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貨物船尾道丸遭難事件

 本件は、尾道丸が、船長以下29人が乗り組み、米国アラバマ州モービルにおいて粉炭53,902トンを載せ、坂出、尼崎両港に向け太平洋を西行中、本州東方1,000海里ばかりの地点で、西寄りの風波が高まったため機関回転数を減じ、その後風力8を観測したので針路を反転し、船体の点検を行ったところ特に異状を認めず、再び針路を反転して原針路に復し、激しい風浪に抗してピッチングを繰り返しながら進行中、昭和55年12月30日午後2時30分野島埼南東方約800海里の地点において、船首が前方からの大きな波浪に突っ込んだ際、一番倉後端部において折損し、船首が上方に向け屈曲した。
 その後、同船首部は座屈部の上甲板面を境にして上下動を繰り返すうち、切断して分離海没したため、遭難信号を発して救援を待っていたところ、乗組員は付近航行中のだんぴあ丸により全員救助されたが、船体はサルベージ船によって曳航中、翌56年2月11日午後5時北緯15度52分東経155度28分の地点で沈没した。
 本件については、昭和58年8月8日横浜地方海難審判庁で裁決された。

横浜地方海難審判理事所の調査経過
 横浜地方海難審判理事所は、事件の発生を認知すると直ちに海難情報の収集に努め、本件を重大海難事件に指定し、昭和56年1月13日特別調査本部を横浜地方海難審判理事所に設置した。
 横浜地方海難審判理事所の理事官は、尾道丸の船長を受審人に、また、用船者及び同船を建造した造船所を指定海難関係人にそれぞれ指定し、更に、本件の審判には参審員の参加を必要と認めるから、これを請求するとして、昭和56年7月31日横浜地方海難審判庁に対して審判開始の申立を行った。

横浜地方海難審判庁の審理経過
 審判開始の申立を受けた横浜地方海難審判庁では、早速学識経験者である2人の参審員を任命し、昭和56年12月17日第1回の審判を開廷し、証人15人に対する尋問等、16回にわたる慎重な事実審理を行ったほか、尾道丸と同型船の実地検査等を行って、昭和58年8月8日裁決を言渡した。
裁決の要旨は、次のとおりである。

裁決
(船舶の要目)
船種船名 貨物船尾道丸
総トン数 33,833トン
載貨重量トン数 56,341トン
全長 226.40メートル
進 水 年 月 昭和40年10月
機関の種類・出力 ディーゼル機関1個 15,000馬力

(関係人の明細)
受審人 船長
指定海難関係人 用船者 造船所

(損   害)
尾道丸 bP貨物倉船側外板、 上甲板及びハッチコーミングが座屈崩壊し、 同倉中央部船底から船首側が上方に折損、 同船首部海没
のち船体は曳航の途中沈没
 
主文
 本件遭難は、満載状態で荒天航海中の大型船に発生する船首部スラミングの実態が解明されていなかったため、尾道丸において、荒天避航、荒天中の操船及び船体前部の剛性の確保について、それぞれ十分な方策が講じられていなかったことに因って発生したものである。

理由
 尾道丸は、第21次計画造船として、指定海難関係人造船所鶴見工場において建造され、昭和40年10月15日進水、同年12月25日しゅん工した船尾機関船首楼付平甲板船で、同46年7月24日以降、指定海難関係人用船者に裸用船され、同社により乗組員の配乗及び保船業務が行われていた。
 本船は、船長以下29人が乗組み、昭和55年11月27日米国アラバマ州モービルにおいて製鉄用粉炭53,902トンを載せ、船首11.75メートル船尾11.89メートルの喫水をもって、ミッドウェー島から八丈島に向かう大圏航法で、坂出に向け航行中、翌12月29日自船の北方約800海里のところを通過する中心気圧980ミリバールの低気圧の影響を受け、西よりの風が風力8となり、西のうねりも発達して船体動揺が激しく、午後には多量の海水が甲板上に打上げる状況となった。
 翌30日午前6時30分船長は、波浪の衝撃を緩和するため、主機回転数を毎分90から85に減じたほか、同8時15分度々青波が船上に打ち上げていたので、船体の点検を行うこととし、甲板を巡回して点検を行ったが、ウインドラスの踏台及び甲板蒸気管の各破損を発見したほかは、格別の異状を認めなかった。
 同日午前9時40分船長は、船体の点検が終了したが、原針路275度では西からのうねりを正船首に受けるところから、うねりを斜め前から受けてその影響を軽減しようと思い、針路を290度に定め、波浪衝撃、海水の打上げ及び船体の動揺ができるだけ少ないようにした。その結果、航海状況はかなり改善されたものの、なおときどき船体の動揺がうねりに同調する状態であったが、船長は、自船の北方を東進中の低気圧が通過すれば、天候が回復してうねりも衰えるものと思い、そのまま続航することとした。
 同日正午、船位を北緯30度54分東経156度24分と測定し、風は西南西の風力8、天候曇、気圧1,003ミリバール、大気温度20度、湿球温度15.5度、海水温度19.5度と観測し、気象海象は午後もほとんど変化がなかったが、西からのうねりに加えて、ほぼ船首方の西北西からのうねりが観測された。
午後2時30分北緯31度00分東経156度11分の地点に達したとき、船体がうねりに同調した状況で、波高が20メートルばかりの大波に船首を乗揚げた直後、同うねりの次の深く平らな谷に船首船底がたたきつけられ、激しいスラミングを生じた。
 このため、船首部上甲板に曲げモーメントによる圧縮応力が、同部船側外板にせん断応力がそれぞれ生じ、これら巨大なスラミング荷重が、このような現象の発生を予想しないで建造され、保守整備されてきた本船の船体強度を上回ったため、No1貨物倉の船側外板、上甲板及びハッチコーミングが座屈崩壊し、同倉中央付近の船底をヒンジにして船首が上方に折れ曲がった。
 当時天候は晴で風力8の西南西風が吹き、風浪は、有義波高約4メートル、平均波周期約8秒、西からのうねりは、有義波高約8メートル、平均波周期約12秒、波長約200メートル、西北西からのうねりは、有義波高約6メートル、平均波周期約12秒であった。
 その後、本船は、風及びうねりを右舷側から受けて船首部が波浪にもまれるようになり、午後4時37分ごろ、No1貨物倉後端のフレーム228の横隔壁に圧着されていた船首部が、同隔壁をこすりながら船体から切断分離し、船首を上にして海中に半ば沈下した状態となり、同4時49分、船首部は、残存船体が風圧で圧流されるため、右舷側に離れ去り、間もなく海没した。
 船長は、12月30日午後2時37分遭難信号を発し、救援を待っていたところ付近航行中のだんぴあ丸により、翌56年1月1日午前7時45分ごろ乗組員全員が救助された。
 残存船体は、船首部の切断分離後も変化がなく、サルベージ船によって同1月17日曳航を開始されたが、翌2月11日午後5時北緯15度52分東経155度28分の地点で沈没した。

 本件遭難は、満載状態で荒天航海中の大型船に発生する船首部スラミングの実態が解明されていなかったため、尾道丸において、満載状態で冬季北太平洋を西航中、前路に荒天水域が存在することを知った際の荒天避航及び荒天水域に進入した際の操船並びにNo1貨物倉中央付近の建造時における剛性の確保及びその後の腐食衰耗に対する点検整備について、それぞれ十分な方策が講じられていなかったことに因って発生したものである。

 船長の本件発生に至る航路の選定及び荒天中の操船については、尾道丸の冬季太平洋西航の運航実績及び本件発生時の付近航行船舶の運航模様に徴し、当時の運航者の常識から大きく逸脱したものとは認められない点、運航マニュアル記載の荒天中の操船方法の範ちゅう内にあった点及び本件発生以前には、関係者において満載状態で航行中の大型船における船首部スラミングの実態が解明されておらず、安全対策が確立していなかった点を勘案し、職務上の過失があったものとは認めない。
 用船者の尾道丸No1貨物倉の腐食衰耗に対する点検整備及び造船所の同貨物倉の構造設計については、いずれも本件発生の原因となるが、両社の業務態度及び本件発生後にとった各措置を勘案すると、本件発生以前に本件におけるスラミング荷重の実態が解明されていれば、必要な防止対策が講じられていたものと認められ、ひっきょう、満載状態で荒天航海中の大型船における船首部スラミングについて、航海及び造船各関係者において、その発生すら予測されず、同スラミングによる荷重の実態が解明されていなかったため、No1貨物倉の船体強度について十分な知識が普及しておらず、これに対処する安全対策が確立していなかったことに因るものである。
 船長が、気象業務法の規定を守らないで、定められた気象及び海象の観測並びに気象庁長官への報告を行わず、また、用船者が、気象業務法の規定の遵守について、所属船舶に対する指導監督が不十分であったが、本件発生の状況に徴し、いずれも本件発生の原因をなすものとは認めない。

(海難防止上の要望事項)
 本件遭難に関連し、類似の海難を防止するうえに必要と思われる事項は、次のとおりである。
1 外界条件及び操船条件が波浪荷重及び船体応答に及ぼす影響の解明
 風向及び風速、うねり及び風浪の波高、波長及び平均波周期等の外界条件と、主機回転数、船速、出合い角度等の操船条件とが、船体に加わる波浪荷重(波浪曲げモーメント、ねじりモーメント、スラミング荷重、打込海水荷重等)や船体応答(船体動揺、船体振動、船体各部応力等)に及ぼす影響は、船舶の形状、寸法、載貨状態等によってそれぞれ異なるものであるが、十分に解明されているとは思われない。
 また、確率論的に論じなければならない部分も多く、造船者が船体構造を設計する際及び運航者が船舶を操縦する際に、使用条件、波浪荷重及び船体応答の関連を、良好な精度で適確に予測できる段階にも至っていないと考えられる。
 そこで、理論解析、水槽試験、実船計測等の検討が十分に行われ、その結果を総合した早期の解明が望まれる。
2 運航マニュアルの整備と活用
 大型船においては、荒天航海中の波浪荷重及び船体応答の状況が乗組員に感知されにくいうえ、船舶の種類及び就航航路の多様化、乗船期間の短縮、休暇及び陸上勤務日数の増加等により、乗組員が乗船中の船舶の荒天運航について必ずしも十分な経験を有しているとは限らず、また、船長が、その職責上、経済性の追求と安全性の確保との板ばさみになって処置に困却する場合も考えられるので、運航操船の具体的な目安となる新たな運航マニュアルの整備とその活用とが望まれる。
 新たな運航マニュアルとしては、特に荒天航海中の危険回避と安全性の確保とに重点を置いて、前示外界条件及び操船条件が波浪荷重及び船体応答に及ぼす影響を分かりやすく説明した、大型船の操船指針であることが必要である。これらの関係は、船舶の種類、形状、寸法、操縦性能、載貨状態、船齢等によってもそれぞれ異なるものであるから、既に備付けが義務づけられているローディング・マニュアルと同様に、できれば各船ごとに作成されることが望ましい。
3 気象情報の充実と活用
 波浪荷重及び船体応答の解明並びに運航マニュアルの整備のためには、外洋波浪等気象海象の実態の十分な把握が必要であり、また、船舶の荒天水域の避航及び荒天中の安全確保のためには、運航マニュアルが整備されたとしても、十分な気象海象情報の提供は必要である。
これらの諸点を考慮し、気象海象情報について、なお一層の充実とその活用とが望まれる。
4 船体の腐食衰耗の点検整備
 船体構造部材の腐食衰耗の進行とこれが船体強度に及ぼす影響に留意し、系統的な板厚計測の実施時期、計測箇所の選定及び腐食衰耗予防のための船体の保守整備のあり方についての検討、乗組員による船体点検実施のための船齢及び腐食衰耗の進行を考慮した船体点検マニュアルの作成とその活用など、船体の点検整備について、対策の確立が望まれる。
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