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貨物船ジャイアント ステップ乗揚事件

 ジャイアント ステップ(総トン数98,587トン 乗組員26人)は,鉄鉱石190,000トンを積載し,平成18年9月11日23時55分(現地時刻)オーストラリア連邦ポートウォルコットを発し,茨城県鹿島港に向かい,同月25日12時45分(日本標準時,以下同じ。)鹿島港南防波堤灯台から080度5.77海里の地点で錨泊し,着岸待機していたところ,10月6日04時ごろから低気圧の接近に伴い強風が吹き始め,その後暴風となり走錨を始め,17時20分鹿島港南防波堤灯台から154度5.5海里の地点で浅所に乗り揚げた。
 当時,天候は雨で,風力12の北北東風が吹き,潮候は下げ潮の初期であった。
 乗揚の結果,まもなく船体は大きく左舷に傾き,その後,船体に亀裂を生じて切断した。
 また,乗組員16人は救助されたが,8人が遺体で発見され,2人が行方不明となった。

 横浜地方海難審判理事所の調査経過
 「重大海難事件」に指定し,横浜地方海難審判理事所の理事官は,ジャイアントステップ船長を指定海難関係人に指定して,平成19年2月26日横浜地方海難審判庁に対して審判開始の申立てを行った。


 横浜地方海難審判庁の審理経過
 横浜地方海難審判庁では,1回の審理を行い,平成19年11月29日裁決の言渡しが行われた。
 裁決の要旨は,次のとおりである。

裁決
(船舶の要目)
船種船名 貨物船ジャイアント ステップ
総トン数 98,587トン
機関の種類 ディーゼル機関
出力 15,224キロワット
全長 300.00メートル

(関係人の明細)
指定海難関係人 ジャイアントステップ船長

(損   害)
貨物船ジャイアント ステップ 船体は二つに分断,8人が死亡,2人が行方不明,2人が負傷

主  文
  本件乗揚は,錨泊待機中,荒天避難の措置が適切にとられなかったことによって発生したものである。
 指定海難関係人に対して勧告する。

理  由
 (1)事 実
 ジャイアント ステップ(以下「ジ号」という。)は,船長ほかインド人24人及びスリランカ人1人が乗り組み,鉄鉱石190,000トンを積載し,平成18年9月11日23時55分(現地時刻)オーストラリア連邦ポートウォルコット港を発し,鹿島港に向かった。
 船長は,同月25日12時45分鹿島港港外の錨地において鹿島港南防波堤灯台(以下「南防波堤灯台」という。)から080度(真方位,以下同じ。)5.8海里の水深約30メートルの地点で,左舷錨を投下して錨鎖9節を延出し,船首17.25メートル船尾17.61メートルの喫水をもって錨泊し,着岸予定日の10月1日まで待機することとした。
 船長は,航海士を守錨当直に就け,9月26日には東北東風が次第に強くなって風力7となり,北東から波高5メートルないし6メートルの波浪が押し寄せる状況下,20時15分自船が走錨していることを認め,機関を使用しながら左舷錨を巻き揚げて抜錨したのち,前示錨泊地点のやや北西方向に移動し,22時00分南防波堤灯台から075度5.5海里の地点で,右舷錨を投下して錨鎖9節を延出し錨泊した。
 翌27日00時30分船長は,再度走錨していることを認めたので,右舷錨を巻き揚げて抜錨し,03時10分南防波堤灯台から078度5.9海里の地点で,左舷錨を投下して錨鎖9節を延出し,錨泊して様子を見ていたところ,走錨したときには風力7の東北東風が吹き,北東からの風浪及びうねりがあり,波高は5メートルから6メートルに達していたものの,昼過ぎには風が徐々に弱まって風力3程度となったことから,走錨するおそれはなくなったと判断し,同地点で錨泊を続けた。
 その後,ジ号の着岸予定日は,たびたび延期され,9月27日正午の時点で10月6日に,10月3日には同月10日に変更となった。
 越えて10月5日船長は,本州南岸に停滞した前線上で発達した低気圧の影響により,正午には風力5ないし6の北北東風を観測したことから,14時から15時にかけ,揚錨機の作動テスト及びハッチカバーの開閉テストを行い,油圧ポンプ,油圧モーターが正常に作動し,作動油タンクには油が低レベルの上まで入っていることを確認した。
 船長は,発達した同低気圧が接近する状況下,このころ風力が前月2回走錨したときと同じ状況に強まりつつあり,16時には風力6,18時には風力6ないし7の北東寄りの風を観測し,入手した気象ファックス等から風力が著しく強まることを予測し,錨泊状態で荒天を凌ぐことは困難であることを判断し得る状況であったが,直ちに沖合に移動してヒーブツーするなど荒天避難の措置を適切にとらなかった。
 船長は,風力7の北東風が吹く状況下,錨泊を続け,翌6日04時00分昇橋したのち,03時の天気図等気象情報を検討の上,天候が悪化すると判断して抜錨することとし,05時00分機関準備を令し,05時16分機関用意が整った。
 船長は,07時30分ころ沖合に避難することを決断して一等航海士に甲板上の荒天準備と揚錨配置を指示し,07時48分強風と高い波浪によりジ号が南西方に走錨を始め,08時10分ころ港務通信を取り扱ういばらきポートラジオ(以下「ポートラジオ」という。)に沖合に避難する旨を連絡し,このころには北東の風が風力8ないし9と強くなり,波浪もますます高くなって上甲板に波しぶきが上がり始めていることを知った。
 船長は,08時30分船首に一等航海士を含む人員を配置し,08時40分揚錨を命じたところ,同航海士から油圧ポンプが停止して揚錨機が操作できず,同ポンプの作動油タンクに油がない旨の報告を受けたので,甲板油圧管の点検と同油の補給に当たらせた。
 ジ号は,船長が走錨を止めようとして,08時48分微速力前進とし,その後機関を種々使用したが,09時08分には南西方に約0.7海里走錨し南防波堤灯台から082度5.2海里の地点に達した。
 ジ号は,09時30分乗組員が甲板油圧管の作動油の漏洩箇所を発見して修理を開始し,機関を種々使用していたにもかかわらず,同修理が終了するまでに南西方へ約2海里更に走錨した。
 13時10分船長は,南防波堤灯台から110度5.0海里の地点で,甲板油圧管の修理が終了して揚錨を開始させ,半節ほど巻き揚がったとき,機関室から,長時間過負荷状態で機関を使用したことで,主機排気温度上昇警報が発生したとの連絡を受けて主機の回転を下げたのち,13時35分主機掃気室火災発生の連絡を受け,13時39分主機を停止したところ,揚錨機の巻揚能力が一杯となって左舷錨鎖13節すべてが走出した。
 船長は,主機の速やかな復旧を指示し,13時58分ポートラジオを介して走錨を抑える支援の目的で,引船2隻の出動を要請したところ,荒天のため,同船の出動は不可能との連絡を受け,14時13分「本船は機関の出力が得られず,走錨中,乗揚の危険あり」との緊急通信を発信したのち,14時20分ポートラジオから引船2隻がジ号に向かっている旨の連絡を受けた。
 船長は,主機掃気室火災消火措置及び減筒運転措置後,機関が使用可能となったが,更に走錨しており,14時36分南防波堤灯台から130度5.3海里の地点で,主機を始動して微速力前進を命じ,主機の回転を徐々に上げるとともに,一等航海士に揚錨を命じたところ,揚錨機が操作できず,走出した左舷錨鎖13節の巻き揚げが困難となったことから,走錨を何とか抑えようと,全速力前進まで回転を上げたが,主機排気温度が上昇し,やむなく回転を下げたり,停止したりしているうち,走錨が続く状況となった。
 一方,ジ号に向かった引船金剛丸は,16時ころにジ号の近くまで到達したが,暴風と高い波浪を受けて支援ができず,16時03分自船に遭難の危険を感じて帰航したい旨をポートラジオ経由でジ号に伝え,船長の了承を得たのち,帰航した。
  船長は,16時05分一等航海士に左舷錨鎖の切断を命じ,暴風と高い波浪で海水が上甲板に打ち込む状況下,乗組員が錨鎖切断作業を開始し,16時50分南防波堤灯台から140度5.8海里の地点まで走錨したとき,錨鎖切断終了との報告を一等航海士から受け,船首の作業に就かせていた乗組員14人を船首楼下方の甲板長倉庫に避難させ,同時に風上に向けて右舵一杯,主機を全速力前進として前進を試みたものの,舵効が得られず,北北東の暴風と高い波浪によって南西方の陸岸に圧流され,17時20分南防波堤灯台から154度5.5海里の地点において,ジ号は,船首が336度に向いて水深約16メートルの浅所に乗り揚げた。
 当時,天候は雨で風力11の北北東風が吹き,潮候は下げ潮の初期で,北北東方から寄せる波高9メートルに達する波浪があった。
 乗揚の結果,船体は間もなく左舷に大きく傾き,その後第7,第8番貨物倉間に亀裂を生じ,翌7日03時ころ二つに分断された。
 6日17時21分船長は,遭難信号を発したのち乗組員12人とともに海上保安庁のヘリコプターにより救助され,甲板長倉庫に避難した乗組員14人はいずれも救命胴衣を着用していたものの,そのうち1人が船体分断前にかろうじて船橋にたどり着いて前示のとおり救助され,1人が泳いで陸岸に逃れ,陸岸に漂着して救助された3人のうち2人が負傷してほか1人が死亡し,行方不明となった9人のうち7人が後日遺体で発見された。

(2)本件発生前の日本近海の気象・海象
 日本近海では,平成18年10月4日から5日にかけ,台風第16号及び第17号の北上に伴い,本州南岸に停滞した前線に向かって両台風周辺の暖かく湿った空気が流れ込んで同前線の活動が活発となり,6日前線上に発生した低気圧が本州南岸を北東に進み,7日朝にかけて急速に発達しながら関東の東方海上に進んだ。このため,関東地方の太平洋側で最大風速毎秒25メートルを超える暴風となり,また,海上では波の高さ9メートルを超える猛烈なしけとなり,沿岸海域では高潮が発生した。
 一方,関東海域には,前示前線上に発生した低気圧の影響で,10月5日11時40分海上風警報が発表され,最大風速毎秒16メートルの北東風が吹き,15時の観測では同低気圧が996ヘクトパスカルとなって発達しつつあり,17時35分には海上強風警報が発表され,最大風速毎秒19メートルの北東風が吹いていた。
 翌6日05時45分関東海域に引き続き海上強風警報が,05時48分には鹿島港が位置する茨城県鹿行地域に波浪警報がそれぞれ発表され,前示低気圧が発達して992ヘクトパスカルとなって東北東に約10ノットの速力で進行し,最大風速毎秒21メートルの北東風が吹いていた。
 11時35分には,前示低気圧が984ヘクトパスカルに更に発達し,関東海域に海上暴風警報が発表され,最大風速毎秒27メートルの北東風が吹いていた。

(3) 鹿島港港外の錨地
 鹿島港港外の錨地は,同港の東方沖合で太平洋に面しており,東寄りの波浪に対する遮蔽がなく,風,風浪及びうねり等の影響を直接受け,水深が20メートルないし30メートル,底質が細かい砂及び貝殻で,荒天及び強風時の走錨に注意を要するところであり,海上保安庁発行の本州南・東岸水路誌には,南防波堤灯台から半径3海里圏内では荒天時に走錨事故が多発しているので注意を要する旨が記載されていた。

(4)原因の考察
 本件は,荒天避難の措置が適切にとられていたなら,発生しなかったものと考えられる。
 したがって,船長が,風力が著しく強まることを予測した際,直ちに沖合に移動してヒーブツーするなど荒天避難の措置を適切にとらず,強風と高い波浪を受けて走錨したことは,本件発生の原因となる。
 甲板油圧管から作動油が漏れて揚錨機が操作できなかったこと及び主機掃気室火災が発生したことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
 しかしながら,これらは,海難防止の観点から,甲板油圧管及び主機掃気室等の日常の点検整備を十分に行うべきである。

(5)海難の原因
 本件乗揚は,茨城県鹿島港港外において,発達した低気圧が接近する状況下,錨泊待機中,荒天避難の措置が適切にとられず,強風と高い波浪を受けて走錨し,陸岸に向かって圧流されたことによって発生したものである。

(6)指定海難関係人の所為
 ジャイアントステップ船長が,茨城県鹿島港港外において,発達した低気圧が接近する状況下,錨泊待機中,風力が著しく強まることを予測した際,直ちに沖合に移動してヒーブツーするなど荒天避難の措置を適切にとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 ジャイアントステップ船長に対しては,海難審判法第4条第3項の規定により勧告する。



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