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遊漁船第3明好丸転覆事件

 第3明好丸(総トン数16トン)は,静岡県伊豆半島南東方沖合において,関東海域北部に海上暴風警報が発表されて西北西の強風が吹く状況下,夜間,神津島に向け航行中,平成18年10月8日04時20分新島港灯台から300度8.4海里の地点で,高起した風浪の下り斜面を急滑走し,船首部が海面に没したのち,左舷側に大傾斜して復原力を喪失し,転覆した。

横浜地方海難審判理事所の調査経過
 「重大海難事件」に指定し,横浜地方海難審判理事所の理事官は,第3明好丸船長を受審人に,遊漁船業附帯業務を行う組合を指定海難関係人にそれぞれ指定し,平成19年3月26日横浜地方海難審判庁に対して審判開始の申立てを行った。

横浜地方海難審判庁の審理経過
 横浜地方海難審判庁では,2回の審理を行い,平成19年12月20日裁決の言渡しが行われた。
 裁決の要旨は,次のとおりである。

裁  決
(船舶の要目)
船種船名 遊漁船第3明好丸
総トン数 16トン
機関の種類 ディーゼル機関
出力 364キロワット
全長 18.345メートル

(関係人の明細)
受審人 第3明好丸船長
指定海難関係人 B組合(遊漁船業附帯業務)

(損   害)
第3明好丸 船体は主機,航海計器等に濡れ損を生じ,乗客2人が死亡5人が行方不明となった。

主  文
 本件転覆は,出航前の気象及び海象情報の収集が不十分で,出航したばかりか,追波中を航行する際,風浪に対する監視が不十分で,適宜に減速したり操舵したりするなどの操船が行われなかったことによって発生したものである。
 遊漁船業附帯業者が,組合員に対して業務規程の出航中止基準を遵守するよう周知徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。
 乗客の多数が行方不明となったのは,救命胴衣の着用がなされなかったことによるものである。
 受審人の小型船舶操縦士の業務を3箇月停止する。

理  由
(事   実)
(1) 本件発生に至る経緯
 明好丸は,受審人が船長として1人で乗り組み,平成18年10月8日03時00分前示係留地から下田港外ケ岡岸壁に移動し,同岸壁で上部船室に12人及び下部船室に2人の計14人の乗客を乗せ,03時14分ころ同岸壁を離れたのち,同岸壁南方約90メートル沖合で漂泊して乗客の荷物を船倉に収納したり甲板上の移動物を固定したりするなど荒天準備を行った際,最大搭載人員分の救命胴衣15個を表示した格納場所の上部船室に備え置かず,船首倉庫に格納したままで,発航後に西寄りの強風が吹くことが予想される状況であったが,乗客に救命胴衣を配分して着用させず,船首0.8メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,03時20分下田港を発し,神津島に向かった。
 これより先,B組合所属のF丸,G丸,L丸及びH丸が前示岸壁等で乗客をそれぞれ乗せて神津島に向けて下田港を前示の順に出航したのち,明好丸,I丸の順に両船が乗客を乗せて出航し,H丸は,神子元島を航過したころ,L丸及び明好丸に追い越された。
 ところで,B組合に所属する遊漁船には,縦列航行する際に先頭船が針路を転じると後続船も先頭船に従って転針する了解事項があった。また,受審人は,追波中を航行する際には,舵が効かなくなったり大傾斜したりするおそれがあることから,平素,大波を正船尾から受けてやり過ごす操船を行っていた。
 受審人は,03時29分下田灯台から200度(真方位,以下同じ。)0.8海里の地点で,針路を155度に定め,14.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,自動操舵によって進行した。
 受審人は,操舵室のいすに前を向いて腰掛けた姿勢で操船にあたり,満月の月明かりがあり,視界は良好で,風速毎秒10メートルの西北西風が吹く状況下,追波中を横揺れがほとんどない状態で続航した。
 神子元島を航過したころ受審人は,前示の風及び風浪ともに増勢してきたことを認め,04時00分少し前先頭船であるF丸から針路を転じる旨の無線連絡をG丸船長経由で聞き,04時00分新島港灯台から306度13.0海里の地点で,手動操舵に切り換えてGPSプロッターを見ながら針路を式根島と新島との間に向く137度に転じ,原速力のまま,手動操舵によって進行した。
 受審人は,風速毎秒13メートルの西北西の強風が吹き,有義波の波高2.0メートル,1,000分の1最大波の波高約4メートル,周期約5秒及び波速毎秒7メートル以上の風浪による追波中の上り斜面を続航し,04時16分船尾方に波高3メートル以上に高起した風浪の第一波が来るのを視認し,左舵を少し取って正船尾から同波を受けてやり過ごし,04時18分新島港灯台から301度8.9海里の地点で,船尾方に同波と同じくらいに高起した風浪の第二波が来るのを視認して同様にやり過ごしたが,その後,大波が何度も来ることはないものと思い,船尾方を頻繁に見るなど風浪に対する監視を十分に行わなかった。
 受審人は,風浪の上り斜面を航行する態勢に立て直して元の針路137度で進行し,04時20分少し前船速より速い高起した風浪の第三波が右舷船尾方から接近していたが,船尾方を頻繁に見るなど風浪に対する監視を十分に行っていなかったので,このことに気付かず,適宜に減速したり操舵したりするなどの操船を行わず,04時20分わずか前波高約4メートルの風浪の第三波を船尾至近に視認した直後,同波に船尾部が持ち上げられたことに気付き,やり過ごすつもりで左舵を取ったところ,高起した風浪の下り斜面を急滑走し,減速して機関クラッチを中立としたものの及ばず,船首部が海面に没したのち,04時20分新島港灯台から300度8.4海里の地点において,明好丸は,風浪によって左舷側に大傾斜して瞬時に復原力を喪失し,船首が南方を向いて横倒しとなった。
 当時,天候は晴で風力6の西北西風が吹き,日出時刻は05時43分,月没時刻は06時42分,月齢15.6の月明かりがあり,視界は良好で,関東海域北部地方に海上暴風警報,伊豆諸島北部地方に強風,波浪注意報及び伊豆南地域に強風,波浪,高潮注意報が発表されていた。

(2) 救助状況
 明好丸は,横倒しの状態となったとき,受審人が操舵室の船尾側で乗客に対して船室外へ出るよう指示したのち,転覆時の衝撃によるものか無線機を使用できず,自らの携帯電話も置いていた場所から移動して見付からず,関係先に連絡が取れないまま,機関室空気取入口及び船室船尾側入口から海水が浸入し,04時25分ころ船底を上に転覆した。
 J丸のK船長は,神津島の自宅にいたとき,04時22分横倒しとなった明好丸の船外に出た乗客Mから携帯電話で,横波を受けて沈みかけている旨の連絡を受け,直ちに明好丸の近くを航行しているF丸船長及びG丸船長に携帯電話で救助を依頼したのち,C代表者及びB組合に所属している各船長に連絡した。そして,B組合の各組合員は,各人所有の遊漁船等で明好丸の捜索に出動し,L丸,H丸及びI丸の各船長はG丸からの無線連絡で明好丸の事態を知って直ちに捜索にあたり,8日05時26分から07時40分までにH丸及びL丸が受審人ほか乗客6人をそれぞれ救助した。
 04時43分C代表者は,下田海上保安部に明好丸が遭難した模様である旨を通報し,その後,B組合の事務所で関係機関との連絡にあたった。
 海上保安庁は,巡視船5隻及び航空機3機を捜索に出動させ,07時45分巡視船いずなみが乗客1人を救助し,10時45分同庁の特殊救難隊が転覆した明好丸の船内から心肺停止状態の乗客2人を収容したのち,航空機等によって病院に搬送した。
 行方不明者の捜索には,海上保安庁の巡視船及び航空機のほか,8日から11日まで神津島,式根島及び下田の各漁業協同組合に所属している漁船など最多時には64隻があたった。
 その後,明好丸は,転覆したまま漂流し,僚船によって神津島三浦漁港に引き付けられ,船体及び機関等に濡れ損が生じたが,のち修理された。

(3) 本件後のB組合の組合員に対する措置
 本件後,B組合は,会合を開催し,組合員すべてに対して業務規程の出航中止基準を遵守するよう周知徹底を図った。
 なお,B組合所属の遊漁船及び瀬渡船の業者は,平成19年1月12日神津島漁港及び神津島三浦漁港で実施された下田海上保安部による一斉安全指導を受けた。

(原因の考察)
 本件は,静岡県伊豆半島南東方沖合において,海上暴風警報が発表されて西北西の強風が吹く状況下,明好丸が遊漁船5隻とともに下田港を出航し,夜間,神津島に向け追波中を航行していたとき発生したもので,その原因について検討する。
 本件発生海域は,当時,風速毎秒13メートルの西北西の強風が吹き,有義波の波高2.0メートル,1,000分の1最大波の波高約4メートル,周期約5秒及び波速毎秒7メートル以上の風浪で,高起した風浪が発生する状況にあったと認められる。
 遊漁船の船長が乗客の安全確保のため,出航前に気象及び海象情報を収集することは遊漁船業法によって義務付けられているので,受審人は,同情報を十分に収集すべきであり,これによって発生海域の風浪等を予測し,出航の可否を判断し得たものと認められる。
 また,追波中を航行する際,船体が後方から押されるので,高起した風浪と出会う時機を見計らって風浪の下り斜面に船体が行かないよう適宜に減速して保針に努めるためには,船尾方を頻繁に見るなど風浪に対する監視を十分に行うことが必要であったと認められる。
 以上によって,本件は,船長が,出航前に気象及び海象情報を十分に収集したうえ,追波中を航行する際,船尾方を頻繁に見るなど風浪に対する監視を十分に行っていたなら,適宜に減速したり操舵したりするなどの操船を行うことにより,高起した風浪の下り斜面を急滑走することが回避され,発生しなかったものと認められる。
 したがって,受審人が,出航前に気象及び海象情報を十分に収集せず,出航したばかりか,追波中を航行する際,大波が何度も来ることはないものと思い,船尾方を頻繁に見るなど風浪に対する監視を十分に行わず,適宜に減速したり操舵したりするなどの操船を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 遊漁船業附帯業者が,B組合の組合員に対して業務規程の出航中止基準を遵守するよう周知徹底していたなら,当時,出航が中止されることにより,本件発生が回避されたものと認められる。
 したがって,B組合が,受審人を含む組合員に対して業務規程の出航中止基準を遵守するよう周知徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。
 業務規程の出航中止基準について,遊漁船業法には遊漁船業者が定めるよう規定されているので,B組合の組合員は,気象庁発表の気象及び海象情報のほか,航行及び遊漁予定海域の実情に適した観測地点の気象及び海象情報を十分に入手するなど出航の可否の判断に実効性を有する基準を策定すべきである。
 受審人が,救命胴衣を表示した格納場所に備え置かず,乗客に配分せず,救命胴衣の着用がなされなかったことは,乗客の多数が行方不明となった原因となる。
 受審人が,旅客定員を超えて乗客を乗せたことは,海上技術安全研究所提出の調査研究報告書によって当時の復原性能に問題はないと判断され,また最大搭載人員を超えていないので,本件発生の原因とならない。しかしながら,これは,遊漁船船長として法令を遵守し,厳に慎まなければならない。

 (海難の原因)
 本件転覆は,静岡県伊豆半島南東方沖合において,海上暴風警報が発表されて西北西の強風が吹く状況下,出航前の気象及び海象情報の収集が不十分で,出航したばかりか,夜間,神津島に向け追波中を航行する際,風浪に対する監視が不十分で,適宜に減速したり操舵したりするなどの操船が行われず,高起した風浪の下り斜面を急滑走し,船首部が海面に没したのち,左舷側に大傾斜して復原力を喪失したことによって発生したものである。
 遊漁船業附帯業者が,組合員に対して業務規程の出航中止基準を遵守するよう周知徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。
 乗客の多数が行方不明となったのは,救命胴衣の着用がなされなかったことによるものである。

 (受審人等の所為)
 受審人は,静岡県伊豆半島南東方沖合において,海上暴風警報が発表されて西北西の強風が吹く状況下,夜間,神津島に向け追波中を航行する場合,風浪が高起していたから,高起した風浪の下り斜面を進行しないよう,船尾方を頻繁に見るなど,風浪に対する監視を十分に行うべき注意義務があった。しかし,同人は,大波が何度も来ることはないものと思い,風浪に対する監視を十分に行わなかった職務上の過失により,高起した風浪が船尾方から接近していることに気付かず,適宜に減速したり操舵したりするなどの操船を行わず,同風浪の下り斜面を急滑走し,船首部が海面に没したのち,左舷側に大傾斜して復原力を喪失し,転覆する事態を招き,船体及び機関等に濡れ損を生じさせ,乗客2人が溺死し,同5人が行方不明となるに至った。
 以上の受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を3箇月停止する。
 B組合が,組合員すべての業務規程を統一して作成し,届出事務を代行したのち,組合員に対して業務規程の出航中止基準を遵守するよう周知徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。
 B組合に対しては,本件発生後,組合員に対して業務規程の出航中止基準を遵守するよう周知徹底したことに徴し,勧告しない。


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