日本の重大海難のページへ  トップページへ
貨物船ジャグ・ドゥート爆発事件

 本件は、平成元年2月16日造船所においてジャグ・ドゥートの機関室内で溶断作業中、飛散した火花類に、C重油タンクの開口部から漏えいして甲板上に滞留する石油ガスが引火し、その火炎が右舷C重油セットリングタンクマンホール蓋のすき間からタンク内に入り、石油ガスに着火して、午後3時25分ごろ同タンクが爆発し、着火したタンク内の油が破口から噴出して飛散し、機関室各部に火災が生じたもので、爆発の結果、本船は、右舷C重油セットリングタンクの前壁が大破し、火災によって機関制御室、工作室、などが焼損し、廃船となった。
 また、乗組員2人及び作業員等10人が死亡し、乗組員8人及び作業員3人が負傷した。
 本件については、平成3年3月19日横浜地方海難審判庁において裁決された。
上架中のジャグドゥートその1 上架中のジャグドゥートその2
上架中のジャグドゥート 上架中のジャグドゥート

横浜地方海難審判理事所の調査経過
 横浜地方海難審判理事所は、事故翌日の平成元年2月17日「重大海難事件」に指定し、造船所関係者・ジャグ・ドゥート乗組員等の事情聴取を行い、また、ジャグ・ドゥート機関室等の実地検査を行って、理事官は、造船所及び二等機関士を指定海難関係人に指定して、平成元年12月21日横浜地方海難審判庁に対して審判開始の申立を行った。
機関室内の実地検査模様

横浜地方海難審判庁の審理経過
 横浜地方海難審判庁では、参審員の参加をもって開廷し、11回の審理を経て平成3年3月19日裁決の言渡しが行われた、
 裁決の要旨は、次のとおりである。

裁決
(船舶の要目)
船種船名 貨物船ジャグ・ドゥート
総トン数 13,391トン
機関の種類・出力 ディーゼル機関・6,619キロワット

(関係人の明細)
指定海難関係人 造船所
指定海難関係人 二等機関士

(損   害)
ジャグ・ドゥート 船体は爆発・火災により全損、12人死亡、11人負傷

主文
 本件爆発は、ジャグ・ドゥートにおいて、補油したC重油中に予知できない低引火点の油が混入していたこと及び船体付各C重油タンクの安全管理が十分でなかったこと並びに造船所において、機関室内での火気使用上の安全確認が十分でなかったことが重なり、溶断作業中の火花類に、同タンクから漏えいした石油ガスが引火したことに因って発生したものである。
 なお、多数の死傷者が生じたのは、機関室内に充満した黒煙で一酸化炭素中毒死したことのほか、爆死若しくは焼死したこと又は火傷を負ったことによるものである。
理由
(事実)
1 爆発に至る経過
 (1)発航地から入渠に至る運航状況
 ジャグ・ドゥートは、船渠において定期検査受検を兼ねて修理されることになり、ヨーロッパからの積荷をインド北東岸のハルディア港で揚荷した後、同岸のパラディップ港に回航して鉄鉱石約21,000トンを積み、平成元年(西暦1989年)1月26日同港を発して福山港に向かう航行の途中、同月31日シンガポール共和国シンガポール港に寄せ、主機用燃料油としてC重油約173キロリットルを補油したうえ、同年2月12日朝目的地に入港して揚荷した。
 その後本船は、同月14日午前8時福山港を発して京浜港に向かい、翌15日午後10時12分京浜港横浜区の検疫錨地に錨泊し、翌々16日午前10時12分抜錨して同11時35分2号ドックに入渠したが、その際右舷C重油セットリングタンク内には約8.5キロリットルの残油があった。
 (2)主機用燃料油の補油状況及び性状
 本船がパラディップ港発航後シンガポール港に至る間、主機に用いられた燃料油は、ヨーロッパからハルディア港に向かう航行の途中、昭和63年(西暦1988年)11月26日エジプト・アラブ共和国ポート・サイド港に寄せて補油したミッスル・ライト・フューエル・オイルと呼称するC重油(以下「エジプト油」という。)で、油はしけから5番及び6番の各二重底タンクに合計約470キロリットル積み込まれたものであった。
 また、本船が、平成元年1月31日シンガポール港において補油した主機用燃料油は、180CTS・マリン・フューエル・オイルと呼称するC重油(以下「シンガポール油」という。)で、いずれにもエジプト油が残っていた5番及び6番の各二重底タンクに合計約173キロリットルが油はしけから積み込まれてエジプト油と混合したが、シンガポール港から福山港を経て京浜港に至る間は、これら各二重底タンクのエジプト油とシンガポール油との混合油が主機に用いられていた。
 ところで、エジプト油及びシンガポール油の性状について、各納入業者から、摂氏15度の比重が0.9429及び0.978、摂氏50度の粘度がいずれも180センチ.ストークス、引火点が摂氏93度及び同83度である旨が報告されていたが、補油に際して一般に引火点が摂氏40度以上と言われている灯油より沸点の低い軽質油が陸上のタンクから油はしけへの送油管内か、又は油はしけ油槽内かに残留していたかしてC重油に混入し、シンガポール港で補油後の5番及び6番各二重底タンク内のC重油の引火点は、C重油としては異常に低い摂氏25.5ないし34度になっていた。
 しかしながら本船には引火点測定器がなく、二等機関士及び機関長は、平素から補油した燃料油について、納入業者からの報告による性状に従って加熱温度など使用条件を決めており、主機も良好に運転されていたこともあって、C重油の引火点がこのように異常に低くなっていることを知る由もなかった。
 (3)C重油セットリングタンク等の管理状況
 左右両舷C重油セットリングタンク及び同サービスタンク頂板の各マンホール蓋は、前示のようにいずれも24本の植込みボルトにナットで締め付けられるようになっており、西暦1987年10月に各タンクを受検したのち閉鎖されたが、その後いつしかナットが外され、右舷C重油セットリングタンクについては、右舷側中央のボルトと、同ボルトから時計方向に数えて3本目、6本目、7本目、13本目、19本目及び23本目の計7本のボルトにしかナットがかかっていなかったので締付け面にすき間が生じており、右舷C重油サービスタンクについても、1本おきに計12個、左舷C重油セットリングタンク及び同サービスタンクについても、20個ずつのナットしかかかっていなかった。
 更に、各マンホール中央部の助燃剤注入孔のプラグが、右舷C重油セットリングタンク以外の各タンクについては施されておらず、全タンクとも測深管頭部のキャップが外されたままになっていた。
 しかしながら二等機関士は、平素から各タンクの閉鎖状況を点検していなかったので、これらのことに気付かなかった。
 このように、C重油タンクの機関室内への開口部が十分に閉鎖されていなかったので、主機使用中摂氏約90度に加熱されていた各サービスタンク内及び同タンクからの熱伝導により摂氏約40度に加熱されていた各セットリングタンク内のC重油から発生した石油ガスが、マンホール蓋のすき間、同蓋中央部のプラグ孔及び測深管頭部の開口部から機関室内に漏出し、その一部が第3甲板上に滞留していた。
 ところで、右舷C重油セットリングタンク頂板のマンホール蓋の上方には、本来、縞鋼板が敷かれていたが、同蓋中央のプラグ頭部が縞鋼板より高くて不安定になるところから、本船では、これがプラグ頭部にかからないよう縞鋼板を右舷方にずらしていたので、同蓋の一部が視認できる状況になっていた。
 (4)船渠の機関室内安全対策
 指定海難関係人造船所鶴見製作所船渠では、ジャグ・ドゥートの機関部工事について、機関チーム部員を担当技師としてプロペラ軸抜き出し等の諸工事を行うことになり、修繕船部長は、平成元年2月8日船体、機関、電気各チームの担当技師にそれぞれ事前安全計画書を提出させ、機関室内作業については、火災防止及び開放部品の整理整頓を重点安全推進項目に定めるとともに機関室を特別火気警戒区域に指定した。
 本船が2号ドックに入渠して陸上から通路橋が架設された直後、各チームがそれぞれの所掌に従って船内電源を陸上電源に切り替える作業や圧縮空気用ホース、溶接用ガスホースなど作業用具を船内に搬入する作業を行う一方、安全衛生推進員は、機関室避難口表示標準の定めるところにより、機関室内各甲板はしごのうち船首側及び船尾側の二系統のものを避難経路に指定し、はしごの手摺りに螢光式の矢印表示板を取り付けたが、船渠では、大型船の逃げ出しトランクを昇るのに技術と体力とを要するうえ、火災になった場合には煙路になる可能性もあるところから避難経路としない方針があり、本船でもこれを避難経路に指定しなかった。
 (5)火気使用許可から爆発に至る経過
 ジャグ・ドゥートでは、乗組員が入渠中も船内居住することになっていたので、陸上から冷却水を供給して冷凍装置を使用する関係上、冷却水管系統を臨時に模様替えする必要があり、船渠は、同系統の切替え工事をK社に請負わせ、第2工作チーム工長がその作業指揮に当たることになった。
 この工事は、冷凍機室出入口外側上方の冷却海水入口管のうち、右舷C重油セットリングタンクマンホール右舷側端部の斜め上方に位置する、フランジ間の長さ87センチにわたる部分を取り外したあとに、あらかじめ工場で作製しておいた陸上からの清水供給管を取り付けるもので、取外し部分両端のフランジは、いずれも直径15ミリの鋼製ボルト4本で締め付けられていた。
 冷却水管系統の切替え工事を担当したK社作業員は、作業現場に赴いて取外し作業にかかろうとしたが、フランジ締付けボルトがいずれもさびついており、工長とともにさびつき状況を点検した結果、スパナを用いてこれらを緩めることは困難であると判断して酸素アセチレンガスを用いて溶断することにし、機関室が特別火気警戒区域に指定されていたので、同工長が技師に火気使用許可を申し出た。
 そこで技師は、周囲の作業環境を調査することにして作業現場に赴き、フランジボルトのさびつき状況を目視点検し、これまでの作業経験から火気を使用することも止むを得ないと思い、折から付近にいた二等機関士に、右舷C重油セットリングタンクの内容物及び閉鎖状況について尋ねたところ、同タンクは密閉されていて内部にC重油が入っているとの回答を受け、そのころ同タンクのマンホール蓋にナットが7本しかかかっていないこと及び各タンク測深管頭部のキャップがいずれも外されたままになっていることが容易に発見できる状況にあったが、自ら確認しなかったのでこれに気付かず、二等機関士に機関室通風機を運転するよう依頼して同機が運転されたことを確認したのち、作業員に火気使用を許可した。
 火気使用許可を得た作業員は、部下の2人とともに溶断用ガスホースや防火用具などを作業現場に搬入したのち、右舷C重油セットリングタンクマンホール付近の縞鋼板上に、船内火気作業対策の計画標準に従って、長さ0.8メートル幅0.9メートルの二つ折りにした亜鉛鉄板上にパイロメックスと称する防火シートを敷いた火受け、持運び式消火器及び水バケツを準備し、防火要員の作業員に、溶断作業中落下する溶滴にホースで注水して消火するよう指示した。
 こうして作業員が、冷凍機室出入口付近にある甲板はしごを足場にして片足を同室側壁にかけ、ガウジングバーナを使用して冷却水管取外し部両端のフランジボルト各4本を溶断したのち、火受けをやや左舷方に移動させ、同部中央付近に左舷方から接続されている枝管のフランジボルトを溶断中、落下した赤熱状態の溶滴に、各C重油タンクの測深管やマンホールから漏えいして第3甲板上に滞留する石油ガスが引火するとともに、その火炎が右舷C重油セットリングタンクマンホール蓋のすき間からタンク内に入り、爆発限界の濃度になっていた石油ガスに着火して同月16日午後3時25分ごろ右舷C重油セットリングタンクが爆発し、大音響を発して破口を生じた。
 当時、天候は晴で、風力1の北風が吹き、気温は摂氏1.4度で、相対湿度は81パーセントであった。
 爆発と同時に着火したタンク内の油が破口から噴出して飛散し、機関室各部に火災が生じ、また、爆発の衝撃で機関制御室内の主配電盤の主遮断器が外れて機関室内各部の照明灯が消え、非常灯が自動的に点灯した。
2 脱出、救助及び消火活動
 機関室内各部で作業中の約30人の作業員及び一部の乗組員は、爆発音と停電とにより事故の発生を知って一斉に室外への脱出を図ったが、非常灯が点灯していたものの、爆発及び火災による濃密な黒煙に妨げられて避難経路の表示板を視認できず、互いに声を掛け合うなどしながら作業員等の大半が避難経路や他の階段から脱出することができ、また、乗組員及びたまたま逃げ出しトランクの存在を知っていた作業員各1人が同トランクから脱出した。
 修繕船部長は、爆発音及び部下からの報告で事故の発生を知り、直ちに消防署にその旨を通報するとともに鶴見製作所長にも報告する一方、自衛消防隊を火災現場に急行させ、未脱出者の救助及び消火活動に当たらせ、やがて消防署員の来援を得て消火活動を続けた結果、本船は、翌17日午前3時30分ごろ完全に鎮火した。
3 損傷状況及び死傷者の状況
 爆発の結果、本船は、右舷C重油セットリングタンクの前壁が破裂するなどして大破し、火災によって機関制御室、工作室、各発電装置、燃料油清浄機室、各部の装置、機器、電路などが焼損し、のち廃船にされた。
 爆発の際、第4甲板右舷側で発電機ガバナ取外し作業中の作業員が爆死し、同人とともに作業中の作業員が焼死した。また、機関室下段において、作業員人7人及び工長が一酸化炭素中毒により死亡し、ほぼ全身に火傷を負いながら救出された乗組員2人が病院に運ばれて治療を受けたが、のち、いずれも火傷に基因する敗血症により死亡した。
 更に、作業員3人が熱傷を負い、乗組員8人が熱傷等を負って入院治療を受けた。

(原因)
 本件爆発は、ジャグ・ドゥートにおいて、補油したC重油中に予知できない低引火点の軽質油が混入していたこと及び船体付各C重油タンクの安全管理が十分でなかったこと並びにN社において、機関室内での火気使用上の安全確認が十分でなかったことが重なり、食糧冷凍装置用冷却水管系統のフランジボルト溶断作業中に飛散した火花類に、各C重油タンクの開口部から漏えいして甲板上に滞留する石油ガスが引火し、火炎が右舷C重油セットリングタンク頂板のマンホール締付け面に生じていたすき間から同タンク内に入り、石油ガスに燃え移ったことに因って発生したものである。
 なお、多数の死傷者が生じたのは、右舷C重油セットリングタンクの爆発で機関室内各部に火災が発生し、作業員等が、黒煙に妨げられて避難経路を見失い、一酸化炭素中毒死したことのほか、爆死若しくは焼死したこと又は火傷を負ったことによるものである。

(指定海難関係人の所為)
 二等機関士が、入渠するに際して船体付各C重油タンクの安全確認が十分でなく、同タンクの機関室内への開口部を確実に閉鎖しておかなかったことは、本件発生の原因となる。同指定海難関係人に対しては、船舶所有者が、本件を契機として、入渠中機関室内で火気作業が行われる場合には、造船所に対し、事前に作業場所を通知させ、機関長の承諾を得たうえで実施させること、機関士が立ち会って作業場所周辺のガス検知をさせること、機関士が担当技師とともに作業場所周辺の保守管理状況を点検することなど、同種事故再発防止上とるべき措置について社船各機関長に通達を発し、周知徹底を図っていることに徴し、勧告しない。
 指定海難関係人造船所において、修繕船の機関室内で火気を使用するに際しての安全確認が十分でなく、石油ガスが発生する右舷C重油セットリングタンクのマンホール蓋にすき間を生じたまま溶断作業を行わせたことは、本件発生の原因となる。同指定海難関係人に対しては、同社が、本件を契機として、機関室内で火気を使用するに際し、事前に搭載燃料油の性状及び各燃料油タンクの閉鎖状況の確認、火気作業場所周辺のガス検知の実施、避難経路表示方法の改善、機関室内各所に呼吸用保護具の備え付け等の事後措置をとって事故防止に努めている点に徴し、勧告しない。 

貨物船ジャグ・ドゥート爆発事件参考図

日本の重大海難のページへ  トップページへ