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汽船海藏丸火災事件

 海藏丸(総トン数20,949トン)が、昭和40年8月3日サウジアラビア国ラスタヌラで、原油21,900トンを積み込んだうえ同地を発し、翌々5日 ラス・アル・カフジに入港して陸岸から約3海里沖合に設置されているローディング・ドックの西側に係留し、原油9,650トンを積載する予定で同日午前6 時40分ごろ積荷を始めたが、荷役中のタンクのピープホール及びベントライン頂部から放出される石油ガスが、船首や左舷側からの弱い風により船体中央部の 船橋楼後側に滞留し、同ガスがドアの開閉やメカニカル・ベンチレーターにより居住区に入り込み、同9時ごろスモーキング・ルームで休息中の三等通信士がた ばこを吸おうとしてマッチをすったところ、同室内に浸入、滞留していた石油ガスに引火、爆発し、これが各タンクのピープホール及びベントラインから立ち昇 る同ガスに引火、やがて火災は全船に広がり、係留索が焼き切れた海藏丸はローディング・ドックから離れ、燃えるにまかせて放置され、のち廃船とされた。
 本件発生時、ローディング・ドックの東側に係留中の油送船ゴラ・シリ(総トン数31,362トン)にも火災が発生したが、同船は沖合に脱出したのち消火 に成功し、ローディング・ドックは一部を残して焼失し、海藏丸乗組員9人が死亡、1人が行方不明、17人が火傷を負い、また、ゴラ・シリの乗組員1人が火 傷を負い、ローディング・ドック等の陸上関係者4人が死亡、10人が火傷を負った。
 本件について、昭和43年6月20日神戸地方海難審判庁で裁決があったが、これを不服として、受審人から第二審の請求がなされ、翌44年1月23日高等海難審判庁で裁決された。

神戸地方海難審判理事所の調査経過
 外国で発生した海難の調査については、従来当該船舶や乗組員等の帰国を待って行われていたが、本件調査を担当する神戸地方海難審判理事所では、直ちに担当理事官をクウェート国に派遣して調査を開始した。
 派遣された同理事官は、クウェート国滞在中の8月18日から翌9月2日までの約2週間の間に、本件発生により死亡したり行方不明となった者、あるいは重 傷を負った者等を除いた23名の乗組員について事情を聞くほか、アラビア鉱業所の職員等からも事情聴取を、また、未だ鎮火せず延焼中の海藏丸やローディン グ・ドックの焼損状況等についても写真撮影を行い、これらの証拠を基に理事官は、海藏丸船長、同一等航海士、同二等航海士をそれぞれ受審人、また、アラビ ア鉱業所ローディング・ドックマスターを指定海難関係人に指定して、外国で発生した事故にもかかわらず、発生から約3か月後の昭和40年11月17日には 審判開始の申立を行った。

神戸地方海難審判庁の審理経過
 審判開始の申立を受けた神戸地方海難審判庁では、第1回審判を昭和41年5月19日に開廷し、その後第8回の審判をもって結審となり、昭和43年6月 20日裁決が言渡されたが、当裁決に対し不服があるとして船長及び一等航海士からそれぞれ第二審の請求が行われた。

高等海難審判庁の審理経過
 高等海難審判庁では、原審と同様に参審員を参加させることに決定し7名の合議体で審判することとし、第4回の審判で結審となり、昭和44年1月23日裁決の言渡が行われた。
その要旨は次のとおりである。

裁決
(船舶の要目)
船種船名 汽船海藏丸
総トン数 20,949トン
長さ 202.194メートル
機関の種類・馬力 二段減速歯車装置付蒸気タービン1個・15,000馬力

(関係人の明細)
受審人 船  長 一等航海士 二等航海士
指定海難関係人 アラビア鉱業所ローディング・ドック・マスター

(損 害)
海藏丸 船体大破再用不能、 乗組員9名死亡、1名行方不明、18名負傷、 陸上関係者4名死亡、 10名負傷
 
主文
 本件火災は、船長の職務上の過失に因って発生したが、一等航海士の職務上の過失もその一因をなすものである。

理由
 海藏丸は、昭和40年7月17日三重県四日市を出港し、翌8月3日サウジアラビヤ国ラスタヌラに至り、同地において、アラビヤン・ライト7パーセント、 ナフサ5パーセント、アラビヤン・メジューム88パーセントの3種混合の原油の積込を開始したが、同油は揮発性が強く、同地官憲の注意もあり、荷役中は、 喫煙箇所を後部居住区上甲板左舷船尾端に近い部員喫煙室のみに限定し、その他の場所は喫煙を禁止して、21,900トンの積込を終わり、翌4日同地を発し カフジに向かった。
 当時はペルシャ湾の最も暑い季節にあたり、出港後間もなく、船長は、中央居住区の冷房設備のあるスモーキング・ルームを、乗組員の仮寝室として使用する ことを許可し、同室に備えられていた灰皿、マッチ、たばこなどの喫煙用具をサルーンに移し、サルーンを喫煙所に指定し、本来のスモーキング・ルームには入 口に仮寝室と表示し、同室での喫煙を禁止する旨を船内放送を通じて乗組員に告げ、また、たまたまサルーンに居合わせたものには口頭で告げたが、仮寝室の入 口に禁煙の貼紙をせず、仮寝室での禁煙についての趣旨を徹底しないまま、翌5日午前3時15分カフジのローディング・ドック西側に、船首を北方に向けて右 舷側を係留し、9,650トンを積載する予定で、同6時40分ごろ積荷を開始した。
 荷役の進捗にともない、タンク内で発生した石油蒸気はピープ・ホールやフロート・ゲージのすきまから勢よく噴出し、風下になっていた船橋楼後方に滞留 し、強烈な日光に熱せられた甲板から立ち上る気流の影響を受けて押し上げられる状況にあった。更に、荷役が進むうち、ついに、石油蒸気は、メカニカル・ベ ンチレーターの空気取入口から吸い込まれ、中央居住区内の多数の船室に噴出されて通路に流出し、また、扉の開閉の頻繁な船橋楼甲板のデッキ・ハウスの出入 口からも通路に侵入した。これらが人の出入のたびにサルーン及びスモーキング・ルームにも流入し、さらに、両室のパンカールーバーがすべて完全に送風を遮 断する状態になっていなかったので、これからも石油蒸気を含んだ空気が相当量侵入し、爆発限界内の濃度になった石油ガスが室内床面近くに滞留した。
 二等航海士は、船尾の士官食堂で朝食を終わったあと、冷房されているサルーンで休息したが、石油蒸気のにおいが激しく、気分が悪くなり、新鮮な空気を吸 うため、同8時50分ごろ航海船橋に上がり、左舷ウイングに出た。そのころスモーキング・ルーム内では、三等通信士ほか2人が休息しており、同9時ごろ通 信士がたばこを吸おうとマッチをすったところ、床面に滞留していた石油ガスに引火して爆発した。
 爆発により火災が発生し本船は大破再用不能となり、乗組員や陸上関係者等に多数の死傷者を生じた。
 本件火災は、海藏丸が、カフジ港ローディング・ドックに係留して原油を積載中、積荷を行なっていた各タンクから多量の石油蒸気を噴出しており、当時の風 向、風力及び三島型船である本船の甲板上の構造物の状態からみて船橋楼の後側に、5番及び6番中央タンクのピープ・ホール、フロート・ゲージのすき間及び ベント・ラインの頂部から噴出した多量の石油蒸気が滞留し、これらの蒸気が、強烈な日射によって熱せられた上甲板から立ち上る気流の影響もあり、船橋楼甲 板居住区後側の出入口から人の出入りのたびに同区域内に侵入し、また、端艇甲板居住区囲壁の後面に設けられていたメカニカル・ベンチレーターの空気取入口 からも吸い込まれて中央居住区内各室に侵入するおそれのあることが容易に判断できる状況であったから、火災の発生を未然に防止するため、同居住区内におけ る喫煙その他火気の使用を一切禁止し、メカニカル・ベンチレーターの使用を直ちに停止すべき場合であり、そのうえ、会社からもペルシャ湾の諸港において積 荷中船内において喫煙を許可する場合には、船尾楼居住区内にある部員喫煙室内においてだけ許可すべき旨の指令を受けていたにもかかわらず、船長は、石油蒸 気が中央居住区内に侵入するおそれのあることに気づかず、また、会社の指令に違反して、サルーンにおいて喫煙することを許可したばかりでなく、一等航海士 に対して直ちにメカニカル・ベンチレーターの使用を停止するよう指示せず、更に、船内に火災が発生した場合、まずその状況を確かめ、時を移さず乗組全員を 火災の拡大防止と消火のための作業に向かわせるよう指揮すべきであり、この場合、最初の爆発直後は、後部上甲板において5番、6番及び10番各中央タンク のピープ・ホール、フロート・ゲージ及び5番、6番両タンクのベントラインの頂部から噴出する石油蒸気が燃えていただけで、これらのタンクはアレージも少 なく、消火用の蒸気をタンク内に噴射すれば、短時間のうちに消しとめることができる状況であったが、平素タンカーの火災及びその消火についての研究と消防 についての部下の指導、訓練を怠っていたため、いたずらに恐怖にかられて火災の状況を確かめることをせず、消火についてなんらなすところなかった船長の職 務上の過失に因って発生したが、一等航海士が、船内における安全管理を直接担当する立場にありながら、前示のとおり、石油蒸気がメカニカル・ベンチレー ターの空気取入口から吸い込まれて中央居住区内に侵入するおそれのあることが容易に判断できる状況であったのに、これに気づかず、直ちにメカニカル・ベン チレーターの使用を停止しなかったばかりでなく、会社の指令にしたがい、同居住区内での喫煙を禁止するよう船長に進言せず、更に、船内に火災が発生した場 合、まずその状況を確かめ、船長を補佐して乗組員を指揮して火災の現場において直接火災の拡大防止と消火のための作業にあたるべきであり、この場合、最初 の爆発直後はアンダーブリッジ内及び前部上甲板になんらの異状もなく、容易に作業を行なうことができる状況であったから、まず4番中央タンクのバルブを閉 めて、火災の発生している5番及び6番各中央タンクからの油の移動をとめ、両タンク内への空気の侵入を防げば、相当時間タンク内への引火を阻止することも 可能であったが、平素タンカーの火災及びその消火についての研究と消防についての部下の指導、訓練を怠っていたため、いたずらに恐怖にかられて火災の状況 を確かめることをせず、消火についてなんらなすところなかった一等航海士の職務上の過失もその一因をなすものである。
 三等通信士が、喫煙を禁止されていた仮寝室内において喫煙しようとしてマッチをすり火災が発生した事実については、同室内での喫煙を禁止していた目的 が、石油ガスに対する危険を考慮してのものではなく、直接には、寝室内での煙草の火の不始末による通常の火災を防止する点にあったことは、船長が、石油ガ スの危険については、全く同じ条件のもとにある隣室のサルーン内で喫煙を許可していたことからも明らかであり、三等通信士が灰皿の備えつけのない仮寝室内 で喫煙し、同人の煙草の火の不始末によって室内に通常の火災が発生した場合であればともかく、喫煙禁止の指示に違反していたとはいえ、単にマッチをすった だけでは、いまだ火気の不始末があったものとは認められず、同人に石油ガスに起因する失火の責めを問うことはできない。二等航海士及びローディング・ドッ ク・マスターの各所為は、本件発生の原因とならない。
 なお、本件火災の結果にかんがみ、この種火災の発生を予防し、火災が発生した場合にも、迅速に消火して大事故にいたることを防止するため、タンカー乗組 員に対し、油火災の予防及び消火に関する専門的な知識と実地の経験を得ることができるよう教育、訓練の機会を与え、また、消火の活動を安全かつ積極的に行 なうことができるよう、防火衣その他の装備を豊富に整えることが望まれる。

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