,輸送量減退の歯止めとはならなかった 〔1−1−8図〕

  なお,今回の不況も50年1〜3月期には在庫調整の一段落から生産が上向き,ほぼ底入れしたものとみられるが,貨物輸送については50年に入っても停滞を続けている。
  国内の旅客輸送量は,実質個人消費の動きと深い関係を持っているが,48年10〜12月期には,石油危機の影響による自家用自動車の大幅な落ち込みから,個人消費の減少に先立って減少を示した。その後49年4〜6月期,7〜9月期と個人消費の回復に従って旅客輸送量の増加がみられたが,10〜12月期には,個人消費の減少に運賃改定の影響も加わって輸送量は大幅な落ち込みとなった。しかし,50年に入って,回復傾向を示している 〔1−1−11図〕。この結果,49年度の輸送人キロの対前年度伸び率は2.9%増と近年にない低い率となったが,不況下で大幅に減少した貨物とは異なり,増加傾向は続いた。輸送機関別では従来,旅客輸送量の伸びに大きく寄与した自家用乗用車の伸び率が前年度に引き続いて大きく鈍化したことが注目される。なお,こうした自家用乗用車の伸び率の鈍化と貨物輸送量の減退によって,49年度の道路交通量(自動車走行キロ)は,戦後初めての減少となった 〔1−1−12図〕

  日本人の海外旅行者は,実質所得の減少と貯蓄性向の上昇から個人消費が落ち込んだ49年1〜3月期になって減少し始め,その後の停滞から49年度の旅行者数は前年度比5.0%の減少となった。
  なお,49年度には停滞を続けた日本人海外旅行者数も50年4〜6月期には前年同期の水準を上回る回復を示している。
  次に,49年度の我が国の貿易活動を概観してみよう。
  49年度の輸入通関額は前年度比39.3%の増加を示している。しかし,これは原油価格の高騰を主因とする輸入物価の年度平均52.8%もの上昇に負うところが大きく,輸入数量では前年度比1.9%の減少となっている。年度内の推移をみても,国内景気の後退を反映して,輸入数量は49年1〜3月期以降,期を追って減少を示し,通関額でも50年1〜3月期には減少に転じ,4〜6月期には前年水準を下回るに至っている 〔1−1−13図〕

  輸出は,通関額で47.3%の増加と輸入通関額の増加を上回り,原酒価格の高騰に伴う国際収支の不均衡回復に大きな貢献をした。49年度中の輸出の動きをみると輸入の場合とは異なり数量も49年10〜12月期まで増加している。この結果,輸出物価の年度平均上昇率25.7%に対し,輸出数量も24.2%の増加を示し,通関額の増加に大きく寄与することとなった。
  しかし,世界各国の景気後退に伴う世界貿易の縮小傾向を反映して,我が国の輸出通関額も50年1〜3月期に減少に転じ,4〜6月期には遂に前年同期の水準を下回るに至った。
  このような貿易の動向を反映し,外航海運による海上輸送量は,輸出量が前年度比26.7%の増加を示したが,輸入量は1.3%の減少となった。輸出量増大の中心となったのは,世界約な基礎資材不足と国内需要の減退による輸出余力の増大から輸出が活発となった鉄鋼,化学製品などである。また,輸入量の減少は,輸入量の約45%を占める石酒類が4.0%の減少を示したためである。
  また,航空による国際貨物輸送も49年度は輸出が3.5%減,輸入が5.2%減であった。
  なお,49年度の我が圏の国際収支は総合収支で33億9,200万ドルの赤字と前年度(134億700万ドルの赤字)に比べ赤字幅を縮小している。これは,輸入の増加を上回る輸出の増加から貿易収支の黒字幅が前年度に比べ31億8,900万ドル拡大したこと,資本収支の赤字幅が56億4,500万ドル縮小したことなどによる。
  運輸関係の国際収支は,海運19億1,000万ドル,航空4億4,000万ドル,旅行10億9,300万ドルの赤字であるが,赤字幅の大きな拡大はみられず旅行収支では赤字幅が縮小している 〔1−1−14図〕