「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)に掲載されているQ&Aを以下に掲載いたします。事例にあわせてご参照ください。
Q1 退去するときのトラブルを避けるには、契約時にどのような点に注意すればよいのでしょうか。
Q2 建物を借りるときには、どんなことに気をつけたらよいでしょうか。
Q3 賃貸借契約(契約更新を含む)では、借主に不利な特約でもすべて有効なのでしょうか。
Q4 退去時に、賃借人の負担する損害賠償額が契約書に定められています。このような規定は有効なのでしょうか。
Q5 契約書に「賃借人は原状回復をして明け渡しをしなければならない。」と書いてありますが、内装をすべて新しくする費用を負担しなければならないのでしょうか。
Q6 敷金とは、どのようなお金ですか。
Q7 不注意で壁のクロスの一部にクロスの張替えが必要なほどのキズをつけてしまいました。部屋全部のクロス張替費用を負担しなければならないのでしょうか。
Q8 賃貸借契約書に特に約定されていないのですが、退去にあたり、大家さんから、襖や障子、畳表を張替えるようにいわれています。襖や障子、畳表は退去時に必ず賃借人が張替えなければいけないのでしょうか。
Q9 賃借人は、敷金の返還をいつでも請求することができるのですか。
Q10 賃借人の善管注意義務とはどういうことですか。
Q11 アパートの大家さんが変わりました。敷金は新しい大家さんから返してもらえるのでしょうか。
Q12 明け渡し後の修繕費用の負担金額について、大家さんと話合いがつかず、敷金の返還がなされていません。少額訴訟制度が使えると聞きましたが、どのような制度でしょうか。
Q13 原状回復費用の請求書が送られてきましたが、クロスの張替費用の単価が以前に退去した賃貸住宅に比べて高く、納得できませんが、通常の単価にしてもらえるよう、請求できますか。
Q14 退去時の立会いを求められ、損傷などがあるということで確認サインをしました。その後、原状回復費用の請求書が送られてきましたが、思っていた以上に高額で驚き、いろいろ調べたところ、ガイドラインによると、私が故意・過失などで損傷したものでない部分については費用負担をする必要がないことを知りましたが、一旦サインしてしまった以上、やはり負担しないといけないのでしょうか。
Q15 原状回復工事を賃借人自ら行う、あるいは賃借人が指定した業者に行わせることはできますか。
Q16 賃貸借契約にクリーニング特約が付いていたために、契約が終了して退去する際に一定の金額を敷金から差し引かれました。このような特約は有効ですか。
Q17 物件を明け渡した後、賃貸人から原状回復費用の明細が送られてきませんが、明細を請求することはできますか。
Q1 退去するときのトラブルを避けるには、契約時にどのような点に注意すればよいのでしょうか。
A 退去時はもちろん入居時にも賃貸人・賃借人双方が立ち会い、部屋の状況を確認しチェックリストを作成しておくことが大切です。
⇒⇒ 第1章 1) 1(3頁~)参照
退去するときの修繕費用等をめぐってのトラブルは、入居時にあった損耗・損傷であるかそうでないのか、その発生の時期などの事実関係が判然としないことが大きな原因のひとつです。 そこで、入居時と退去時においては、契約内容を正確に理解することの他に、賃貸人・賃借人双方が立ち会い、本書にあるようなチェックリストを活用するとともに、写真を撮るなどして、物件の状況を確認しておくことは、トラブルを避けるために大変有効な方法です。 このような対応をしておけば、当該損耗・損傷が入居中に発生したものであるか否かが明らかになり、損耗・損傷の発生時期をめぐるトラブルが少なくなることが期待できます。 |
賃貸借契約は、「契約自由の原則」によって、借地借家法26条以下並びに消費者契約法8条以下の強行規定(契約の内容を規制する規定)に反しない限り、当事者間で内容を自由に決めることができます。 契約はあくまで当事者の合意により成立するものであり、合意して成立した契約の内容は、原則として賃借人・賃貸人双方がお互いに守らなければなりません。 したがって、賃貸借の契約をするときには、その内容を十分に理解することが重要です。契約書をよく読まなかったために、後になって原状回復の内容についてトラブルになる事例は少なくありません。契約書は貸主側で作成するのが一般的ですが、貸主側は契約の内容を理解してもらうことに努め、借主側は自分の希望を明確にした上で契約の内容を十分に理解して契約を締結することが重要です。 なお、賃貸借契約は、諾成契約といって、賃貸人と賃借人が口頭で合意するだけで成立します。つまり、契約書面がなくても賃貸借契約は成立します。しかし、実務では、契約で合意したことを明らかにしておくため、詳細な契約書が作成されていますし、宅地建物取引業者が媒介した場合には、宅地建物取引業者は契約条項を記載した書面を作成して当事者に交付することが義務付けられていますから、通常は契約書が作成されます。 ✻ 定期建物賃貸借の場合は必ず書面により契約をすることが必要です。 |
建物の賃貸借契約は、借地借家法の適用があるのが原則であり、借地借家法が定める事項については、借地借家法の規定と異なる合意を規定しても、借主に不利な特約として無効となるものもあります。 また、消費者契約法は信義誠実の原則に反し、消費者の利益を一方的に害するものは無効と規定しています。しかし、このような強行規定に反しない限り、契約自由の原則により、合意された契約内容は有効となり、賃借人に不利な特約がすべて無効になるわけでもありません。 もっとも、賃借人に不利な特約を契約内容とする場合には、賃借人がその内容を理解し、それを契約内容とすることに合意しているといえるのでなければ成立しているとは言えません。また成立しても、賃借人にとって不利な特約である場合にはそれが有効であるとは限りません。 原状回復に関する賃借人に不利な内容の特約は、近年の(最高裁の)判例も踏まえ、次のような用件を満たしておく必要があると解されます。 [1] 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること [2] 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること [3] 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること |
契約の当事者は、損害賠償の額を予定し、契約で定めておくことができます(民法420条)。これを損害賠償額の予定といいますが、賃借人が賃貸借契約に関して賃貸人に損害を与えた場合に備えて規定するものです。ただし、民法90条並びに消費者契約法9条1号により無効となる場合もあります。 従って、賠償額を予定してそれを契約しても、実損額によっては予定賠償額どおりに請求できない場合もあります。 |
賃貸借における原状回復とは、賃借人が入居時の状態に戻すということではありません。 判例・学説の多数は、賃借人の原状回復義務を、賃借人が賃借物を契約により定められた使用方法に従い、かつ、社会通念上通常の使用方法により使用していた状態であれば、使用開始時の状態よりも悪くなっていたとしてもそのまま賃貸人に返還すればよいとしています。 したがって、賃借人の故意や不注意、通常でない使用方法等により賃借物に汚損・破損などの損害を生じさせた場合は、その損害を賠償することになりますが、汚損や損耗が経年変化による自然的なものや通常使用によるものだけであれば、特約が有効である場合を除き、賃借人がそのような費用を負担することにはなりません。 |
賃料が滞納されたり、賃借人の不注意等によって損害を受けた場合に、賃借人がその損害等を支払わないことがないように、担保として賃貸借契約に付随して賃貸人が賃借人から預かるのが敷金です。このような性質を有する金銭は、名目の如何を問わず、-例えば保証金という名目であっても-敷金です。 したがって、賃借物の明け渡しまでに、未払賃料や損害賠償金債務等、賃貸人に対する賃借人の債務が生じていなければ、敷金は賃借人に対してその全額が返還されることになります。賃借人の故意や不注意、通常でない使用方法等により賃借物に損傷・汚損等を生じさせていてその損害を賃借人が賃貸人に対して支払っていない場合には、賃貸人はその損害額を敷金から差し引いた残額を賃借人に返還することになります。 |
不注意により、壁クロスに張替えが必要なほどのキズをつけてしまったのですから、その損害について賃借人に賠償責任が生じることになりますが、このとき、どのような範囲でクロスの張替え義務があるかが問題となります。 本ガイドラインでは、その範囲について、㎡単位が望ましいとしつつ、あわせて、やむをえない場合は毀損箇所を含む一面分の張替え費用を、毀損等を発生させた賃借人の負担とすることが妥当と考えられるとしています。 これは、賃貸人が原状回復以上の利益を得ることなく、他方で賃借人が建物価値の減少を復旧する場合にバランスがとれるように検討されたものです。 |
襖や障子、畳表を賃借人が毀損した場合には、賃借人の負担で毀損した枚数を張替えることになります。しかし、襖や障子、畳表の損耗が経年変化や通常使用によるものだけであれば、賃借人の負担で張替える必要はありません(賃貸借契約期間が長期に及び、その間に一度も賃貸人によって襖や障子の交換、畳表の張替えが行われていない場合には、通常使用でも相当の損耗が発生するので、賃借人の負担で張替えなければならない毀損なのかどうかは、大家さんとの間で協議してみてはいかがでしょうか)。 なお、賃貸借契約書に特約がある場合は、Q3やQ5を参考にしてください。 |
敷金は、賃貸借契約終了後明け渡しまでの損害金まで担保するものであるため、賃借人の敷金返還請求権は、賃貸借契約の終了時に発生するのではありません。賃貸借契約に特に時期についての定めがない限り、建物を明け渡してはじめて賃借人は敷金返還を賃貸人に対して請求することができます(最高裁判所判決昭49・9・2) |
賃借人は、賃借物を善良な管理者としての注意を払って使用する義務を負っています(民法400条)。建物の賃借の場合には、建物の賃借人として社会通念上要求される程度の注意を払って賃借物を使用しなければならず、日頃の通常の清掃や退去時の清掃を行うことに気をつける必要があります。 |
賃貸人が賃借建物を第三者に売却して当該第三者が新賃貸人になる場合には、敷金返還義務は当然に新たな賃貸人に継承されます(最高裁判所判決昭44・7・17)。 他方、既に抵当権設定登記がなされた建物について、平成16年4月1日以降に賃貸借契約を締結して引渡を受けていた場合で、抵当権の実行によって競落人が新たに当該建物の所有者になった場合には、競落人である新たな所有者は賃貸借契約を承継する義務はないので、競落人は敷金返還義務を負いません。したがって、この場合には、賃借人は、従来の賃貸人である元の建物所有者に対して敷金の返還を求めることになります。これに対し、賃貸借契約を締結して引渡しを受けた後に設定登記がなされた抵当権の実行によって競落人が新たに当該建物の所有者になった場合には、競落人である新たな所有者は賃貸借契約を承継するので、新たな賃貸人である新所有者に対して敷金の返還を求めることになります。 |
紛争が当事者間の話合いによって解決しない場合には、最終的には裁判によって決着を図ることになります。このような場合に、60万円以下の金銭の支払を求める訴えであれば、少額訴訟制度を利用することができます。 少額訴訟制度は、相手方の住所を管轄する簡易裁判所に訴えを提起するものです。原則として1回の審理で判決が言い渡され、少ない費用(申立手数料は訴額60万円の場合で6000円)と短い時間で解決を図ることができます。 なお、即時解決を目指す制度であるため、書類や証人は、審理の日にその場ですぐに調べることができるものに限られます。 |
原状回復に要する費用は、使用されている資材のグレードや施工方法などにより物件ごとに異なるものとなります。 また、単価として表示されている費用には、資材の材料費だけでなく、修繕等の工事のための施工費用(労賃など)が含まれていることが多いと思われます。 なお、賃借人が負担すべき原状回復費用は、経過年数および通常損耗を考慮した状態にすることが前提であり、高級品のクロスの使用などグレードアップの費用を負担する必要はありません。 疑問がある点には、賃貸人や管理会社に、費用の内容の内訳などについて確認してみることも考えられます。(なお、本ガイドラインの167ページに記しているように、資材価格等が掲載されている資料により調べることができますが、あくまで平均的な単価であることに留意が必要です。) ※今回のガイドラインで示したように、契約時に施工単価についても賃貸人・賃借人の双方が確認しておくことが望ましいと考えられます。 |
確認された内容にもよりますが、単に損傷があることの確認であれば、原状回復費用負担について了承したものではないと考えられますので、ガイドライン(特約があれば特約)に基づき、賃借人が負担すべきものか、調整することとなると考えられます。 また、損傷があり、その分の負担をすることを了承した場合は、基本的にはその確認内容に基づき、原状回復費用の負担額が決定されます。ただし、賃貸契約書において原状回復に関する特約がない場合は、賃借人の故意・過失等によるものでない損傷については、そもそも賃借人の負担する必要のないものであり、仮にその分も含め確認サインをしていたとしても、その分についてまで負担する原因・理由はないため、その旨を主張することができます。 いずれにせよ、退去時の立会いによる確認は賃貸人、賃借人双方にとって、原状回復費用負担を決める上で重要なものですから、疑問がある場合は、質問するなど、十分慎重に行うことが必要です。 なお、特約については必ずしも有効であるとは限りません。 |
原状回復について、賃貸借契約書において賃貸人あるいは賃貸人が指定した業者が行うと規定されている場合は、それに従うことになり、(例外的に賃貸人が承諾しない限り)賃借人自らあるいは賃借人が発注した業者に行わせることはできませんが、単に、賃借人は原状回復を行う旨だけが規定されている場合は、賃借人自ら行う、あるいは賃借人が指定した業者に行わせることも可能と考えられます。 ただし、その場合、契約期間終了期日など返還予定期日までに原状回復工事を済ませて賃借物件を返還する必要があり、返還予定期日を過ぎると、賃料あるいは遅延損害金が発生する可能性があります。また、基本的に賃借している物件と同等の材質、仕上がり等に応じて修繕等を行い返還しないと、賃貸人から原状回復工事のやり直しなどを請求される可能性もあります(なお、同等の材料、施工方法により修繕等を行い、通常損耗による建物価値の減少分を上回る状態までにした場合は、賃貸人に利益が生じることとなりますが、その利益分を賃借人に返還してもらうには、賃借人が賃貸人に対し有益費として別途請求をすることが必要となります)。 このような点を踏まえ、賃貸人において原状回復工事を行い、敷金で精算する金銭賠償の方式が一般的であると思われますが、賃借人自ら行う、あるいは賃借人が指定した業者に行わせる場合は、上記のような点も念頭において、賃貸人と十分な相談をした上で行うことが必要と考えられます。 |
クリーニングに関する特約についてもいろいろなケースがあり、修繕・交換等と含めてクリーニングに関する費用負担を義務付けるケースもあれば、クリーニングの費用に限定して借主負担であることを定めているケースがあります。 |
賃貸人は賃借物の明け渡しまでに生じた未払賃料や損害賠償債務などを差し引いた敷金の残額については、明け渡し後に賃借人に返還しなくてはなりません。賃貸人が、敷金から原状回復費用を差し引く場合、その具体的根拠を明らかにする必要があり、賃借人は原状回復費用の内容・内訳の明細を請求し、説明を求めることができます。 |